3 シリウスと出会う
「ファクト、こっちでいいのか?」
裏方に続く道を少し進んでも、知り合いやスタッフにも会わないしステージ裏も見つからない。母ミザルとも連絡が取れない。
「おかしい。」
ラスが「やったな、これは」という顔をした。
「迷子になった。」
「それは分かる。」
そもそも入り口から違ったのか。裏方で迷子になってしまった。
しょせんホテル。どこかに出られるだろうと高をくくっていたが、気が付いたら雰囲気も随分違う場所に出ていた。
歩き回ってさらに越えていくと何かのドアの前に来た。行き止まりだ。開かない。
「やばいな。間に合わないかも。別館に来てしまったとか?」
「えー!」
ラスが青ざめる。
「あきらめろ。別に最初から参加しなくてもいいだろ。」
「世紀初の大イベントなのに!近くに非常用通信機があるだろ!ホテルに電話するとか。」
「あきらめろ。目立ちたくない。」
焦るラスを宥めていると、目の前の扉が開いた。
一瞬固まる。
すると、二重の扉から、黒髪の女性が現れた。
さらに固まるファクトたち。
少しアップした前髪に、背中の真ん中まで届くストレートヘア。胸下から絞った柔らかい風合いの白いエンパイアドレス。
向こうも驚いてキョトンとしていた。
かわいいとも、きれいとも言える女性は姿勢を整えた。
「あ、大丈夫ですか?」
「あ!はい!」
きれいなお姉さんに声を掛けられてラスは真っ赤になって慌てる。どこかの特別ゲストか、コンパニオンか司会者か。それとも全く違う人なのか。
「迷子になってしまって!勝手にすみません。」
「そうなの?よくここに入れたね。」
「関係者カードを持っているんです!」
首にぶら下がるイベントカードを見せた。ラスに話しかけていた女性は、にっこり笑ってからファクトにも笑いかけた。
「…?」
怪訝な顔で少し引いてしまうファクト。
「なんでニューロスがいるんだ?」
ぼそっと声に出してしまって、ハッとする。
「!」
女性は驚いた顔をして言った。
「ニューロス?」
普通ニューロスは人間と区別するため、完全なホモサピエンス型の場合、体に「判」という何かしら特殊な柄のコードや刻印を入れる。子供でも分かるように普通は見える部分、もしくはすぐに見せられる部分に入れる。
でも、この女性にはそれがない。
「ニューロス?」
ラスも驚いた顔で見る。
「まさか、何言ってるんだ?」
判を見せてくれるわけでもない。ニューロスでなかったら、失礼な話だ。ラスが慌てて否定した。
女性は驚きを収めると、またやさしく笑って人を呼んだ。
「こちらのスタッフに着いて行って。」
「あ、ありがとうございます!」
ラスが一礼して、二人はスタッフとその場を後にした。
「おい、ファクト。判がないだろ。失礼だな。」
「…」
少しだけ知った感じがするが、正体不明の存在にファクトは気持ち悪さを感じる。
会場入りを急ぐラスに、何も言わずにファクトは引っ張られていった。
***
部屋に戻った女性は、高鳴る胸を落ち着かせるため、目を閉じて胸に手を当てた。
そしてまたゆっくり目を開けて自分の手を見る。
あの子…。
「シリウス。もう調整はいいか?」
別の入り口からSR社社長、シャプレー・カノープスが現れた。淡い髪を整えスーツをビシッと着こなしていても、人に圧迫感を与えるかなり厳つい長身の男だ。
「先、扉を開けたようだな。」
「ええ。子供たちが迷い込んできて。」
「ここに?」
少しの沈黙。
「あの子…」
「あの子?」
「私が分かったんです。」
「…?」
「私が人間じゃないって…」
普段無表情のシャプレーが少し驚いた顔をした。
知らない人間が、今までシリウスをニューロスと見分けたことはなかった。霊性の力がある人間ですら、ほとんどが分からなかった。
「どんな子だ?」
「高校生です。」
「…」
シリウスは既に彼が誰なのか知っているだろうが、口にしないので追及はしない。
「まあ、追えば分かるだろうが今は今日の事に集中しよう。会議と違ってやり直しがきかない。」
追うというのは情報だ。おそらくすぐ割り出しはできる。ホテルはプライベートを優先させるため、会社と違ってアナログな部分も多い。瞬時ではないが、警備も把握はしているだろう。連絡がないという事は優先項目ではない。
「行こう。」
「ええ。」
数回の円卓の先の、私の出航。
シリウスはすっかり慣れたエスコートを受け立ち上がった。
***
盛大なの拍手の中でシリウスは迎えられた。
社長にエスコートされ入場し、ゆっくりとその手を離すと一人でステージの真ん中に行き、方々《ほうぼう》に礼をした。
はち切れんばかりの拍手はスタンディングオベーションに変わり、フラッシュの嵐が降り注ぐ。透けた長いストールをはためかせ、ニューロスは全人類に挨拶をした。
「こんにちは、私はシリウス。世界初の完全独立型ニューロスアンドロイドです。」
何とも普通な挨拶だ。
ニューロスとは人間生体と関連した工学技術。その技術を使ったものは、どんなメカでもニューロスというが、ニューロスアンドロイドを指す場合も多い。
下手で、ラスと顔を見合わせる。
「さっきのお姉さん!」
「だから判がなかったのか…」
ファクト、良く分かったなとラスは感心してしまう。
公な、また一般大衆に周知されているアンドロイドは、本人自体が証となるので判はいらない。
「すごい!一般公開前に見るどころか、話までしてしまった…」
ラスは感動で涙目の上に震えている。ちょっと引くが、友人が喜んでくれるならうれしいことだ。案内してくれた研究員のチュラもうれしそうだ。チュラは唯一、研究員で今も仲良くしているお兄さんである。ミザルは調整で忙しいらしい。
一般公開と言っても、今回は既にお披露目が済んだ専門や公的機関以外の一般プレス、選ばれた研究員や学生、市場関係者たちへの公開だ。さらに全大衆公開は、おいおい様々なイベントを重ねていく。
主人公の登場の前に挨拶や概要説明、様々な見せ場が終わっており、社長の挨拶と紹介の後に、シリウスは特別な力など披露した。
会場のお客さんにリクエストされた機械の構想を、新しい技術ではないが指先から空間に映像やキーボードなど映し出し、メカの設計図を描いたり立体のプレゼン画を描き出した。その図はそのままプロダクト製品に使用できる。
園児たちに誘導され踊りも披露した。
先ほど、多くのニューロスが人間と混合して、人間とどれほど区別ができないかという民族ダンスを見せたが、その完璧さとは違う一面だ。
その場で園児に教えてもらい、初めて踊るだろう踊りに戸惑いながらも、シリウスが子供たちに合わせていく姿は何ともほほえましく、やはりニューロスと知らなければ、普通のお姉さんにしか見えなかった。
この人間との見分けのつかなさを、まだ他の企業、研究機関は再現できなかった。改革派が先手を取れないのはそこだった。
その後本懐。
講演が始まる。