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ZEROミッシングリンクⅠ【1】ZERO MISSING LINK1  作者: タイニ
第三章 ベガスアーツ

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38 マリアスVSムギ


「ハアッ!」


掛け声さえかわいい。こんな子が本当にマリアスと打ち合えるのか。

しかし、距離も詰めずにムギはいきなり助走し、マリアスの顔の位置まで飛んで膝で顔側面を挟む。

そのまま後ろに倒れるかと思ったが、マリアスは床に着くときに背中を丸めて反動で起き上がった。


ムギも場外に出ないように曲がって転がり、そのまま再ダッシュしてマリアスの懐に入る。ファクトの時のように背負い投げだ。


投げられるわけがないと思うが、マリアスの大きな体が浮く。

「!」

周りが驚く。

「マリアスどうか勝ってくれ!」

と懇切に祈るのは、エリスとファクトだ。


タウが旗を上げようと構えるのに、マリアスはきれいに1回転して立ち上がり、そしてまた構える。キックボクシングの構えだ。


「んん?」

審判たち。技がキレイに流れていくのでどこでポイントを取ったらいいのか分からない。


この時代の一般的な対戦競技空手だと、

「有効」1ポイント、

「技あり」2ポイント、

決定打の「一本」は3ポイントだ。

時間内に8ポイント先にとるか、高ポイント取った方が勝ちだ。


「なんだ?こんなの初めて見る。」

打ち合いも蹴り合いもないし、倒れもしないからどうしたらいいんだ。倒れてもサラッと立ち上がる。

この人たちのルールでは投げ技もいいのだろう。


打ち合いに持ち込まないのは、腕、足、肩を捉えられたら力では負けることをムギが知っているからだ。なるべく時間まで持たせてギリギリでどっかに打ち込む。



近付いてボクシングのステップワークをするマリアスにチコ激怒(げきおこ)だ。かわいいムギに打ち込むのは許さない。試合なのに不条理である。

「防具を付けてないのに!ムギ、絶対勝て!!」

「ムギはボディーアーマー常時着けてますけどね。」

カウスが横で言うがそんなのは関係ない。

「うるさい!打撃は違うだろ。ムギを蹴ったら怒る!」

ムギの着けている防弾チョッキは薄手で小銃やアーミーナイフも通さない。ただ、大きな衝撃だと骨や内臓に響く。


カウスの横で怒っているチコに、何とも言えない思いになるエリス。贔屓過ぎる。


上からと内側からの攻撃を全部かわされたので、ムギは仕方なく構える。また正面に入ってケリを入れようとするが、リーチが届かず脇を蹴られた。


「技あり!」

ハウメアがマリアスにポイントを上げる。


直ぐに構えて再開。ムギは距離を取り、また助走からのあっという間の膝下への回し蹴り。マリアスは素早さに勝てなくて倒れそうになるが、もう片足でムギの足を捉え組み込む。


「やだ!」

ファイが目を伏せる。これが戦場だったらそのまま足を折ってしまうだろう。

「有効!」

脚の攻撃に何ポイント付ければいいのか分からず、有効にしておくハウメア。ハウメアの概念では手脚への一部攻撃も、投げも組みも禁止技だ。



「はじめ!」


もう一度手を切ったとたん、

ムギが全く()も作らず一瞬にして軽やかに上段蹴りを入れた。


「一本ーー!」


オオオーーー!!!!

場内が湧く。



「始め!」


ムギもフットワークを始めた。

ポイント制ならダメージを与えなくても点だけ取って逃げれば勝てるかもしれない。お互い間合いを詰めていく。現役でなく40超えるマリアスに負けたらどこに行っても勝てないと、ムギは気を引き締めた。


床を左右横に蹴り不規則な動きのまままた懐に入る。

マリアスはアッパーを入れるムギを僅差でかわし、そのまま上から抑え込み締め上げる。


「え?!」

審判、混乱して仕方がない。

あれっていいの?!


ハウメアがたまらず判定を入れた。

「マリアス、一本ーーー!!」


ワアアアーーーー!!!!!!


いいの?いいのか?だって危ないよね。これ以上締めたら折れそうだ。


「まあ、いいんじゃないのか?一本かは分からないけれど。」

苦い顔をしてチコが許すので、いいってことになる。


本当は、あの時点で2本の技が入っている。アッパーを交わした時マリアスはムギの腰に両手でチョップを入れている。この人たちはハウメアにとっての、競技にとっての禁止技を使いまくっているので審判として困り果てていた。

「あの子危なくないか?」

ヤンキー座りのままシャウラが心配してしまう。



「始め!」


「残り30秒!」


また間を取る二人。


ムギは空手のような動きに戻ってマリアスに仕掛ける。

マリアスも横蹴りを入れるがしゃがんでかわされ、ムギはそのまま足を掛けようとするも、また足を取られる。

しかし、ムギがマリアスの足を絡めて体制を変えたところで合図が鳴った。



「時間です!」


?!


「やめ!

マリアス、勝利ーーー!!!」



ワワワワワワーーーーーーー!!!!!!


大歓声が起こる。


二人は起き上がって全体に礼をし、総師長と全体にも礼をして、お互い礼をし手を握ってコートを退場した。


「お見合い決定ですか!?」

エリスが喜ぶ。


息切れしたムギは、ヘッドギアを鬱陶しそうに外した。

「ジャマだな。」

マリアスも防具を外すと、数人が駆け寄ってきた。

「マリアス、大丈夫ですか?」

「さすがにつらい。歳だわ…。3分もきついけれど、これ以上時間があったらスタミナで負けてる。」

カウスは安心した。



「ムギ?」

リーブラたちが駆けよるとしゃがみこんで目を伏せてしまった。

「体?気持ちの方?」

背中をさすってあげる。

「大丈夫…。」

ムギは力なく笑うしかない。


「ファクト…よかったのか?」

周りが尋ねる。一応これでムギに追い出されたりはしない。

「さ、さあ…。」

答えようのないファクトである。


カウスはカストルに二人が大丈夫だったことを報告し、水を持っていって一息させた。



「おう、ムギちゃん頑張ったな!」

歓声につられてやって来たおじさんたちが声を掛ける。でも、マリアスは40代後半の上に4人の子持ちだ。上段蹴り以外、打撃を入れられなかったことに落ち込む。


「ムギ、うちの子とお茶だけでもしてあげて!何番目がいい?」

マリアスが近づいてきて笑った。

「はい…。4番目でお願いします。」

歳のはなれた小学校入学前の末っ子だ。




***




さあ、チコVSカウスの番だ。



「あの、チコさん。審判の基準が分からないんですけれど…」

二人と同じぐらいぐったりしているハウメア。


「…うーん。いちいち止めるものめんどいな。ノックダウンでいくか?」

強いのを一発お見舞いしてもいいと言うルールである。多分。


「やめてください!死にます!」

珍しく声をあげるカウス。

「大丈夫だ。ギアは1にしておく。」


「え?ギア?」

その近くにいる下町ズが大いに反応する。ギア?今ギアって言ったよね?人間にギアってある?


女性が自分から告知しないことをこれ以上つつくのも失礼だ。サイボーグなら、体を欠損している可能性もある。みんな黙っていると、やっぱりこの人がみんなの遠慮をブチ破って言う。

「ギア1って何?2もあるの?」

ファクトー!聞くな!


「あるかな?4くらいまで?」

ファクトがかわいいので、適当なことを言っているチコ。でも、やっぱり何も言わなくてよかった。ふざけているということは、多分話を深めたくないんだろう。


「えー!10以上あるっしょ!でなきゃコマちゃんやれないよ!」

……本当にこいつは余計なことを言うと思う周囲。余分な話をするなとヴァーゴに叱られていた。ただ、ギアは本当にある。でないと日常生活を送れない。ただ名称はセーブナンバーで、セーバ1とかセーバ通常とかだ。



その横でカウスがまだあれこれ言っていた。

「ポイントです!タイムは流しでポイント制!!」

本当にいやそうな顔をするチコ。

「ノックダウンでいいだろ?デスマッチにするか?」

「ミサイルやバズーカー打ち込まれて生きてた人と、がっちり試合なんてしたくないですよ!」

「いらんことを言うな!」


周りが蒼白だ。

「違う、当たってないぞ!避けたからな!飛距離が長いだろ、あれ!そもそもミサイルなど打ち込まれていない!さすがに死ぬだろ!近場に落ちただけだ!お前の方がどうかしてる系だろ!」

チコが黙れとカウスに釘を刺すが、みんな不幸そうにカウスを見た。普通ミサイルが近場に落ちるとかない。なお、当たり前だがミサイルなど受けたこともないし、これ以上バカだと思われたくない。


「総長は蹴りかパンチ、片方なしでお願いします。」

「いいだろう。どっちがいい?」

「…なら蹴りで。あと、投げ組み飛び挟み掴み技はなしで。」

「注文が多いな。」




二人は舞台に立つ。


「では、再度私のお願いです。」

「なんでも好きに言え。」


カウスのここまでのウキウキ顔なんてめったに見ない。

「休暇を下さい!」

嬉しそうに言う。

「は?休暇?だから週末休めばいい。」

「せめて5日は下さい!!」

しかし考える。


「……1週間…。いや、1か月!」

だんだん長くなる。

呆れ顔のチコ。

「そんなに休めるわけないだろ。人もいないのに。人を作ってからなら好きにしろ。」

「私が後輩を育てても育ててももどこかに送ってしまうのは誰ですか?!!」

「私じゃないぞ。」


カストルとエリスの方を見る。

「いえいえ。私たちにその権限はありません。私たちは教会のただの牧師ですから。」

とにかく優秀な人材は世界に分散してしまった。


「なら、アーツ後期事前準備の1週間、休みを下さい!!妻が怒っています!」


「えー、カウスさんは既婚者なんだ…。」

切ない顔をするリーブラ。

「まあ、カウスさんて選択肢、思い浮かばなかったけれど!」

顔は普通で悪くないが、リーブラの好みではなかったようだ。


「カウス、なら事前準備は誰がするんだ…。」

切ない顔で責め気味のチコ。

「私以外の皆さんでしてください。大枠は作ってあります!」

カウスが作ったのか。これも嫌な予感しかしない。サバイバル来るか。


「おー!兄ちゃん頑張れー!奥さん怒らせたら後がないぞー!」

「もう怒っていると言っていたぞ。」

ギャラリーが盛り上がる。


カウス!カウス!カウス!!カウス!!!


場内は完全にカウスの味方だ。



「チコさんの願いは?」

「んーそうだな。」


「この1週間も、ベガスアーツに200メートルトラック10周追加の指示をよろしく。あ、女子は3周、歩行でいいや。」

もちろん基礎トレに加えてである。


「はーーー??」

全体からブーイングが起こる。

「分かりました。指示しましょう。」

アーツメンバー男子の中で落ち着きのない者はカウス応援組になったが、カウスに全く痛みがないという重要な点を見落としている。下町ズに「走れ」と指示するだけの条件だ。


「お前も走れよ。」

とカウスに加えておくチコ。


カウスが会場に呼びかける。

「あのー、あまり応援しないでくれますか?

これだけ応援されて部下たちの前で、開始すぐに一発KOとかしたら恥ずかしいので…。」

それでも止まらないカウスコールに頭を抱える。




審判はマリアスのみ。



「さっさと終わらせよう。」

進む二人をマリアスは止めた。

「グローブとギアしてください。」

「グローブだけでいい?」

「ダメです。起き上がれなくなったら困ります。」

2人は仕方なく装備をして前に出る。チコだけ厚いグローブを付けさせられた。




カストル、全体、そしてお互いに礼をして握手をする。


「チコ―!頑張れー!!」

あまりに応援がなくてかわいそうなため、女子はチコ応援団になった。


真顔なチコに、真顔なカウス。

二人は構えた。



そしてマリアスが空を切りる。



「GO…


ファイト!!!」




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