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ZEROミッシングリンクⅠ【1】ZERO MISSING LINK1  作者: タイニ
第三章 ベガスアーツ

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36 話し合い



「それであんな風にしたの?」


競技場外の裏。


顎に手を置いて嫌そうな顔をしているタウを、イータがやさしく追及する。


「ムカつくじゃん。嫌ならスパッとやめる。そうでないなら最初からすることしろよ。」

「あのね。ここスケジュール大変なの分かる?」

イータの声に答えず顔はしかめたままだ。


「タウにはそうでもなくても、結構大変なんだよ。」


タウは大房育ちだが、中間層で高校も普通に卒業。高校の内に短大の履修もし、卒業後1年で体育の教員資格も獲得している。そして、パルクールの有名トレーサーの1人だ。

ファクトとは違う意味で滞りなく生きて来たタイプだ。普通に一般企業に就職していたが、それなりに仕事もできたので別の都市で支部を任されそうになる。大房でパルクールを続けたかったし、連れて行ってイータの友達たちからイータを離したくなかったので、それを期に会社を辞めたところだった。アーツのメンバーでは珍しく貯蓄もある。



一方ジェイは、これまでのアーツベガスでの経緯そのまま。


底辺に近い高校で就職もできず、あの店長のコンビニでずっと働いている。店も客も、いい加減な大房だから店員ができる程度の働き。奨学金をもらえるほど頭もよくないため大学は進路になかった。運動なんて自らしようと思ったこともない。180以上あるタウと違い、背も160少しのやせ型だった。友達どころか女子とこんなにも話ができたのは、ここが初めてだ。



「あのさ、誰もが目の前のことを何でもこなせるわけじゃないんだよ。」

「子供じゃないんだから、自分で判断して進退を考えればいいだろ。なんで泣く必要がある。」

「はあ…」


「一回泣くような経験したらいいのに。」

イータがぼそっと漏らす。

「は?」

「なんでも。」

「俺の悪口言っただろ。」

「言った。」


イータの手を掴みじっと見つめる。

「………」

「何?」

「キスしたい。」

「……ダメ。他の子たちも頑張ってるんだから、この期間が終わるまで抱きしめるのもダメ。」

「…。」

いろいろしたくなりそうなので、タウは素直に我慢する。


怒った顔を緩めてイータの頭をなでると手をつないだ。

「行こう。」

「手もダメ。」

「手はいい。」

「あのね。禁欲中!若い子たちを煽らない!チコさんもそれを考えて言っているんだよ。」

「いい。俺がいいって決めた。手を繋ぐなまでは言ってないだろ。」

「ちょっと、顔を触らないで!」


なんだかんだ言いながら、2人は手をつないで講堂に向かった。




***




「1か月くらい遅れているからな。どうすんだ?一緒には何もできないぞ。」


チコの目の前には小さくなったジェイがいる。

「すみません…。」


「謝るのは1回でいい。

で、どうすんだ。そのまま受け入れたら示しがつかないだろ。」

「何でもします。」

「何でもできるなら、あの時点でしとけ。」


「あとな、重要なことは先にリーダーや責任者に相談しろ。周りが動揺するし、大喧嘩になることもある。昔の私だったら、みんなの前で血祭にして投げ捨てる。」

「すみません。」

すみませんと言いながら、血祭?…と一瞬考えてしまう。カウスが横で苦笑いしていた。


「…でも、でもあの、チコさんたちの守りを盾にみんなの前に現れたら、多分どのみち不満が膨れ上がって、またぶつかっていたと思います。」

「………分かった。今度は何かあったら初めに相談するように。」

「……はい。」

「今度は総師長補佐から話がある。」

エリスに場を譲る。


何だろうと顔を上げると、普段は忙しくて顔を出さないエリスがいた。エリスまで出てくるとは、自分のしでかしたことは、相当やばかったのかと少し怖くなる。



「これだ。」

そう言って部屋の壁に移したのはあのカシスジュースの写真。


「何のつもりでこれをファクトに渡したんだ?」

「あ………」

この話がファクトから出てこなかったので、しばらく忘れていた。


「何か入っていましたか?」

「ああ。何だと思う?」

「睡眠薬とか?」

「………。その通りだ。知っていて渡したのか?」

「いえ。多分そうかなと。」

やっぱり入っていたのか。あの女の人に伝えてよかった。


「で、これは何なんだ?」

「あ、バイト先で女性に薬を盛ろうとした感じの人がいたので、どうにか取り上げたんです。」

「……。私たちを煽っているのか?」


「え?……煽る?」

「普通警察とかに行くだろ。」

「あの、入れるところは見ていないので罷免や面倒事になったら困るし、黒くて紫のヘドロみたいなのが見えたので、これはチコさん案件かなと…。」


みんなが写真を見るが、どう見てもきれいなピンクの入った赤だ。

「は?」


「………。もしかして視えていたのか?」

「見える?…ああ、なんかそのジュースを買った人もすごい色をしていて。顔も真っ黒だし………股間……というか下半身や手がめっちゃグロテスクだったから、なんか悪いことしそうだなと……」


エリスとチコが頭を抱える。何かミスったのか。


「アホか!さっさと報告しろ!」

いきなりチコが立ち上がって怒る。

「うわ!怖いです。」

「まあまあ。」

カウスが宥める。


「ジェイ。私たちに会いにくいにしても、ちゃんと説明してからファクトに渡せ。」

「ファクトには黒いのが見えるって、言っておいたんですけれど。」

「紙に書くか、もっときちんと話せ。そこまでが仕事だ。」


「ジェイ。煽るというのはな、やめさせたり叱ったりすると、構ってほしくて意味不明の行動をする奴や、逆切れして挑発してたり襲撃したり変なものを送ってくる奴もいるんだ。」

「………そう言う事ですか………」

そんな気概はない。あの時は、どうしたらいいか、警察か、ベガスアーツと話しにくいから何か伝言だけでも…とかしか考えていなくて、そこまで気は回らなかった。



先の2人がまた呆れる。


「霊視ができるって、何でも分かるのだと思っていました。」

「そんなわけない。だから、面談もしたんだろ。」


本当は、チコたちは現物を見て、何か事件的なものがあったのは分かっていたが、詳細までは視えなかった。何でも見えると思われても困るので、その上でも言わないでおいたのだ。


「事件だけでなく、君自身にも何かあったかもしれないんだぞ。」

エリスが真剣にジェイを見る。

「相手の霊性が強いと、こちらの霊視に気付く場合もある。それで、こっちが弱いと霊視の間で飲み込まれて気がおかしくなることもある。悪いことが頻繁に起こったり、だるくなったり無気力の場合もあるし、変に性欲が湧いたり。波長が合うと、よくない霊がこちら側に移って来たりもする。」


「ええ??!」

霊自体の話だろうか。今になって、心が悲鳴を上げる。こ、怖すぎる!

こっちが覗いているのに、ヤバい奴に覗きこまれるなんて、怖くて死ねる。


「もし犯人本人に霊感がなくても、犯人に付いている雑霊の方が強烈な場合もあるからな。だいたい、おかしなことをする人間はそういうのに飲み込まれている。」


ひいいい。

あの男の横でこちらを見据える怨霊を浮かべ、青さを通り越して蒼白になる。ホラーすぎる。


「最初の段階で、もっと詳しく話した方がいいな。」

チコが報告書に説明を加えている。霊性が当たり前に感覚されていたチコたちと、そうでない人間では危険に対する認識が違い過ぎることを知った。


「何事もなくてよかった。それがきっかけで戻ってきたのか?」

「…違います。その少し前からもう一度やってみたくなって。ファクトもスキルだけでももらっておけ、って言うし。」

「ファクトのヤツ…」

 

「……その、コンビニの仕事も逃げて、ここも逃げて、全部逃げて来たから1つぐらい最後まで頑張りたいなと。長くても6カ月間だし。このことが起きる少し前から、自分の中でやっと決意が付いたというか……あの……」

元いた知り合いとも話が合わなくなった。相手の話を聞いていたり、ゲームの話をするくらいだったが。

「…この状態も放置したら怖いし。」



「こちらに来なさい。少し整理しよう。」

エリスの元に行くと、頭に手をかざして祈っている。青と黄色のきれいな光が見える。


吸い込まれていくような、広がっていくような宇宙みたいだ。



その後、頭を両手でつかみながら何かを払ってから新たな何かを形成していた。後で知ったことだが、霊の通る道を整えていたらしい。


人間一人の肉体と霊魂は頭同士でつながっている。


霊線といい、紐に似ているとのことだ。臨時体験の人の本にもそういう挿絵が載っていたな。頭同士って思ったよりカッコいくないなと思った。霊というより宇宙人キャラみたいでちょっと間抜けだ。



「カウスとキロン、サルガスと少し話してからみんなのところに戻れ。私たちは他の仕事があるからもう行く。

キロンが一番心配していたぞ。」

チコもジェイの頭をポンと叩くと、2人して去っていった。

キロンと、サルガスがかわりに入ってきてキロンが手を振る。


小さく礼をする。



頭を触ると、ほんのり温かかった。




***




「あれ?ラムダ?」


ジェイがみんながトレーニングをしているところに戻ると、ラムダがDチームのメンバーと腹筋をしている。

「ああ…、待ってる間にストレッチをして、一緒に筋トレも…」

すごい息切れをしている。心臓麻痺は起こさないでほしい。

「大丈夫!久々の運動だから…。ちょっとキてるだけ。…ううっ。」

「ラムダ!」


ジェイとの面談の前に、エリスが少しラムダと話し込んでいた。ここでみんなに混ざってもいいというので、ジェイの面談が終わるまでトレーニングしていたのだ。


そこにファクトが現れる。

「ジェーイ!どうだった。」

「うん、叱られた。」

「はは!まあよかった。」


変な感じだ。今までの自分だったら、叱られたりケンカした時点でキレていただろう。ファクトの今の反応もムカついていたに違いない。でも、なぜか平気だ。


思えば今まで、言葉の一つ一つに上げ足をとっていた。自分を正として、それ以外何も受け入れたくなかったのだ。




そしてファクトはラムダの指導に入って来る。


「ラムダ、そのまま仰向けに寝て。足は真っ直ぐでも折っても楽な感じで。」

息切れする彼の腹に手を置く。

「口や喉や胸じゃない。腹で息をするんだよ。そうすると疲れにくくなるから。ゆっくり吸って。」

「スウ…。」

「喉が息してる。」

「自分で腹に手を置いて腹が動くか確認して。お腹に空気を入れる感じ。…ゆーくりだよ。」

ゆっくり息を吐く。

「慣れたらこのまま複式呼吸に移ろう。」

「ちょっと待って、先の腹筋がキてる…」

「そういう時に思い出すんだよ。戦団シリーズの中の人も筋トレぐらいしている!だから仲間だと!」



Dチームとファクトでラムダとトレーニングをしているので、ジェイも離れてストレッチを始めた。他のメンバーたちも声を掛けてきたので、適当に返す。



実はジェイ。ゴミ捨て場で瓶を捨てた件から、スポーツジムに通い始めていた。いろいろ調べるとけっこう値段が高い。きれいなジムは客層から違い、見学すらしにくい。


なので、公民館併設の健康啓発センターに通っていた。


毎日数時間レジに座っているのが無性に物足りなく感じたのだ。ジェイにとってそれが一番楽な仕事であり、数少ない社会性だったのに。一般より安く講習が受けられるヨガやダンスは女性ばかりだし、自分がしているところを想像してそこはやめた。

迷っていると職員が声をかけてくれたので窓口で相談すると、区民なら無料で使えるトレーニング室もあると知り、通うことにした。

たくさんのトレーニングマシーンが置いてある。自分1人で続ける自信がなかったので、トレーナーのいる曜日に多く入るようにした。周りはじいさんばあさんが多いが、ジェイが持てるより重いダンベルを持ち上げるばあさんもいた。


店長とはケンカをして出て来た。

でもよかったと思う。どうせ2人で運営なんてできない。売り上げが伸びるから有人にこだわっていたが、出来ないなら無人にすればいいのだ。



ストレッチを終えると、競技場周辺のランニングを開始。


空気が気持ちよかった。





試用期間最終日。

いろいろあれど、脱退者はいなかった。なぜかラムダもいる。


途中、家族の手術に付き添わなければならない者、通いの病院で検査があった者、親族の葬儀以外、全日空ける者もいなかった。




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