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ZEROミッシングリンクⅠ【1】ZERO MISSING LINK1  作者: タイニ
第三章 ベガスアーツ

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31 サマーキャンプ



「マジか!」


「そこ、1本追加!」

マリアスの怒涛が響く。



普段の朝のストレッチの後に待ち受けていたもの。


それは地獄の特訓だった。

なぜか自分たちは過酷な訓練をしている。


伸脚4種10回4本。

腕立て伏せ4種10回4本。

腹筋4種10回4本。

背筋2種10回4本。

スクワット2種10回4本。

懸垂2種10回2本。

ステップ2種10回4本。

ダッシュ2種10回4本。

ほふく前進4種3回1本。

3キロ走一本。


「何だこれはー!!」

「ブートキャンプか?!!」

「ちょっと待った?!職業訓練に来たんじゃないのか?」

「チコさーん?聞いています?」



普通にこなしているのはプロプレイヤーたちだけである。これから1週間、午前中全部このスケジュールらしい。


「ただの筋トレだ。休憩もたくさん挟んでいるし。

だいたいブートキャンプじゃないだろ?サマーキャンプ?ブラウザも取り上げていないし、坊主にもしていないし、髭も許しているし。そのくらいのウォーミングアップ、朝のコーヒー1杯な感じで、中学校レベルだろ?」

何が不満なんだという顔で見るチコ。


スポーツ部以外はこんな筋トレせんだろう、と誰しもが思うが、この人たちと常識が違いそうなのでツッコみ方が分からない。


「アンタレスの中学生はコーヒーなど嫌いです!!」

「こんな空気の世の中を走らせたら問題が生じます!!」

「ほふく前進って何すかっ?!」

「人生のどこでほふく前進をする機会があるんだ!しかも4種!!」

「本来は7種あるんだぞ。」

チコは冷静に答える。

「そんなこと聞いていません!」

「身を隠す時とか、狭い排水路で前進する時とか使うだろ。」

普通の人生にそんな場面はあまりない。排水路とか前進する前に窒息死しそうだ。


「お前らに言っただろ。私の(もと)に就くなら基礎体力、筋肉の保持は必須だ。死んだらどうするんだ?」


死ぬのか。


「ベガスの食堂で働くので、生きる基礎体力くらいで大丈夫です。」

「人口が多いし皿洗いにしてもバテて死ぬぞ。それにケンカに巻き込まれてやられたらどうるするんだ。コマが襲ってきたらどうする。」

その前提はなんなのだ。コマが乗っ取られたらサイバー警察、公安レベルの問題だろ。


「私の管轄で死なれたら後味悪い。頑張るんだ。な?」

死ぬ選択肢多すぎないか?


「俺は漫研だったので、好きな漫画家3人3種各3ページ模写しかできません!」

うるさくほざいている男たちをチコは無視する。



「だいたいなんであいつらは俺らの半分のメニューなんですか?!」

どうしても不満で仕方ないらしい。


アーツベガスは、A~Eチームに分けてあり、A、B、C1チームはフルメニュー。

C2、Dチームは半分。Eは3人しかいないがほとんどのメニューが免除される。

その他、様子を見ながらマリアスが1人1人調整していく。


「ファクトは若いのにC2チームって何すかっ?!」

「成長期の子供に余計な筋肉付けさせてどうする。」

「ヴァーゴもC2チームってどういう事っすか?!」

「年長だから労わってんだよ。…お前ら、人のことはどうでもいいからサッサとメニューをこなせ。軍の訓練だったら私語も禁止だからな。」


チコに見えないように、ヴァーゴがうるさいBチームにしたり顔をする。Bチームは悔しくて仕方ないが、ギリBチームだったサルガスは黙々とメニューをこなしていた。


「つーか、チコさん。忙しいんじゃないんすか?毎日俺らに顔を出さなくてもいいっすよ!」

「お前らじゃない。ファクトと女子を見に来ているんだ。それに今私がするべきことはカウスに任せている。」

「弟愛をこじらせてますね。カウスさんかわいそうだ…。」

「未成年を放っておけないだろ。」



意外にもリーブラが頑張っていた。瞬発力も跳躍力もスピードもないのにDチームのメニューを消化している。握力も強くないが、斜め懸垂などは延々と続けられるようだった。


面接時に追加リストを送ったイータはEチームで通常メニューから外されていた。軽いストレッチと競歩だけのため、男子差別だとうるさい奴らがまた文句を言っている。彼女、一見ほんわかしているがダンスチームメンバーで気は強いので、そんな男どもに「ベー」をして怒らせていた。

イータはタウの恋人だ。


イータを含め通常メニューにほとんど参加しないメンバーは、他のスタッフの元で会計や総務など事務処理を習うことになった。



ファクトはうるさい連中を無視して、自分のメニューのクールダウンの間に追いつけないメンバーの手助けをしていた。

Dチームのジェイは泣きそうだ。

「うう…」

腹筋がつらい。懸垂は1回もできない。マリアスの指導でファクトが補助する。

「腰を痛めるぞ。そこに力を入れるな。」

腹筋のやり方も分からないし、起き上がらずに少し身を起こすだけ。臀部後ろにクッションも入れられる。


「教官…。無理です…」

「頭まででいい。」

懸垂は支えられながら、どうにか頭まで付ける。

「喉で息をするな。しばらく斜め懸垂にしよう。細いな。肺に負担を掛けないメニューにする。」



女子のリーブラたちよりメニューを軽くされた。ABチームと体格も全然違う。

「ジェイ。大丈夫だよ。あっちもそうだし。Cチームだってできない人いるし。」

ファクトが他のDチームを指して慰め、気付いたメンバーが手を振った。Dチームには腕が全く上がらないメンバーもたくさんいた。

彼らも懸垂0~1回で、コツコツ頑張っている。


でも、ジェイは最高に惨めだった。


午前中にこなせなかったメニューは、夕食前の自由時間にすることになっている。




***




午後は、サイコスや霊性を啓発する。


研究所や教会、寺院などの特別な講師が来てくれ、ほとんどが瞑想、座禅や呼吸法の習得だった。複式呼吸、背筋を伸ばすなどの姿勢。


午前中疲れ切ったメンバーは、これは睡眠時間なのか?という感じで眠りこけ、坊主の警策きょうさくで叩かれるどころか、チョップを受けていた。



ミニ講義がいくつか行われ、ベガスに移住した各民族の概要や風習、習慣を簡単に学ぶ。思った以上にたくさんの民族が入っていることを知った。中には政治的理由で先進国家からの亡命者もいた。ただし、この辺りにはあまりいない。ベガスには他にも街があるらしい。




***




土曜の夕方。

ファクトは特別許可をもらって、アンタレスの繁華街に向かう。


母ミザルと夕食を取るためだ。


本当は土曜日はみんなといたい。


スナック類が禁止されているが、土曜の夕食時は好きなものを食べていいため、ポテトフライなど作ってくれる。スタッフ数人も一緒に食事をし、先週は本当に楽しかった。土日は少し特別で、普段は着替えも含めてシャワー5分以内だが、土日は自由でどちらか1日だけは銭湯に行ってもいい。

初めて経験した銭湯が楽しくて仕方ないという、訳の分からないユラスからの移民のじいちゃんたちもおもしろかった。勝手に銭湯を仕切って大迷惑だったが、湯上り後に味付きミルクをくれるのがさらに意味が分からなくて好きだった。なぜそのしきたりを知っている。


夕方や土日は幼馴染リゲルも遊びに来て、一緒にトレーニングもした。



でも仕方ない。約束だ。週一は母との会食である。




久々に見たアンタレスの街は光り過ぎだと思った。


街の大きな電光掲示板にシリウスの姿が映る。

トップ女優や歌手、アイドルと化粧品の共演CM。


このCMでこれまでの数倍の売り上げを記録しているらしい。



SR社はニューロス保守派だ。人間とニューロスアンドロイドをきちっと分けている。


でも、こんなに親しみのあるアンドロイドを作り、人間と同じであることを強調し、ファンを増やしたら、周りを煽るだけなのではないだろうか。


実際、シリウスの熱狂的なファンの一部は、アンドロイドを新しい人類として受け入れようと運動をしている。化粧品を買うような多くの女子が持つ、シリウスへのオシャレに対する象徴的憧れとは目線が明らかに違う。プログラム一つで自分を愛してくれるだろう人間の理想を持ったヒューマノイドに陶酔していた。


ファクトには連合国側のニューロス研究が何を目的としたいのか分からず、それも気持ちが悪かった。

親に聴いても話してくれない。今はまだ駄目だと。


街に映った時間を見て、少し駆け出す。




ファクトは知らない。



世界が見ているシリウスが、たった一人、自分と会える日を毎日待ちわびていることを。





***




そして南海。



試用期間2週間目終了。


ベガス側の予想に反し、アーツの脱落者は1人もいなかった。






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