26 ファクトの乱入
次の日、よく眠った彼らは先日よりは大分元気だ。
「お前ら朝食食べんなよー。食べた奴、健康診断できないからな。今日はランニングもしなくていいぞ。」
サルガスが言う。今日できなかった者は自費とカウスに言われているので、みんな昨夜からきちんと守る。そして、簡単にストレッチと掃除をして病院に向かった。
「やべえ。久々に血い抜かれた…。」
「レントゲンとかも久々だな…」
「なあ、あのパコっとかするの何?」
「心電図だろ。100年前も同じことをしていたらしい。」
「マジか。なぜ進化していない。」
「『ぱこッ』を忘れたくない人がいるんだろうよ。」
「俺の骨密度は大丈夫だろうか…」
健康診断が終わった者から保健センターに移って身体測定だ。病院で測った身長体重以外も見ていく。
病院も保健センターも設備が下町の保健センターよりきれいで最新。一同は驚く。
「ちょっとなんで3サイズまで測るんすか!変態ですか!」
3サイズだけでなく、腿周り、腕周り、肩幅、足のサイズ、座高、頭周り、視力、色覚、聴力、体脂肪率、筋肉量、肺機能、脳機能…全部測っていく。
「何すかこれ?チコさんの指示ですか?座高とか要らないっしょ!頭周りとか嫌味っすか?」
「マジ座高とか必要?」
サルガスがたしなめる。
「うるさいな。お前ら進め。」
「なんかベガスの人、みんな体格良くて自分恥ずかしいっす。」
「ヤバい所まで測られそうですね。」
余計なことを言い出す奴もいる。
「いや、お前らもういいからマジ、サッサと進め。」
そう言いながらもアーツもけっこう体格のいいものは多い。身長190越えるものも数人。中には軍人張りの者もいる。
みんなすごいな―と、平均以下のキロンやジリたちが驚いていた。
「希望があれば、DNA見てもらえるそうですよ。」
連合加盟国は移民であろうと住民、入国者全員に血液などの提出が義務付けられている。なので基礎情報は全て住民登録に入っているのだが、もっと詳しく見てもらえるという。
自分の系列、人種分類、ルーツ。
役所でも住民登録の大枠しか見れないが、マザーシステムでは全ての住民の根を前時代から延々と分析している。どの民族がどういう風に分散したのか、自分はどの流れでここにいるのか分析結果が分かる。
これらは、国レベルの研究事項だが、個人レベルでは親のことならだいたい直ぐ分かった。
つまり、自分の親が誰かという事も、基本隠せない。
膨大なデータに照らし合わせれば、すぐに人物が分かり、子供が知る権利が基本優先される。隠しても、18歳もしくは高校卒業後に子供は自分が養子か確認できる。
この時代、体外受精は一般的にあるが、卵子精子提供は行われておらず、養子が一般的だ。一瞬で誰の子か分かってしまうし、霊線そのものは血という血統で繋がっていく。ただし、養子も家系の未来に影響を与える。
現代、戦争が減った背景にも、DNAデータの共有というのもあった。
血統問題、民族問題で争っていた場合の大部分が、同じ根から出ていたからだ。
大統領、首相クラスの人間、王族、皇族など有名なものほど公に研究が進んでいる。過去それらの血を持つ人物からのデータに合わさり、DNAが残る歴史人物の遺体、遺髪を調べる。過去現在の、周辺、関係民族も調べていく。
ある時点で採取された人物データと、その後途中からの子孫が全く違うことも多々あった。片親でなく、両親が違うことも。どこの時点でどの民族が混ざったかも分かる。
そして、文明出発をした国で、完全に千年閉鎖されていた国は過去にはない。つまり、陸続き、船で渡れる地域はどこも近隣との混血だという事だ。
純民族などないし、正当一系を政権上でも血統上でも守ってきた王族クラスもまずいない。
つまり、すり替えなどたくさんあるし、どこかの代でそのままごっそり成り代わってしまった王族もある。民話や神話はそれを目くらましするための口伝や古文だ。それが文明開化後の前時代まで隠しきれていたというのもすごい。人間が単純なのか。それとも、そのように物を考えるよう、思考性を植え付けられてきたのかということがよく分かる。本来、王族であればあるほど、文明初期に他国の王族や豪族と血縁を結ぶことも多いのだ。
そこに一般人のデータも混ざることで、公表されている物と違う家系図が出来上がるのはよくあることだった。歴史書は想像以上に家系図の変更が加えられたていた。
調べている中で、血統的に現在の家系図と同じく、最も系図が真っ直ぐなのは、アジア隣りの大陸、聖典信仰のユラス民族であった。次席がそのさらに西に行った隣国、ヴェネレ民族である。ヴェネレは旧約時代までは王族血統を保っていた。
ただし、血統は恐ろしいもので、一度王族を外されたり抜けても、それを包括できる力量のある血筋はどこかの代でまた戻ってくる。
遺伝子的に何かあるのか。霊性が導くのか。
それが今の政権とぶつかるという内戦も歴史の中では多々あった。そういう理由は霊性時代、遺伝子解析時代に入るまで、非科学的だと教科書には載せてもらえなかったのだ。
そんなわけで、歴史そのものが、前時代より一新されることになる。
近隣血統、同血統だからこその争いもあったが、再々度事実を突き付けられ、多くの人が争う名目上の理由をなくして戦意が宙に浮いた。戦争をしていた理由自体がそもそも勘違いだと叩きつけられたのだ。
それでも民族を煽りたいものもいたが、以前のように簡単ではなくなる。
たくさんのことが隠されようとしたが、最終的に好奇心旺盛な歴史家、歴史愛好家たちが勝利した。
彼らも初めは、愛する歴史が信じていたものと違う事に拒否感を持ったが、出てくる科学的事実と歴史の逸話がパズルのように合わさるのがおもしろく、好奇心には勝てなかった。
始めは疑心。そこに、今までかみ合わなく違和感があった歴史に、しまっておいた1ピースや他の人の持っていた1ピースが、突如、思ってもいなかった場所にピタッと合わさるのだ。
その快感は研究者や真の愛好家には至上のものだった。
逸話にも白黒あり、何が作られた物か、隠された事実が何かを探るのは楽しかった。
まだ論争は多いにしても、総じて言えることは、歴史の多くは整理された家系図よりは、妾や庶子、養子、取り換えをきちんと加えた家系図の方がずっと正確だったという事だ。人間はそれほど歴史を複雑にしてしまったともいえる。
男子直系と言われていた王族も、そうでないことなど当たり前で、ひどいと写真やパソコンが開発されたような近代でも庶子が山のようにいたり、父母共々の実子でなかったりする。
過去人類は霊眼をなくし、雰囲気で世界を見て生きていると証明しているようなものだった。
きっとそこには渦巻く欲望もあり、その時代に仕方なしのドラマもあったのだろう。
今回分かったことは、アーツの何人かに、そう古くない血にユラス人が混ざっていること。何人かが遠戚同士だという事だ。世界は狭いというが、さすがにこの中に同じ親の隠された兄弟はいなかった。
「つまらんな。ドラマがない。だが、こいつらと兄弟でなくてよかったとも言える。」
と、うるさいシグマが文句を言っていた。
***
3日目。
「あーーー!うっぜー!!」
テストがめんどくさくなったメンバーが叫んでいる。
「体の後は適正、適応ってなんなんだ!テスト終わりっ!」
ヴァーゴは言う。
「俺の方がこの歳で今更こんなテスト受けて嫌だっつーの!」
「俺はおもしろいけど。」
「健康診断とか受けてなかったから、丁度よかったけど。」
全員が講堂に集まったくらいに、見慣れた奴が駆けこんできた。
「先輩!おはようございます!」
異常に元気な子供。
「ファクト?!!」
その通り。
ファクトである。嫌な予感しかしない。
「お前どこに行ってたんだ?」
「今日からこっちに参加します!」
「は?聞いてないぞ。」
サルガスが驚く。
「学校は?」
「休学してきた!」
「はあ?!!!」
「正式に半年休学してきた!」
「…」
講堂内が静まる。
「何言ってんだ。オカンに殺されるぞ!」
ヴァーゴが慌てる。
「てか、親の許可いるだろ。どうやってあのかーちゃんが許したんだ?!」
一部の面々は、ファクトの母親事情を知っている。
一度ミザルが大房に来たことがあるからだ。ファクトが中学の時、自分たちを鑑定するように見て、サルガスと何か話し合い帰って行った噂が広まっている。
「だから父さんのところに行ってきた!」
ニコニコ顔のファクト。
「え?お前のオトンは海外にいるんだろ。」
一番ファクトの事情を知るサルガス。
「で、行って来た!」
みんな意味が分からない。ちょっと飛躍し過ぎている。
「日曜の便で飛行機に乗って、首都のイオタにいたから、父さんに承諾を受けて今日朝戻ってきた。」
開いた口が塞がらないとはこのことだ。
「ミザル博士無視で?」
「父親の了承でいいでしょ。『がんばれ』って言ってた。」
サルガスがファクトにすごむ。
「お前アホか?!これ以上夫婦分裂の種を作ってどうする!」
いわゆるミザル無視で休学を決めたという事だ。恐ろしいことこの上ない。みんなが「そうか、夫婦仲の危機なのか…」と頷く。
「チコには話したのか?」
「え?チコの連絡先知らないし…。」
みんな呆然とする。
「お前、すごい時限爆弾をセットしたな…」
「地雷過ぎる…。」
「え?なに?休学だし?退学じゃないし。1億7千万のためには、やっぱ今の内から動かないと。」
「1億7千万?」
「すごい。単細胞生物ってこれのことなんだな…」
「単細胞生物でも、自然の理に沿って生きてるだろ。」
「先輩。それはひどくない?ちゃんと考えて動いてるよ。」
「母ちゃん無視してか?!」
ヴァーゴが怒る。
そこのところは触れられたくないが、ファクト的には母を通したら何もできない。いや、母の意に沿えば自活するにしても安定人生は送れるだろう。ヴァーゴから思いっきり目を逸らすと、タウと目が合う。それでその反対に逸らすと、サルガスが呆れている。
「一番避けていけないものを避けたな…。」
サルガスは、リゲルからチコとミザルの雰囲気を聞いていたので途方に暮れた。
「ファクト、ここには入れないぞ…」
「なんでだよ。」
「チコの立場がないだろ…」
「父さんは何かあったら協力するって言っていたけれど。」
「…はあ。」
「いい、母さんが乗り込んできたら、その時はちゃんと話すから。」
乗り込む前に、自分たちの知らないところでチコとひと悶着になりそうだ。
「申し訳ないだろ。話す気があるなら話してから来い。」
「でも適正診断は絶対受けたかったから。」
サルガスに対する答えになっていない。
ファクト的には適性診断に強い思いがありそうだ。でもそんなもの、お金を出せばどこでも受けられるだろ…とみんな思う。そのために海を渡ってきたのか。母に話す方が楽でないのか。エネルギーの使いどころが違う。
案の定。入ってきたカウスが挨拶をしようとした時、ファクトを見て固まる。
「あれ?ファクト君?」
「あ!カウスさん!おはようございます!1人追加できますか?」
というわけで、なぜかファクトが加わったのだった。




