22 君の中の光は?
いま世界は、最新のニューロスアンドロイド『シリウス』の話題で溢れていた。
トーク番組で笑ったり説明したりするシリウスは、人間と全く区別がつかない。
女性アナウンサーの物真似をして下さいと言われ、不器用に真似る姿は愛らしい。
その反面、状態を変えると最高の機能を発揮し、完璧な的中率で動く的に弓を放ったりした。弓は木製だ。
普通のニューロスアンドロイドは、物によって個体差がある弓のしなりなどは計算できない場合が多い。はじめにプログラムを入れて学習機能で補う程度だ。それでも高度な技術を要する。
シリウスは根本的に違った。全てが初めから入っていた。人間と同じように脳部と体が連動していた。
まるで人間が入っているかのように。
SR社の商品は飛ぶように売れている。
元々の商売品である、コスメ部門も過去最高売り上げを出す。その影響で生活用品市場も潤う。
シリウスには及ばないが、似た性能のニューロスアンドロイドも発表された。各国法律、国際条約で超高性能ニューロスの個人所有は禁止されているため、一般用ではないがそれは大きな宣伝でもあった。メカニック、チップ、バッテリーも買い替えがされ、新規導入の際はSR社が多く選ばれた。
「すげーよな!」
ラスは夢中だ。
ファクトはどうでもよかった。
「なんで俺は学校にいるんだ…。無念すぎる。」
今日、明日とベガスで下町メンバーの面接がある。行きたかった。俺も面接するか、面接官に混ざりたかった。あの兄さんたちがどんなことを言っているのかも見てみたい。
ラスが無理やり見せる動画を仕方なく眺める。
シリウスだ。
じっと眺めると、「少しチコに似ているなー」と気が付く。似たものをまとっている感覚があるのだ。見た目は全然似ていない。チコにはシリウスに感じたアンドロイド的な違和感もないのになぜだろうか。
母とも接触があったし、多分チコはSR社に関わるサイボーグだろう。だから似ているのかもしれない。
「はー。ツィーたちどうなったかなー。」
「ファクト、ヴァーゴから。」
リゲルが前の席からメールを見せた。
『チコの野郎許せん。他の奴には女を切れとか言って、俺には結婚した方がいいぞとかぬかしやがった。セクハラだ!』
リゲルが笑う。
ヴァーゴは今回ベガスに行った中で最年長である。
「リゲル。お前もゲーム始めたのか?やめとけよ。」
勘違いしたラスが呆れる。リゲルは厳つい顔に似合わず、勉強はまじめにするタイプだ。時間の無駄だとゲームもしない。
でもチコの言う事は分かる気がするファクトたち。ヴァーゴはリゲル以上に普通女子が逃げそうな顔をしているが、根はいいやつだ。自分たちも小学生の時から面倒を見てもらっている。奥さんや子供がいれば大切にするだろう。
2人で納得していると、ラスにノートで叩かれた。
「先生来たぞ!」
ファクト、リゲル、ラスは幼馴染3人組だ。
***
「ドラゴ・ツィー 25歳 飲食店とメカニック整備経営 高卒です。」
ツィーだけ個人面談。
言い出しっぺだから責任とらされるのか?
面接官側も真剣な顔で無言。先までなんとも思わなかったのに、重い空気に緊張してくる。
「んー。」
カストルが髭を撫でた。
「ドラゴ・ツィー君。改名しなさい。」
「はい?
かいめい?」
いきなり予想だにしない言葉が飛ぶ。
「改名。名前を変えるんだ。知らないのか?」
「はい?」
知ってはいる。
「『サルガス』」
「サルガス?」
「今の名前に足してもいい。呼び名はサルガスにしなさい。」
「あ、はい。」
混乱もしていて、あまりに普通っぽい会話に思わず返事をしてしまった。
「多分サルガスの方が能力が出しやすい。」
「…はい。」
「他に何か?」
「…届け出も出すんですか?」
「時間がないからな。とりあえず呼び名だけでいい。」
全て捨ててくる決意はあったので、ツィーは説明も聞かず流れで受け入れた。
ただ、今の仲間に「新しい名前で呼んでください」というのは恥ずかしい。
「なぜここに来た?」
チコは無言だ。カストルだけが質問している。
「自分にも、あの地域にも限界を感じたんです。」
「『限界を感じました。』よく聞く言葉だな。」
名前改めサルガスはそのまま答えた。
「仕事もないし、必死に働いても今しか暮らせない。中年から自殺者も多い。
なら、そうでない人たちの力とノウハウを借りればいいかと。」
「うちはどちらかといえば、今は低所得者が多い。チコも仕事に見合うほどもらっていないぞ。もっと高いところがよかったのでは?」
「相手にもされませんから。
就職できたとしても、よっぽど自分に力がなければそれだけです。そんな秀才ほとんどいない。それに会社に選ばれても自分が働くだけ。大房の構図は変わらない。私たちには何もないんです。」
「…」
またデータを見つめるカストル。2人だけの会話になっている。
「少しずつ上から下に流すんです。社会の仕組みを。私たちだけでは何も変わらない。あなた方やファクトがいれば富裕層、経済層にもつながる。ここベガスは上から下まで多くの層がいるので、貧困層にもお互い人や知恵が流れていく。どこの層から崩していけるかずっと掴めなかったから…。
ここに来たら、いくつかきっかけが分かりそうで。」
「かなり抽象的だが、言わんとすることはなんとなく分かる。」
「アストロアーツに集まるのメンバーに言っても伝わらなかったんですけど…。
私たちの学区はいい加減なところだったから行けば卒業というか。…頭のいい者も大卒の者もいますけど学区外は頭だけでなくお金もいる。そのためにお金を稼いで子供に出世させる親は大房には少ないし、親にも基礎がないから無理すると親子共々潰れたりする。」
ベガス自治区域長補佐も口を開いた。
「えっと、サルガスだっけ?俺の祖父の時代は統一アジア前で、大混乱。俺らも高卒だし大丈夫さ。今度飯でも食いに行こう!」
その後少しだけ家庭環境を聞かれる。
両親は小4の時に離婚。母に育てられる。成人してからはほとんど両親に会っていない。妹弟がいて仲は悪くないがこちらもしばらく会っていない。飲食店経営者だが、実質アルバイト時代と変わらない生活をしている。アストロアーツはバイト店長をしていてそのまま経営を引き継いだらしい。
「では終わりだ。」
カストルが締めて、今日の分の面談が終わった。
チコは一言も話さなかった。
サルガスが退出すると、みんな先ほどまでのデータを眺める。
ベガス自治区域長補佐がサルガスの資料を不思議そうに見た。
「ぱっと見、今日見た中では普通の青年なんだけどな。暴力沙汰で高校を隣に移って…成人してからは目立ったことはないようだが。」
エリスが言った。
「血縁にいたのか、生まれた地域にいたのか…。近い立場に何人か殉職者がいますね。」
ベガス自治区域長補佐は驚く。
「そうか?!分からなかったぞ。」
「モヤに深く覆われています。」
エリスもモヤで見えるタイプだ。牧師で元旧教祭司のため、チコよりは具体的に霊性世界が見える場合もある。
商工会長たちも考える。
「今日全体を見れば、自営業者もそれなりにいますね。若いのに。飲食店や整備屋が多いのかな。」
「この辺りはもっと話し込んでみないと、できるタイプかは分からないな。」
「そういえば、カストル総師長。面談でおっしゃっていた名前を変えて『引き出せる能力』ってサイコスのことですか?」
「それに限らずだ。運気的なものかもしれないし、どういう形で出るかはもう少し見る必要がある。はっきり見えないから名前を変えた。」
「変えたら見えるんですか?」
「そういうこともある。星周りを変えるんだ。」
「はあ…。」
商工会長は分からないことだらけだった。
***
サルガスは面接会場のドアを閉めると、一息した。
「…なんだったんだ?」
横を見ると、仲間たちが何人か帰らず待っていた。
「ツィー、即落ちか?早かったな!」
ヴァーゴがうるさい。
「1人だったから。」
そういえば改名したのだ。
こいつらに言うか迷う。
絶対囃し立てられる。
ヴァーゴたちの憎たらしい顔を見て、本採用まで黙っていることにした。
***
「シリウス。整備の時間です。」
シリウスの部屋にスピカがやってくる。
スピカはシャプレーの秘書的アンドロイドだ。機能は最もシリウスに近い超高性能機種の一つ。独自判断で動くがシリウスとは少し違い、機体を変えながら30年近く働いている。
「ねえ、スピカ姉さん。ファクトとは会えないのかな?」
「ファクト…。ミザル博士のご子息ですか?」
「そう。」
「判断できません。ミザル博士には話を振らない方がよいと思います。」
「…そうだよね。」
「つながらないのだけれど、時々私を見てくれているのかしら。」
「どうでしょうね。」
「こういう時、それが分かるといいのに。」
誰のデバイスで見られていたかはネットに入れば分かる。しかし、そこまでのデータに入る権限はない。ニューロスだからと何でもできれば今の世界では混乱しかないだろう。
なんだかワクワクして、楽しさが溢れ出てくるこの想いを誰かに伝えたかった。
でも、シリウスは慌てた。
スピカにはシャプレーへの報告義務がある。記録が残ればミザルにも伝わる。そうなれば、ミザルはファクトを絶対にSR社に連れてこないだろう。
でも、このワクワクする思いは、もう少し自分の内に秘めていたい。
シリウスの頭脳はネットに繋がってはいるが全てが研究所のマザーシステムに残るわけではない。ある程度独自判断で内部処理する。そこも他のニューロスとは違う。
それにこの気持ちは、研究をする上で絶対の報告事項だろう。アンドロイドとしての重要な分岐点だ。
「おもしろい子だったからね!会ってみたかったの。ミザルには内緒だよ。」
シリウスは口に人差し指を当てる。
「内緒…。」
普段無表情のスピカが、真似をして少しだけ笑った。
***
一方ファクトはと言えば…、
「サルガス!」
「サルガス!!」
「サルガス!!!」
「おおおーーーーー!!!!!」
夕方学校が終わってアーツに直行。
サルガスコールで盛り上がった店内で対戦ゲームをしている。彼らはシリウスの出るメディアなんて全く見ていなかった。
アーツ店内で鬱陶しい奴らに囲まれてキレそうなサルガス。
改名は黙っていようと思ったのに、あの面談の後、チコもすぐ退出してきてみんなの前で、
「ツィーはサルガスに改名したから、サルガスでよろしく。」
と、サックと言って去っていったのだ。
面談時間は何も話さなかったのに、最後の最後に何なんだっ。
あれから「サルガス、サルガス」と千回は言われている気がする。しかも仲間内のSNSであっという間に広まった。もう恥ずかしさも怒りもなくなって、ひたすら鬱陶しい。
ビールの空き缶の底で周りの奴らのデコを突く。
「黙れ。お前ら!」
禁酒禁煙の世界に踏み出したのに、シャウラの『ワンドリンク絶対。長居した奴2杯は飲め』との命令により、ビールやチューハイのジョッキで盛大に乾杯。ファクトたち高校生はコーラだ。サルガスもコーヒーにしておいた。
そして、今日もアーツは深夜まで盛り上がるのだった。




