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ZEROミッシングリンクⅠ【1】ZERO MISSING LINK1  作者: タイニ
第二章 南海広場

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19 本当は笑いたい長老会議



「それで、……この人数を預かったと?」

「あ、はい。ごめんなさい。」


どうしようもないことは最初に謝っておくに限る。


ベガスの会議において、長老に囲まれたチコはすまなさそうに言葉を濁す。長老とはいわゆる役職のようなもので本当に老人というのではないが、この場にはそれなりのご長寿も揃っている。


「むう…。」

まさにそんなご長寿、法衣をまとったカストルは、39人のデータを見つつ白髭を撫でながらうなった。

「何人か……クスリで更生施設に入っていたな…。強い物ではないが。大卒は……7…8人か。これは多いのか少ないのか…。子供のいない既婚者は1夫婦含めて3人……。」

「まさか上空戦で一般人に負けるとは…。」

チコが苦笑いをする。


何が空中戦だ。くだらないという顔で見られる。

みんなの呆れた視線が痛い。思わず目が浮く。




ここはアンタレスの『ベガス自治区域』の会議室。組織のVEGA(ベガ)とは違う。


VEGAをはじめとする様々な機関が連携し、東アジアとユラスが作り上げた新自治区域だ。競技場を中枢として、旧都市に新しい街を作っている。


東アジア人だけでなく、大半の住人が西アジアも含む移民である。名前は功績をあげたVEGAから取って『ベガス』となった。組織ではなくいわゆる区市郡などの特別区域にあたる。まだ大々的に知らされてはいないが、もちろん世界公認の自治区域だ。東アジアの他の自治体と同じ体制がとれることを保証し、一定期間安定が確認されてから、本当のアジア行政区域に変更される予定である。


南海広場はベガスの一角で、移民がアジア一市民として生活ができるまで、教育を受ける仮住宅地であり、教育機関が混在している。習うことは法からゴミ捨てまで学び、職業教育、必要免許受講もでき、高校までは大人も無料である。希望なら大学進学も可能だ。




チコは今までになく小さくなる。


「口約束ですが証人が多いし、約束は約束なので…。

……勝手に申し訳ないです。」

チコの細い言葉にカストルがため息をついた。


「住居地域で車両込みで走り回った挙句……バイクも貸し……」

少し若い人物、エリスがチコを見る。

「周りを巻き込んで盛り上がったそうだな。」

住民が歓声を上げている場面を指した。


みんなが頭を抱える。この騒ぎに集まったうちの半分は情で成り立ってきたユラス民族出身者のため、口約束でもここまで明確なものなら無下にできない。


至る所に設置されているカメラ映像も映され、居た堪れなくなったチコが弁明する。

「その代わりファクトに会えました!」

今日一番の元気どころだ。


全員が真顔で一斉にチコを見た。


う!

何とも言えない空気にたじろく。


両親は世界的な研究者だ。ファクトが親の意志を受け継いで立派な進路を見出していれば反応も明るいだろうが、チコと出会ったことで高校までやめると言い出す始末。そんな事情も知られていて、責任の重さが付加する。


ここで、気押されしてはいけない。

「それで…、VEGAはでは難しいし、いろいろ考えた結果、もともと共生計画の一環があったので、中央区大房をそこに組み入れてみてはと。」

そうすれば、彼らはベガス内で職に就ける。


ベガスの労働者として受け入れるという事だ。



新時代、統一アジアは「『囲われた多様性』を広げるつもりはない」として、移民を受け入れている。氏族や民族性を否定する意味でなく、それぞれ封建的な自治区を作らず、同じアジア人として共に暮らし共に発展することが条件だ。民族性は尊重されてもその前には来ない。犯罪や違反行為には国外退去など厳しい罰則が付く。


西アジアの隣地帯、統一ユラスと違う点もそれだ。ユラスはアジア横の山脈を越えた大陸先の民族で、ベガス移民の多くを占める。ユラスは同一民族意識が強く、統一の名がついた後も基本は同民族で固まることが多い。


アジアは既に前時代から人種の坩堝となっており、各々の民族意識そのものでは統率できない。どちらにせよ、これ以上、物理的囲いも封建意識も作る気はない。

今は移民地域と線を引いているが、長期的なものにするつもりはないのだ。アジアももれなく前時代までにたくさんの血を流した。そんな時代はもうこりごりだった。


「……前科者もいますが?」

横から質問が入る。

「彼らが計画の対象になるとは思えない。」

「はあ、そうですね。」

チコも全員の資料を眺めながらうなる。


お前ら、もっとまともな生き方しろよ。とツッコみたくなる。



でも、これ以上に大変な人々はいくらでも見ているし、彼らはユラス人より話も通じる。ユラスの場合は会話のきっかけさえも膨大な信頼の積み上げと、彼らの心を動かす知識と雄弁さが必要だった。若く女であるチコは、初期話し合いの席にもつけなかった。

他の大陸や地域では、話を聞く前から銃を向けらることもあったし、襲撃も受けてきた。それを思えばバイトという旨味一つであれほど動いてくれるのは本当に気持ちがいい。あいつらかわいいな、と思う。



それにしても、ファクトの周りに、まさかこんなに犯罪歴のある者がそろっているとは思わなかった。


重犯罪ではないし更生しているらしいが、一方ファクトの通っていた蟹目の学校は中間層のごくごく普通の学校だ。犯罪歴のある者もまずいない。


先日の件の後、ファクトに学校が嫌なのか聴いたら、友達もいて普通に楽しいらしい。でも、大房の下町メンバーとも気が合ったらしく、学校はそこに比べると退屈ではあると。贅沢な悩みだ。

一体あの博士二人を親にして、グレているわけでもないのにどんな交友関係を築いたらああなるのだ。二人もあそこまで子煩悩で、なぜこれを放置しているのだ。


しかもなぜ提出データの人数が増えているのだ。ファクトは除外されているため、実質4人増えている。


あいつら…。連絡もなく追加を送ってきたな…。



なお、公安などに注視されている政治犯、活動家。性犯罪者、その他悪質な犯罪を犯している者は無条件ベガス自治区域の計画から除外される。乱れた性関係を持つ者、クスリ、ギャンブルなど指定の中毒者、明確なDV加害者記録のある者も除外対象だ。

「ギリギリのラインだな。会ってみないことには何とも。」

ひとりが言ったが、おそらく全部蹴落とすつもりだろう。



彼らの住まいは中央区大房(おおぶさ)


大房は危険地域ではないが柄が良いともなんとも言えない。前時代から、労働移民の多い地だっため文化も雑多としている。普通の若者の街っぽくもありながら、裏に入るとメカ屋やジャンク屋も多く、込み入った感が好きな人にはたまらない場所でもある。

でも、同じ中央区でも裕福層は近付かないところだ。


どのみちいつかは都市構築の対象に入る者たちだが、少なくとも計画後期、もっと基盤が整ってからの、もしかして何十年先にも関わる可能性のない、今は放置された地域だった。出来上がってしまった街の方がメスが入れにくい。世界全体が変わるまで変わらないかもしれないところに、わざわざ浪費することもないだろうと思われていた。



カストルはじっと資料を追う。

「確かに、真っ黒はいないな。グレーゾーンもそこまでひどくはない。ただ、言うように全員に面談はいる。」


カストルは本人、親の名前、写真などを霊性に当て、過去を追える。データを見て下町メンバーの持っている家族の系列にどの程度曇りがあるのかも大枠見分けられた。


「という事は、受け入れるのですか?」

ひとりが聞いた。

「まあ、こんな機会も珍しい。ファクトを取り込めばミザルもこちらを放任できないだろう。よくも悪くもな。これも縁だと思うか…」

今、ベガスとSR社は一部で微妙な対立関係にある。



そしてチコを見て言った。

「私とチコで受けもとう。」

「な!?」

周りがざわめく。


カストルは正道教会アジアの筆頭牧師であり、宗教学の権威であり、アジアやユラス、そして世界の各宗教を総括する総師会、総師長だ。


「総師長!何をおしゃっられるのですか?!」

「私がするのは後見人的役目だ。全体も見るが、基本はチコに任せる。」

「とはいっても、この忙しい時に!」

総師長は平素から忙しいので、こんなことをしている場合ではない。補佐のエリスが焦って立ち上がった。


「なら、エリス。お前が私の補佐だ。チコと頑張ってくれ。」

「はい?」


カストルが何気なく言う。

「中央区は上も下もしがらみや癖が強すぎてめんどくさい。ここから地均し(じなら)するのもよいかもな。」

エリスがぽかんとする。

「でも、取り柄のない層です。彼らを今、取り込んでも時間と労力の無駄です!」

「せっかくチコに服従するという約束で、放置された地域の者たちが集まってきたのだ。今から種をまいても悪くはない。いい機会だろ。」


確かにそうだ。『絶対に言う事をきく』と約束を取り付けた。扱いにくく縁もないだろうと思っていた地域の若者を有効活用できる。普通にしていたらこんな話はなかっただろう。彼らとは接点がなさすぎた。


これまでにない算段が打てるかもしれない。



それにカストルはちょっと面白かった。


チコは今まで全く気を抜いたことがなかった。

計画にも絶対性を求め、非常にシビアなラインで事を進めていた。なのに、ひたすら下手したてに出て会議ここに来た。まじめな話の場を持ったと思ったのに、これまでになく言葉のキレが悪い。戸惑うことはあっても、誠実に事を追い詰めても、人の機嫌を愛想笑いで取るようなことはしなかったチコが。


そして持って来たのがこの資料だ。鉄の鎧から弱みを掴んだ気がして肩の力が抜ける。

チコ相手に悪だくみを考えているわけではないが、ククッと笑えてしまう。


ユラスでもアンタレスでも、役職尽くめの人間に囲まれ、たくさんのバッチを背負って来た。それがなぜ、皿洗いの紹介を頼まれ、しかも国家や国際規模の組織の重鎮たちにそんなことを頼み込んでいるのだ。


チコを出し抜いた面々を見てみたい。



「まず、この者たちを受け入れるか採決を取ろう。承認されれば正式に彼らがどこに就くか決める。」

「え?え?」

速すぎる話にエリスが戸惑っているが、会議は進む。






結果、南海を中心に動いている誰かリーダーにクッション役をお願いし、大房の責任者をツィーとすることで受け入れを決めた。もちろんエリスは補佐だ。


チコはほっとしたが、エリスには後で盛大に叱られた。



エリスが怒っているので、カストルもまじめな顔を保って、そそくさと次の議題に移った。




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