16 ビル群の深海と星の空
「ツィー。あのチコとかいう人は何なんなん?!」
「知らん。昨日会ったばかりだ。」
え?!が攻めてくる。
知る前から、弟子になりたいお前らも何なんだと思うツィー。
「お前ひとりっ子じゃなかったのか?」
次はファクトが答えを求められが知るわけがない。
「俺も、今日で会うのは3回目…かな。何も知らない。話の流れからどっかの役場の人とか護衛とは思うけれど、分からない。」
みんな呆れる。役人と護衛は全然違う。軍人と言いたいがここでは控えた。自分が調べたサイトは昨日教えたが、その他は強そうということ以外知らない。いわゆる、ここにいるみんなが知ってそうなことだけだ。
「頼りねーな。」
話しながらバイクのある人間はバイクに移り、全員にスクリーンを出した。
「参加する人は?」
「やっぱりやるんすか?追いかけっこ。」
「やりたい奴だけでいい。」
ほぼ全員参加の意思を示し、クリーンには競技場周辺図が映し出された。
「36人いる。分散しよう。」
「あのチコさんって人、車両で動いてもらった方がよかったですね。」
車関係なら特殊な車両を除いて、データに映る。
メイン画面や個々の画面の地図に、AIが分析し分割したエリアが出るので、自分の受け持ちたい範囲を指で押す。すると例えは名前が出て「キファ・A3エリア」など続く。あとは細かく部分担当したければ声にするか指で囲えばいい。
車のない物はグラウンドを囲った。
「私ここしか見れないから!」
リーブラは今いる周辺を選択した。
「ムギちゃん、一緒にケーキ食べてよ。そこのおばあちゃんがくれたの!」
移民のおばあさんがピースをしてくる。ここはお茶会になりそうだ。
「はあ…。」
参加する方向に動いたメンバー全員で守備範囲を確認し、だいたい振り分けができたのでそれぞれ動き出した。
ここにきて、おおよそのメンバーに一つの確信があった。
チコ・ミルク。
彼女はニューロスサイボーグだ。
助走もなしにほぼ垂直5メートル近くを飛べる脚力。
男一人を抱えて自由に動ける筋力とバランス。
こちらにもかなり運動神経がいいのが何人かいるが、自身の身長以上を垂直で軽く飛べる奴はいない。2階くらいなら飛び降りたり、ほんの少しの足掛けでビルをタッタカ登ったり下りたりする奴もいる。でも、さすがにあの跳躍力はない。
アンドロイドであったり重大な精神的問題、コントロール手術経験のある人間は、公的機関の役職に就くことはできないのでアンドロイドは予想から省かれる。彼女が連合国組織VEGAのリーダーなら国際組織のトップクラス、人間でなければなれない役職である。
そして、サイボーグは病気、事故経験者や兵士に多い。体を大幅に損傷することが多いからだ。そう思うと合点がいく。チコも何か怪我でもしたことがきっかけだろうか。心が痛んだ。
義肢とサイボーグの境目はまだ世界的に結論がでていないが、ミザルと接点があったことはそういう事なのかもしれない。
それに、ファクトは初めからニューロスアンドロイドだとは思っていなかった。
あの『何もない感じ』がしない。チコは人間だ。
人間で異常な身体能力。どのぐらいニューロス化したかは分からないが、おそらくサイボーグだろう。
この追いかけっこは、しょっぱなから手詰まりだった。
はじめにチコを見逃したのがまず失敗だ。数人でも誰か目を離さず追いかけるべきであった。追えるかは別としても、一度見逃して見つかる相手ではなかった。
あれこれ探しても検討がつかない。
建物の中には入らないと言っていたので、隈なく探せば見える範囲にいるのだろうが、全く分からなかった。
***
「ヒマだな。」
チコは第一競技場、ナイター照明のライト。投光器や鉄筋の隙間に体や服の目立つ色を覆って隠れていた。
まだ明るい空に星が見える。
最近は一段と明るい。
吸い込まれそうな、迫ってきそうな満点の星空。
これが視力によるものなのか、サイコスによるものなのか、霊性によるものなのかはチコ自身も分からない。サイコスは超能力的な力。霊性は生命の存在そのもの、エナジーのようなもの。
それは存在しない、もしくは特別なものだと思われていたが、実は誰にでもある能力だ。
見え方はそれぞれあるが、一般的には世界線の軸を少し変えれば、すぐ見えてくる。
ただ、掴む感覚を持っているかいないかの違い。そして、誰もが使いやすい周知の凡庸な能力がある反面、個性にも大きく左右されるものなので、力の種類、大小の差も大きい。扱えるようになるには基礎と汎用性のある訓練、応用が必要だった。
前時代の人々は多くの雑多な物に気を取られて、動物よりも何も見えない人が多かった。前時代の前、旧時代よりも感性が塞がっていたのだ。
社会的に信心や不思議なことがカルト化、無能化された。
確かに良いこと悪いことあらゆることが起こり、それを利用する人、その心理をさらに操る人と、世界は混濁し正解がなかった。
海や森を見ても、葉脈を見ても、そこにエネルギーが、宇宙が宿っていることに人間の多くは気が付かない。気の流れをうまく持っていけば、例えば災害、事故が感知出来たり、出産が楽になったり、ある程度の体のコントロールができることも知らなかった。逆に言えば、気詰まり、悪だまりのある場所が分からず起こる病気も多かった。
目の前のライトが強すぎると周囲が見えないのは知っていたが、物や情報に囲まれ過ぎるとたくさんのことが見えなくなるとは思っていなかった。情報の中で人々は息継ぎもできなくなっていたのだ。
霊が見えないので、死んだ人間が横に立っていることも分からなかった。だから簡単に人を殺すこともできる。
価値観は目に見えるものだけであった。
まだ前時代から何十世紀もたった訳ではない。
この時代の人も前時代の流れをそのまま受けている。未だ何も見えない人もたくさんいる。全てが変わったわけではないが、それでも五感以外を捉えることができる人の絶対数が増えたため、社会は変わるしかなかった。
それに、旧時代の人間より前時代の人間が弱かったというわけではない。昔は未知と呼ばれる力を使い少数の人間が祀られた。でも、前時代後半は、たとえ混乱の時代であっても全体の感性、感覚が平均的に底上げされていたのだから。
ただ混沌の中で闇に悶えるだけでなく、過去、人が懸命に生きてきた足取りを思い、昇華させる人々も増えてきたのだった。
この都会の海に絶望しか見えないのではない。
光る星がある。




