(4)新年会(3)
新年会が後半戦に入ります☆
桜の園で花見をしつつ、新年会に盛り上がる異種たちの傍では、
料理人たちが休みなくバーベキューの用意に奮闘していた。
翡翠の館の料理人で在る、まだ若いコックのカーキの短い髪のショーンが、
食材をザクザクと包丁で切り乍ら言う。
「此のイカ、ぷりぷりしてるなぁ。丸焼きにしてイカ焼きにしたら、旨いだろうなぁ」
ぼやくショーンに、同じ翡翠の館の年配の料理人が窘める。
「こら!! イカは、ちゃんと食べ易い大きさに切る様、夏風の貴婦人様に言われているだろう!!」
「ええ!! でも、イカの丸焼きって美味しいっすよ」
「いいから、ちゃんと切れ!!」
「へーいです」
仕方なさそうに肩を竦め、ショーンはイカを切る。
すると。
「あー!! 其れ、イカでしょ!!」
赤毛の少女が声を掛けて来る。
「あ、赤の貴婦人様!!」
思わず背筋を伸ばす料理人たちに、赤の貴婦人が目を輝かせて言う。
「此れ、イカ!! 此のイカ、二つ丸焼きで頂戴!! タレ付けてね!!
イカの丸焼き、美味しいんだよね~~!!」
まだ切られてないイカを指差す赤の貴婦人に、ショーンは嬉しそうに頷く。
「か、かしこまりました!!」
早速、イカを串に刺して焼き始める。
其の間、赤の貴婦人は、あちこちの鉄板を覗いては、途中摘んだりして食べている。
「だからイカを丸焼きにしたら、美味しいって言ったじゃないっすか」
ショーンがぼそぼそと抗議すると、
「だが夏風の貴婦人様に、イカはちゃんと切る様に言われているんだ」
ぼそぼそと年配者の料理人が言う。
「バーベキューとかは、丸焼きの方が楽しくて食べ易いと思うんすけど」
「言われた通りに作るのも、私たち料理人の務めだ」
「まー、そーっすよね!!」
渋々納得するショーン。
そんな遣り取りをし乍ら、料理人たちは異種たちの料理を作っていく。
異種たちは、もうそれぞれ好きな酒を飲んでいるが、バーベキューに慣れない婦人たちも、
笑顔で串焼きを食べている。
そして間も無くしてイカ焼きが出来上がると、
「あっりがとーー!!」
赤の貴婦人は二本両手に持って、皆の下へ戻る。
「夏風の姉~~、イカ焼き食べる?? 美味しいよ~~!!」
一本差し出してくる赤の貴婦人に、夏風の貴婦人は仕方なさそうに受け取る。
「イカの丸焼き、食べたいなら食べていいけど、皆には配らないでね」
がぶり、とイカに齧り付き乍ら、夏風の貴婦人が言う。
「うん??」
赤の貴婦人はイカの頭を咥えた儘、赤い瞳をきょとんとさせる。
「イカ、嫌いな人居るの??」
だが夏風の貴婦人は軽く笑うだけだった。
「まー、皆、好みそれぞれだしね」
「ふーん。判った~~」
もぐもぐとイカを食べ乍ら頷く赤の貴婦人。
だが内心、
「こんなに美味しいのになぁ~~」
と思う。
一体、誰が、イカ嫌いなのだろう??
其処まで考えて、赤の貴婦人は、ふと在る人物に目が留まった。
其の人物は、異種男子の中で、皆の話に耳を傾け乍ら酒を飲んでいる。
其の彼が、赤の貴婦人は答の様な気がした。
「・・・・翡翠の兄、イカ嫌いなのかな??」
夏風の貴婦人がルールを決める時には、必ず理由が在る。
そして其のルールの中心にいつも居るのは、あの翡翠の髪の貴公子が居る事を、赤の貴婦人も、
もう知っていた。
だが其処まで考えたものの、
「でも、ま、いっか」
別に取り立てて真相を知る必要性を、赤の貴婦人は感じなかった。
赤の貴婦人はイカを食べ乍ら、異種の女子たちの輪の中へと戻る。
「それでね、タンタイル公爵ったら、熊だったのよ、熊!!」
「確かに見た目は熊さんの様ですわよね。髭も長いですし」
女たちは固まって噂話に夢中だ。
「もう、脛も胸も毛むくじゃらだったのよ。わたくし、一気に冷めてしまって」
「でも、まぁ、髭の濃い男は大体胸毛在るわよ」
どうやら毛深い男について女たちは盛り上がっている様である。
「まぁ!! 脛や胸に毛が生えたりしますの?!」
思わず声を上げるのは、春風の貴婦人だ。
「胸毛はともかく脛毛くらい、男は皆、生えてるわよ」
呆れた様に言う白の貴婦人に、春風の貴婦人は、
信じられない!! と云う様に桃色の瞳を見開く。
「そんな所に毛が生えて、何になりますの?!
わたくし、足に毛の生えた殿方なんて見た事がありませんわ!!」
はっきりとそう言う春風の貴婦人に、周りの女たちは思わず顎が外れそうになる。
「貴女ね、男の脛毛の存在も知らない女なんて、人類何処探しても、きっと居ないわよ」
「春風の貴婦人は、御嬢だからねぇ。旦那が白銀の貴公子だし」
「異種ゆえ、判らない事も在りますわね」
「何?? 蒼花の貴婦人も男の脛毛、見た事なかったの??」
突っ込んでくる夏風の貴婦人に、蒼花の貴婦人は思わず頬を赤らめる。
「し、知っているわ!! そ、其のくらい・・・・!!」
だが其れが返って墓穴を掘る。
「あら、蒼花の貴婦人。
わたくしの知る限りでは、貴女、漆黒の貴公子しか知らないんじゃなくって??」
白の貴婦人に問い掛けられて、蒼花の貴婦人は真っ赤になる。
「し、知らないわ!! 勿論、知らないけれど!!
わたくし、貴女の様に殿方と遊び呆けたりしないもの!!」
「そうよねぇ。じゃあ、何で男の脛毛を知ってるの??」
先程まで男の脛毛を知らない事の方がおかしいと言っていた白の貴婦人ではあったが、
今度はガードの固い蒼花の貴婦人こそが、何故、男の脛毛を知っているのかと問い詰めてくる。
夏風の貴婦人や赤の貴婦人、春風の貴婦人にまでも見詰められて、
蒼花の貴婦人は湯気でも上がりそうな顔で、たどたどしく答える。
「知ってるも何も、闘技会で嫌でも見るでしょう!!」
「ああ、成る程」
「闘技会か」
「確かに、男の汗と毛が満載の行事だもんね」
蒼花の貴婦人の正直な答に、思わず納得する女たち。
となると。
「今も尚、脛毛のすの字も知らない春風の貴婦人は・・・・」
「闘技会でも白銀の貴公子しか目に入ってなかったんでしょうねぇ」
「うわー、乙女だよね~~」
「な、何ですの?! わたくし、夫以外の殿方に興味は有りませんでしてよ!!」
必死に夫一筋を主張する春風の貴婦人に、居るのだな、
こんな万年少女の様な女が・・・・と皆思う。
こんな春風の貴婦人が健全な夫婦生活を送っているのかどうかは、流石の夏風の貴婦人も始め、
女たちも想像出来なかった。
すると赤の貴婦人が言った。
「でもさ、あたしの御兄ちゃん、脛毛が無い事が判明して、女の人に逃げられた事、
数知れずだよ」
うはははは!! と自分の兄の恥を笑う、赤毛の妹。
「そうよねぇ。世間一般からしてみれば脛毛の無い男の方が、ちょっと異質だものねぇ」
「脛毛が無い男って、ホモ臭く思われちゃうし」
「主はホモじゃないわーー!!」
思わず声を張り上げるのは、蘭の貴婦人だ。
「まぁ、翡翠の兄は無くてもいいんだけどさ、世の一部の女の人にとってはさ、
脛毛は男の象徴の一つなんだよ」
「矢駄ー!! 矢駄ー!! 脛毛、はんたーい!!」
「わたくしも嫌ですわー!!」
何故だか脛毛話に盛り上がっている、異種の女たちである。
其れに比べ、異種男子たちは大声を出す様な事はなく、割り合い大人しく話していた。
「皓月の貴公子は、いい屋敷は見付かったかい??」
「うむ。なかなか居心地の良さそうな屋敷は見付けた」
皓月の貴公子と星光の貴公子は、もう直ぐ翡翠の館を出て、
東と南の境界地の屋敷に移り住む事になっていた。
「屋敷は小さめなんですが、街から離れた小高い丘の上に在って、
天体観測には凄く向いているんです」
星光の貴公子が嬉しそうに言う。
月と星の兄弟なだけ在って、星を見るのが好きなのだろう。
「今は時期的に何が見えるんだよ?? 星の見方って判らないな~~」
むしゃむしゃ串焼きを食べ乍ら、金の貴公子が言う。
「今は、春。春の大三角形くらいは知っておろう??」
「え・・・・何だっけ??」
思わず狼狽える金の貴公子に、白の貴公子が呆れた顔をする。
「猪座のガンタイル、乙女座のスピカ、火竜のシンシだろ。其のくらい、ガキでも知ってるぞ」
此れだから東部の奴は・・・・と、態とらしく溜め息をついて見せる白の貴公子。
「悪かったなー。どーせ俺は、星座の一つも知りませんよーー」
睨み合う犬猿の仲には構わず、皓月の貴公子が言う。
「春は、ほんの十五日余り、猪座の上に花花瓶座が出る。
夜の二時間程度しか見えないからな、乙女の祈りの星とも云われている」
「乙女の祈りの星??」
「其の星を見付け祈った娘の恋は、成就すると云われている」
「まぁ、何処にでも在りそうな話だよな」
「今年、星で注目するのなら、夏だな。火竜の空に流星群が出る」
「流星??」
「おそらく、今年の流星群の規模は三十年振りだ。竜の涙と云われている」
「竜の涙ねぇ。粋な名前じゃん」
「竜とは、人の様に涙を流さない。流されるとすれば、其れは必ず意味を持つ。
つまり竜の涙とは、必ず何かが起こるきっかけとなるのだ」
「其れは是非見ないと勿体無いね」
男たちは酒を飲み乍ら頷き合う。
すると、ぼそりと赤の貴公子が言った。
「それで、乙女の星の祈りとは、男が祈っても効くものなのか??」
「・・・・そなた、祈るつもりなのか??」
此れには流石に常に不適な笑みを浮かべる皓月の貴公子も、きょとんとした顔になる。
だが赤の貴公子は真顔で言う。
「祈る」
「ちょ・・・・御前、何を祈るつもりだ?!」
鋭く金の貴公子が問い掛けると、赤の貴公子は平然とした顔で、
「俺は主と・・・・」
と言い掛けたので、
「ちょ、待て!! 其れ以上言うなあぁ!!」
慌てて止める、金の貴公子。
同族たちを前に、一体何を言うつもりなのか・・・・余りに危険な男だ。
そして翡翠の貴公子を手に入れる為ならば、赤の貴公子が何でもする事が判って、
益々危険な男だと危機を感じずにはいられなかった。
金の貴公子は、さり気無く移動すると、赤の貴公子から翡翠の貴公子が見えない場所に座る。
だが、ふと、翡翠の貴公子がぼんやりとしているのに気が付く。
目の焦点があやふやだ。
どうやら大分、酒が回ってきているらしい。
翡翠の貴公子は、めっぽう酒に弱い男なので、
そろそろ飲むのを辞めさせた方がいいかも知れないと、金の貴公子は思った。
其処へ、パンパンと云う手を打つ音が鳴った。
「さぁ、さぁ、後半の一発芸の始まりよ!!」
夏風の貴婦人の声が掛かる。
「わーい!! 待ってましたぁ!!」
はしゃいで飛び跳ねるのは、赤の貴婦人だ。
「四番は、私、夏風の貴婦人と」
「蘭の貴婦人で~~す!!」
夏風の貴婦人と蘭の貴婦人が前に出て来ると、
夏風の貴婦人の手には紙で作られた白いハリセンが握られていた。
さてさて、此の二人は何をするのやら??
そう皆が思うや否や、始まった。
「春ですね~~」
「春ですね~~」
「春って云ったら、花がわんさかな時期ですわ~~」
「そうですね~~。野花も一杯、桜も一杯ですな~~。
私の鼻もかまないと、次から次出て大変ですわ~~」
「そりゃ、はな違いやわ。花粉症やないか」
パシーン!! と夏風の貴婦人が、ハリセンで蘭の貴婦人の頭を叩く。
「いや、でも、花粉症と云いますと、御偉い人ほど罹るって云いますで」
「御偉い人は、ぬくぬく育っているさかい、免疫力が弱いんとちゃうかいな??」
「そうかも知れんな~~。
最近は馬も花粉症になるて云うさかい、ちっとーかからんは馬車馬だけらしいん」
「いつでも頑張る輩は健康だって事やね」
「そーや、そーや。異種は朝から晩まで働いてるさかい、花粉症なんかならんのや」
「そーや、そーや・・・って、うちら馬車馬かい!!」
再度、パコーン!! と夏風の貴婦人がハリセンで叩く。
「いやいや、馬を馬鹿にしたらあかんで。馬は、よく働く美しい生きもんや」
「まぁ、何でもするわな。御偉いさん乗せたり、荷物運んだり、大きな桑も引いてくれるし」
「そーや、そーや。馬さん、見習わねば。うち等も、そーゆー生き方せんとな」
「成る程なー・・・って、やっぱ、うちら、馬かい!!」
パコーン!! とハリセンが鳴って、夏風の貴婦人と蘭の貴婦人が御辞儀をした。
「有り難うございました!!」
拍手喝采。
異種たちは勿論、料理人や警備人まで、思わず拍手している。
「まさか漫才をするなんて・・・・」
「でも一芸って云ったら、漫才は欠かせないですものね」
クスクスと笑う異種の女子たち。
男子たちも咽喉を鳴らして笑っている。
まさか夏風の貴婦人が漫才を遣るとは、誰も想像していなかった。
そんな笑いも止まぬ前に、夏風の貴婦人の声が響く。
「さぁ、さぁ!! 次は、翡翠の館!! 何をしてくれるのかしらー?!」
言われて金の貴公子は、口の中の物を一気に飲み込んだ。
とうとう来てしまった。
自分たちの番が・・・・。
翡翠の館の者、翡翠の貴公子、金の貴公子、皓月の貴公子、星光の貴公子は、
そそくさと桜の樹の陰に入ると、或る衣装を着たのだった。
この御話は、まだ続きます。
後半戦が始まり、遂に翡翠の館の者たちの御披露目が・・・・☆
続きを、御楽しみに☆
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