(3)新年会(2)
新年会の始まりと共に、
異種たちのそれぞれの出し物の始まりです☆
枝垂桜の樹の下、異種の新年会は始まったばかり。
桃色の桜の花は満開で、春風に吹かれて長い枝をゆらゆらと揺らしては花びらが宙を舞う。
其の初めて目にする桜並木に、酒とバーベキューを楽しみ乍ら、異種たちは見惚れていた。
「桜って、本当に美しいのですね。樹に咲く花を、こんなに愛でた事はありませんわ」
「本当に、そうね。こんなにも見事に樹に咲く花は、わたくしも初めて」
うっとりと溜め息交じりに言葉を交わす貴婦人たちの間で、両手に鉄串を持った赤の貴婦人が、
食べ乍らカラカラとした笑顔で言う。
「あたしは桜は、結構、見てきたな~~。
此処の桜より、もっと白い桜なんだけど、何か雪景色みたいで凄く綺麗だったよ。
あと遠い東の地では態々桜を山に植えて、山一帯を桜にしたりするんだってさ」
「山が桜だなんて、想像出来ないわね・・・・」
「見渡す限り桜々だなんて、どんな景色なのかしら」
「そんな処に入ったら、桜の夢にでも迷い込んだ気分になるかも知れないわね」
「夏風の姉、上手い!!」
女たちは笑い合うと又、桜を見上げる。
桃色の花をたわわに揺れる細い枝が何とも美しく、皆を飽きさせなかった。
同族たちの穏やかな時が流れる・・・・。
こんな時が、これからも、ずっと続けばいい・・・・誰もが漠然と、そう思った時だった。
「じゃあ、皆、出し物、始めるわよー!!」
夢から覚めさせる様に、夏風の貴婦人が手を打った。
其の声に皆、否応無しに我に返る。
「さぁ!! 順番は、あみだくじね!! 早い者勝ち!! さぁ、選んだ選んだ!!」
夏風の貴婦人がスカートのポケットからあみだくじの紙を取り出すと、
茣蓙の上に、ばん!! と置く。
「やっぱ、よりにもよって、あみだくじかよ!!」
顔をしかめ乍らも、金の貴公子がくじを選ぶ。
「此れは、もう、俺たち異種の逃れられない運命だと云うべきだろう」
ぶつぶつ言い乍ら、白の貴公子もくじを選ぶ。
屋敷を持つ者が、それぞれくじを選ぶと、夏風の貴婦人は紙を折り曲げた下の部分を開いて、
鉛筆で線を辿っていく。
「ええっと一番は、白風の館!! 二番は、白の館!!」
夏風の貴婦人の声に皆がドキリとする。
白風の館は白の貴婦人と蒼花の貴婦人の館で、白の館は白銀の貴公子と春風の貴婦人の館である。
「三番は雪の館。四番は太陽の館。五番は翡翠の館。六番は赤の館。
最後は漆黒の館ね」
ざらりと上げられた順番に、皆それぞれ肩を竦める。
「一番だと後が楽よね」
笑う蒼花の貴婦人に、白の貴婦人も肩を竦めて頷く。
「さぁ、さぁ!! トップバッターは、蒼花の貴婦人と白の貴婦人!!
一体どんなものを見せてくれるのやら?!」
司会者宜しく声を立てるのは、赤の貴婦人だ。
赤の貴婦人は此の為に用意していたのか、小さな掌サイズの角笛を取り出すと、ポーッと鳴らす。
軽く薄手の衣を羽織った白の貴婦人と蒼花の貴婦人が皆の前へ出て来る。
「では、私たちは、春の賛歌を御披露します」
二人が声を揃えて言うと、舞いが始まった。
白の貴婦人が小さく蹲ると、其の周りで蒼花の貴婦人が軽くステップを踏み出す。
白の貴婦人を撫でる様に、薄桃色の衣を風に靡かせた蒼花の貴婦人の肢体が舞う。
さ乍ら冬を忍んだ種を呼び起こさんとする、春の風の様だ。
蒼花の貴婦人の薄桃色の絹が宙を舞い、
躍動を現す様に白の貴婦人が手に持った鈴をシャンシャンと鳴らす。
徐々に早く舞い出す蒼花の貴婦人の中で、白の貴婦人が鈴を鳴らし乍ら立ち上がり、
手足を伸ばし始める。
種の目覚め、春の目覚めだ。
段々と強まる鈴の音に、はらりはらりと舞う薄桃色の衣。
そして二人が声を揃えて、春の賛歌を歌い出す。
「まぁ、白の貴婦人と蒼花の貴婦人らしい芸よね」
夏風の貴婦人が麦酒を飲み乍ら頷いて言う。
だが同族の男たちは、かなり真剣に見ている。
「やっぱ蒼花の貴婦人は、いいよなぁ。身体のラインが綺麗だぜ」
「だな。やはり今でも、御前と付き合っていると云う事が信じられん」
「御前」と云うのは漆黒の貴公子の事で在り、
此の何処か薄暗い男が蒼花の貴婦人と今付き合っていると云う事が、
金の貴公子と白の貴公子には理解が出来なかった。
蒼花の貴婦人は、おしとやかで舞いの才の有る美しい良い女だ。
男たちからすれば、申し分の無いイイ女なのである。
桜の樹を背景に、見事に踊り歌いきった蒼花の貴婦人と白の貴婦人の舞いは、
此の春最初の新年会の序幕に相応しいものであった。
パチパチパチパチ!!
皆が拍手をする。
「素敵ですわ!! あんな見事な舞い、わたくしには到底出来ませんもの」
うっとりとして言う春風の貴婦人。
「蒼花の貴婦人が舞いの名手だって云うのは聞いてたけど、本当に上手だったんだね。
あれなら踊りで稼げそうだなぁ」
と言うのは、ばくばく串焼きを食べる赤の貴婦人だ。
「次!! 白の館!!」
夏風の貴婦人が言うと、傍でにこにこしていた春風の貴婦人が慌てて立ち上がる。
「も、もう、わたくしの番でしたのね・・・・!!」
夫の白銀の貴公子の下へパタパタと駆けて行く、春風の貴婦人。
さぁ、白の夫妻は何を見せてくれるのか??
何やら中くらいの箱を、メイド達が運んで来る。
其れが白の夫妻の後ろに置かれると、白銀の貴公子と春風の貴婦人は優雅に一礼をした。
「私たち白の夫婦は、皆さんに幸せの種を御用意致しました」
片手を大きく広げ、挨拶の言葉を述べる白銀の貴公子に、
皆は「何だ?? 何だ??」と視線を寄せる。
「どうぞ。此の糸のどれでも御選び下さい」
白銀の貴公子が箱を持つと、箱の蓋の隙間から伸びる長い糸を、
春風の貴婦人が手に持って皆に差し出す。
「あたし、此れー!!」
「じゃ、俺は此れ」
「私は此れね」
「わたくしは此れを」
皆が一本ずつ糸を持つと、春風の貴婦人は後ろに下がった。
「皆さん、しっかり持っていて下さいね」
皆が握っている糸は木箱に繋がっている。
何だ??
一体、何が起こるのだ??
皆が息を潜めて見詰めていると・・・・
「では!!」
春風の貴婦人が木箱の蓋を取り、白銀の貴公子が勢い良く中身を空へと投げ出した。
ふわふわふわっ・・・!! と何かが幾つも箱から飛び出して舞い上がる。
「きゃ・・・!! 何、此れ?!」
思わず声を上げる、白の貴婦人。
だが手には、しっかりと糸が握られている。
皆、空を見上げる。
何故なら見上げた先には、色様々の紙が浮かんでいたからだ。
紙は風に乗り、ふわふわと宙を漂っている。
咄嗟に赤の貴婦人が大声を上げた。
「此れ、凧だ!! ちっちゃいけど、凧だよ!!」
「おお・・・・凧か!!」
「凧だわ!!」
思わず、空に浮かぶ凧に目を奪われる異種たち。
糸を引くと、凧の下側に何かが見えた。
「お!! 下の部分に何か書いて在るぞ!!」
金の貴公子が声を上げると、皆、糸を引き乍ら凧を手繰り寄せ、下に書いて在る文字を見る。
「えっと・・・・せ、誠実」
書かれた文字を読んでみる。
「自由」
「柔和」
「一休み」
「大漁・・・うわ!! あたし、大漁だ!!」
縁起いいー!! と叫ぶのは、赤の貴婦人だ。
「知性。ふむ、私にぴったりの言葉だ」
頷く皓月の貴公子に、
「大当たり」
ぼそり、と翡翠の貴公子が呟いた。
「まぁ!! 翡翠の貴公子様、『大当たり』ですのね!!
大当たりが出られた方には、此れですわ!!」
春風の貴婦人が大きな花輪と、小さな籠を持って来る。
「わたくしが作りましたのよ」
春風の貴婦人は、にこりと微笑むと、花輪を翡翠の貴公子の首に掛ける。
更に渡された籠の中には、額に入れられた子供の様な絵が描かれて在る。
「新年会!! 1624年!!」と云う文字と、皆のそれぞれの似顔絵が集合している。
「此れも、わたくしが描きましたの」
うふ、と笑う、春風の貴婦人。
「まだ入ってますのよ。特性おつまみ」
「??」
翡翠の貴公子が籠から小袋を取り出して見せると、中には大きな干し貝柱が幾つも入っていた。
「おお~!! 超高級品じゃん!!」
ゼルシェン大陸では余り見られない干し貝柱に、皆が目を輝かせる。
「皆で食べようぜ!! まさか、主、一人占めしないよな??」
欲しい欲しいと訴えてくる金の貴公子が勝手に貝柱を取って食べる。
そんな中、一人未だに落ち着きなく、はしゃいでいる女が居た。
「ねぇ、ねぇ!! 皆、見て~~!! 私の凧、『恋愛成就』って書いて在るぅ~~!!」
きゃ~~!!
此れで、念願の主への想いが叶うわ!!
一人興奮激しい蘭の貴婦人に構わず、春風の貴婦人は更に説明する。
「では、皆様、凧を手に取って広げて見て下さいな」
皆、言われた通り凧を手元に引くと、折り畳まれた紙を開く。
すると・・・・。
「あー!! 種だわ!! 種!!」
種が入っていた。
「此れ何の種~~??」
一番に問い掛ける蘭の貴婦人に、春風の貴婦人がにこりと笑う。
「何の種かは、植えてからの御楽しみですわ。
皆様の今年の祈願が叶います様に、どうぞ植えてみて下さいな」
「へ~~、面白いね~~!!」
「なかなかに洒落た真似をするじゃないか」
皆が笑顔で種を受け取ると、白の夫妻は凧を回収する。
「以上、白の館からでした」
白の夫妻が優雅に御辞儀をすると、皆が大きく拍手した。
「いいね~~!!」
「盛り上がってきたな」
「次は誰だ~~??」
皆、茣蓙に座ると、酒を飲み乍ら次を楽しみに待っている。
「次は雪の館ね」
夏風の貴婦人が言うと、ふん!! と白の貴公子が立ち上がった。
一体、次は何を披露してくれるのか??
皆の期待の視線が注がれる中、白の貴公子は真っ白な和衣を纏って前へ出て来る。
そして白の貴公子が用意したであろう、三人の演奏家が後ろに並ぶ。
其の演奏家たちも又、きな色の和衣を着ている。
「あの演奏家たち、見慣れない物、持ってるわねぇ。楽器なのかしら、あれ」
夏風の貴婦人が麦酒を飲み乍ら言うと、隣の赤の貴婦人が、ぽん、と手を打った。
「判った!! 能だよ!! 白の貴公子、能を踊る気なんだ!!」
「のう??」
「東国の踊りだよ!! 桜を背景に見られるって凄い事だよ!!」
「??」
一人声を弾ませる赤の貴婦人に、赤の貴公子以外の皆が訳が判らないと首を傾げていると、
白の貴婦人が思い出した様に言った。
「そう云えば最近、白の貴公子、のうがくと云うのを遣ってるって小耳に挟んだわ。
なかなか御婦人たちにウケるのですって」
「へ~~、のうがくぅ?? 初めて聞いた~~」
「俺は名前だけなら聞いたこと在るぜ~~」
伊達に長生きしていない金の貴公子が得意気に口を挟む。
そうこう言っている内に、白の貴公子の出し物が始まった。
かつて聴いた事のない楽の音が、辺りにボォーッと鳴り響くと、
珍しい真っ白な着物に身を包んだ白の貴公子が、金の扇を持って立ち振る舞う。
其れは蒼花の貴婦人と白の貴婦人が見せた舞いとは、まるで違う、静寂で、
けれど厳かな舞いだった。
「さく~ら舞う~は~、は~るのうた~げ~、我が~身を~さそ~う~~」
白の貴公子にしては、なかなかに透る声だった。
こんなにも空気に透る白の貴公子の声は初めてだった。
静かに、だが一ミリの狂いもなく、ゆっくりと金の扇が舞う。
すると、ざあっ・・・と強い風が吹いた。
桜の枝が揺れ、ばあ・・・・と花びらが宙を舞う。
其の桜吹雪の中を、ゆっくりと白の貴公子が舞う。
純白の着物と彼の真っ白な長い髪が、桜の花びらに溶け込んでしまいそうだった。
「見事だ」
皓月の貴公子が目を細めると、皆、瞬きもせずに頷いた。
静かだった。
風に紛れて響くのは不思議な異国の楽の音と、白の貴公子の透る声のみ。
一同は息を殺して、桜を背景にした舞台を見ている。
其れは心地良い夢の様であった。
揺れ動き桃色の花びらを舞わせる桜と、長唄と金の扇の舞い。
ふと・・・・異国の世界へ紛れてしまった様だった。
だから・・・・いつ終わったのか、誰にも判らなかった。
楽の音も止み、辺りがしんと静まり返り、花びらだけが舞う光景に、漸く皆を我に戻したのは、
赤の貴婦人の口笛だった。
ヒューッ!!
「ヘーイ!! 最高!! 白の貴公子の女殺し!!」
赤の貴婦人の声に皆が一斉に、はっとして拍手をする。
「良かったぞー!! 白の貴公子ー!!」
「わたくし達、負けてしまいましたわね」
「まさか白の貴公子に、あんな舞いが出来たとはね」
完敗の笑みを見せる、蒼花の貴婦人と白の貴婦人。
「畜生。白の貴公子・・・・遣るじゃねぇか」
思わず唸るのは、金の貴公子だ。
「じゃあ、一発芸の前半は此れで終了!! 残り四組は、少し休憩を取ってからねーー!!」
夏風の貴婦人の呼び掛けに、皆は又、皿を囲み乍ら茣蓙に座り直す。
串焼きが次々と運ばれ、気分は、もうピクニックである。
酒も程好く回り始め、皆はそれぞれ食べて喋り乍ら会話に花を咲かせた。
この御話は、まだ続きます。
新年会、前半は、こんな感じでした☆
後半も、御楽しみに☆
少しでも楽しんで戴けましたら、コメント下さると励みになります☆