(2)新年会(1)
異種たちの新年会の始まりです☆
ゼルシェン大陸を覆っていた白い雪は、すっかり溶け、
野草はびっしりと緑の葉を広げて小さな花を綻ばせている。
大陸は、もう、すっかり春だった。
柔らかな日差しと共に肌に心地良い風が吹き、人も街も動き出す。
大陸の新年は春の訪れから始まる。
農家は畑を耕し、牛や羊、山羊を山に放牧に連れ出す。
商人は馬車を走らせ、出店が並び、街は活気を取り戻し、
有力者たちは議事堂やサロンに集まり出す。
一冬暇を持て余していた異種たちにも、一気に忙しさが戻ってきていた。
「ああ!! いい感じに燃えてきたわ~~!! 此の忙しさが私を燃えさせるのよ~~!!
いいわ~~!!」
春一番の議事堂での会議を終え、帰宅した夏風の貴婦人は大股で執務室に入って来て、
嬉しくて堪らないと云う様に白い歯をにぃと剥き出すと、肩掛けを外す。
一人のメイドが肩掛けを受け取り、もう一人のメイドが直ぐに珈琲を用意する。
夏風の貴婦人はおしぼりで手だけ拭くと、立った儘ごくごくと珈琲を飲み干し、
机の引き出しから一枚の紙を取り出した。
そして、何やら、さらさらと書く。
其の紙を一回り小さな机で書類と対峙している桃銀の髪の同族の前に、
ばん!! と置く。
「な、何ぃ~~??」
春一番に忙しなく書類に追われていた蘭の貴婦人は、
眉間を寄せて夏風の貴婦人を見上げる。
「此れ一枚書き写して、皆に送って!!」
夏風の貴婦人は橙銀の隼の自分の羽根だけ出すと、どかりと椅子に座る。
其処へノックと共に、メイドチーフのファテシナが入って来ると、
もう別の話をしている夏風の貴婦人。
「はいはいはーい。どーせ私は雑用係ですよ~~!!」
蘭の貴婦人は、べーっと舌を出すと、新しい紙を取り出して羽ペンにインクを浸ける。
書き写す内容は、明後日の新年会の事であった。
「ええっとぉ・・・・
『新年会の日時と場所は、先日知らせたものと変更無し。私服で来る事。ナンパ厳禁』
それからぁ・・・・??」
桃色の大きな瞳が思わず真ん丸になる。
「え・・・・ぇえええ!! 夏風の貴婦人!! こんな事するの?!」
信じ難いと云う表情であたふたとする蘭の貴婦人に、夏風の貴婦人は、
「さぁ、今から私たちも考えるわよ」
と、にぃと八重歯を見せた。
其の手紙は異種全員に、勿論、翡翠の館にも届いた。
翡翠の館の執務室では、黙々と机上に向かう翡翠の貴公子の傍で、
三人の貴公子たちが茶や酒を飲み乍ら、冬と変わらず、ぐうたらに過ごしていた。
「はぁ~。春の日差しはいいねぇ」
テーブルに足を投げ出して椅子に座っている金髪の男は、翡翠の館居候の金の貴公子。
「春なれや、名もなき山の、薄霞」
のんびり詩などを詠んでいるのは、月光を紡いだ様な長髪の皓月の貴公子だ。
其の隣には、青銀の髪の少女の様な、星光の貴公子が茶を飲んでいる。
誰も翡翠の貴公子を手伝う気はないと云う様子だ。
頼りにならない三人衆では在るが、翡翠の貴公子は文句一つ言わず、
一人黙々と書類に目を通している。
今日も一日、皆、此のまま過ごすのか・・・・と思われた午後、橙銀の鳥が窓辺に現れた。
「お!! 夏風の貴婦人だ!!」
金の貴公子が立ち上がって窓辺へ行くと、橙銀の隼の足には銀のホールが付いている。
「何だ、何だ??」
金の貴公子がホールから手紙を取り出す。
「ええっとぉ」
金の貴公子は折り畳んだ手紙を取り出すと、内容を読み始める。
「『新年会の日時と場所は、先日知らせたものと変更無し。私服で来る事。ナンパ厳禁』
まぁ、いつもの事だな」
金の貴公子が頷き乍ら読んでいると・・・・。
「う!! 此れは・・・・!!」
思わず金の貴公子が後退った。
「どうした??」
皓月の貴公子が訊ねると、金の貴公子は心底嫌な顔で答える。
「『各屋敷毎、一発芸を用意しておくこと』」
「・・・・・」
「・・・・・」
暫し男四人は空気を吸うのを忘れた。
其れを何とか阻止するべく、星光の貴公子が言う。
「そんな事、本当に書いて在るんですか??」
「書いて在る」
金の貴公子は、げっそりとした顔で手紙を見せる。
成る程、確かに書いて在る。
「各屋敷毎と云うには、私等は四人で一つの芸を見せれば良いと云う事だな」
冷静に言う皓月の貴公子。
其の隣で星光の貴公子が首を傾げる。
「でも、新年会は明後日ですよ。こんな目前に・・・・」
どうせさせるなら、何故もう少し早目に連絡がなかったのだろうか??
だが金の貴公子が仰々しく溜め息をつき乍ら言う。
「此れが夏風の貴婦人の遣り方なんだよ。土壇場で何かさせた方が面白いと思ってるのさ」
「成る程・・・・」
ゼルシェン大陸に来て、まだ長くはない月星兄弟は理解出来たと頷く。
「しかし、男四人で何をする??」
再び当然の問題を問い質してくる皓月の貴公子に、
書類に目を落としていた翡翠の貴公子が漸く顔を上げた。
しかし其の表情には、案が浮かぶ様子はない。
「え・・・ええと・・・・歌とか盆踊りとか」
苦し紛れに言う金の貴公子に、皆、目もくれない。
主まで、そんな無心の表情をしないでくれ!! と内心思う、金の貴公子である。
金の貴公子がホールに手紙を入れ直すと、橙銀の鷹は又、空高く飛んで行く。
そして、四人の男の間に暫し沈黙が流れる。
が。
皓月の貴公子が言った。
「ふむ。では、せっかく四人も居る事だし、劇でもしようか」
「げ、劇?!」
思わず声を裏返す金の貴公子に、皓月の貴公子は、
「此れを遣ろうではないか」
と、ぼそぼそと言う。
其のタイトルに、金の貴公子は金の目を見開く。
「ちょっと待て・・・・判ったぞ!! 御前の企みは判った!!
御前・・・・主をヒロインにして、女装させる気だなっ!?」
大きく指を差す金の貴公子に、皓月の貴公子は抑揚の無い声で答える。
「まぁ、其れも悪くはないがな、女装をするのは、そなた・・・・金の貴公子だ」
「な、何ぃっ?! 俺だとっ?!」
予想もしなかった展開に金の貴公子が白目を剥いていると、
「つまり配役は、こんな感じだ」
皓月の貴公子が、ごにょごにょと言う。
「成る程・・・・」
翡翠の貴公子と星光の貴公子が頷く。
「しかし其れでは、着ぐるみか何かが必要なのでは??」
翡翠の貴公子が問うと、皓月の貴公子は笑った。
「安心しろ。我が弟は天才的裁縫の腕を持っている」
「僕、布さえ在れば、今夜中に作れます」
にこりと笑う、星光の貴公子。
「シナリオは私が書くから、そなた等は何も心配する事はない。
練習は一回すれば直ぐに覚えられるだろう」
「そうか」
何処か頼もしくも聞こえる皓月の貴公子の言葉に、翡翠の貴公子は又、
机の上の書類に目を通し始める。
静けさが部屋に戻ってくる。
唯一人、
「ちょっと待てーっ!! 勝手に話を進めるなぁっ!!」
金の貴公子を除いては。
ゼルシェン大陸の新年パーティーは、春に入ってからと決まっている。
故に異種たちは、春は取り分け接待が多かった。
其のスケジュールの合い間を縫って、異種だけの内輪新年会をする事にしたのだ。
今回は東部の外れに在るレトゥーンと云う小さな街の花園を借りる事にした。
レトゥーンの街の花園はゼルシェン大陸では珍しい、桜を大事に育てている花園だ。
花園の桜の殆どは山桜と云う種類だったが、
此処十年程前から枝垂れ桜と云う種類が植えられ花を咲かせ始め、
レトゥーンの花園は密かに春の宴会地となっていた。
此の日、異種たちは御忍びで、丸一日花園の脇を予約していた。
花園の中央ではなく脇を取ったのは、桜の花の命は短く、
其れを見ようと楽しみにして集まる街の人々に極力邪魔にならぬ様にとの、
夏風の貴婦人の配慮だった。
警備は皆目立たぬ私服姿で、見える所に剣は帯刀しておらず、
胸元に緑のリボンを付けているだけだ。
予約した場所は桜の園の脇と其の隣の芝生で、
芝生では料理人たちがバーベキューを作っており、
太陽の館と翡翠の館の使用人たちが待機している。
宿は花園の近くの小さな宿を取っており、初めての異種の御越しに宿屋は勿論の事、
花見に来た人々も驚愕を隠せないでいた。
「ねーねー、あれ、異種様じゃない??」
「まさか異種様が、こんな下町に紛れてるなんて・・・・」
「いや、だが、ありゃ、異種様じゃ」
桜を見物しに来たにも関わらず異種を見ようと群がる人々に、
緑のリボンを付けた警備員たちが手を広げる。
「こらこら。此処は花見の場所だ。異種様の見物はならん」
「さぁ、行った行った」
警備員に視界を塞がれて、人々は本来の目的の花見へと戻って行ったが、
新しい見物人が来る度に異種を一目見ようとする者が多かった。
そんな遠巻きの視線はともかく、異種たちは宿に荷物を置いてから、
ぞくぞくと花園に集まっていた。
「まぁ!! こんな見事な花は初めて見ましたわ!! 何と云う花なのかしら??」
「枝垂れ桜と云うそうですよ。春風の貴婦人」
「まぁ!! 蒼花の貴婦人!! 白の貴婦人!! 御久し振りですわ!!」
顔を輝かせる、桃銀の髪を結い上げた薄桃色のワンピース姿の春風の貴婦人を、
同じく春のワンピース姿の蒼花の貴婦人と白の貴婦人が笑顔で迎える。
実に数ヶ月振りの再会だ。
「赤の兄妹は一番に来てたのよ。何だか忙しいみたい」
「あら?? 何をしていらっしゃるのかしら??」
詳しい事は判らなかったが、今日は春晴れ。
青い空に、白い桜の花が浮かび上がっている。
女性陣から少し離れた所では、白銀の貴公子や白の貴公子、
漆黒の貴公子が桜を見上げている。
「噂には聞いていたが、こんなに見事だとはね」
珍しく軽装姿の金髪碧眼の白銀の貴公子が目を細めると、白い長髪の白の貴公子が笑う。
「ふふ・・・・これからの世の春は桜だ。其れを先取ったのが、此の私。見給え!! 諸君!!
此の桜の刺繍の上着を!! 此の春一番の流行の一品だ!!」
じゃーん!! と胸を張って己の服を披露する白の貴公子に御構い無く、遠くから声が掛かる。
「おおーい。やっほー!!」
手を振って近付いて来るのは、金の貴公子だ。
彼も又、白地に桜の刺繍の入った上着を着ている。
其れを見た白の貴公子は呆然とすると、次の瞬間、白い眉を跳ね上げた。
「金の貴公子!! 貴様、又しても・・・・!!」
全く同じ服を着ている白の貴公子に金の貴公子も呆然とすると、うんざりした顔をする。
「真似すんじゃねーよ、白の貴公子!!」
「其れは、こっちの台詞だ!! むぅ!! 翡翠の貴公子、御前もか!!」
色違いの黒地に桜の刺繍の入った上着を着ている翡翠の貴公子に、白の貴公子は一層声を荒げる。
無論、翡翠の貴公子は沈黙している。
「ひゃっほーい!! 皆、来たわねー!!」
愛らしい黄色のワンピース姿に、橙銀に光る髪を風に遊ばせて手を振って現れたのは、
一族一の鬼女、夏風の貴婦人だ。
其の隣に、白のフリル服の、桃銀の髪ののっぽな蘭の貴婦人が飛び跳ねている。
「きゃ~!! 皆、久し振り~~!! 主ぃぃ~~!!」
甲高い声を上げて翡翠の貴公子に駆け寄る蘭の貴婦人はともかく、異種全員が集まった。
すると間も無くして、麦酒ジョッキを盆に乗せたメイド達が現れ、異種たちにジョッキを配る。
乾杯の為の麦酒ジョッキだ。
普段、麦酒をジョッキで飲む事のない貴婦人たちにも無言で配られる。
「お、大きいですわ」
春風の貴婦人が桃色の瞳をきょとんとさせると、白の貴婦人が笑う。
「やーよね~~。下品だわ」
そう言う割りには、白の貴婦人は楽しそうだ。
蒼花の貴婦人もジョッキ片手に笑っている。
男たちはと云うと、皆、嬉しそうだ。
「いいね~~、こーゆーの!!」
白い歯を見せて笑うのは、金の貴公子。
「まぁ、たまにはいいか」
白の貴公子もジョッキ片手に、まんざらでもなさそうである。
そして皆に麦酒ジョッキが配られたのを確認すると、夏風の貴婦人が声掛けた。
「そろそろ乾杯するわよ~~!! いい~~??」
「いいぞ~~!!」
「いいわよ~~!!」
皆がジョッキ片手に笑顔を浮かべると、夏風の貴婦人はコホンと咳払いする。
そして白い八重歯を見せて声高らかに言う。
「今年も、こうして皆が集まってくれた事に、嬉しく思う!!
春は今まで自分が時間と労力を掛けてきたものが開花する時期だ!! 新しく花開くものが、
今年も沢山在る!! 其れを信じ、其れを遂げろ!! 今年もいい花を咲かせると、本気で挑め!!
今日、此処で集まったのは、今年の私たちの本気を確認する為だ!! 其れを、いつどんな時も、
忘れないでいて欲しい!! 新年明けまして、今年も宜しくぅっ!!」
「新年明けまして、今年も宜しく!!」
「宜しく~~!!」
「かんぱーい!!」
「かんぱーい!!」
「乾杯!!」
ぐびーっ、と皆が麦酒ジョッキを傾ける。
勿論、貴婦人たちは二口ほど上品に飲んだだけだったが。
それでも、こうして同族皆で集まれた事が皆、嬉しかった。
乾杯が済むと、皆ぞろぞろと座敷の方へと移動する。
座敷には、ミッシェルとメイド達が、新しい酒とバーベキューの品を運んで来る。
勿論、バーベキューと云えば、大振りに切った食材を鉄串に刺して焼いた物である。
しかし貴族出の異種たちには、其れは少々粗野で初めての体験だった。
「こ、此れを、食べるのかしら?? 何だか恥ずかしいですわ」
春風の貴婦人は皿に運ばれて来た鉄串を手に取れず、サンドイッチを手に取る。
すると蒼花の貴婦人が笑う。
「一度遣ってみれば、楽しいかも知れないわ」
普段上品な蒼花の貴婦人が鉄串を取ると、思いきって具に齧り付いてみせる。
「ま、まぁ・・・・蒼花の貴婦人、大胆ね・・・・」
どうにも真似が出来ないと云う春風の貴婦人に、白の貴婦人も共感する様に肩を竦める。
「ほんと夏風の貴婦人って、品の無い事が好きよねぇ」
と言い乍らも、白の貴婦人も鉄串を一本手に取る。
「でも時々なら、遣ってみてもいいかしらね」
大きく口を開けると、具に齧り付いてみせる白の貴婦人。
其れには春風の貴婦人の桃色の瞳も真ん丸になる。
「ま、まぁ・・・・御二人とも凄いですわぁ」
白の貴婦人は、もぐもぐと食べ乍ら頷く。
「あら、此の鶏肉、美味しいわね。具材には、こだわってるのね」
味を確認した白の貴婦人は鉄串をもう一本手に取ると、春風の貴婦人に差し出す。
「ほら、貴女も食べてみなさいよ」
「え・・・・わ、わたくしもですか??」
戸惑う春風の貴婦人に、白の貴婦人は男たちを顎で促す。
「ほら、貴女の夫も食べてるわよ」
茣蓙に座って談話している男たちの間では、白銀の貴公子も鉄串の料理を食べている。
其の普段見る事のない夫の姿に春風の貴婦人は目を瞠ると、白の貴婦人から鉄串を受け取る。
「わたくしも食べますわ!!」
がぶり、と串の肉に齧り付く春風の貴婦人。
そんな名家の貴婦人に、白の貴婦人も蒼花の貴婦人も笑う。
初めてのバーベキュー新年会を、異種たちの誰もが楽しんでいた。
茣蓙で談話する異種たちの下へ、様々な焼き串料理が運ばれて来る。
其れを食べ乍ら、会話を弾ませる異種たち。
「ねぇねぇ、冬の間、何か面白いこと在った~??」
「どうでしょう?? 冬は接待も極僅かですし」
「まぁ、でも、わたくし、此の冬の間に男爵を二人射たのよ」
「えー!! 白の貴婦人、人を殺したの?!」
「あんた、馬鹿ね・・・・赤の貴婦人」
けらけらと男子も女子も声を上げて笑う。
長い冬を越えて、やっと集まれた同族同士なのだ。
話したい事は互いに山ほど在る。
新年会は、まだ始まったばかりだ。
この御話は、まだ続きます。
遂に始まった異種たちの新年会は、どんなものなのか?
少しでも楽しんで戴けましたら、コメント下さると励みになります☆