(1)手紙
異種たちの新年会の御話の始まりです☆
冬の長いゼルシェン大陸では、未だ雪がちらついていた。
馬車の車輪が沈む雪の道を走る影は殆どなく、南部も東部も誰もが息を殺しているかの様だった。
だが日中、窓から差し込む光は暖かく穏やかで、もう直ぐ其処に春の足が来ているのを、
人々も動物も感じていた。
南部の白風の館では、蒼花の貴婦人がハーブティーを飲み乍ら、
一人の時間をゆっくりと楽しんでいた。
暖炉の傍の椅子に腰掛ける彼女の髪は蒼く波打ち、藍色のベルベットのワンピースを纏っている。
彼女の異種としての業務は主に接待だったが、冬の此の時期は殆ど其の仕事はなく、
今日も穏やかに一日が流れていくかと思われた。
だが其の穏やかな静けさを破るかの様に扉がノックされると、
返事も聞かずに扉を開けて女が入って来た。
「ちょっと、いいかしら??」
ずかずかと部屋に入って来ながら言うのは、同居人の白の貴婦人だ。
長い白髪を垂らして、ワイン色のカットソーに白いスカート姿と、ラフな格好だ。
「何か??」
蒼花の貴婦人が顔だけ向けると、白の貴婦人は長く赤い爪の指の間に挟んだ橙色の手紙を見せる。
「夏風の貴婦人から手紙が届いたわ」
異種の手紙はそれぞれ色分けされており、
夏風の貴婦人の太陽の館からの手紙は橙色なのだ。
既に封は切って在り、白の貴婦人は手紙の内容を告げる。
「新年会、するのですって」
蒼花の貴婦人はカップとソーサーをテーブルに置くと、微笑んだ。
「まぁ、新年会。いいわね。何処でするの??」
白の貴婦人は棚からブランデーを持って来ると、グラスに注ぎ、椅子に座って飲み乍ら言う。
「まだ決まってないみたい。どうせ何処かの旅館、借り切ってするんじゃないの??
でも一応、要望を聞くって書いて在るわ」
其れには蒼花の貴婦人もくすくすと笑う。
「要望って・・・・今まで聞いて貰えた例しが在ったかしら??」
「だわよね~~」
何かしら希望を言ったところで、いつも夏風の貴婦人が勝手に決めてしまうので、
二人は諦めの声で笑い合う。
「返事したって仕方ないわよね」
ぐびっとブランデーを飲む、白の貴婦人。
だが蒼花の貴婦人は暫し考えると、思い付いた様に言った。
「花見でもし乍ら・・・・とかなら、どうかしら??」
其れには白の貴婦人も白い目を輝かせる。
「花見!! 其れ、いいわ!! 思えば花見って、皆で遣った事なかったわね!!」
「そうよね。あとは場所よね。公共の場だと、かなり警備が必要になってしまうし」
花見に良さそうな場所を考える二人。
すると白の貴婦人が思い出した様に言った。
「あら??
金の貴公子に光迷彩を遣って貰えば、何処でも問題がないんじゃないの??」
だが蒼花の貴婦人は微笑み乍ら首を振る。
「遊びに行くのですもの。金の貴公子にだけ神力を使わす訳にはいかないわ。
それに御酒が入りますもの」
尤もな蒼花の貴婦人の言葉に、白の貴婦人は肩を竦めて頷く。
「そうよねぇ。となると、やっぱり、何処かを借り切るしかないのかしら??」
「まぁ・・・・其の辺りは夏風の貴婦人に任せて、一先ず花見の要望を出しましょう」
「そうね。こう云う事を考えるのは何だかんだ云っても、夏風の貴婦人が得意だものね」
二人は頷き合うと花見の要望を一筆書いて、白の貴婦人が窓から羽根を飛ばした。
昼の日差しは暖かかったが風はまだ冷たく、白の貴婦人が直ぐに窓を閉じようとした時だった。
バサバサと黒い影が目の前に広がると、漆黒の鳥が窓辺に留まった。
漆黒の貴公子の羽根の黒いオジロワシである。
「あら」
白の貴婦人は目を丸くしたが、鳥の足に付けられた銀のホールに手を伸ばすと、
中から折り畳まれた紙を取り出す。
と同時に、すう・・・・と鳥の姿が薄れて消える。
「何、何?? どれどれ??」
白の貴婦人は勝手にも手紙を広げると、声を大にして読み始める。
「拝啓、蒼花の貴婦人様。俺は今、部屋に居ます。俺は切手を・・・・」
「ちょ、ちょっと!!」
蒼花の貴婦人が弾かれた様に立ち上がると、ばっと白の貴婦人から手紙を奪い取る。
其れを胸に抱えて、真っ赤になる蒼花の貴婦人。
そんな蒼花の貴婦人らしくない姿に、白の貴婦人は紅い唇の端を吊り上げて笑う。
「まぁまぁ、いいじゃない。切手を?? 切手の続きは何て書いて在るの??」
「い、いいでしょう!! 何だって・・・・!!」
「もしかして漆黒の貴公子、恋文に自分のオタク話、書いてる訳じゃないわよね??」
「・・・・!!」
図星だったのか、蒼花の貴婦人は沸騰直前のやかんの様に真っ赤になる。
「い・・・いいでしょう!! 漆黒の貴公子様は此れでいいのよ!!」
珍し過ぎる程に狼狽える蒼花の貴婦人に、白の貴婦人は呆れた顔をする。
「貴女、それで、漆黒の貴公子の何処が好きなの??」
其れは白の貴婦人のみならず、異種全員の謎であった。
だが蒼花の貴婦人は真っ赤になり乍ら悲鳴の様に言う。
「貴女には、彼の良さが判らないのよ!!
あの御方は・・・・あの御方は・・・・素敵な御方よ!!」
必死に漆黒の貴公子を弁護する蒼花の貴婦人に、
白の貴婦人はブランデーをくーっと飲んで溜め息をつく。
「此れだから一人の男に夢中になってる女って、理解不能よねぇ」
若いわぁ。
態とらしく大きく肩を竦めてみせる。
プレイガールとして名高い白の貴婦人には、蒼花の貴婦人のピュアさは幼く見えた。
実際、此の二人のどちらが女らしいのかは、判断に難しいところではあったが。
年がら年中、慌しい館、太陽の館で在るが、春が近くなる頃には、
館の主の夏風の貴婦人も暇を持て余していた。
となると、同居人の桃銀の髪の同族も暇と云う訳である。
「冬の始めに来た書類の整理も終わったしぃ~~、春、提出する書類も仕上げたしぃ~~、
暇よねぇ~~」
怠い声で言うのは、桃銀の髪の蘭の貴婦人だ。
「いいじゃない。暇、最高~~!!」
夏風の貴婦人はテーブルに足を投げ出して、昼間っから麦酒を飲んでいる。
蘭の貴婦人はカクテルを飲みつつ、コンポートに飾られた果物を摘み乍ら溜め息をつく。
「夏風の貴婦人さ~~、主と蟹食べたんだよね~~」
何処か怨めがましい声で言う蘭の貴婦人に、夏風の貴婦人は平然と答える。
「あんたも食べたじゃん。蟹」
だが蘭の貴婦人は途端に頬を膨らませると、眉を吊り上げる。
「た、食べたけどー!! 其れは夏風の貴婦人と一緒にでしょ!!
其の前に夏風の貴婦人、翡翠の館で食べてきたじゃなーい!!」
「あれは御裾分け。日帰りで翡翠の館行って帰って来たら、一日掛かっちゃうでしょうが」
「だからって泊まって来るだなんて~~!! しかも主と蟹を食べるだなんて~~!!」
酷~い!!
酷~~い!!
半泣き顔で訴えてくる同居人に、夏風の貴婦人は「馬鹿馬鹿しい」と云う様に、
ぐびり、と麦酒を飲む。
だが蘭の貴婦人は尚も訴えてくる。
「私はね~~!! 見たかったの!! 見たかったのよっ!! 主が蟹をほじくって食べる姿を!!
きっと几帳面に残さずほじくってるのよ~~!!」
「あっそ」
大声で騒ぐ蘭の貴婦人など見もせずに、夏風の貴婦人は麦酒ジョッキを空にすると、
ベルを鳴らして更に追加を頼む。
間も無くして新しいジョッキと、蘭の貴婦人に新しいカクテルが運ばれて来、
女二人は昼間からガブガブ酒を飲んだ。
そして、どうでもいい様な会話を二人が繰り広げていると・・・・。
窓辺に純白の鳥が降りて来た。
嘴の長い美しい白鶴だ。
「あー!! 白の貴婦人の羽根だわ~~!!」
蘭の貴婦人は窓辺に駆け寄ると、窓硝子を開ける。
鶴の長い足に銀のホールが付いている。
「ね~ね~~、開けていい??」
蘭の貴婦人が振り向くと、夏風の貴婦人は麦酒を飲み乍ら頷く。
「何かな~~??」
蘭の貴婦人はホールから手紙を取り出すと、開いて見る。
と同時に、美しい白鶴は霧の様に消える。
「えっとね~~・・・・新年会に花見はどうですか?? だって」
「・・・・・」
夏風の貴婦人はジョッキを傾ける手を止めると、押し黙る。
だが其れも暫しの間。
にぃ・・・・と口の端を吊り上げる。
「花見・・・か・・・・いいねぇ・・・・」
ドン!! とジョッキをテーブルに置くと、夏風の貴婦人は勢い良くベルを鳴らした。
「はい。御呼びでしょうか??」
直ぐにメイドが現れると、夏風の貴婦人は大きな声で言う。
「ファテシナに言って!! 今直ぐ、新春の花見名所のリストを上げて持って来いって!!」
「かしこまりました」
メイドが物静かに出て行く。
ファテシナは太陽の館のメイドのチーフだ。
「何、何?? 花見?? 花見するのー?!」
顔を輝かせて駆け寄って来る蘭の貴婦人に、夏風の貴婦人は笑う。
「春と云えば花見よ!! 今年の新年会は花見で決定!!」
グーッ!! と拳を握る。
蘭の貴婦人も両指を絡ませると、跳び上がる。
「きゃ~!! 花見ぃ~?? やったぁ~~!! 今度こそ主の隣に座るわ!!
そして一緒に花を愛でて、愛を語り合うのよ~~!!」
はてさて・・・・新年会がどうなるかは・・・・間も無く訪れるであろう春の御楽しみである。
この御話は、まだ続きます。
異種たちの新年会は、どうなるのか・・・・御楽しみに☆
このノーマルの「ゼルシェン大陸編」を初めて読まれた方は、
一番古い作品の「夏の闘技会」から読んで貰えたら、
異種たちの事が判るかと思います☆
少しでも楽しんで戴けましたら、コメント下さると励みになります☆