第八十六話
「イグリード、どうしたの?」
「今大丈夫か?」
「俺も大丈夫だ。どうした?」
アレンも返事をした。
「サクヤだったか? 新しい勇者。そいつがこちらにも現れた」
「!! どんな様子だった!?」
「こっちの魔物討伐中に現れて一気に殲滅してくれたんだが、その褒賞としてさらに強力な魔法が載っている魔導書はないか、と聞かれてな」
「さらに強力な魔法……」
「あぁ。今でも相当強い魔力があるようなんだがな。どの国も似たようなものだと思うが、サクヤの使う魔法より強力なものなど、ほぼないのではないかと思う。あるとしたら禁書庫の闇魔法……」
「闇魔法!?」
「あぁ」
そんなのがあるんだ。名前からして危険そうな……。
「闇魔法は使うことを禁止されている。昔誤って発動させ国を滅ぼしかけたことがあるらしい」
「そんな凄い魔法なんだ……」
そんな魔法をサクヤが知ったらどうなるんだろ。やはり欲するのだろうか……。
「そもそも勇者が闇魔法なんか使えるのか?」
アレンが声を上げた。確かに。勇者といえば聖魔法だと聞いた。聖魔法と闇魔法なんて正反対そうな……。
「その辺りは俺もよく分からんが、まあ普通は使えないような気がするよな……」
しばらく沈黙が流れた。
「それで禁書庫は見せたのか?」
ディルアスが聞いた。
「いや、そんな魔法は教えられないからな、闇魔法の魔導書の存在自体を口にはしなかった」
「それでサクヤは諦めたのか?」
「それがなぁ……」
イグリードは魔導具の向こうからでも分かるような深い溜め息を吐いた。
「えらい剣幕で怒鳴り散らしてな……。何かあるはずだ、最強の魔法を教えろ、とかずっと叫んで、挙げ句俺に詰め寄ろうとしたから捕らえた」
「えっ!!」
「さすがに恩人を牢に入れる訳にもいかないからな、宰相が宥め落ち着かせ追い出した……いや、帰ってもらった」
追い出したって言ったし……苦笑するしかなかった。
「追い出したってお前な」
アレンも言いながら苦笑している感じだ。
「すまん、言い方を間違えた」
「まあ暴れられたら追い返したくなるしな」
アレンの笑い声が聞こえる。
「あのサクヤとかいう男……、強力な魔法への執着が尋常じゃないな」
「あぁ、こっちでも強さへの執着が……」
私たちへの怒りは自分の方が強いのだ、という自尊心からだろうか。
そんな自尊心を傷付けてしまったのだろうか。
そのせいでそんなにも強さへの執着が生まれてしまったのだろうか。
『ユウ』
また考え込んでいたようだ。こういうときいつもルナに心配をかけているな。
ルナの毛皮を撫でた。
「大丈夫」
「サクヤには近付かないよう気を付けろよ。万が一ユウが勇者だったと知れれば、ユウが消えてしまう上に、強さへの執着が暴発しそうだ」
「うん……」
「また何か分かれば連絡するよ」
そう言って通信を終えた。
やはり私のせいな気がする。
あんなに関わってはいけないと言われていたのに、自分から助っ人に入ってしまった挙げ句、怒らせてしまった。
本来ならもう私という人間を消されていてもおかしくないような。
消されてしまうのかな……、またあの消える怖さを味わうのかな。
今度は消える前に好きって伝えたいな……。
ディルアスに好き、と……。
考え込んでいるディルアスの横顔を見詰めた。
「ディルアス……」
「? 何だ?」
「えっ、声に出てた!?」
「?」
「えっと、いや、あの、呼んだだけ……ハハ」
「? 変なユウだな」
キョトンとしたディルアスはふんわりと笑った。優しい笑顔を見せてくれるようになったなぁ。
胸がキュッと締め付けられるような感覚がした。
「あ、あの、あの! 私……」
「ん? どうした?」
ディルアスが近付いて来た。
言っちゃうの!? 言っちゃうの、私!? 本当に!?
言ってしまってディルアスを困らせない!?
言ってしまって気まずくならない!?
でも言えなくて後悔するのはもう嫌だ。
消える瞬間に感じた後悔と未練をやり直ししたいって思ったじゃないか!
「あ、あぁ、あの……私……ディルアスのことが……」
そう言おうとした瞬間、激しい風が吹き荒んだ。
空は急激に暗雲が垂れ込め、夜のような暗さとなった。




