第四十二話
アレンは街を足早に過ぎて行く。ルナとオフを小型化し慌てて付いて行く。ゼルはどうやらまた街の外で待機のようだ。
歩きながらアレンは何やらブツブツ言っている。なんだろう。
「誰かと連絡を取っているようだ」
あぁ、フィルさんが言ってた通信するやつ! 結局あれ出来てないなぁ、とぼんやり考えた。
城の門近くまで来るとアレンは素早く変装を解いた。髪は茶色から白金色に変わった。後ろからは見えないが、恐らく瞳も菫色に変わったのだろう。
「私だ! 門を開けろ!」
「で、殿下!? え、いや、少々お待ちを!」
「待てるか! 急を要する!」
「いえ、しかし、確認を……」
門兵はあたふたしている。可哀想に……そりゃいきなり王子が外から現れるとは思わないよね。外出しているという知らせを受けていないなら、警備上すんなり通す訳にも行かないだろうし。
「私が責任を取るから、良いから開けろ!」
「そ、そう言われましても……」
「大丈夫ですよ、その方は本物のアレン殿下ですので、私が保証します」
門の内部から声がした。
声の主を見ると、青みがかった灰色の長い髪を一つに束ね、藍色の瞳に眼鏡を掛け、少し冷たそうな? 怖そうな? 印象のイケメンさん。
「リシュ! お前、早く来い!」
「急に、つい先程、いきなり、帰って来たから門を開けておけと言われましてもね」
少し怒りが垣間見える。さっきブツブツ言っていたのはこの人と連絡を取っていた訳だ。確かについさっきだね。急に言っても対応出来ないよねぇ。
「し、失礼いたしました! お通りください!」
門兵が慌てて門を開いた。
「お帰りなさいませ、殿下」
怒りながらも丁寧に頭を下げアレンを迎え入れた。やっぱり王子様なんだね。
「こいつはリシュレル・オブゼダール、俺の側近だ」
「リシュレル・オブゼダールと申します。殿下が大変ご迷惑をおかけしました」
こちらに向き丁寧にお辞儀をした。
「迷惑って何だ!」
「今みたいな行為のことですよ。後先考えず行動して、あちこちに迷惑をかけているでしょう、あなたは」
アレンが叱られている。何だか兄弟のような力関係が見えた気がした。アレンは言い訳のようなことをブツブツ言っていたが、ハッと我に返り、
「そんなことよりも、結界だよ!」
「あぁ、こちらのお二人が結界を張ってくださるというお話でしたね」
アレンはまた足早に歩き出した。
「今の状況は?」
「芳しくないですね。陛下は何とか抑えようとしてらっしゃいますが、過激派の規模が膨れ上がり過ぎて手に負えなくなってきています」
足早に歩きながら報告を聞いている。
「ならやはり、すぐにでも結界を頼めるか? ユウ、ディルアス」
こちらを振り返りアレンは言った。
「あぁ」
ディルアスが返事をし、私も頷く。
「王宮の一番高い場所でしたね? こちらへ」
リシュレルさんが案内しようとするが、ディルアスが止めた。
「一番高い場所はあそこか?」
ディルアスが城の一番高そうな中心の棟を指差した。
「え、あ、はい、そうです」
「面倒だ、ユウ、飛ぶぞ」
「え!? あぁ、うん!」
呆然としているリシュレルさんを横目にアレンは頼むぞ、と大きな声で言った。
ディルアスが飛翔魔法で飛び上がり、それに続く。
「凄い……」
リシュレルさんが呟いた。
棟の上まで来るとあまり広くないことが分かった。見張り台的なものだろうか、ディルアスと二人で立つと、周りに何人か立てるか、というくらいのスペースだった。
ルナとオブは足元に下ろした。
「手を」
ディルアスがこちらを向いて両手を差し出した。
えっと、魔力を送るやつみたいな? あれ恥ずかしいんだよな……。
おずおずと両手を差し出した。
力強く握り締められ緊張する。
「お互い魔力を流し合うんだ」
魔力を流し合う。両手に魔力を集中していく。魔力をディルアスに。
ディルアスからも魔力が流れて来た。
「それをお互いに自分の身体全てに巡らせるんだ。お互いの魔力が混ざり合って一つになるように」
何だか恥ずかしくなってきた。
ディルアスの魔力が身体を巡る。自分の魔力と混ざり合い、何だかとても不思議な感覚になる。
しかし恥ずかしい! 何か分からないけど恥ずかしい!
「集中しろ」
「はい、すいません」
無になれ、無になるんだ、魔力を身体に巡らせることだけ考えるんだ!
「魔力を俺たち中心に球のようにとにかく広げる。その場にいる魔物を全て弾き飛ばすイメージで」
「う、うん」
「とにかく目一杯広げるんだ」
「分かった!」
「いくぞ」
目を閉じ言われた通りにイメージした。
すると二人の間、両手を繋いだ真ん中に白く光る小さな球が出来た。
それがどんどんと大きくなっていく。私たちもルナ、オブも白い球の中に入った。さらに球はどんどん凄いスピードで大きくなっていく。
魔物の気配が結界に引っ掛かった。
「気にするな、弾き飛ばせ」
魔物の気配が消えた。結界にぶつかり消滅したのか。
結界はどんどん大きくなり城全体を包んだ。いくつかの気配に当たり、黒い靄が立ち上っていく。
王宮敷地全てを包み込むと白い球は消えた。
「消えた!? 消えちゃったの!?」
「大丈夫だ、見えなくなっただけで結界はある」
「そうなんだ、良かった」
そう言うと気が抜けたからか、ディルアスの胸に倒れ込んだ。力が入らない。
「ごめん! すぐ離れるから!」
「大丈夫か? 魔力の消費が激しい。少し休もう」
ディルアスは私を支えたまま座り込んだ。
えっと、この体勢は何かな? 背中が温かいよ?
「しばらく凭れていろ」
ディルアスは棟の壁に凭れている。私もそれで良いよ? ディルアスが背凭れになってくれなくても良いよ? 背中が緊張して固くなる。
それが分かったからかディルアスは両手でくいっと私の身体を後ろに倒した。
ひぃい、密着する! しかも後頭部の辺りにディルアスの頬が当たる。
ダメだ! そう思っているとルナとオブも膝にやってきた。あぁ、もふもふぷにぷに癒される!
って、それで良いのか!?
疲れが取れるような取れないような……何とも言えない休息だ。




