おぼえていないさがしもの
ぼくはなにを忘れてしまったんだろう?
ロボットは自分に聞いてみますが、こたえはいつも見つかりません。
だから彼は歩きます。古びた体をぎしぎしきしませて、おぼえていないさがしものを見つけるために。
出会ったひとにはたずねます。
「ずっとなにかをさがしているんだけど、それがなにか思い出せないんだ。きみはそれがなんだと思う?」
ライオンさんは答えます。
「それはきっと敵だよ。君がたおさないといけない敵。早く会えるといいね」
そうなんだろうか。ロボットは首をかしげます。ぎしり、と、きしんだ音がしました。こんなおんぼろの自分が見つけて、たおせるものなんだろうか。ロボットにはよくわかりません。
「ずっとなにかをさがしているんだけど、それがなにか思い出せないんだ。きみはそれがなんだと思う?」
お花の精は答えます。
「それはきっと愛よ。それはなによりもすばらしいもの。見つかるといいわね」
そうなんだろうか。ロボットは首をかしげます。ぎしり、と、きしんだ音がしました。ロボットにはピンときませんでした。
――そもそもぼくって男の子なのかな? 女の子なのかな?
なぞがひとつ増えました。困りました。
「ずっとなにかをさがしているんだけど、それがなにか思い出せないんだ。きみはそれがなんだと思う?」
茶トラのネコは答えます。
「んー? さがしものー? またたび、とかー?」
そうなんだろうか。ロボットは首をかしげます。ぎしり、と、きしんだ音がしました。それはきみがほしいものじゃないかな、と思いましたが、ネコがあまりにうれしそうに、またたびのすばらしさをかたるので、ロボットは何も言わずにだまっておきました。
「ずっとなにかをさがしているんだけど、それがなにか思い出せないんだ。あなたはそれがなんだと思う?」
りっぱなよろいの騎士さまは答えます。
「それはきっと忠義であろう。そなたが仕えるべき主。主を失うことはとてもつらいことだ。騎士にとっても、機械にとっても」
そうなんだろうか。ロボットは首をかしげます。ぎしり、と、きしんだ音がしました。そもそもちゅうぎ、ってなんだろう。ポンコツロボットにはむずかしくてゼンゼンわかりません。
いっしょにいた、おひめさまにも聞いてみましたが、ツンとそっぽを向いて、答えてはくれません。きげんが悪かったのかな、とロボットは思います。
「ずっとなにかをさがしているんだけど、それがなにか思い出せないんだ。あなたはそれがなんだと思う?」
魔法使いのおじいさんは答えます。
「それはきっと真理じゃな。この世界という設問の回答。それはひとの寿命では到底たどり着けぬ場所にある。
あぁ、お前さんの持つ時間がワシは羨ましいよ」
それは。騎士さまが言っていたことよりも、もっとずっとずっとむずかしくて、なにひとつわからないほどで、なのに……なのに、どうして。
――なつかしい。
「……ハカセ?」
「――ん? それはお前さんを作った者のことかね? 実に興味深い。どうじゃな、一度会わせてはくれんかな?」
「……ハカセ、会う? 会う?」
なにかを思い出しそうになったロボットはあたまをかかえます。みしり、と。今までとはちがう音が聞こえました。
「会う……ハカセ、どこ?」
わすれていたこと、そのひとつは思い出せたものの、さがしていたものなのかはわかりません。
ふむ。と、魔法使いのおじいさんはあごひげをなでて、ロボットにおしえてくれました。
「世界の中心にある高い高い山の上に、この世界の始まりから生きるドラゴンが棲んでおる。彼の者は総てを視通す眼を持つという。会ってみると良いじゃろう」
ロボットはよろこび、せかいの中心をめざすのでした。
ずっと、ずっと長いあいだロボットは歩きつづけました。みしみし、ぎしぎし、もうからだを動かすだけで、音を立てない部品はありません。
「ずっとなにかをさがしているんだけど、それがなにか思い出せないんだ。あなたはそれがなんだと思う?」
ようやくたどりついたせかいの中心、この世でいちばん高い場所で、ロボットはドラゴンにたずねます。
「それは私にもわからないよ」
ドラゴンの声は、それはそれはやさしいものでした。見た目はすっごくこわいのに。ロボットがそうかんがえると、ドラゴンは声を上げて笑いました。
「見た目ばかりは、自分ではどうにもなならいからねぇ」
思ったことを言い当てられて、ロボットはとてもおどろきます。そしておどろいたあとには、こうも思いました。これなら、ぼくのさがしものだってわかりそうなものなのに、と。
「さがしものを、本当に探しているものを決めるのはお前自身だよ。
……けれど、ここまで来たんだ、少し手助けをしてやろうかねぇ」
ドラゴンがそう言うと、あたりに光があふれました。目がくらんで、白く、白く、なにもかもが真っ白になって……
気が付くと、ロボットはなつかしい場所に立っていました。
覚えているよりもずっとボロボロで、まるで今のロボットのようですが、見まちがうはずがありません。そこは、ロボットがハカセといっしょにくらしていた、けんきゅうじょでした。
そこを見たことで、ロボットはわすれていたことを……いいえ、ふたをされていたきおくを、思い出しました。
『ワシはもう長くはない。ワシが死んだら、お前は、自分の幸せを探すんだよ?』
ハカセが言って、ロボットは首をかしげます。きしんだ音なんて聞こえません。
『ハハ、ちょっと難しかったかな? 好きにしていい、ということだ』
きおくにぷろてくとを……などとハカセは言っていますが、いつも通り、ロボットにはちんぷんかんぷんです。
『幸せになりなさい。それが、ワシの願いだ』
さがしていたものを、ロボットはかんぜんに思い出しました。
そして見つけました。
ぎしぎし、みしみし、全身をきしませながら、ロボットはけんきゅうじょのうらてへと向かいます。
とうとうたえきれなくなって、片方の足が折れました。たおれたひょうしに、うでも少しゆがみます。それでも地面をはって、ロボットはたどりつきました。
ほうっておかれて、すっかりボロボロになったお墓がそこにはありました。
おんなじくらいボロボロなロボットが、そっとお墓に寄り添います。
「……ただいま、ハカセ」
見つけたよ、ハカセ。
ぼくのしあわせは、ずっとここにあったよ。
ぼくももうすぐ動かなくなるけれど、ロボットにも天国ってあるのかなぁ。
もしもあるのなら、にんげんとロボット、別々じゃないといいなぁ。
長い長い旅を終えたロボットは、帰り着いた家で眠りに就きました。
古びたお墓の隣に仲良く並んで、もう動くことのないロボットは、まるでもうひとつのお墓のようでした。
ロボットが天国でハカセに会えたのかどうか――それは、ドラゴンにだってわからないことです。
幸せな結末かどうか。
それは、彼が決めること。