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百合

三ヶ月

作者: 陽田城寺

 入学から三ヶ月、夏、私はまだ蔵村柳(くらむらやなぎ)と喋ったことがない。

 彼女はとても綺麗な人だった。物腰の柔らかく、奥ゆかしくて丁寧な雰囲気。

 外見も、大和撫子と呼ぶに相応しい黒い髪が艶々して綺麗な、和風美人。

 同じ制服を着ていることさえおこがましくなるようで、見ていてぼぅっとしてしまう。

 そんな彼女と、私はいまだに喋っていない。出会って三ヶ月、と言えなくもないけど、まだ出会っていない、と言った方が正しいような気もする。

 別に蔵村さんが人見知りだったり、誰かをハブるようなことはしてないし、私も別に地味でコミュ力がないとかじゃない。

 私が、避けているのだ。避けているとバレない程度に、クラスから浮かない程度に。

 最初は避けようと思っていたわけじゃないけれど、なんとなく彼女と会話するのは気が引けた。

 神聖視、ってやつなのかな。彼女は和服とかがすごく似合いそうで、頭も良くて、誰にでも笑顔を向けるような人で、悪い友達とかにも引っ掛らなさそうで……。

 なんて話したこともないのに、すごく立派に見えるのだ。そんな風に考えると、そんな人に話しかけるのは少し怖いし、話しかけたとしても彼女と仲良くなりたい自分の気持ちが浅ましいものに思えてしまう。

 別にそういうわけじゃないけど、私が勝手に彼女を有名人のように思ってしまっている。だから自分から話しかけるのは、変なプライドがそうさせてくれなかった。

 彼女が話しかけてくる機会、というのもなかった。出会って一月も経てばわざわざ話し合うこともないだろうし、会わないように少し避けていたのは確かだけど、逃げ出すようなことはしなかったし、ほんの数歩、他の人より離れていただけで、特に策を弄するってほどでもなかった。

 それだけで、蔵村さんから三ヶ月距離を開けることができていた。

 嬉しいような嬉しくないような、と思ったけれど私はその距離感に満足していた。

 なんていうか、蔵村さんと仲良くしてる自分とか想像できないし、何話したらいいかもわかんない。でもなんか、きっとこんな私にもあんなお上品な笑顔を向けてくれるんだろうなぁと思うと胸がキュッとなる。私から返せるものは特にない。なにか隠し芸でもあったらよかったのに。

 でも蔵村さんはクラスの中で見ているだけで、なんていうか、気分が華やぐ。まるで漫画のキャラクターを見ているみたいだと思った。

 私はこんな気持ちを秘めたまま、適当にクラス替えとかで蔵村さんと離れていくんだろうなぁと思った。それはまた、寂しいような、安心するような。


 で、ばったりと蔵村さんと真正面から出会ってしまった。


「ごっ、ご、ごめん」

「いえ、こちらこそ飛び出してしまいました……亜葉矢(あばや)さん」


 廊下の曲がり角でばったりと、一対一で出会うなんてなんていう運命の悪戯なんだろう。驚きすぎて言葉が詰まったのに、蔵村さんに名前を呼ばれてこっちはますます驚いた。

 今は落ち着いた蔵村さんでさえ最初は目を白黒させたのに、じゃあ今の私は白目でも向いているかもしれない。


「わ、私の名前、蔵村さん……!」

「なんでしょう? もしかして、間違えていましたか? あの、お話しするのは初めてだったかもしれませんね……、同じクラスになっていたのに」

「いえ、あの、はい。そうですね」

「ふふ、よろしくお願い致します……、今更、ですが……」

「よ、ろしくおねがいいたします!」


 しどろもどろ、なんとか言葉を出して、私は結局逃げた。避けた。飛び出した。

 出会う姿も無様なら、逃げる姿もまた無様だっただろう。


(やばいやばいやばいやばい、蔵村さんと喋っちゃった!)


 逃げながら、早歩きでとにかく考えていた。

 近くに蔵村さんの顔があった。直接、その言葉を私が受けた。私の名前を知っていた、私の名前を呼んでくれた。

 やっぱり、あのお上品な笑顔をしてくれた。

 これからよろしくお願い致しますって言われた。

 やばい、やばい。

 やばい……。

 吐きそうなほど胸が苦しくなるのはどうしてだろう。握り締められたみたいな心臓が、負けないようにと激しく脈打つ。

 呪いか毒か、とにかく熱があるのは違いないらしい。

 不思議と嫌じゃない熱が、バクンバクン疼く心臓の音と同時に身体中に広がっていく。

 蔵村さん、蔵村さん。

 喋ってしまった。

 ずっと避けてたのは私だし話しかけようともしなかったのも私だ。

 なのに、ドクドクと血が流れるみたいに嬉しい気持ちが溢れてくる。

 あぁぁぁぁぁ~~~~~~~

 好きだったんだ、最初から……。



 考えてみれば、初めて会った時から意識していた。

 好きになりそうな未知の感情は、その正体をはっきりさせたくなくて遠回りをさせていたけれど、それは一度会話して、顔を向かい合わせるだけで察してしまう程度の迂回だった。

 ただ、そんなわかりやすいものなのに、たったの一度の会話でわかることなのに、私にとってそれは天地がひっくり返るほどの激変だった。

 何もかもが変わった、クラスで過ごす時間も、家で過ごす時間も。

 以前より蔵村さんのことを考える時間が増えたし、自分のそんな感情について考えることも増えた。

 けれど、行動は変えなかった。

 気付くのがあまりに遅かったような気がする。今更、蔵村さんと仲良くなろうなんて風には思えないし、私にとっていまだに蔵村さんは、凄い美人で、可愛くて、崇敬しているような人だから。

 ただ私はクラスで彼女を見守って、でもそれとバレない程度の感じで、避けすぎるということもない。

 避けすぎない、でも近寄ることもしない。背景や空気で良いと思った。

 好きだといって、友達になるとか恋人になるとか、熱い熱い気持ちを伝えるだけで困るだろう、特に目的がなくそんなことを伝えるのも意味不明だし。

 彼女に恋人でもできたら、そっと祝福しよう。自分がそうでなかったことに対して、何かを思うほどおこがましくはない。

 ただ、七月二日は私にとっての記念日になった。

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