美しい、馬
いよいよ出発の日。
大都市はもしかしたら自然発火による火災で、灰塵と化しているかもしれないし、それでなくとも、地下道などは揚水出来ないことから、もう使いものにならないだろう。
コンビニから多めに飲料水や食物を拝借し、これから向かう政令都市の地図も入手し、コンビニやガソリンスタンド、そして目的地である郊外にある自衛隊駐屯地の場所を再確認し、異変が起きてから初の遠出となる。
物資の関係上都市の中に居たが、自然動物に気を付け食材や薬品などの入手もルーティーンで手に入れば清流がある山岳部が良いと思っている考えは変わっていない。
だれか他に人が居ても、今は妙齢の少女二人を抱える身、何も考えず、仲間を増やすことは出来ないという現実があった。
自身と彼女らを守るために手に入れた拳銃と薬きょうである…無理は出来ないし、そういうものを現実に使う荒事は極力避けたかった。
「それでは出発進行するよ」
そして、鍵穴に鍵を入れ、捻ると、大きな音楽がスピーカーから轟きだす。
外のカラスが落ち着かないように、反応して鳴いていた。
それにしても…。
「岬ちゃんのご両親はクラシック好きなんだね」
「はい。何時も大音量で聞いていました…あ、小さくしますね…。」
後ろの座席から手を差し伸べ、音量は小さくした。
「ちょっと待ってよ。学校じゃあるまいし、こんなのは嫌よ」
真利亜は、不満そうに鼻を鳴らす。
「う―ん。じゃあ、何がいい?」
「決まってるじゃない、ロックよロック!」
「あの…」
岬ちゃんは遠慮がちに口を開いた。
「両親が音楽マニアだったので、データとして、殆どあると思います」
真利亜はほらね、という表情を浮かべ、後ろから操作し、自分好みの曲を探していた。
一瞬、岬ちゃんと視線が合い、微苦笑する。
ジャンと大きな音が鳴りだし、僕たちの旅は始まった。
暫くは皆、無言で窓外を見やりながら、大きく轟く音楽を耳にする。
住んでいた街を離れ、新たな場所へ。
もしかしたら戻ってこれないのではないか、そしてこれから自分たちはどうなるのだろう。
そういう不安も渦巻いていたに違いない。
僕はゆっくりと運転しながら、責任が重大な事を改めて、思い浮かべる。
「あ…見て下さい!」
窓外を熱心に観察していた岬ちゃんが、声を上げる。
僕は徐行にし、示した方向に目を向ける。
馬の群れが、平原を駆けていた。
美しく、非現実的な風景。
きっと近くの馬牧場の馬が、その囲いから脱出したのであろう。
馬たちは僕たちなど気にも留めず、走り抜けていった。
そこからは暫く、また無言が広がる。
岬ちゃんは熱心に外に視線をやり、真利亜は携帯ゲームに視線を落としている。
少し離れた場所にコンビニがあったので、そこで休憩とすることにし、駐車場に車を止めた。
がしゃがしゃと、細かく砕けたガラスに注意しながら、コンビニに入る。
まだ、正午なので中は薄暗い位で、すべて見渡すことが出来る。
「私は…これっと、これ」
ぽんぽん器用に真利亜は、僕が持つ買い物籠の中に、レトルト食品と水を投げ入れる。
「私はこれにします」
岬ちゃんはどこか怯えたように、僕のそばを離れない。
真利亜は、レジをがちゃがちゃといじり、開いていただろう、万札をがばっと掴み「これで私もお金持ち!…でも今となっては、ね」お金を掲げると、びりびりと破いて捨ててしまった。
くすっと岬ちゃんは笑い、真利亜は何よというような表情を向ける。
少しづつではあるが関係が構築されてきたようだ。
きっとそれは良い兆候なのだろう。




