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第三殲滅隊隊長は鬼教官  作者: 鳳月 眠人
2章 ── Carpe diem.
9/15

07.湖礁地方

 ザブ、ざざざと波の立つ音が耳に届く。ゆらゆらと揺れる機体は揺り籠のよう。それは、先程まで生死の淵に立たされていた少女たちの意識を穏やかに揺り起こした。


「生きてるか、第三隊。動けるようになった者から降りろ」


 操縦室から出てきたユイガは外への扉を開け放った。

 隊長の指示に、よろよろと眩しい光の方へ出てきた彼女らは、眼下の水面を見下ろす。


「水……」


 靴を脱いで、スカートを浅く縛って脚を晒し、バシャッと降り立ったアリスを見て、他の隊員も続き出した。

 白い砂礁が少女たちの足の裏を包む。膝まで浸る心地よい水の冷たさが、悪酔いを醒ましてゆく。


 眸に写るのは、空との境目を見誤りそうな、果てなく続く遠浅の湖。内海を地殻の下に湛えるこの世界では、地表へ露出している水場は稀だ。ましてこれだけ広大な湖は数が限られている。

 思わぬ光景に、少女たちは皆一様に瞬きした。


「ここは……」

「湖礁地方、ミーミスヴルム」

「観光地じゃん!」


 隊長から返された意外な地名にルチルが叫んだ。ユイガは貨物室を整理しながら更に返す。


「プライベートビーチだ。第一警衛隊隊長の」

「スウィートクラウド家の!? なんの(つて)があって」

「……一言で言えば、友人だ」


 答えながら、ユイガはビーチボールをひとつ、ボンと拳で打って隊員にやった。キャッチしたノイは、顔を見る間に明るくしてテンションを上げる。


「うっそひゃっほう!! 遊んでいいってことですよね!?」


「夕刻までな。昼は軽食を二度、あそこからここまで持ってきていただけるらしい。隊員諸君がくたくたに遊び疲れた頃、本格的な訓練を開始する。荷は訓練後に屋敷へ運ぶので着替えたい者は自由にして構わない」


 ユイガの指す水平線と逆の方向には、砂礁の丘に、地方特有の木々に囲まれて壮麗な屋敷が建っていた。第一警衛隊長の保有する屋敷だろう。


 これは、期待できる。

 夕刻からはいつもの地獄の訓練があるのかもしれない。しかしそれでも、もう無いものと諦めていた息抜きの時間をふいに与えられて、少女たちの表情は輝いた。



「先も言ったとおり、ここはプライベートビーチだ。何をしても構わない。地形さえ変えなければ、魔力を使った私闘でさえも。──順位が決定しても、お前らまだ、遺恨があるだろう」


 幾人かの空気がピリ、と張り詰めた。


「不服があるなら、今日だけ思う存分、相手にぶつければ良い。その私闘で下位が上位に勝った場合、順位を変更する。後で俺に申告しろ。また遺恨がなくても、夕刻までに一回は誰かと戦うように。全員戦ったかどうか、これはセラが管理報告しろ」


「隊長はこちらにおられないんですか?」

「お前らの提出したレポートを読む。何かあれば通信で呼べ。ああ、それから、隊長命令を下す」


 セラの問いに答えたユイガは、自身の荷物だけ持って、中空から隊員たちを見下ろして続けた。


「これから各隊員、互いをファーストネームもしくは愛称で呼び合うこと。これを守らない者、或いは蔑称を使うようなことがあれば懲罰対象とする」


「な、なんですかその命令!」


「俺の特恵の特性上必要な行為だ。第三隊に所属している限り、異論は認めない。では解散」


 リリアが挙手なしに反応した。しかしユイガはそれを捩じ伏せ、去っていってしまった。




「……ジング……ッ……クッ………………アリス、」


 なにか屈辱的な気持ちを味わいながら、リリアは睨み付けて名を呼んだ。明らかにその雰囲気を嘲り楽しんでいる二人分の視線を受け、少女はギリと歯を食い縛る。


 先は言われずとも分かる。戦闘の申し出だ。応じるように睨み返したアリスは、はっとしたような顔をして、口を開く──



「──、私ちょっとトイレ」


 リリアの聞き返す間もなく、ひらりと航空挺に戻った赤色の少女は、扉の縁に立って振り向いて言った。


「終わってから、アンタと()るから」




* * *




「ハー、笑った笑った」

「なぁんか天然ってか大物なとこあんなー。さすが英雄の娘」

「挑発の仕返しじゃね?」

「あのタイプがそんな器用なことできるわけないじゃん」


 火焔の魔力が"反転"され、打ち消す水氷が大気に白く立ち込めている。その白霧の中から武器のぶつかる音が激しく響く。


 ラッシュガードを羽織ったモノキニ姿となったフィニチェとルチルは航空挺の翼上で寛ぎながら、その影を観賞していた。


「あー涼しい。ちょうど良く加湿もされてていーかんじ」

「ねぇー、ノイ、ちょっと風送ってくんなぁい?」

「最高じゃん今期の新兵。エアコンいらず」


「今、それどころじゃ、ないんですけどぉ!!」

「集中なさい!」

「ッツ、くあっ!! はぁっ美しすぎ眼福……! ギャッッ」


 航空挺の、更に上。ノイはセラと絶賛戦闘中だった。

 遠距離からの攻撃を得意とするノイだが、セラに距離を既に詰められ、銃剣をなんとか躱すことしかできなくなっている。

 だが戦闘モードに入った憧れのセラを間近にして見入ってしまい、それすらも覚束ない。



 この戦闘、申し込んだのはノイからではない。セラからだ。『自分が勝ったら、以降は過度なスキンシップをしてこないこと』。それを約束させられ、淡紫の少女と戦う嵌めになったのである。


「ノイー、次、私とやろーね! 回復してあげるから頑張ってー」


 桃色の少女がにこやかに手を振りながら、砂礁から二人に声援を送った。同じ香車クラスのノイの実力が気になっていたらしい。


「距離を詰められたら、どう対処するの、"成"れば近接攻撃もするでしょう」


「や、わりと、セラ様って、戦闘中人が変わるタイプ、ッう"ッッぐぅう!!」


「ふざけてると後悔するのは貴女よ?」


 私闘と言うより指導。銃剣の柄の打撃が、強烈にノイの脛を叩く。

 呻いて痛みを意識の外に追いやって、ノイはようやく、日中あまり出てこない本気を引っ張り出す。──へらつく表情が徐々に失せてゆく。


「杏舞・風花殺傷ッ」


 下方で立ち込めていたリリアの水氷が、逆巻く風に乗ってセラを襲う。下から突き上げる攻撃はセラの目を一瞬眩ませた。

 

「ッ──、」

「杏舞・烈鋒衝」


 褐色のしなやかな腕が風を纏い、セラの障壁を突き崩す。


「杏舞・嘴脚──」

「──星よ、()け」


 セラは、速く鋭い蹴脚を紙一重で(さば)き、銃身を添わせて脚を落とす。そして短く波力種に指示を下した。


 (たい)の崩れた状態で、突然の重い引力に成す術はない。

 砂礁に打ちつけられたノイの胸上にはもう、片膝をついて彼女を抑え込むセラがいた。銃剣のスパイクが翠色の少女の眼前に突きつけられ、鈍く光った。


「約束。飛びついて来ないこと」

「……ハイ……」

「服の下に手を入れたり、変に擦り寄ってこないこと」

「ふええ」

「……したいなら、勝てるようになってからにしてね」


 伏した睫毛が、陽射しで淡く煌めく。その薄紫は仰ぎ見ると銀に近い。いつ傷ついたのか、晒された肩から血が滲んで一滴、ぽたりとノイの胸元に落ちた。


「…………えっ、ワンチャン──!!!?」

「ありません!」



「ひゃーやっぱセラ様かっこいー……」

「オンオフのギャップ酷すぎない二人とも」

「ノイのやつは意外だったかも。……はぁー、私らどうする?」

「一戦だけ、てきとーにヤッとこ。"ステラお嬢サマ"も態々(わざわざ)絡んで来ないでしょ」


「私は、日頃の憂さを晴らしたいのだけれど」


 少し離れた場所から凛とした声が届いた。華美すぎず品の良い水着姿のラヴィーネが、堂々とした足取りで尾翼の方から二人の元へ近付いてくる。


「レナが本気出したらヤられんだから、止めときな?」

「そーそー。ミアだけヤられて来て」

「は? ちッ逃げた」


 ルチルを残してひょいと航空挺の翼から身を躍らせたフィニチェは、宙を跳ねるように波間を渡る。

 そして、同じように水着とラッシュガードに着替え、鳥竜種を翔ばして戯れている灰色と黒色の少女たちに話しかけた。


「リレイドセンパイも気になるけど、チビ……じゃなくてナイリ。……あーそぼ?」


 不穏な声の、先輩からの"遊び"の誘いに、ナイリは振り返った。リレイドが結ってやった、黒く長い三つ編みが揺れる。

 そしてラヴィーネとはまた違う変化に乏しい顔が、少しだけ柔らかく笑んだ。


「────では、じゃんけんで」

「──え?」

「もーらーちーねーぜっ! ですよ」

「え、いや、言語的な問題じゃなくてね……?」


 いつも斜に構えた態度ながら、ルチルよりはどこか一歩引いて周囲を観察している雰囲気がある、フィニチェ。そんな彼女が、最年少の少女の天然発言に本気で戸惑っている。

 傍らのリレイドがクス、と小さく笑った。


「戦えって、別に"魔法攻撃で"とは言われなかったから」

「単純な武力のボコし合いでも良いし、じゃんけんでも良いってことです」

「あー、なるほど賢い。てか意外と物騒な言い回しするじゃん笑うわ」



 平和だ。

 毒気を抜かれたフィニチェは浅い水煌に身を浮かべた。

 ゆら、と、黄色い髪が水に解れる。


 じっとしていると、水中から大きなヒレのモビュラが、空からは小ぶりのモラが下りてきて、フィニチェの白い脚や腹を(ついば)み始めた。──くすぐったいのか、少女の足指がピクリと動いた。



「でもちょっと、あの撃譜を障壁なしで喰らってみたかったんだよねぇ。実戦の時はそんなバカできないしぃ」

「────」


 リレイドの鳥竜種がモラにブレスを吐いて追い払った。

 少しの沈黙の後、ナイリは視線を斜め下にやって呟く。


「撃譜は、ヘルーワィムに使うものです」

「人に使ったことがあるやつの言い方だよね」

「……フィニチェ」


 静かに咎めたリレイドに、フィニチェはいつもの笑みを浮かべて、ざば、と立ち上がった。

 攻め方を変えよう。挑発するより甘い方が良い。


「大方アンタ、欠損かなんかで出力制限ができないんでしょ? 弱め撃譜の練習してると普通の魔力操作もできるようになるかもよ?」


 障壁の内側から見た"焼けつく闇"。それに自分は耐えうるのか。例の事件の魔質と合致するのか。

 好奇心の勝るフィニチェは、ナイリを優しく誘う。


「どうしても不安なら相殺するから。ほんとにやばくなったら障壁張るしさ。一発だけ、チャージ60秒ぐらいのでいいからホラ、やってみな?」


「本当に大丈夫……?」

「リレイドセンパイだって特恵と魔工具だけで撃譜防御してんでしょ」


「じゃあ……もう少し、離れてください。それから、できれば空中で……」


 心配そうに見守るリレイドを他所に、フィニチェは距離をとって宙に舞い上がる。チャージを始めたナイリに、フィニチェも()()()チャージを始めた。


「いきます。撃譜──【虚】」


「──【恒】」


 空間に穴が開いたような闇が、穏やかな湖畔に顕現した。それはフィニチェが身に纏う感情エネルギーを激しく蝕んでくる。目前まで迫ってきた漆黒は、全てを貪欲に食らおうとジクジクと音を立てていた。


 フィニチェは喉を鳴らし、薄く脂汗を滲ませながら、指先の魔力だけ切って闇に触れる。


 結果として、痛感はなかった。

 が、闇に触れた指先は、爛れ溶けて崩れてしまっていた。

 最初からそこに存在しなかったように。


 間もなく、陽射しが黄色の少女を包む。目立った外傷のないその姿に、ナイリは至極ほっとした表情をした。けれど若干顔色が悪い。


「ふぅん、まあまあ病んでんだねー」

「え……あ、指……!!」

「だぁいじょぶだって痛くないし、ニーナセンパイに治してもらうわ。またあそぼ」


 フィニチェは軽い声で手を振って、来た時のように水面を跳ねて行った。



 撃譜は誰でも撃てる訳ではない。

 だが小隊長になる為の前提条件でもある。自隊の玉将クラスが倒れた時に最終手段として、クラスチェンジを行い隊長が玉将クラスとして撃譜を続ける為だ。


 ユイガの定めた順位はリレイドの方が上だった。しかしもしフィニチェが才を隠しているのだとしたら、と考えたリレイドには、その勝敗の予想はできなかった。もちろん後輩に自ら負ける気はないが──


「フィニチェさん、撃譜使えるんですね……」

「そうだね、頼もしい」



* * *



「……伴星(シン)の方、本当にすごく暗くなってきちゃったなー……」

「俺がガキの頃はもっと明るかったな」

「! 隊長、お疲れ様です」


 ニーナはビーチボールを抱えたまま、ユイガに敬礼した。

 隊員の元にやってきたユイガも、今はラッシュガードと膝丈の水着に着替えており、何やら魔工具の入ったケースを持ってきている。そろそろ訓練が始められるのだろう。


「あいつらまだやってんの? 折角の気晴らし時間が勿体な」


 フィニチェが軽食を頬張りながら、鏡面にゆらぐ二つの夕陽をバシャバシャと乱してやってきた。

 視線の先ではアリスとリリアが未だに戦い続けている。



 この世界の二つの太陽は時に、追いかけっこをするような軌道を描く。水平線近くで、沈みそうで沈まないその太陽たちは、触れ合うことは決してない。


 滑らかな階調(グラデーション)で彩飾された、遮るもののない夕空を背景に、二つの影は未だ、激しく衝突していた。


 太刀筋の合わさる鈍い音が虚空を衝く。疲労によって筋はぶれ、もう魔力もまともに通っていない。


 憂うような視線でそれを見上げていたセラも、この場にユイガが来たことに気付いた。大人びた水着姿の少女は静かな波をつくってユイガの方へ歩み、一礼した。


「セラ、報告」

「はい。

 ラヴィーネ 2勝、対セラ、対ルチル。

 セラ 2勝、対ニーナ、対ノイ。

 リレイド 24勝、対ナイリ、対ノイ」


「待て、なんだその数は」

「……手遊び勝負だそうです。ナイリと23勝」

「手遊び…………、ッふ、は」


 その時、その場にいた少女たちは、鬼教官、と言うべき厳格サディスティックな隊長が、口許を弛ませ眉を下げて吹き出したのを、確かに目撃した。


 直視してしまったセラは、その一瞬、その綺麗な光景に、視線が縫い止められたように離せないでいた。ざらりとした、よく分からない感情が心の底を這ったのを知覚した。


「続けろ」

「──は、っはい。

 フィニチェ 0勝、対ナイリ。

 ニーナ 1勝、対セラ、対ノイ。

 アリス 3勝、対リリア。現在も戦闘中。

 ナイリ 56勝、」


「56勝!?」

「……強いそうです、手遊びが。対リレイド、対フィニチェ」

「お前も手遊びか」

「私は撃譜喰らいましたぁー。指先が消えちゃったからニーナセンパイに治してもらったし」


 ユイガから確認の視線を受け、ニーナは頷いた。ひらひらと振られたフィニチェの手の指先は、綺麗に元通りになっている。


「ルチル 1勝、対ラヴィーネ、対ノイ。

 リリア 1勝、対アリス。現在も戦闘中。

 ノイ 0勝、対セラ、対リレイド、対ニーナ、対ルチル。以上です」

「ノイが揉まれたようで何よりだ」


 幾分か楽しそうな声音でそう言ったユイガは、翠色の少女を目だけで探した。見当たらない──いや、いた。ひしがれるように砂礁で城を造っている。ナイリがそれを手伝って、やたらクォリティーの高い城が完成しつつあった。


 ガキか。いや、やつらはまだガキだった。

 ユイガが思ったその時、カン、という高い音がしてリリアの眼鏡が空に飛んだ。

 足許に小さな水音を立てて落ちてきたそれを、ユイガは水中から拾い上げてそっと畳んだ。



「入学した、ときから……ッ何かと双頭扱いされて、いい加減、目障りよ……ッ」


「知らないわよ! 他人の評価なんか、ッ私はただ」


「私が! あの男は私が、討つ!!」


「父さんはッ、私が、取り戻す!! 焔環っ……」


「其は偽となり、理を返す!」


 事象が反転する。捻れ返される魔力に抗えず、水面に叩きつけられたのは赤色だった。一拍遅れて、息を切らした明青の少女も水飛沫を上げて着水した。

 二人ともここに来た時の服装のままだ。薄い服が水に揺らぐ。


《 自由時間終了。これより第三殲滅隊訓練を開始する。媒体武器を持って50秒で集合しろ 》


 通信で全員に呼び掛け、ユイガは二人の元に近づいてゆく。


「アリス、ネガ、ラッシュガードに着替えてこい。ネガ……ランクを上げるか」

「いいえ」


 ユイガの問いに、リリアは即答した。


「──全勝するようになるまで、結構です。それから、ネガと呼ばれるのは好きでないので、リリアでお願いします」


 隊長から眼鏡を受け取った少女の声音は相変わらず不機嫌だった。しかしどこか少し、吹っ切れたような顔をしていた。

 





 少女の着替えには些少な時間で急ぎ着替えてきた二人に、ユイガは両手を翳す。

 

 隊員たちは癖でつい、ユイガから発せられる弾ける光に身を固くする。

 だがこの回復魔法の時だけは、そんな強ばってしまった身体が芯から優しく癒されていくので、……つまり自然と、それを受ける隊員は気が弛む。安定感のある魔力はずっと受けていたくなる心地よさなのだ。


 先程まで魔力と体力を絞りだし、感情のぶつけ合いをしていたアリスとリリアも例外でなく顔が弛みきっている。傍から見ると、まるでアンデルトのような獣耳(じゅうじ)があるような幻覚さえ見えてくる。


 こんなことになるのはもちろん施術するユイガも知っているので、回復終わりにいつも気付けの令威を放つ。かなり弱めに、ではあるが。


「うわ……もしかして私も弛んでる……? あんなん絶対嫌なんだけど」

「んふッ、」

「なに、ニーナセンパイ、やっぱヤバイ? 私の顔」

「ん……ふふ、なんか前、一回うっとりしてるの見ちゃった」


 ルチルは、自分の顔を自分で想像して目を見開き、顔を盛大に歪めた。


「……埋まってくるわ」

「ブッは、ウケる」

「言っておくけれど貴女も大概蕩けてるわよ」

「は?」


 ルチルの態度に笑ったフィニチェに、ラヴィーネが鋭く指摘した。だがそれに甘んじるフィニチェではない。


「……毎回メス顔晒してるヤツに言われたくないんだけどぉ」

「!? な……!」


「ええ、ラヴィーネもいつも凄く気持ち良さそうにしてるわね」

「セラ様……!?」

「ふ……抗えないっすよ、あれは……」


 にっこり笑って言ったセラと、何か悟ったような物言いのノイに励まされ、ラヴィーネは普段あまり動かさない顔の筋肉を更に固くした。








 さて、全員が集合し整列した水辺で、ユイガは隊員の前に立って口を開く。


「編成後はひたすら、個人の技量把握と基礎力向上に充ててきたが、最後調整として連携力と魔法の出力純度を高める」


 ──少女たちは戦慄した。

 小型バスにも匹敵する重量を負荷してくる重力魔晶を身に付けたランニングが。あるいは、容赦なく令威(レイ)を浴びせられながらの筋トレや素振りが。

 そして平衡感覚を失うほどほぼ一方的にいたぶられ続ける戦闘訓練が、基礎力向上だったのか、と。


「連携に、拗らせた(わだかま)りは障害でしかない。信頼関係が前提であり必要条件となる。そこで──」


 ガチャ、とケースから取り出された物に、一同は身構えた。が、少女たちの何人かはその物体を知っており、訓練内容を仄かに察する。

 圧縮魔晶が夕陽を受けて照り返す。主にエアの保存・供給に使われるマウスピースだ。

 ──やはり、沈められるのか。まさか──


「各人、こいつを咥えろ。今から内海へ潜る。夏に増えすぎた水棲スライム狩りだ。指揮隊長を、一人ずつ交代しながら行う。討伐ノルマは2,000体──集中を切らすな。くれぐれも判断を誤ったり、溺死することのないように」




※蛇足※

フィニチェを啄みにきたモビュラはエイ、モラはマンボウっぽい生き物です。いずれも学名より。

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おまけ

その他登場人物image画像(ちょっとずつ増える)*

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