04.撃譜魔法
《 第百十七警衛隊より、英雄2名保護。Ⅲ型結晶1個、Ⅱ型結晶1個を鹵獲。ヘルーワィム結晶を第二隊へ転送します 》
《 第二隊、了解 》
「第三隊、了解」
ナイリの放った闇が陽射しに消えてゆくと、聳える波力種汚染ヘルーワィムの赤黒い光が極大に達しようとしていた。こちらが高出力の魔法攻撃を放ったようにあちらも高出力のエネルギーが充填したらしい。
ヘルーワィムの繰り出す聖属性のエネルギー波、それは訓練された警衛隊隊員たちによる連携障壁がなければ、大地に易々と穴を開ける威力。その被ダメージは敵に近いほどに、大きい。
警衛隊長からの報告に短く応答したユイガは自分の隊に指示を下す。
「続いて総員防御体勢。ラヴィーネとアリスはナイリの防御を固めろ。凌いだ後、アリスは5Cまで飛べ」
「了解」
ヘルーワィムはすべて、高エネルギー体を嗅ぎ付けて狙ってくる。撃譜チャージ中のナイリはエネルギーの塊であり、しかも集中しているため無防備になりがちだ。まして、ナイリは撃譜以外の魔力操作能力がない。防御は他の隊員が引き受けることになる。
波力種汚染型は不穏な光を大きく輝かせ、辺り一面に死の光線を吐き出した。
《 っく、ぅっ──きゃっ!》
敵陣に乗り込み、敏捷βを引き付けていたニーナが耐えきれなかったらしい。華奢な身体が墜ちて行く。
数秒差で、上空からも2名墜ちてきた。その中にはメトロメニアらしき明青色もある。
英雄との戦いは、本隊ヘルーワィムとの戦闘とは一線を画す。そろそろ第二隊も疲弊してきている。
《 高出力波、防御成功。市街損害なし 》
《 第二隊、桂1名、銀1名ダウン 》
「第三隊、香1名ダウン」
《 殲滅隊員3名を保護 》
《 第二隊、了解 》
「第三隊、了解」
報告と応答をするユイガの近くから、赤色の少女が熱気を帯びて前方へと飛び出した。ユイガも、回復させていた角行クラスのリレイドを転移魔法で敵陣前へ送り、攻めの陣形にしてゆく。
「あーくっそ、やられたわ! ベッタベタだし超滲みるし」
「ミア、おかえりぃ」
「はぁー、ただいまレナ」
ヘルーワィムに喰われていたルチルが、ナイリとセラの働きにより救出され戻ってきた。レグホーネルの姉妹は互いをミドルネームで呼んでいるようだ。
「ルチルが戻ってきたか。ノイ、代わりにセラの後方4Eへ付け。フィニチェは7Gへ。近接Ⅰを誘え。セラはアリスの後方でサポートしてやれ」
「あは、また飲まれるパターンじゃん新入りィ」
「うええ……マジだぁ」
出血し、痛々しい痣が所々に浮いたルチルは、ノイの肩を雑に叩いてエールを送った。
セラの後方につき、セラがアリスのサポートの為に移動して道を開ければ、ノイは波力種ヘルーワィムに対して一気に攻撃を仕掛けることができる位置となる。
そうすれば、親玉を守る盾になるため他のヘルーワィムが集まってくるだろう。敵を減らす時によく使う手法だ。
しかし飲まれれてしまえば当然、また痛みと悪心に襲われる。ノイは涙目になりながら飛び出していった。
「敏捷βとかγに喰われるより全然マシだかんね。ヤツらのナカ冗談抜きにエグい」
《 そうそう。でもそれ以外は慣れたら気持ちよくなってくるから逆にぃ 》
《 ドラッグ常用者みたいなコト言わないでくださいよぉ、絶対嘘だぁ!! 》
「うるさい、インカムで談笑しすぎだ。あと、ヘルーワィムは組織液を口にしなければそんなに悪い心地じゃない。慣れればだが」
《 ほらぁ 》
「隊長のってくんじゃん、ウケる」
「倒せば飲まれることもない、ノイ。ラヴィーネの特恵賦与を活かせ」
《 ッぐぬぅぅ……! っ、薫風の讃歌、檻を成し豪旋よ穿て── 》
歌うような詠唱に従って顕現したのは目視できるほどの風圧の檻。そして続けて撃ち出される、嵐を圧縮したかのような空気の砲弾。
それは確かにヘルーワィムを撃ち抜き、いくつもの大穴を開けたのだが……
《 加護を聞こし召せ──リグ・ガンダヴァ、……ふぁっ!? えええウソ止まんないぃぃやぁぁ》
ヘルーワィムは尚も進行を止めない。
そのまま翠髪の少女に突っ込んでいったヘルーワィムは、開けられた風穴からずぶずぶと少女を取り込んでしまった。
「攻撃は貫通しましたが飲まれましたわね」
「徹底的に鍛え上げる必要があるな……」
抵抗する褐色の手足がバタバタと暴れている。
その様を見て、ナイリの前に壁となって立つラヴィーネは冷静に状況を述べ、ユイガは目を細めて呟いた。
「リレイドは5Bへ。第三隊で波力種汚染を押さえる。フィニチェは近接Ⅰに止めを刺して進軍しリレイドを援護しろ。セラ、ノイを回収してやれ」
《 了解 》
ノイを飲み込み、風属性の魔力操作能力を乗っ取った敏捷α型ヘルーワィムは、身体中の凶器のようなスパイクを回転させていた。
そこから産み出される風刃は大気の塵や波力種を巻き込んで、ビルを破壊しそうな衝撃波を市街地へと放っている。
柔和な眼差しを鋭くし、最小限の身のこなしでセラは銃剣を振るう。
障壁を張り身を守りながら攻撃への魔力操作も怠らない。セラの魔力調整は巧みだった。
剣のきっさきは光属性の波力種との共鳴で眩ゆい軌跡を描く。硬い筈のヘルーワィムの殻は熔けるように刻まれてゆき、その度に鈴の音の様な、澄んだ音が辺りに響いていた。
傷つけられたせいで激しくなったヘルーワィムの抵抗を、セラは冷静に受け捌く。
攻防の中、一瞬できた隙をセラは逃さなかった。ぶっすりと容赦なく銃剣をヘルーワィムに突き刺して、銃口から波力種の弾丸を連続で射出する。
ダダダダダ、という発砲音が止むと、巨大なウイルスは遂に己の形を留めておけずに仮死結晶化していった。
《 ッ、ごほっ、はぁっ 》
解放されたノイはヘルーワィムの組織液まみれだ。
肺が新鮮な空気を求めて、口に入った粘液を吐き出そうと咳き込んでいる。
《 大丈夫── 》
《 ふええセラ様ぁ……っ 》
《 う"っ…… 》
《 ヤバイぬるぬる最高だぁあ 》
手を差し伸べたセラに、ノイは涙を滲ませながら元気よく抱きついた。ヘルーワィムの組織液を拭かぬままセラに頬擦りをして、二人してベタベタだ。
見兼ねたユイガはセラへぽつりと懲罰魔法の指示を下す。
「……セラ、ノイへの懲罰魔法使用を許可する」
《 りょ、了解。ごめんねっ 》
《 ご、っふぁ…… 》
「そのままノイを連れて戻ってこい。──第三隊、本隊ヘルーワィム殲滅完了」
《 警衛隊、了解 》
《 第二隊、了解 》
一悶着ありながら第三殲滅隊が本隊ヘルーワィムを全て駆除したその時。波力種汚染型ヘルーワィムの光が再び激しく収束し始めた。
《 警衛隊、まだいけるか! 》
《 あと3回は確実に防ぎ切ります 》
《 よし。第三隊、応援頼む! 》
「了解。飛車、金、桂と、鹵獲結晶を送ります。アリス、ラヴィーネ、ルチル、上昇して第二隊へ加われ」
《 了解 》
「えええ、私もぉ……? 人使い荒いわぁ」
ルチルがぶつぶつと漏らしつつも渋々上空へ昇ってゆく。アリスは上空を見上げ、2人より一拍遅れて上昇していった。
警衛隊の連携障壁の維持は、ヘルーワィムの高出力波が何度も襲えば次第に困難になってくる。
だが、波力種汚染型を屠ってしまえば英雄は取り返すことが出来ない。こちらの体制が崩れる間際、ギリギリまで英雄の奪還に時間を割く。
「総員防御体勢」
ユイガは短く指示をし、撃譜チャージ中のナイリと、戻ってきたセラとノイの前へ立った。
刀を横に構えて魔力を濃く練りあげ、4人分をカバーする障壁を大きく作り出す。
数刻後、青空を切り開くようなドス黒い光が瞬いた。ひりつく光線が障壁の外の空気を焼く。
「! ……全くダメージがない……」
後ろのセラが小さく呟いた。
《 ──っあー、リレイドセンパイの特恵イイわぁ。被ダメだいぶマシ 》
《 ん、……良かった 》
波力種汚染型に最も近いリレイドとフィニチェの声が通信から聞こえる。負傷はしたようだが防御に成功していた。
《 隊長? 汚染型核の破壊、いつでもヤれるから 》
《 了解。常に詰めておけ 》
《 了解 》
第三隊間の通信に被せるように、慌ただしく全体通信の報告が入る。
《 高出力波、防御成功。警衛隊1名ダウン、市街損害なし 》
《 第二隊、角1名、桂1名ダウン 》
「第三隊、損害なし」
《 殲滅隊員2名を保護 》
《 第二隊、了解 》
「──撃譜30秒前」
ナイリがすぅっと目線を上げ感情エネルギーのチャージ完了を告げた。
《 第二隊撃譜20秒前、総員防御体勢。第三隊もそろそろか? 第二隊、第三隊ともに撃譜はジングハーツ隊長中心に撃て 》
「了解。ナイリ、第二隊撃譜の後に英雄飛車中心に撃て」
「了解」
第二殲滅隊エクリ隊長の通信の後、続けざまに光と闇の撃譜魔法が放たれた。空が数刻のうちに昼と夜に塗りあげられる。
《 ──クソかってぇなァジングハーツ隊長は……今ので何故墜ちない 》
悔しそうなインカム越しの声が指しているのは、上空にひとり残る勇者然とした初代英雄だった。
第二隊・第三隊の動ける人員が隊長を含め総出で攻撃を放っている。だが勇者はそれを巧みに往なし躱し捌き、時に反撃しながら攻撃を受け切ってゆく。
「ノイ、起きろ。おい、…………令威」
「ッは!!? いったァッ!!!」
「俺も第二隊を援護する。セラとノイの二人でナイリを護れ。もしもの時はノイ、お前が汚染型に止めをさせ。半端なエネルギーを練るなよ」
「──、了解」
「ご武運を」
神妙な顔つきで頷くノイとセラを残し、ユイガも上空へ上がっていった。
激しい魔法攻撃が展開されている、英雄の方へ。