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第三殲滅隊隊長は鬼教官  作者: 鳳月 眠人
1章 ── Omne initium est difficile.
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03.英雄襲来

 白銀の少女が床に叩きつけられる少し前。


 桃色の髪の少女が、先の戦闘訓練で意識を失ったジングハーツに治癒魔法をかけていた。


 淡く優しい光が翳されると傷が癒えていき、ほどなくして炎色の睫毛が震えてまぶたが開かれる。意識を取り戻したジングハーツの耳に届いたのは柔らかい声。


「……大丈夫?」

「ん……、あ、ありがとうございます、えっと」

「ニーナだよ。ニーナ=タンドレニャ。アリスちゃんって呼んでもいい?」

「え、あっはい、タンドレニャ……士長」


 ジングハーツは重たげに身体を起こし居住まいを正す。そして、今まであまり接する機会の無かった距離感に少し戸惑っていた。ぎこちなくタンドレニャの胸の階級章をちらりと見て返事をする様子に、先程までの好戦的な空気は見当たらない。


「堅いなぁ、私のことはニーナでいいよ」

「ニーナ、しちょう……」

「あはは、初々しい」


 外見からも声からも感じとれるあたたかな雰囲気。ジングハーツが思わずほっと心をゆるめたその時、上の方から武器同士のぶつかる澄んだ音が響いた。


 しかし二人が見上げた瞬間、派手な衝撃と音が落雷のように地に墜ちてくる。演習場の底面を揺らし、襲いくる風圧に二人も反射的に目を瞑った。


 衝撃と風が収まり隊員各々が目を開けると、緊張感を煽るサイレンが空を覆った。──敵襲の報らせだ。

 ユイガはハッとした様子で顔を上げ、日頃から寄り気味の眉根を更に寄せた。


 

 大型ウイルス、ヘルーワィムの襲来は、この惑星が周回する二つの太陽の明るさと相関性があることが分かっている。

 正確にはもともと光の弱い片方、伴星の方だ。数期前から伴星は遂に目に見えて光が弱まっていて、襲来は激しさを増す一方であった。


 軍施設の外を見れば、複雑な模様の雲のようなものが出現しているのが遠目に窺えた。波力種を汚染してできる巨大な白影だ。警衛隊が交戦しているのだろう、尖兵ヘルーワィムを焼き払う光がうっすら見える。


 幾つかの影が高速でユイガ達の頭上を横切って飛んで行った。乱れのないシェブロンの隊列飛行だ。あれは第二殲滅隊か。


「結構近いですけど……我々も出撃ですか?」


 パロットピジョンがユイガに問いかけた。この距離でも″俯瞰視″の特恵は有効らしい。戦況を視ているのか、黒い瞳の虹彩に金色の輪が輝いている。


「まさか。俺たちは調整期間中だ。第三隊の出る幕は、」

《 指令室からグラファイト一尉へ 》


 出撃の可能性を否定しかけたところで、ユイガの片耳に取り付けている通信機が聞き慣れた声を運んできた。このタイミングでの指令室からの通信。嫌な予感を抱きつつユイガは応答する。


《 第二殲滅隊より ″英雄の帰還″ につき援護要請。第三殲滅隊出撃せよ 》

「……了解。200秒で向かう」


 簡潔な命令にユイガも冷静に返す。しかし心の内では、間が悪すぎやしないか、と思っていた。


「″英雄の帰還″により援護要請が入った。これより第三隊も出撃する」


 ユイガは隊員にそう言い渡すと、未だ意識の戻らないフロスティアンバーに治癒魔法を施し、気付けに頬を軽く叩いた。


「……起きろ、緊急で出撃だ」

「、……! 緊急出撃、ですか」

「″英雄″だ。各自、戦闘準備に不足がないか確認開始」


 気がついて目を見開き、どこか慌てた様子で起き上がったフロスティアンバーだったが、出撃と聞いて直ぐに事態を察し、真剣な表情になって起き上がる。


 ユイガは隊員に二人一組で装備の確認をさせ、自らも先程激しく合わせた武器に損傷がないか日に(かざ)してチェックをした。


 ……ちなみにまたパロットピジョンがウーラニアに飛び付いていたが、時間に余裕もなく今回は実害がなさそうだったのでユイガは見ないフリをした。


「今回は援護が主だ、くれぐれも先発隊の足を引っ張ることのないよう。まだ連携もなにも整っていないが、皆、第三隊の数字を背負う実力があるという点においては信用している。それではポイントへ向かう」


 編成初日の交戦だが不安げな様子を見せる者などいない。ユイガを先頭に、第三殲滅隊は隊列を組んで飛び立った。



 ──既に何度も出ている"英雄"というものを解説する前に、この世界の敵であるヘルーワィムについて触れねばならない。


 ヘルーワィムの種類は、尖兵型、波力種汚染型、本隊型の3種に大別される。何れも炎や光の属性魔法に弱く、かつ闇属性は特効となる。かつて未知であったそれらの属性は″聖属性″と分類されることになった。


 殲滅隊が主に相手をする本隊型は、近接型と敏捷型に区別され、身の丈ほどの異形の見た目をしている。殻は強靭にして攻撃は精強。規則的な振る舞いをし、自己の機構内に生物を取り込もうとする。


 通常の襲来時、本隊型は倒すと我々の手のひらサイズにまで縮み、結晶化する。そしてその戦闘時に限り、鹵獲(ろかく)した結晶の使用が許可されている。専用の魔工学器に結晶をセットすればこちらの手札として機能する即席兵となるのだ。


 他方で、隊員が本隊型に取り込まれてしまった場合。波力種汚染型を倒すまでに、隊員を取り込んだヘルーワィムを倒せば、隊員は感染することなく救出することができる。

 故に殲滅隊は、巨大なウイルスたちの″殲滅″を目標とする。


 ただ、波力種汚染型を倒すと、その時点で生き残ったヘルーワィムたちは宇宙空間に引き上げてしまう。すると取り込まれたままの隊員は、そのまま連れ去られてしまうのだ。


 そしてその成れの果て、というべきか。勝利のために身を捧げた英雄たちは、連れ去られるとヘルーワィムに感染し同化してしまう。するとかつての姿そのままで、洗脳された強力な敵となって度々帰ってくる。これが″英雄の帰還″と呼称されている。


 英雄たちは元来持つ能力や魔力を使用し、統率のとれた攻め方をしてくるので非常に厄介だ。だが、戦って、戦闘不能な状態にすれば良い。その隙に抗ウイルス剤をぶちこみ、救出保護することができる。英雄の帰還は攻略が大変ではあるが仲間を取り戻す最大のチャンス。


 ただし英雄の帰還は、英雄たちに加えて通常の本隊ヘルーワィムも引き連れてくるので、少なくとも小隊以上──30体以上の敵を相手取ることになる。一分隊では苦戦が強いられてしまう。そこで英雄の帰還の際、殲滅隊は二分隊以上で殲滅に当たる。



 ちなみに警衛隊は要所ごとに常駐し、殲滅隊到着までの尖兵型の駆逐、波力種汚染型の強攻撃からの街の防衛、殲滅隊のサポート、襲来の後処理などを担当している。




 さて、第三隊がポイントに到着すると、ちょうど第二隊の玉将クラスの隊員が放った撃譜魔法──高出力範囲攻撃が放たれたところだった。眩しい光が幾千も放たれ、敵の身体のそこかしこに無数の穴を開けた。恐らく光属性の撃譜だ。

 

《 悪いなユイガ隊長、調整期間中に 》

「いえ、エクリ隊長。勉強させていただきます」


 第二殲滅隊隊長が、生成色をした長い髪を翻して振り向き、通信でユイガに声をかけた。


 上空の風に揺れるアンデルト特有の耳は細長く、ぴんと空へと立てられ些細な音をも拾っている。その姿は後ろから見れば女性にも見えなくもないが、低く落ち着いた声はまごうことなき男性だ。



《 今回、向こうは初代英雄が指揮している 》


「──とう、さん」


 ジングハーツが周りに聞こえるか否かほどの声量で言った。


 巨大な白影の傍らに佇む虚ろな表情をした男性。その赤い髪はジングハーツと同じ色をしている。彼は軍が整備されて最初に英雄となった男であり、戦闘能力・指揮能力ともに優れなかなか救出することのできない──アリス=リット=ジングハーツの父親だ。


《 早速で悪いが、第三隊は通常の本隊型の相手を頼む。そちらの撃譜の属性は? 》

「闇です。が、新兵で実力の把握がまだできていません」

《 闇か、被らないようにやらんとな──こちらでタイミングを合わせる。取り敢えずガンガン撃ってくれ 》


 ユイガが撃譜担当のカラスバを見ると、彼女は首肯して了承の意を示した。表情も変えず、歳の割りに落ち着いている。


《 それからもし可能なら、回復中の銀の代打に一名貸してもらえるか 》

「了解。では……」


 ユイガは銀将クラスの二人を見る。ウーラニアとメトロメニアだ。だがメトロメニアは初陣、しかも少々癖のある隊員である。いきなり英雄の相手は荷が重い。そう判断しウーラニアを指名しようとしたところで、メトロメニアが挙手をした。


「あの、グラファイト隊長」


 その鈍色の目に宿る光は強く、固い意思で燃えていた。


「私は……私のメトロメニア領は数期前の″英雄の帰還″によって多くの被害を受け、領民が何人も何人も、犠牲になりました」


 握る拳に込められた力は、己の過去の無力を悔いている。それはきっと今日に限らず、幾度となく。


「私に行かせてください」


 僅かな思案の間、ユイガはじっと少女の瞳の奥を見つめる。視線に圧を込めても退く気配はない。


 メトロメニアの実力の把握を、ユイガはまだできていない。

 データ上では文武両道な成績優秀者と言うことは分かっている。とはいえ新兵だ。しかも特記付きの。欠員補充ででしゃばりすぎることはないだろうが……


 却下することで意欲が下がり、魔力出力が落ちたり勝手な行動をされたりする方が困るか。ユイガはそう判断して頷いた。


「──いいだろう。メトロメニアを送る。ただ、肩の力を抜け。まわりが見えない状態で戦っても喰われて足手纏いになるだけだ」

「! はい」

「頑張りなさい、リリア」

「ありがとうございます! ラヴィーネ様」


 慕っているフロスティアンバーからの激励を受け、メトロメニアは声を明るくした。


 そんなメトロメニアの視界の端に自分を見つめるジングハーツが映る。色々な感情を堪えるような、……なんとも言えない表情の視線だ。煩わしさを振り払うようにメトロメニアは目線を逸らし、ユイガへ敬礼をしてから第二殲滅隊へと混じっていった。


「では──始めるか」


 ユイガの声に第三隊は、地上へと進行中のヘルーワィムを追いかけ降下する。隊は僅か数秒でヘルーワィムを追い抜き、進行を阻むように左右対称の一列に陣形を広げると、攻撃の核となる飛車と角行のクラスが前衛に進み出た。


「左辺と右辺でユニットを分ける。特恵の賦与が出来る者は展開しろ。左辺、タンドレニャを先発で送り込む。敏捷型が利いている者はガード及び反撃。撃譜、チャージ開始」


《 了解 》


 フイスフォルテは″超免疫″の特恵を左辺ユニットに、フロスティアンバーは″倍速行動″の特恵を、右辺と玉将クラスのナイリに賦与展開する。


 ヘルーワィムへの攻撃効果上昇・防御耐性上昇の特恵賦与を受けたタンドレニャが槍を構え、光の粒を軌跡に残して一気に敵陣へ乗り込んだ。優しい言動とは裏腹にその攻撃の筋は鋭く、重い。三期目の熟練度が伺える。


「右辺レグホーネル進軍、近接Ⅰ型を誘い出せ。ウーラニアが追従しろ。フロスティアンバーはパロットピジョンのサポートをしてやれ」


 ここでユイガは気がついた。指示がしにくい。皆、ファミリーネームが長いのだ。


「……皆ファミリーネームが長いのでファーストネームで指示を送る。双子もいるしな」


「私、ファーストも長いし″ルチル″でいいわ」

「私ら双子じゃなくてホントは三つ子なんだけどねぇ」


《 そうなんだ!? 賑やかで、ッ楽しそうっ! たぁあッ! 》


「……三つ……子……!?」


 交戦しながらも明るく返すタンドレニャの声をインカム越しに聞きながら、いらぬ情報にユイガは動揺した。彼女らと似たような問題児がもう一人いることを想像したのだ。そして三人目まで自分の受け持ちだったらと考えて心底ゾッとした。


 ──余談ではあるが、レグホーネルの三つ子の最後の一人はセンター分けの弟である。魔力操作能力はないため徴兵されておらず、自領で当主の補佐に就いている。ルチルとフィニチェは弟のことを溺愛しているが、当の弟の方は姉たちに手を焼いている、らしい。



「隊長、私も長いから″ノイ″でいいですからー、おえっぷうええ」


 敏捷型に早速喰われた後、フロスティアンバーに救出されたパロットピジョンがよろよろとした飛行で後方へ下がってきた。そして自分を喰ったヘルーワィムの結晶をえづきながらユイガに渡す。ユイガは我に返って返事をし、結晶を受けとりながら指示を続けた。


「あ、ああ。ノイの回復は俺がする。リレイドも一旦下がれ、回復する。ニーナ、敏捷β(ベータ)は引き付けるだけでいい。手を出すな。右辺ルチル、4Eまで進行。セラが引き続き追従」


《 了解 》

《 嫌な予感しかしないんだけど。捨て駒にしないでよねぇ 》

「救出してやるから安心して喰われて来い」

《 マジ最悪。反撃して潰してやる 》

「そうしろ。……さてノイ、どうだ、始めて喰われた感想は」

「超気持ち悪いっス、おえ」


 飲み込まれていた時間は短かったため身体へのダメージは少ないようだが、飲み込まれた時の感覚は──実際に飲み込まれたものにしか分からないが、かなり気持ち悪いものだ。ぬるぬるとした内液が戦闘時の外傷から侵食し内出血を起こさせるばかりか、酷い乗り物酔いに似た悪心に襲われる。


「慣れろよ。喰われることが前提のようなクラスだ」

「うう、もうちょっと快適だったら良いのに……うっぷえ」

「……撃譜、30秒前」


 青い顔のノイをよそに、ナイリが撃譜魔法のチャージ完了が間近であることを報告した。近くに控えるユイガとラヴィーネは驚いた顔でナイリを見る。


 玉将クラスが放つ撃譜魔法は、感情エネルギーを限界まで身の内で練り上げて外界へ顕現させる技術。敵味方関係なく作用する遠距離・広範囲・高出力魔法である。


 多くの場合、個人差はあれど発動までは300秒程度を要する。それなのにナイリはチャージ開始から100秒も経っていない。″倍速行動″の特恵賦与があったとしても随分とチャージが早いのだ。


 とにもかくにも発動までの時間が迫っているため、ユイガは全隊員への指示と報告を行う。


「総員、撃譜に備え防御体勢。第二隊へ、第三隊撃譜まで残り20秒」

《 了解。えらく早いな、さすがユイガ班 》

「エクリ隊長……」

《 禁句だったな、すまん。ッフフ 》


 隊員たちには分からない隊長格同士の慣れたやり取りをインカムで聞きながら、隊員全員がナイリの撃譜に対して障壁を張って備える。


「? ……貴女、補助器は?」


 ラヴィーネがおもむろにナイリに尋ねた。


 玉将クラスは大抵、感情エネルギーを高めるためにヘッドフォンなどの音楽機器を、魔法の補助器として装備が許されているのだが……

 ナイリの首元はスッキリとしており、耳にも通信用インカム以外の装備は見当たらない。


 ヘルーワィムを見据えながらラヴィーネの問いに答えるナイリはほとんど無表情、否、ほんの少しだけ哀しそうな表情をしていた。


「……私には必要ないので……────撃譜【蝕】」


 少女は長い黒髪を風に晒し、胸元で祈るように組んでいた両手を解いて、感情を前へ送り出すように腕を伸ばす。



 次の瞬間、ヘルーワィムを襲ったのは漆黒を凌駕する闇。夜空でさえ遠く及ばない、星を吸い込むかのような黒色だった。

 それは、闇の中に飲まれ障壁でやりすごした隊員たちでさえ不安を覚えるほどの。



 やがて闇が退いていくと、遠くにいたヘルーワィムが結晶になって落ちていった。上空にいた英雄たちも2名、撃譜を受けて力尽き落下していく。


 ナイリが特別兵として即時投入された理由をユイガは理解した。魔力操作能力が撃譜のみでも、即戦力として十分すぎる。


「チャージ、再開します」


 当のナイリは淡々として、2撃目の撃譜チャージを始めた。

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おまけ

その他登場人物image画像(ちょっとずつ増える)*

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