01.配属の朝 (隊員挿絵あり)
帰路につく人々の中に、年端も行かない男の子と母親の姿があった。走ってはしゃがんでを繰り返す子供の後を、少々げんなりした様子で母親が着いていく。
自分の小指の爪ほどの仄かに輝く立方体を、男の子は宝物のように拾い集めていた。
洗練された都市区画を見下ろす、眺望の良い道の上。眼下に広がる平地には、高層ビルがそびえ立っている。
今日は昼をすぎてから″アンジュテクスト″が降っていた。光粒子と光魔素が空の高いところで合わさって結晶化した、重さのほとんどない小さな立方体。それは上空で撹拌されながら漂い、空を泳ぐ大魚の気紛れで不定期に大地へ降り注ぐ。
ほうきや清掃車で掃かれて回収され、世に出回る魔法工学用品の動力として使われるのが常だが、回収を逃れた小片がそこかしこに転がっているのもまた、日常の光景であった。
帰りを急ぎたい母親はしびれを切らし、子を抱き上げて歩きだす。下ばかり見て宝物を探していた男の子がしばらくぶりに顔を上げると、見たことのない白いものがじわりじわりと空に滲んでいるのに気付いた。
「おかあさん……? あれ、なあに……?」
男の子は、腕の中で揺られながら指差して疑問を投げた。立ち並ぶビル群の影の向こう、淡い夕焼色に染まった空を背景に、白い何かが徐々に形を成してゆく。
「……絶滅した四足種のジラフィクスにそっくりだけど……何か催しでもやってるのかしら?」
水蒸気の凝固とも光ともつかない白い線は、四つ脚の古代生物をかたち取り、ただそこにいた。泡の表面のようなパターンの網目が全身を飾り、首と脚が驚くほど長く、頭部には角がある。
遠近法の狂いそうな圧巻の大きさ。街の一番高いビルを縦に二つ積んでも、その発光体の全長には及ばないだろう。加えて、上空からは同色の丸い何かがいくつも、ゆらゆらとした軌跡を描きながら落ちてきている。
既に道行く人々もざわざわと空を仰ぎ見て指を差し、あるいはタブレットでその怪奇を撮影していた。誰も彼もが初めて見る光景に呆けて目を奪われていた。
母親は言い知れぬ不安を感じ、いち早く子を抱えたまま駆け出す。
しかし、彼女の息が切れてきた頃。その巨大な怪奇の目であろう部分が突如赤く光りだした。特に音もなく、それは数刻もせずに鮮烈にギラギラと輝きだす。明らかに様相の変わった発光体に、やっと人々も本能的な恐怖を感じて慌てて逃げ惑い始める。
しかしその行動は、危機を脱するには遅すぎた。
そもそもこの街にそれが現れた時点で、手遅れであったのだ。
赤い光は夕日を千個も集めたような眩しさとなり、収縮されて極大に達すると、光の帯を直線的に一気に放出した。
母親は子を胸に庇い、持てる魔力を最大展開して障壁を張る。あまりの衝撃に派手に転んでしまったが子は無事だ。
前方に立つ建物が、熱波と衝撃の余波でゆっくりと倒れてゆく。先の一撃をなんとかやり過ごした人達が、成す術なく目の前でつぶされた。それはスロー再生をされているように彼女の目に映り、自らも死を覚悟するに十分足るものだった。
光線の直撃したらしい都市の一角、といってもかなりの広範囲であることは一目で理解できたが、ともかくそのあたりは舐め取られたように灼け溶けて黒煙が立ち上ぼっていた。
ああ、あの辺りは確か夫の勤務先ではなかったか。
大地の地殻も裂けて地下水が勢いよく噴出していた。まるでこの惑星が泣いているようだと、絶望にふらつく意識の中、彼女は頭の隅で小さく現実逃避をする。
上体を起こして巨大な発光体を見上げると、目の部分は再び白色に戻っていた。
「おか、おかあさん、」
「聞いてユイガ」
再び赤く灯った目は光を集め始めていた。不吉な光が無慈悲に煌々と空を照らす。次はこちらにあの熱線が向けられるかもしれない。
「前に教えたでしょ、障壁。張って、今」
「むり、できない、こわい、こわいよやだ」
「大丈夫できる。湖で潜った時のことを思い出して。魔力をまあるく沿わせて。そう。でももっと分厚く。集中して。……ほらできた。ユイガ天才じゃん」
幼いながら、そして魔法操作能力の発現しにくい性別でありながら、ユイガと呼ばれた男の子は震えつつも、自身を閉じ込めるように、治安維持機関も顔負けの強固な障壁を形成した。
その完成とほぼ同時に第二撃目が、親子の頭上の夕闇を裂く。
「、ッぐ、うぅ」
「うあ、ひい、あああ」
母親は衝撃をカバーしきれず熱線を浴び、痛みに言葉を詰まらせた。男の子は防御に無事成功したものの、そんな母親を見てぼろぼろと泣き出してしまう。
障壁を解いて駆け寄ってきた我が子のポケットに彼女はおもむろに手を突っ込んで、先程収集されたアンジュテクストを口へ運び噛み砕き飲み下した。
少し回復した魔力と、なけなしの生命力を織り交ぜて彼女は転移魔法を展開しはじめた。恐らく半身が熱で酷いことになっている。どうかユイガのトラウマになりませんようにと願いつつ、この地の裏側に住む、自分の親へ子を託す。
「…………じゃあ、じーじばーばの所に″飛んでけ″するからね」
「やだ、いやだ、おかあさんも、」
「ごめんね……大好きよ」
「おかあさん、おかあさ、」
暗闇が目の前を支配する。
青年に成長したユイガは自室でハッと目を覚ました。何かを掴もうとして何も掴めなかった、虚空を掻いた手を下ろす。
額に浮いた脂汗を拭い、久方ぶりの夢見の悪さで込み上げる吐き気を抑えるように、長く長く息をついた。
* * *
「ユイガ! 今日は気持ちの良い朝だね」
「……セッカ」
話しかけてきたのはヴァン=セッカ=アル=スウィートクラウド。長い名だ。それはともかく、彼の人好きのする爽やかな笑顔は、ユイガの今日見た夢の重たさには少し明るすぎた。
「人の顔見てため息つくなよ、異動に不服なのか?」
軍の本部の広い廊下。挨拶も返さずに思わずついてしまった深い息を咎めることもなく、セッカは上級貴族らしからぬ気軽さでユイガの横に並んで歩く。
年がほとんど変わらず、警衛隊に所属していた頃に気の置けない間柄になった男だ。名の世襲が多い貴族は、親しい仲だとミドルネームで呼ばれることを好み、彼もそうだった。
「ユイガなら殲滅隊でも問題ないだろ? 今日から本配属だっけ」
「単に夢見が悪かっただけだ。でも不服もある、かもな……」
そう、ユイガの新しい配属先は″殲滅隊″。都市の守護を担う警衛隊とは対称的に、空から襲来する異物──人の身の丈ほどもある大型ウイルスを、積極的に攻撃退治する部隊だ。
だがその部隊、下官が女性隊員のみで構成されているために、軍内では″ハーレム課″なんて異名で呼ばれているのだ。一つの隊は隊長を含め11名なので、隊長として配属されたユイガは今期から10名の女子隊員を受け持つ。
年の離れた女子隊員を10人もまとめなければならない機会はユイガにとって今回が初めてだった。それでも、それがまともな人員であればここまで気が重くなることはなかっただろう。
ユイガは業務タブレットをさらさらと操作して隊員の一覧を出し、彼女らの名と、問題となる特記部分のみ表示してセッカに渡した。
「これがオーダー? ふんふん、……ん?」
彼はそれを受け取り、目を通していくとすぐに表情を硬直させた。品良く上げられていた口角は笑いを堪えるために引き結ばれ、しかしその状態も長くもたずに吹き出した。
「こんな特記だらけのオーダー表初めて見た! 軍規違反しすぎだろ、女子はパワフルが過ぎるな!」
「……なんでだ……なにもこんなに集めなくても……」
「ええ? ははは、″特恵″を鑑みてだろ? むしろそれ以外に何か?」
「分かってんだよ! 皆まで言うな!!」
大笑いして涙の滲むセッカに向かって、ユイガは血の滲みそうな眼力で睨んで拳をお見舞いした。
半笑いのまま片手で受け止め流した彼は、全く意に介さない様子で更に一覧をじっくりと見てゆく。
セッカの言った″特恵″とはスペシャルスキルと呼ばれる能力である。魔力操作能力とは別に、行動や攻撃に補助効果が付与されると考えて障りない。
例えば特定の魔力属性の強化や無効化、あるいは行動の加速など多岐に渡る。魔力操作能力の発現は女性で99%、男性で3%程度であるのに対して、特恵は男女差なくおよそ1割ほどの人口が生まれつき授かるものだ。
こと、異物の襲来が続くこの情勢において、特恵持ちは軍で重宝される人員となる。しかしこれまでユイガを助けてくれたその恩恵は今回に限って、学級崩壊まったなしのようなメンバーを押し付けられる原因のひとつとなっていた。
「それにしても粒揃いだな。英雄の娘に、特恵持ちのアンデルト? レフィーノ将補の妹君もか。その他有名貴族の血筋も多いし、きちんと指揮できれば第一殲滅隊の攻撃力を上回りそうだ」
「できればな」
「ユイガならやれるさ。むしろ、お前の他に適任がいなかったんだろ。上からの信頼が厚い証拠じゃん」
「それは……」
ユイガも自覚していることだった。年若い最高司令からの覚えも良いし、実力を買われ取り立ててもらって出世街道なのは間違いない。
もちろん泥臭い鍛練と厳しい環境下での戦闘経験の積み重ねがあってこそではあるが、隊の数字が小さいほど実力があるとされる軍で、殲滅隊のベテランである第一・第二隊の次を担うのだ。期待されていることは明白だった。
しかしそんな風に自分を励ましてくれる友の方は、警衛隊の第一隊を率いる隊長。エリートと言える存在である。
普段の気軽さは、仕事となればチームワークを更に促す潤滑剤となり、冷静で機転の利く判断力と貴族然としたカリスマ性を持ち合わせ、広範囲に回復系魔法を展開する。
ユイガは常々、次期最高指令にはセッカが指名されるだろう、と思うほどにその実力を認めていた。対してセッカもユイガの人格や実力を理解しており、上に立つべき存在だと感じていた。
セッカはタブレットをユイガに返し、一言添える。
「ああ、手に負えなくて面倒丸投げされたとも言えるけどな」
「お前マジで上げて落とすのやめてくれ」
頑張れ、と優雅に手を振り去っていく背を見送り、ユイガも自分の隊となる第三殲滅隊の控え室へ向かう。
それではここで我々もタブレットを覗いて、彼の受け持つ10人の女子隊員を見ていこう。
・アリス=リット=ジングハーツ
階級:二士 年齢:16歳
クラス:飛車 魔力:炎属性 使用武器:剣
特恵:魔力放出範囲拡張
特記:軍学校規定違反 (上級者への暴力)
人種:ハイベル
苛烈な赤色の髪をサイドで二つに結い、意思の強そうな夕陽色の目をしている。セッカが″英雄の娘″と指していたのはこの少女だ。
・ネガ=リリア=メトロメニア
階級:二士 年齢:16歳
クラス:銀将 魔力:反転系統 使用武器:細剣
特恵:なし
特記:命令違反 (異見主張)
人種:ハイベル
シアン色にも近いショートの青髪。眼鏡の奥の目は峻烈で頑な印象だ。魔法属性がはっきりしないようで″系統″とざっくり記載されていた。多様を極める魔力属性の定義づけは割合あやふやなのである。
・シャクティエラ=ノイ=パロットピジョン
階級:二士 年齢:16歳
クラス:香車 魔力:風属性 使用武器:なし
特恵:俯瞰視
特記:軍学校規定違反 (不純交際)
人種:ハイベルデニス
やや褐色の肌に、緑色の髪には黄と赤のメッシュが入った派手な容姿の少女だ。使用武器はない。媒体なしで魔力を操作できるデニスワール人種の血が濃いのだろうとユイガは推測した。
・リレイド=フイスフォルテ
階級:一士 年齢:17歳
クラス:角行 魔力:属性なし 使用武器:なし
特恵:超免疫
特記:命令違反 (単独行動)・魔力操作能力なし
人種:アンデルト
この惑星の″間帯″と呼ばれる地域に主に住む遊牧人種。褐色の肌に、空を映したような青い目だ。特徴的な獣耳が灰色の髪を分けている。
どうやら魔力操作能力がなく特恵を授かっているケースのようだ。男性にはしばしば見られるが女性としては稀な例。この特恵ひとつで広範囲攻撃を担う角行クラスを勤める彼女は規格外の存在と言える。
・ルチルレット=ミア=レグホーネル
階級:一士 年齢:17歳
クラス:桂馬 魔力:陽属性 使用武器:鎌
特恵:なし
特記:軍学校・軍規定違反 (ブリング)
人種:ハイベル
・フィニチェ=レナ=レグホーネル
階級:一士 年齢:17歳
クラス:桂馬 魔力:陽属性 使用武器:鎌
特恵:なし
特記:軍学校・軍規定違反 (ブリング)
人種:ハイベル
どうやら双子であるらしい。そっくりな顔立ちに、黄色の髪をアシンメトリーに切り揃え、二人で左右対称を作り上げている。
ブリングというのは俗に言うイジメのことである。軍学校の頃から規定違反をし続けて退役処分にならないのはひとえに戦闘能力の高さゆえだろう。
・ラヴィーネ=アストラヤ=セニ=フロスティアンバー
階級:士長 年齢:17歳
クラス:金将 魔力:時空間属性 使用武器:鎌
特恵:倍速行動
特記:命令違反 (単独行動過多)
人種:ハイベル
白銀の髪に黄色の瞳。全体的に色素の淡い印象だが、毅然とした表情に上級貴族らしい品格が窺える。
彼女の長兄は、ユイガとヴァンの軍学校卒業後に最初に配属された警衛隊での直属の隊長だった。
・ニーナ=タンドレニャ
階級:士長 年齢:18歳
クラス:香車 魔力:光属性 使用武器:槍
特恵:なし
特記:軍規約違反 (宗教都合)
人種:ハイベル
桃色の長い髪と翡翠色の目が特徴的な、女性らしい線をした少女だ。規定でも命令でもなく、宗教都合で規約を違えているらしい。内容に想像がつかないが、根が悪いわけではなさそうだ。
・セラ=フィイナシヴィリ=ツゥ=ウーラニア
階級:三曹 年齢:18歳
クラス:銀将 魔力:波力種操作系統 使用武器:銃剣
特恵:なし
特記:なし
人種:ハイベル
特記のない唯一だ。ひとりでも普通の隊員がいることに、この名前が煌めいて見えるほどユイガは感動した。
波力種というのは目に見えないが世界のそこら中に漂う精霊の類いである。薄紫のふわふわとした髪を肩辺りにとどめ、優しげな面立ちをしていた。
・ナイリ=カラスバ
階級:特別兵 年齢:14歳
クラス:玉将 魔力:闇属性 使用武器:なし
特恵:なし
特記:軍規特例 (魔法操作能力:撃譜魔法のみ)
人種:デニスワール
真っ直ぐな黒い長髪に黒色の瞳。人種的に記憶の母を少し彷彿させた。このオーダーの画像を見たから昔の夢を見たのだろうか。経歴から、軍学校に入らずにそのまま殲滅隊に投入されたことが読めた。
・第三殲滅隊隊長 ユイガ=グラファイト
階級:一尉 年齢:26歳
クラス:金将 魔力:雷属性 使用武器:刀
特恵:共振
特記:なし
人種:ハイベルデニス
ユイガの特恵は、シンクロ状態の度合いにより各人の魔力が乗算される効果を持つ。自己の持ち味を活かす為には隊員との信頼関係が前提条件なのだ。つまりは問題児たちをまとめあげて使える人員に育て上げろ、と要求されているのである。
さて、控え室の扉の前に着くと、やはり既に中で揉め事が起こっているようで言い争う声と制する声が漏れていた。ユイガは息を吸い込んで、吐いて、──扉のセンサーに触れる。
「! あっ、ねぇっ、上官が、」
「もう一度言ってみなさい、その眼鏡叩き割って目を潰してやる」
「しつこいわね、どうして裏切者の娘が私と同じ第三隊なのと言ったの」
「リリア、相手にするのはおよしなさい。時間の無駄よ」
「そうですわねラヴィーネ様」
「この、謝罪しなさいよ!」
「おーおー、お高くとまって立派だよなぁ、特恵持ちの上級貴族様はぁ」
「…………下級は本当に品がないわね」
「ハァ? そんな下級と同じ隊ですけど? 案外たいしたことないよねフロスティアンバーってぇ」
「はぁぁんセラ様と同じ隊だなんて……殲滅隊最高……」
「ちょ、っと、貴女、きゃっ、やめ、やめなさ、」
「大丈夫ですよ、すぐに悦くしてさしあげますからっ」
「訂正なさい」
「事実でしょ、痛いとこ突かれちゃった? 時間の無駄なんじゃなかったのぉ?」
「1期目は偉そぶる奴がいなくて楽しめたのにホントついてないわぁ」
ジングハーツがメトロメニアの胸ぐらを掴んで突っかかり、フロスティアンバーがレグホーネルの双子相手に抜刀しそうな殺気を送っている。そしてパロットピジョンがウーラニアを……襲っている?
タンドレニャがユイガに気付いて必死に制止を試みるもその声は誰にも聞き届けられることはなく、フイスフォルテとカラスバは何があったのか知らないが、人の頭ほどの大きさの鳥竜種の手当てをしていた。痛かったのか、それは暴れてユイガにブレスを放ってきた。
混沌の地獄絵図だった。上官が入室しても止める気配がない。ユイガは目眩を覚えながら障壁を張ってブレスの直撃を防ぐ。
変に真面目なところのあるユイガは、辞令が出てから今日までの数日で、女性の扱い方に関する実用書を読み漁っていた。
費やした時間は無駄にはしない。が、まずはこいつらをしつけなければ。女であろうが男であろうが、軍に所属している人間なのだ。
逆に考えよう。こいつらをまともに指揮できるのは自分だけなのだと。自分のやり方でやってやる。それで良い筈だ。
そう決心したユイガは魔力を練り、口を開く。
「令威」
喧嘩中の五人と、淫行をはたらこうとしている一人に雷撃を下す。六人は背筋を抜ける突然の痺れと痛みに一斉に膝をついた。
「雷属性の懲罰魔法だ。どうせ浴びなれているだろ?」
「……待って、ここまで痛いの……初めてなんだけど」
電流が身体を弄び小さな音が弾けている。痛みにまだ口も開けない者ばかりの中、双子の一人が苦しそうな笑みをつくってユイガを見上げ言葉を発した。やはり浴びなれているのか。
続いてユイガは鳥竜種の頭を鷲掴みにして目元を覆い、治癒魔法を施す。手当てをしていた二人は、回復した鳥竜種が大人しくなったのを見て安心したように表情を弛め、フイスフォルテは短毛に覆われたやわらかそうな耳をふにゃりと寝かせた。
「ありがとう……ございます」
「これはどうした」
「今朝ぼくが拾いました。怪我をしていたので手当てを、と」
昨晩の襲来の被害にあったのだろうか。しかしウイルス汚染はなさそうだ。抱きかかえているフイスフォルテの特恵、超免疫の効果もあるのかもしれない。
痺れが抜けてやっと動けるようになった者たちを含めて全員が直立の姿勢を取り、ようやく軍の控え室として正しい光景になった。
姿勢と面構えは悪くない。性格に一癖も二癖もある、特記事項付きの人員の集まりだ。確執というか相性というか、そういうものが回りが見えなくなるほど壊滅的なのだろう。
「随分と鬱憤がたまっている者がいるようだな?」
ユイガは自分と背の差のある女子隊員を睥睨し、冷たい殺気を送る。
「聞かされていると思うが、君らの配属された第三殲滅隊の指揮者となるユイガ=グラファイトだ。階級は一尉。人種はハイベルデニス。近距離であれば媒体なしでも魔力操作ができる。俺は息を吸うように先の″令威″を使うのでそのつもりでいるように」
自己紹介と宣告をすると、先程身をもって体験した六人が顔を青くした。不意討ちはなかなかの効果があったらしい。
「陽國は貴族社会だ、軍階級以前に何かしらの理由で揉めることもあるだろう。普通はないんだけどな。規定違反だしな」
軍学校で協調性と上下関係がきちんと身についていればこんなことにはならないのだ。出撃までになんとか最低限整えなければならない。
「しがらみの多い隊員諸君に朗報だ。今から全員、俺とシングルマッチで戦闘訓練を行う。各人の強さと現階級を鑑みて第三隊独自の順位付けをする。
ここではその順位を絶対とし、礼節をもって接すること。上位者は自分より下位の者が礼を欠いたり違反行為をした場合、俺と同じように懲罰魔法を使うことを許可する」
闘志を滾らせる者、信じられないといった表情をする者、冷や汗をかく者。ユイガの言う"朗報″に、10人それぞれが目の色を変える。
「順位の見直しは必要に応じて行う。違反者や、権力を過度に振るった者には処罰として令威を半日間、身体に流し続ける」
「はぁっ!? 普通に死ぬわそんなん!! ッいっあああ」
「違反しなければ問題ないだろ? それから、別にタメグチでも気にしないが根拠なき抗弁は認めない。最低でも挙手して発言するように」
威勢のよすぎるレグホーネルの片方に制裁が下る。弱めであったため直立姿勢を崩すことはなかったが、ユイガを恨めしげに睨む目は僅かに潤んでいる。
その横で、はい、とメトロメニアが挙手した。ユイガが促すと、眼鏡を光らせ、やや強張った顔で口を開く。
「その様な順位付けをすることは軍規的に問題ないのですか? また、半日間も懲罰魔法を継続できるものでしょうか」
「特に禁止はされていない。気になるなら規定集を読み直してみろ。魔力の継続放出については余裕だな。惑星外任務に就いてれば普通にできるようになる。受ける側が耐えられるかは知らん」
″死地行き″とも言われる特務隊は宇宙空間での調査任務が主だ。強力で有害な波の飛び交う、空気も圧力もない金属臭い無重力空間を、ほとんど身ひとつで何日も動く。
魔工学用品のサポートもあり交替で休憩をとるものの、長時間の魔法展開は必須。ユイガはその特務隊で四期を生き延びた経歴を持つ。
「疑問に思ったことは遠慮なく聞いていい。が、まずは自分で調べてみることも大切だ。他に今、聞きたいことのある者は?」
「……ありません」
今のところ軍階級が最も上のウーラニアが総意を汲み返答した。
「それでは第二演習場まで集団行動で向かう」
「えっ嘘、だる……、失礼しました!」
「現在の並びのまま 番号 始め」
視線だけで従うようになってきたな、なかなか好調なのでは。そう思ったユイガは、これがマイナス状況からのスタートであることを忘れていた。
「二列変換。右向け 右。前へ 進め」
制服と、色鮮やかな髪が翻って扉へ向かう。