番外編:アイラとの過去
「にゃんにゃんしないと……出られない障壁?」
お約束の、定番の部屋に閉じ込められた、男女の話──
第二警衛隊長と第三殲滅隊長がまだ軍学校にいた時の、10代だったころのお話である。
「ユイガ……? "にゃんにゃん"ってなんだ? 猫……?」
「…………」
きょとんとして振り返る、清みきったアイスブルーの瞳。
対してユイガは、事の面倒臭さを直感していた。
「質の悪い冗談でしょう。こんな……障壁の応用にしては高度すぎる。行使者の魔力切れを待てば……」
「解除条件まで継続させるものだろ? 特恵が絡んでる可能性も……というか手っ取り早く"にゃんにゃん"とやらをした方が」
「アイラ先輩」
だめだこれは。本当に知らないやつだ。
ここははっきりと、そう、ハッキリと申し上げなければ。
「"にゃんにゃん"って言うのは……」
「うん?」
「ハァ……性交という意味です」
「成功?」
「違う」
「性行?」
「おしい」
「精巧……」
「交わる性と書く性交です。スラングの一種です」
「…………は、」
さすがに理解したらしいアイラは口をぽかんと開ける。
そしてどんどん、目を見開く。目に怒りが灯る──
「そ、ンな下らない企てを……」
頬を染めているのは羞恥か怒りか。
「ユイガ! 2人で最大魔力で貫通させるぞ!」
アイラは、頑丈そうには見えない障壁に向かって、すらりと抜刀した刀を向けて言い放った。
* * *
「アイラ、先輩、宵國魔力等級、何級です、か」
「……1級、神官予備……お前は」
「、っは、2級、神官予備……」
「神官予備2人で貫通しない壁は駄目だ……格が違う」
どさ、と腰を下ろす、ふかふかの寝台。
それも、憎らしい、と言う体力はなく、ボコッと一蹴りしてからアイラは身を投げた。
「暑……」
ユイガは雷属性、アイラは光属性──魔力を出力すればするほど、周囲の温度は上がってしまう。密室ではそれが顕著だ。
ユイガの視線は、暑さに服をはだけさせた彼女の胸元に誘われる。汗が、流れている──
「…………」
「ユイガは」
ぽつり、と名を呼ばれて、ユイガは意識を戻した。何か言い澱む先輩からの、言葉を待つ。
「想いを寄せている女は……」
「…………、」
それは、どういう問いかけなのか──
とユイガが問う前に、弁明は返ってきた。
「言いたくなければ答えなくて良い。その……指示通りにしないといけない場合をちょっと、考えて、しまって……疲れてるな、少し休もう」
「アイラ先輩こそ、好きな男、いるん……ですか」
聞き返してしまった。聞いてどうする。
もし、いたら、どうする──
「…………強いて、言うなら」
間を置いて、アイラは続ける。小さな、声で。
「お前のことは、好いてる……」
クールでサッパリとした性格のアイラが、色白な肌を紅潮させて、絞り出すような声で、言った。
俯き加減で、目線も合わない。
けれどその表情も、声も、ユイガは初めて見るもので。
らしくない。ユイガにとってアイラは、尊敬する先輩で、格好いいな、と憧れのあった先輩。
そんな存在が急に、とても女性らしく、手を伸ばせば届くような──そんな感覚を覚えた。
しかしここまで言わせて、意図に気付かないほど鈍感ではない。
ユイガは心を決めて、先へ進むための言葉を選ぶ。
「…………俺が……先輩の、初めてを……」
もらっても、と聞く前に、ユイガの頭にある可能性が過った。初めてではないかもしれない、もしかしたら。先輩、美人だし……
何故かモヤッとしたものが胸につかえた時、言葉に詰まったのをどう捉えたのか、アイラはいつもは快活な表情の顔を、困ったように背けた。
「嫌、ですか? ……怖い?」
「……いやじゃないし、怖く、ない。ユイガは……信じるに足る男だ。でも、その……できるのか、私相手に。さっきまで演習で、お前のことぼっこぼこにしてたのに」
ある程度身体が疲れている時の方が、そういう欲求は高まりやすい傾向にあるのを、純なところのある先輩は知らないらしい。
そうでなくても、誂えられたようなこの環境に、自分に好意を寄せてくれている美人の女性。
思春期の身体に"反応するな"と言う方が無理な話だ。
「アイラ先輩は、綺麗ですから」
男子が悪ふざけでつくる"女子ランキング"で、自分が常に上位にいることを、本人が知るはずもない。
「お前……そんなキザなキャラだったか?」
「恥ずかしいなら、もう何も言わないでおきますけど」
隣に、腰かける。寝台が、二人分の重みで軋む。別にこんな距離、初めてじゃないのに、なぜこんなにも心臓が煩いのか。
いつもアイラが、自身の夜色の髪を束ねている髪止めを──ユイガは許可を得ずに、外す。
さらりと落ちて広がる髪を指ですく。
少し汗ばんでいて、しっとりと果実のような香りがした。
熱が、疼く。
強いのに華奢な身体に、そっと触れる。
ぴく、と引かれかけた動きに合わせて、迫る。柔らかく押し倒して、彼女に影を落とす──
上気した顔が愛しい。
大きく開かれ、見上げてくる綺麗な瞳に、自分はどんな風に写っているんだろう。
「お世辞とかじゃ、ないって──覚えといて、ください」
───
とかいう過去があったらエモすぎてお砂糖吐く。
アイラ隊長マジ年下キラー。
完全なる作者の妄想です(*´ー`*) 女子向け文ですね……ふええ年齢指定の続き書きてぇぇぇ……