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第三殲滅隊隊長は鬼教官  作者: 鳳月 眠人
0章 ── Certa amittimus dum incerta petimus.
1/15

00.就任前譚 (主人公一人称視点)

「──貴殿を警衛隊 第十九部隊 隊長の任を解き、同日付けをもって殲滅隊 第三部隊 隊長へと任命する」


 最高司令が辞令を読み上げると会議室の空気がざわついた。当然だ。通常、こんなに隊の数字が一気に上がることは滅多にない。物凄い出世──そう言えるからだ。第四、第五殲滅隊長からの視線が突き刺さる。


「……拝命します」


 静かに返答して、俺は辞令を受け取った。



 第三殲滅隊の前任隊長はB-2感染地区で殉職。

 女性で、特務隊に配属されていた時に世話になった先輩だった。


 B-2感染地区というのは、メトロメニア領にある都市の一つ。数年前にヘルーワィムの侵攻を防ぎきれなかった大きな工業区域だ。


 避難できなかったほとんどの生命は、残らずウイルスの宿主となり、汚染され続け、大地が蝕まれ続けていた。



 ──殲滅作戦は成功した。傷を多く残して。

 その時に編成された第三殲滅隊、第七殲滅隊、第九殲滅隊、その他魔工技術部や警衛隊も打撃を受け、今期は大編成が行われていた。



 宇宙からの脅威、大型ウイルス、通称ヘルーワィム。こいつらに喰われて"英雄"になれば──また、帰って来れる可能性もある。


 だが、その英雄に手をかけられたら。魔力切れを起こしたら。ヘルーワィムに隊員を喰われすぎたら。予期せぬ襲撃が積み重なったら……悪手が続けば、命を落とすこともある。


 "ハーレム課"なんて甘い異名はあるが、戦闘の第一線に身を置き積極的に敵を屠る殲滅隊は、防衛に重きを置く警衛隊よりも、殉じる確率は高い。



「ハーレム課羨ましいなあ……死亡率上がったって、ヤローに囲まれてるより、女子隊員に囲まれてる方が絶対日々が潤いますよ……」


「俺より出世しやがって、このッ、死ぬなよグラファイト一尉!」


「ぐ、ッきまってます、」


「抜けてみろホラ!」


 編成会議後、軍寮では、警衛隊同僚にも殲滅隊隊長にも揉みくちゃにされた。心配半分、嫉妬半分、だろうか。


「ユイガ、ハーレム課に入るならな、読んでおいた方が良い書籍がある。女性隊員指南書、だ」


「ああ、あれ? 僕もたまに読み直しますよ」


「戦闘戦略もそうだが、貴族令嬢は上手く扱わないとだからなー」


 しみじみと頷く殲滅隊隊長たちには、からかっている気配はない。そんなマニュアルがあるのか、初めて聞いた……


「そんな軍書が?」


「いや、一般書籍だ。ネットでも買える。殲滅隊の男性隊長は全員読んでるんじゃないか?」


 問えば、第二殲滅隊のエクリ隊長が、真面目な顔で答えてくれた。



 殲滅隊の隊員には貴族令嬢も多い。ここ数期は警衛隊勤務だったから、女性への接し方なんて忘れかけていた。


 "共振"の特恵(とっけい)上、できるだけ短期で、隊員とのシンクロ状態へ持っていきたい。そのための予備知識は多いに越したことはない。





 これ、か。

 ハーレム課隊長ら御用達の女性隊員指南書ってのは……


 辞令が出た翌日は休みで、俺は久しぶりの市街をぶらついていた。気に入っているブックカフェで目当ての本を探し当てる。


 『女性心理を攻略する50の格言』


 至って普通のありがちなタイトルの書籍だ。

 その背表紙を、ついと指で取る。


 少し中身の確認をするか。



「あの人、落としたい女の子でもいるのかしら、それとも彼女と喧嘩中かしら」

「お顔は整ってるのにね」

「体格も良いわね、もしかして軍の人かしら」

「気になるなら貴女声掛けてきなさいよ」

「いやよ実用書に頼る人とかめんどくさそうじゃない」



 カフェ側から声がする。

 ……周囲の視線など気にしない。


 はらり、はらりと頁を送る。


 目次……には格言は書いていないのか。全部目次に書いていればネタバレになるし読み逃げされてしまうからか……


 『年上編』『年下編』『同期編』『令嬢編』。年齢身分別だな。それで? 第一章『女性への大前提』、最初の格言は……



 ──『女性へは、上司への接待と同等の扱いをせよ』


 ……なんかいきなり凄い格言が来たな。

 上司への、接待? 部下になるが、そこまでする必要が?


 『接待と言っても闇雲に持ち上げるのではなく、自ら気遣い率先することを心掛けよ。また、気持ちを察してほしいという思いに男女差はなく……』


 なるほどな。そういう要領で接すれば確かに悪く思われないだろう。



 ──『相談事には、道でなく共感を示せ。最後に相手の意向を訊ねてやれば満点である』


 ああ、これは聞いたことがあるな。女性は共感を好むってやつか。指導の上では兼ね合いが難しい所もあるな。だがコーチングにも通ずるか……

 


 ──『女性の「どっちでもいいよ」は究極難題と思え。彼女らは、自分の中で決定している答えを貴方に当てて欲しがっている』


 ……マジか。えっ、そういう特恵でもないと辛いだろそんなの。

 っていうかこれ……何か違うんじゃないか、軍で使えるものか? もっと、恋愛的な……タイトルを間違えたか。いや、これだな。



 ──『自由にしすぎるな。飼い慣らせ』


 ──『言葉で伝える想いは2割、残りは表情と行動で示せ』


 ──『女性への魔力行使時は、決して触れてはならない』


 

 ……女子のいた特務隊の時は、俺は隊長職ではなかったし、そんなに年も離れてなかったから気兼ねなく接していたが……いろいろ間違っていたんだろうか……



「あら? グラファイト一尉」

「? ……!? 皇」

「その呼び方は迂闊すぎるわよ」



 振り向いて、"皇女殿下"と言いかけた俺の唇に、細い指がぴたりと当てられた。色んな意味でドキリとした動揺を唾を呑み込んで下す。


 目前の彼女は陽國の第二皇女。そして、稀代の頭脳と魔力操作能力を持つ、第一殲滅隊の隊長でもある。


 軽い変装なのだろう。色付グラスの隙間から、ベリー色の澄んだ瞳がいたずらっぽく俺を見上げていた。


「こんな書店に……お忍びですか」

「そう。好きなの、ここ。落ち着くから」


 木目調のレトロな内装。安らぎの空間。人々の穏やかな賑わい。それを背景に佇む彼女は、絵本の中の人物のようだ。

 透けるような黄金の、緩いウェーブのかかった長髪が、天窓からの日差しに煌めいた。


「なにを読んでいたの?」

「殲滅隊、隊長推薦の書籍です」


「ああ、これ評判よね。私も読んだわ。この著者、絶対どこかの令嬢よ。わかりみが深すぎる、ってやつだったわ」


 皇女殿下もご存知だった。御墨付きか。

 ふと、優しい花のような香りが過る。彼女は本棚へと歩み、更に数冊を選んで本を取り出した。


「あと、これとこれと、……それからこれも!」


 はい!

 快活さと淑やかさの混じる、少女から抜け出したばかりの笑顔で、本を次々に渡してきた。


 それをポカンとしながら受け取る。

 ……え、こんなに……?



「女性諸隊員は我が宝。泣かせたり、失ったりすることのないように。……期待してるわね。新任さん……」


 トーンの落とした声は少し、悲しげだった。無理もない。皇女殿下と前任先輩は仲が良かったと聞いている。

 ──まだ胸の下に、傷は痛む。彼女も、俺も。


「はい」


 先輩の想いと意志を継ぐ隊にしてみせよう。略式敬礼で応え、誓いを込めて目礼する。




 ……このときはまだ、あんな特記だらけの配属表が届くなんて思いもしていなかった……


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おまけ

その他登場人物image画像(ちょっとずつ増える)*

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