招かれざる者達
たらふく亭の通りを南に少し歩くと、住宅街が見え出す。そこから更に通りを西に折れる。暫く歩くと住宅街から離れだし、柵に囲まれた二階建ての小さな家が見えて来る。
最近の建築様式は石製の建材を使っているが、それとは異なり木造の作りで古めかしいものであった。
柵を越えると、色とりどりの花が咲きほこっており。並びも整っていて、手入れが行き届き扉までの道を彩っている。
来客を暖かく迎える気持ちが現れおり、見ていて気持ちの良いものだ。
そして、扉に着くとノックをし声を掛ける。
「すいません、ガルドさんはいらっしゃいますか?」
暫くすると足音が聞こえ、近付いて止まると扉が開かれる。
「おおっヨシュアか。すまんの急に呼び出して、入ってくれの」
「いえいえ、大丈夫ですよ。お邪魔させて頂きます」
扉をくぐり居間に向かおうとすると、玄関の横にある階段から声がする。
「ガルドさん、この荷物はどうしますか? ……あれ?ヨシュア先生いらっしゃってたんですか?」
「ええ、今さっき着いたところです。そう言うアドレアさんは何をしてるんです?」
「早く来たんですがね、部屋の掃除の為にこき使われてますよ……人使い荒いんですから」
そう言いながらアドレアは、意地の悪そうな笑みでガルドを見る。ヨシュアも肩を竦めやれやれと言った表情でガルドに視線を送る。
「いや〜 凌二の部屋も用意しとかんとの〜。宿だと知り合い居ないし寂しいと思っての……」
尚もガルドに視線を送り続ける二人。
「……まあ、ついでに普段掃除出来ないとこも出来たらいいなぁと思ったがの……ひゅ〜ひゅ〜」
「何出来ない口笛吹いて、誤魔化そうとしてるんですかあんたは……ギャラは2割増しでお願いしますよ」
「しょうがないですね。私も手伝いますから、早く済ませましょうか。勿論ガルドさんもね」
「解ってるよっての、最初から儂もするつもりだったもんの……出費が増えたの、とほほ」
ガルドは小声で嘆くと掃除を始める。ヨシュアも浮遊の魔法を使い荷物を一気に物置に運び、アドレアは雑巾を絞り廊下や窓を拭き始める。
小さな家だった事もあって1時間ほどすると掃除が終わり、居間で珈琲を出され寛ぐアドレアとヨシュア。
そこに、ガルドが先程出来上がっただろう焼き菓子を持って来る。二人の目の前に置き勧めて椅子に腰を落とす、それを見届けるとヨシュアは声を掛ける。
「それで、話と言うのは?」
そう言われ表情を曇らせるガルド。
ダナの時もそうだったが、昨夜の一件を話すには問題ない。ただ、自分の感じた事と考えた事を絡めて話すのは今は避けたい。そう試案を巡らし必要な事だけを伝える。
「なるほど。綻びも目に見えて来たと言う事ですね……解りました、各方面の通達は任せてください」
「……私も街の観光客には目を光らせときますよ……酒場に演奏しに行きますから怪しまれませんしね」
「……すまんのヨシュア、アドレア」
珈琲と焼き菓子を片付けると、別れの挨拶を告げ二人は席を立ちこの場を立ち去る。そして一人残ったガルドは思考の中に入り込む。
黒ローブの少女が口にした言葉を思い返す、今気にかけるべきは誓約の抜け方の事と取った行動。誓約の抜け方の種明かしをし、目撃されたにも関わらず口を封じなかった事だ。
あえて見せつける様な振る舞い、何かから目を逸らさせる意図を感じてしまう。その可能性もあったが、儂自身が認めたくないと考えなかった事……。
守り人の裏切り。
この可能性を口にすれば戦場でも良くある話だが、不安が募り疑心暗鬼に陥り統率が取れなくなる。
だが、こう考えると彼女の取った行動に対して納得ができてしまう。
「街の破滅か、すでに始まっていたのかも知れん……止められるのかの」
そう力なく呟くと夕日に染まる空を見上げる。
手伝いが終わる頃には、陽は傾き始め辺りは橙色に染まっていた。疲れ切った表情の凌二は、足取りは重く背中を丸めながら歩いていた。
「結局、見物なんて出来なかったな……まあ、解ってたけどね」
そう呟く凌二を見ながら、横を歩くリムイが笑顔を浮かべ言葉を掛ける。
「病み上がりだったからね、無理しちゃ駄目だよ」
「まあな、そうなんだけどさ……」
自分が役に立ってなかった様な気がしてしょうがなかった。
職人達はルーンや固有のスキルを使い、効率的に仕事を進めていた。それを見ていたら、何のスキルも無い自分のルーンが惨めに思ってしまう。
「はぁ、まあ今すぐ変わるってのも無理があるよな」
思いを巡らし溜息をついていると、通りの向こうから歩いて来る人影に声を掛けられる。
「おやおや、若者が溜息なんて感心しませんね」
「あっヨシュア先生だ! こんにちわ〜」
「あはは、こんにちはヨシュア先生。お出掛けですか?」
眼鏡をクイッと指で位置を直しながら、意地悪な笑みを浮かべる。
「そうですね、用事が終わって帰るところですよ……あっそうそう此れを返しておきます」
ヨシュアは懐から生地に包まれた薄い板の様なものを取り出した。それを渡され開いてみると、通話機能付き目覚まし時計……スマホがあった。
今まで使った主な機能は目覚ましだけで、メールや通話なんかする相手もいなかったからな。たまに来るショートメールに目を通すくらい、だから俺の認識は間違っていないはず。
「有り難うございます、ヨシュア先生」
「いえいえ、こちらこそ渡すのが遅くなってすいません。……そうそう、今日から自宅の方に帰ってくれとガルドさん言ってましたので。それではまた」
「は〜い!さようならヨシュア先生〜」
ヨシュアは横を通り過ぎながら、笑顔で手を振り帰路につく。
そして、自宅の場所が解らない俺はリムイに視線をむける。俯きながら何やら考え込んでいるリムイ、声を掛けずに暫く待っていたら。
「うん!この道だと遠回りになるから、近道しよう凌二!」
直ぐ側にたらふく亭があるからなぁ、そっちの方が有難いんだが。店の負担になる事は避けたいし、ガルドさんの好意を無下には出来ない。
頷くと力を振り絞り、リムイの後ろを付いて歩き出す。
店を通り過ぎ暫く歩く。商店街の通りを西側に折れ、洗濯物が所狭しと紐で吊るされている細い路地に入る。そこに住む人達に声を掛けられながら抜けると、程々に広い通りに出て目の前には酒場と書かれた看板が掛けられていた。
たらふく亭のあった通りとは違い、建築様式も木造ではなく石材で作られたもので。宿も集中してる事もあり、観光客や住人も行きかい人通りも多くなっている。
「凌二〜 離れないでね!」
リムイは人混みの中をすいすいと縫う様にして、歩調を変えず通り抜けていく。流石に慣れている者と、そうでない者では抜ける速さが違いすぎる。離されまいと懸命に追いかけるが、上手くは行かず人とぶつかってしまう。
「うわっ!」
「あっ!す、すいません!大丈夫ですか?」
ドンと言う音と共に声が上がり、焦った俺はぶつかって尻餅をついてしまった人に声を掛ける。
「ええ……いや!ああ、大丈夫だよ。急に来られたんで躱せなかった……はは」
「すいません。急いでいたもので……」
手を差し出して、立ち上がるのに助力を申し出る。大丈夫だと掌をこちらに向けると、埃を払いながら立ち上がった。
少し長めの髪は後ろで纏められ、光が当たると色味が解るくらいの暗めの青。中性的な顔立ちで、控えめだが身なりの良い装い。帯刀しているのを見ると騎士であり観光客の様だ。
「お〜い! 凌二大丈夫〜?」
リムイが逸れた俺を迎えに来てくれた、それと同時に向こうの仲間も寄って来る。
「エルビンどうした? 絡まれたのか?」
「副長……いえなんでも有りません」
「だから一人では歩くなとあれ程……」
「あの! 俺がぶつかってしまいまして、すいませんでした!」
つい言葉を挟んでしまった。事情も詳しく聞いていないのに、一方的にこの人が怒られるのが嫌だった。そして、少しの静寂の後に副長と呼ばれた男は口を開く。
「だははははっ! そう言う事だったのか! すまなかったなエルビン。それとお前さんも正直でよろしい!」
俺の想像では騎士に無礼を働いたら、何と言うか酷いことされるんではないかと心配してたんだが。
後から来た騎士達の一人が言葉を投げる。
「騎士に無礼を働いたら、罰を受けてもらわないと示しがつきませんよ」
そう、こんな感じでね。って、いい感じで収まりそうだったのに、後から来て悪化させんな! そう思いながら背筋に冷たい汗が流れ出す、せめてリムイだけは逃がさないとな。
そう思案していると副長が騎士達に言葉を放つ。
「傷を負った訳でもない。この少年は誠意を持って謝罪をした、それを罰する事は騎士の誇りに恥じる行為だ」
そう言うと騎士は黙り込んだ。その凛々しい姿にリムイは尊敬の眼差しを送り、言葉をこぼす。
「僕も騎士になりたい……」
一瞬の静寂が訪れた後、辺りに響く人の悪意が凝縮されたかの様な嘲笑の声。
「ぶぁっははは!人狼の癖に何言ってんだ!」
「人間じゃねえとなれないって! あっはははは!」
「ぷっくっくっ、お、親父さんから教えてもらってないのかな?……ねぇ副長?」
騎士達から放たれる言葉は、幼い子供の夢を砕くのには充分すぎた。同族の俺でさえ耳を塞ぎたくなる様な、胸糞悪い言葉を惜しげも無く投げかけてくる。
これが騎士であってたまるか! 何も出来ない事は解っているが、思わず手を握りしめしまう。
リムイの事なのか騎士達の振る舞いの事なのか、副長も表情を曇らせている。部下を御することが出来ないと言う事は、この反応は世間一般のもので常識的な考えであると指し示す。
そんな中、諫める様に言葉が響く。
「やめないか! 子供の夢を笑う事は、騎士の誇りに恥じると思うのだが? どうだろう副長……」
「はっ、はい! 私もそう思います団長! すまなかった坊主……」
「すまなかったね。それでは、これで失礼するよ……」
エルビンの言葉に我に戻る騎士達、副長はリムイにすぐさま謝罪をし後を追いかける。その場には俺とリムイが残され、通り過ぎる観光客からは何とも言えない視線を感じていた。
「リムイすまなかった。俺のせいで……」
「……凌二のせいじゃないよ、僕が知らなかっただけだよ……」
俯きながらそう言うと、リムイと俺は重い足取りで家に向かい始めた。
俺は特にやりたい事も無ければ、夢を抱く事もなかった。それを考える事は自分にとって煩わらしく思ってた。
だけどリムイを見て知ってしまった、憧れて夢を持って頑張って……その夢が叶わないと知った時の絶望を。
俺は弱い。自分が傷つく事が、他の者から傷つけられるのが怖かったんだ。理由を付けて怯える自分を騙し、逃げ出していたんだ。
逃げる事は悪くない、状況によってはそれが最善だと言える。ただ、逃げちゃいけない事もある。
自分から逃げる事はしちゃいけないんだ。
ちゃんと向き合って傷ついて、それを受け入れて。また向き合って……それを繰り返して強くなる。
生きるってそう言う事なのかも知れない。大した年月を過ごした訳でも、濃密な時間を過ごした訳でもない。それでもあの姿を見たら、そう思わずにはいられなかった。
暫く歩き小川に掛かる橋を渡る途中、水面に映り反射した夕陽の光が優しく二人を包み込む。
「なあ、リムイ……」
「何? 凌二……」
聞いてはいけないんだろう、忘れた方がいいのかも知れない。この問いは避けるべきで、きっと傷つけしまう。それでも俺は、リムイが夢をどうするか知りたかった。
「騎士になる夢……諦めるのか?」
「僕は……諦めないよ凌二。もっと頑張って必ず騎士になってみせるよ!」
「そうか、強いなリムイは……」
その答えは力強く笑みに満ちたものだった、挫折を味わい尚も立ち上がる。その姿を見て救われたような気がして、素直に俺もそうなりたいと思った。
気が付かない内に歩が進み、遠くに柵に囲まれた二階建ての小さな家が見えて来る。煙突からは煙が出ていて、ガルドが晩御飯を作っているのが目に浮かぶ。
「凌二、あそこの家だよ。競争しようか?」
「へえ〜競争か、たまにはいいか……よーいどん!」
いきなり合図を出して走り出し距離を稼ぐ。リムイは驚き出遅れたものの、笑顔で追いつき無邪気な笑顔で言い放つ。
「ずるいよ凌二〜!」
「へっへ〜ん、リムイに足で敵うわけないだろ! 作戦! 頭脳プレイだ〜 って、うわっ!」
「あはははは! 凌二が転んだ〜」
二人の笑い声を聞いたガルドは、微笑みながら料理をテーブルに運び迎える準備をする。
陽が傾き空が紺色に染まり、星々が彩ろうと姿を見せ始めた頃。酒場には観光客と街住人が集まり、騒がしくなって来る。
普段なら気の合うものは酒を酌み交わし語り合い、そうでない者は静かに酒を嗜む。しかし、祭の時期になると様子が少し変わって、剣が抜かれるかどうかの話題で持ちきりになる。
観光客の中にはこの為だけに来ている者もいて、その中で我こそは!と声を挙げる。その声に応えるかの様に、他の者も挙って競い合い毎年恒例となっている。
「へっ、幾ら喚いても剣は抜けねえよ……これを見な!」
力自慢の男が腕の筋肉を見せ付け、それに感嘆の声を上げる者達。だが、他の力自慢の男がそれに倣い見せ付け始める。
カウンターでその様子を見て嘆くように呟く男、帯刀をしており周りには同じ装いの男がいた。
「馬鹿な奴らだな、力で抜ければ苦労はしねえよ」
「えっ、それはどう言う事ですか副長」
副長は酒を呷る様に飲み干すと、赤く染まりつつある顔を疑問を投げ掛けた男に向ける。
「勿論、筋力とかも必要だが、魔力と気力も考えなきゃいけねえ」
副長は再び酒を頼み、それを受け取り言葉を続ける。
「一番の問題は、誓約だよエルビン。それをどうにかしないと絶対抜けねえ……」
そして、一緒にいた男達の一人が口を開く。
「副長さんよ、団長を呼び捨てにするのはどうなんだ?」
「はっ、金で雇われた傭兵騎士に言われたくねえよ……」
そう言うと副長はうっと唸る、顔を青くして口を押さえて外に走り出した。エルビンはそれを追いかける様に酒場を出る。
外で蹲る副長の背中をさするエルビン。次第に落ち着き酒が抜け始める、副長はエルビンに視線を移すと頭を垂れる。
「申し訳有りません。見っともない所をお見せしましたエレナお嬢様……」
「それは言わなくても良いわガナード。男と偽って連れてきてもらってる手前、頼りにしてるのよ」
「嬉しいお言葉、有り難うございます」
ガナードは頭を上げ立ち上がろうとする、しかし未だ酒が残っている様でフラついてしまう。それを見たエレナはもう少し風に当たる事にした。
酒場の方ではガナード達がいないのを良いことに、傭兵騎士が酒を呷りながら陰口を叩いていた。
「チッ、落ちぶれ騎士に言われたくねえよ、金さえもらえばいつでもおさらばするぜ」
「全くだぜ、いい気になるなっての」
そこに静かに歩み寄る人影、傭兵騎士達に笑顔を浮かべながら声を掛ける。
「貴方達、剣を抜く方法を知りたくはないかしら?」