邂逅
東の空に陽が昇り始め朝陽が辺りを橙色に包み、小鳥がさえずり始める頃。
ガルドの姿は店の裏庭で薪を割って居た。昨晩の事を考えながらしていたのもあって、いつもより多目に割ってしまい汗が滴っているが尚も続ける。
街の破滅……言葉通りに受け止めれば、この街が滅びる事となるのだが……。
人目に付く事。それ以上に守り人に見られてしまう事は、その存在を知る彼女にとって避けるべきだ。
そうなれば口封じをする必要が有る。人狼を軽くあしらう技量を持つ彼女なら、可能だったはずだ。
更に使った魔法は空圧機雷。攻撃魔法の一種ではあるが、威力は低く主に行動の阻害に使われる。拘束したにも関わらず、止めを刺す事もしなかった……。
仄かに光る粉については、滅多に夢を見ない儂が見た事。感覚的に本物と見分けが付かなかった事から、夢見の粉だったんだろう。
舞台の開幕……多分だが英雄生誕の儀を指しているんだろうが、力任せに抜ける物でも無い。回りくどい行動を取ると言う事は、剣を抜く算段が付いているのか?
彼女の行動に疑問を抱かずにはいられない。言葉通りの事なのか、他の何かを持って破滅とするのか?
最大の疑問は「王の責務を放棄した愚かな男」これは恐らく英雄王を指している。そして、友人と言った事。これが本当の事だとしたら彼女は……。
「おう、朝からご苦労なこって」
眠たそうに欠伸をしているダナから声を掛けられ、薪割りと思考を中断させる。
「よう、ダナ! すまえねな、こんな朝早くに来てもらっての……」
昨日の一件でガルドは守り人の招集を掛けていたが、他の者はまだ来てない様だ。
「起きて間もないって感じだな、飯まだ済ませて無いのかの? っと、先に目覚めの珈琲にするかの」
「おおっ悪いな、勿論奢りだろうなぁ〜」
「しっかりしとるの〜 ……儲けどきなんだがの、今日は臨時休業だ金は取らんよ」
そう言うとガルドはダナと一緒に店に入って行く。
小鳥の囀りと、陽の暖かさに包まれ目を覚ます。今までなら素朴な電子音で朝を迎えていたが、それと比べれば悪くない。
寒さに少し身震いしながらも、身体を起こしベットを出る。身なりを整える為に鏡台を見るが、寝癖の酷さと涙の跡に驚く。
「なんで俺泣いてんだ? あっそう言えば、昨日の夢見たんだっけ……結構リアルだったなぁ」
涙の跡を手で拭い櫛を取り、寝癖を直し始めながら夢の事を思い出す。
大概夢を見ても内容まで覚えてないものだけど、今回のは鮮明に脳裏に焼き付いている。
夢の内容は掲げる理念は崇高で、宗教や異種族間の争いを無くし平和な世界を作る。皆が仲良く出来る様に頑張るっていう、よくある王と臣下の話だったな。
争いを無くそうとしながらも、その身を闘争の中に投じてしまえば他の奴らと同じだ。
結局のところは崇高な理念を持っていても、争いを生む原因の一つになっている。
いくら正義を語ろうが主観でしか無いものは、他から見たら違って見えるもんだ。
「崇高な理念は、気付かない内に自分と周りを騙してしまう……敵に言わせれば餓鬼の戯言」
争いを起こさず避けるので有れば、逃げる事が一番の策だ。力の限り逃げたとしても、周りが敵だらけではいつかは追い詰められる。
しかし、あの男はその戯言に命をかけて誓約を成し、戦乱の世界からこの街を切り離した。究極の逃避を成した男が、英雄王と呼ばれる事に尊敬の念を抱かせる。
ただ、当の本人は其処には居ない。
心地良い風に撫でられながら、窓から見える街の風景を見つめ考える。自らの命で実現させた小さな平和を見る事が出来なかった男の事を。
「俺ならどうしたろうな……やっぱり逃げたかな? 今までがそうだったしな」
そう呟くと櫛を置き、服を着替え扉に向かい把手に手を掛ける。
「おはよ〜 凌二! 朝ごはん出来たって、一緒に行こう!」
バーンと勢いよく開く扉。
もふもふの尻尾を振りながら、笑顔満開のリムイが部屋に訪れる。しかし、部屋の中には誰も居なかった。
「あれ? もう起きて下に降りたのかな?」
「バンバンバン!」
「?」
扉を掌で叩く音に気が付き、リムイが視線を向ける。其処には凌二が扉と壁に挟まり、身動きが取れなくなっていた。笑いを堪えリムイが把手を手放すとようやく解放された。
子供と言えど人狼な事だけあってその力は侮れない。
「朝食だけに、壁と扉のサンドイッチ美味しそう〜 って言ったらリムイでも怒るからな?」
食堂に向かうが、未だ笑いが覚めやらないリムイに釘をさす。
勿論冗談で言っているが、ギクッと肩を震わせる様を見て「思ってたんかい」と突っ込みたくなる。
まあ……うん、その笑顔に免じて辞めとくとしよう。
食堂に着くと開店前なのか客の姿は無い。辺りを見回すとカウンター近くのテーブルで、ガルドとダナが朝食を摂りながら何やら話し込んでいた。
「お早う御座いますガルドさん……」
「おおっ! 兄ちゃん元気になったのか! よかったぜ〜」
挨拶の途中で勢いよく言葉を重ねてくるダナに驚く。記憶にない人物だけに余計に焦ってしまう。
「あっ! 兄ちゃん気を失ってたから分かんねえよな、儂はしがない職人のダナってもんだ、宜しくな!」
「……あっはい! 宗方 凌二って言います宜しくお願いしま……」
「凌二か、中々変った名前だが、いい名前だ! 儂のことはダナでも親方でも好きに呼んでくれ」
食い気味に話をしてくるダナに押されながらも返事を返していると、見兼ねたガルドが助け舟を出してくれた。
「その辺でやめてやれ、折角の珈琲が冷めてしまうからの〜」
そう言われてダナも気づき、俺とリムイはようやく席につく事ができた。
ガルドが芳ばしい匂いと共に、珈琲と朝食を目の前に置いてくれた。
「あっ……」
「ぷっくっ……あはははは! もうダメだよ凌二!」
珈琲と共に出てきたのはサンドイッチ。リムイは先程の出来事を思い浮かべ、俺は赤面しながら齧り付く。
もうここまで来ると、釘を刺した事は意味を成さない。リムイが笑いながらも説明すると、二人も一緒に笑い出す。
笑いの絶えない朝食だった。こんな楽しい食事は今まで一度もした事が無かったと、ふと思いをめぐらしていると。
「すまんの凌二、今日は店を休む事にしたんでの……少し街を見物して来たらどうかの?」
そう言うとガルドは食器を手に取り洗い場に向かった。
気のせいか先ほどの笑みは消えおり、悩み事を抱えているように見えた。リムイも父親を少し心配したような目で追っていたが、沈んだ雰囲気を感じたのかダナが口を開く。
「そうだ、凌二! 見物を兼ねて祭の準備を手伝ってくれねえか? 難しい事はさせねえし、小遣も出すぜ〜 リムイもどうだ?」
「……そうですね、予定は無いし。そうさせて下さい」
「凌二が手伝うなら僕もいくよ!」
「よし決まりだな! 二人とも早く支度してきな!」
ダナはそう言うと、俺達の背中を押して急かす。
祭の準備に余念が無いのかはさて置くとして、見物がてらに手伝いとか無茶もいいとこだと思うんだが?
そう思いながらも支度を済ませ、ダナを追いかけるように店を後にする。
果物やパン、装飾品などを売る店が並ぶ大通り。
祭りが近い事もあり、それに加え屋台も並びかなりの賑わいだ。それを眺めながらアリッサは広場に向け歩いている。
「酒場に行くって出て来てしまったけど、まだ開いてないってのは誤算だったわね……」
意外と抜けている事は本人も自覚していないようで、サラが心配するのはこう言った事も含めているかもしれない。
屋台の客寄せを避ける様にして歩いていると、気が付けば大通りを抜けて剣の広場に着いていた。
広場は祭まで後2日と迫っており。職人達が忙しく木を削り釘を打ち、櫓や舞台を作っている。
掛け声も合間って、その音はオーケストラが奏でる協奏曲の様だった。
「ふふっ、聞いてて心地がいいわね、祭の準備も観光名物になる訳だわ」
時間を潰すために、広場の外周に並ぶ屋台を見物した後。一休みしようと辺りを見回すと、木陰で仰向けになっている少年の姿があった。
腕で顔を覆っているから分からないが、服装から職人では無さそうだ。
大丈夫かしら? と様子を伺うために近付き声を掛ける。
「大丈夫? 具合が悪いのかしら?」
そう言うと少年は腕を退かし、此方を見ると問われた事に気怠そうに答える。
「……ああっと、大丈夫です。ちょっと疲れただけですから……」
「そう、それなら良かったわ。……私も丁度休もうと思ってたのよ」
そう返事を返すと、木に背中を預けるアリッサ。少年は身体を起こすと、少し距離を開け腰を下ろす。
「私は観光できてるのだけど。服装から職人には見えないし、貴方も観光で来てるのかしら?」
「いや、ここには手伝いできてますよ。お陰でこの有様ですがね……」
「ふ〜ん……なるほど。こき使われて、人目を盗んで一休みってところね」
意地悪な笑みを浮かべながら言葉を掛ける。
「いやいやいや、真面目にやってましたよ! その結果こうなったんです。俺は悪く無いです!」
慌てて弁解する少年を、穏やかな笑顔で見つめる。その視線をゆっくりと広場の剣に移し問いかける。
「貴方は英雄王の事は知ってる? この街を守った話を……」
「まあ、一応は知ってるつもりですが……」
「そう、吟遊詩人が挙って唄うぐらい有名な話だものね。……貴方はどう思うかしら?」
少年は人伝に聞いた話と夢で見た事を合わせて考え、暫く思考の海に意識を預け口を開く。
「詳しい事は判りませんが……彼の行動は尊敬できますね。同じ条件と状況だったら、俺もそう考えると思います」
「……そう、でも王ならば民を導く為にも、生き延びるべきよ……」
「……俺もそう思いますが、どう導くかにもよると思いますよ」
そう言われ表情を曇らせながらも視線を少年に戻す。
「民を争いに導くのなら論外ですし、幸せになる様に導くのなら文句無しですし……」
「民が幸せになれば……王は何をしても許されるとは思えないわ」
語気を強めて反論するアリッサを見て、少し慌ててしまう。宥めるように両手の掌を向けながら口を開く。
「確かに。その為に悪行三昧されたらアウトですけどね……あはは」
初対面の人と口論なんてしたくは無い。
なんとか誤魔化し、その場を切り抜けようとする少年に助け舟が入る。
「凌二〜! 大丈夫? 氷持ってきたよ」
「全く、だらしがねえな凌二〜 それじゃ立派な職人になれねえぞ〜」
リムイとダナが様子を見に此方に向かって歩いてくる。
それをきっかけに凌二に別れを告げ、アリッサはその場を離れる。
「貴方もそう考えるのね……」
寂しげな表情を浮かべ呟くと、決意を胸に酒場に向かって歩き出す。