儚い夢
柔らかな暖かさの中で思考を巡らした末、気が付かないうちに微睡の中に居た様だ。
意識を取り戻そうと目を開けると、そこには草原が広がり煙が立ち草や土の焦げた匂いに包まれ、幾つもの剣が大地に刺さり力尽きた者達が横たわっていた。
ベットに横になっていた事と、身体の感覚がいつもと違う事から夢だと解った。ただ、視覚と嗅覚に訴えかけて来る物があるってのは只の夢と言うには難しいかもしれない。
「今のうちに撤退を!」
後ろから声が掛けられる。
目を向けると数十人の兵士達と数台の荷馬車。その中には傷付いた人や異種族の子供達がいた。
兵士の視線の先には輝くロングソードを持つ1人の男がおり、目の前には彼等を追い立てる騎士団。
視線は軍勢を捉えつつ男は答える。
「お前達は早く行け、ここで食い止める」
「しかし……」
兵士が再び撤退を促そうとすると、遮るように声が響く。
「異種族を庇う異教徒よ! ドルドガーラ聖教の正義の鉄槌を受け、此処で朽ち果てるがいい!」
「早く行け……俺の事は心配するな、逃げられるものも逃げられなくなるぞ」
騎士達は彼等めがけて幾つもの矢を放つもその男に全て切り落とされる、そこでようやく兵士は荷馬車に向かい撤退を始める。
「ふざけるな、誰が異教徒だと? 子供を助けた者をそう呼び、罰を与えるのなら……信仰などいらない」
騎士達の1人が剣を抜き雄叫びを上げ向かってくるが、その瞬間頭上に炎の玉が降り注ぎ燃え尽きる。
「なんだ!? 増援か!」
炎の玉が飛んで来た方視線を移すと其処には魔道士の様な人影がひとつ。風に靡く黒い外套と凶々しい仮面を身に付け、その奥から鈍く光る赤い瞳。
外套に収められた腕を徐に伸ばし、大地に翳し詠唱を始める。
幾つもの魔方陣が魔道士を囲う様に浮かび上がり、黒い霧が現れ次第に形を取り始め、姿を見せる。
詠唱が終わる頃には数百の眷属が現れ、辺りを黒く埋めつくす様な軍隊が作られていた。
「ひっ! 赤眼の悪魔! てっ、撤退するぞ!」
そう言うと騎士団は疾風のようにその場から逃げ出す。しかし軍勢の一部がそれを許さず追い掛け、残った軍勢は一斉に男に視線を向ける。
「魔王帝の勅命により、王剣を奪いに来たわ……」
辺りに静かに響き渡る。そして、魔道士の号令により唸りを上げて男に襲い掛かる。
「赤眼の悪魔か……好戦的で、通った後には塵一つ残さないって噂の魔族……剣だけって訳にはいかないか」
静かに息を吐き覚悟を決め剣を構えるが、背後から微かに聞こえてくる幾つもの足音。
「チッ、もう囲まれてたのか……まあ、こっちに向かってくれるのは有難い」
後ろに視線を向けるとそこには傷付きながらも武器を携える兵士達、その表情は恐れや後悔の念が無く曇りのないものだった。
「逃げろと言っているだろ! 魔族相手に怪我人や魔力切れの奴が敵う訳が無い!」
少しの間呆気に取られるものの、直ぐに持ち直し撤退を促す。
「それでもです。少しでも貴方の、王の側に居たいと……それに子供達は少年兵に任せてますから安心して下さい」
そう言うと剣を抜き放ち、雄叫びを上げ軍勢に立ち向かう。
彼等も解っているんだろう。異教徒と呼ばれて国を追われ、このまま逃げ続けても近い将来滅ぼされてしまう事に。
なんの運命の悪戯か……俺が剣を抜いちまうなんてな。
王として慕ってくれた奴らを巻き込んじまった。
一層の事恨んでくれた方が気が楽だ……
男は天を仰ぎ呟く。そして再び軍勢に視線を戻し剣を構える。
「これは独り言だが……全くどいつもこいつも馬鹿野郎ばっかだな……戦闘狂の奴らに、俺を王と呼び慕うお人好し達……」
その男は軍勢が迫る中、此方の方に言葉を投げかける。どうやら俺の存在に気が付いているが見えていない様だ。
「あんたは逃げないのか? このままだと確実に死んじまう……王は民を導くもんだろ、逃げるべきだ!」
俺はそいつに向かって言葉を放つが届かない。男は迫り来る軍勢を視線に捉え、歩みつつ語り続ける。
「異種族の間で戦が起きてからどのくらい経ったんだろうな……俺の爺さんも、曾祖父さんも死ぬまで闘い続けたらしい」
魔王の眷属が雄叫びを上げ大剣を振り上げ襲い掛かるが、男は其れを受け流し円を描く様に胴を薙ぐ。
更にその背後から襲い来る眷属を勢いはそのままで流れる様に切り捨てる。
「俺は異種族でも解り合える、そうすれば戦も無くなると思ってた……」
男の横から炎の玉が迫るが、斬撃を飛ばしこれを掻き消し眷属ごと切り裂く。
「俺の考えは異種族からも疎まれ、同族からも異教徒と呼ばれ追い立てられる……挙げ句の果てには剣に認めて貰えず、真の力は使えず仕舞い……」
飛来する矢を切り落とし尚も迫り来る眷属を切り捨てるが、物量の差に敵わず後退し始める。
兵士の1人が赤眼の悪魔が放った凶々しい矢の様な光に胸を貫かれ大地に身体を預ける。
戦いの中それを見た男は顔を歪ませた。
「俺が間違えていたのか? 世界が間違えてるのか? その迷いが剣に認められない原因なんだろうか……」
次第に傷つき始める身体、押し込まれ後ろに見えるのは小さな城。猛攻を凌ぎ血に染まる鎧に身体の自由を奪われ始め、残るはその男のみとなっていた。
「所詮は弱者の儚い夢、餓鬼の戯言だったのかも知れない……」
飛来する幾つもの矢に身体を貫かれつつも、痛みを呑み込み城の前に立ちはだかる。今にも倒れそうな身体を気力で支える男に、赤眼の悪魔が歩み寄る。
その気配に気が付きながらも男は辺りを見回し、穏やかな笑みを浮かべて呟く。
「そうだな、ここには広い草原と河がある。人が集まればきっといい街が出来るな……城は小さいが観光名物ぐらいにはなりそうだ」
言葉を心に響かせ力を振り絞り、大地に剣を突き刺すと辺りは光に包まれ色は奪われる。
「すまん……皆んな……後は……」
光が次第に収まり色が戻ると、視界に入って来たのは宿屋の天井、窓からは陽の光が入り夢の終わりを告げる朝を迎えていた。
フルクランダムの大通りにある宿屋に訪れた2人の少女、美しい黒髪を靡かせる少女は受付に行くと部屋の空きを確認する。
「急で申し訳ないのだけど、二人部屋の空きはあるかしら?」
言葉もそうだが身なりも高貴なだけに、受付嬢も怖じ気つつも丁寧に言葉を返す。
「少々お待ちください……一部屋ほど空きがありますが、陽当たりが悪く景観もあまり良くありませんが……」
「それで構わないわ、お祭まで2日しかないのだから……」
「有り難うございます、それではお名前を頂きたいのですが」
「私はアリッサ・グレイフィード、こっちの子が……」
と、横を向くとそこに居るはずの人物は居なかった、辺りを見回すと食堂の方から声がする。
「ほえ〜 美味しそうなドーナツ〜、ねえねえアリッサ見てみて!」
香ばしい匂いに誘われた様で、周りを気にせずにガラスケースにへばり付いている茶髪の少女が居た。アリッサは赤面しながら駆け寄ると。
「もう、恥ずかしいわねやめて頂戴!いいから受付を済ませるわよ」
顔の熱が冷めないまま少女の手を引き、受付嬢の元に連れて行き名を告げる様に促した。
「あはは〜。私はサラ・デアシエルです〜」
受付嬢は宿帳に2人の名前を記すと、後ろにある鍵棚から鍵を取りだしアリッサに部屋番号を伝え鍵を渡す。
「有り難う。では失礼するわ」
アリッサはそう言うと先程の事もあり、サラの手を引いて早足で部屋に向かった。
部屋に着くとベットの側に荷物を置き、窓を開け外の景観を眺めながら深呼吸をして気分を落ち着かせる。
「はぁ……来て早々こんな目に会うとは思わなかったわ……」
「いやぁ、ついね。ごめんねアリッサ〜」
思わぬ出来事に顳顬を手で抑えながら愚痴を零すと、サラは照れながら謝ってくる。そんな彼女を微笑みながら見つめ言葉を掛ける。
「貴方は頑張ってくれたし、今回の事は目を瞑る事にするわ……」
ホッと胸を撫で下ろすサラだったが、続けて声が掛かってくる。
「くれぐれも目立つ行動だけはしないで頂戴ね」
微笑みながらも目が笑ってない表情で言い放つ。毎度お馴染みの事ながら、背筋に感じる寒さには馴れそうもないサラであった。
「さて、昨夜は夢見の粉を蒔いて来た事だし……次は役者が舞台に上がって貰う為に招待をしてあげないといけないわね」
荷物の中から幾つかの小さな木箱を取り出し、上着を羽織ると酒場に向かう為に部屋をでる。その後ろ姿を見送りながらサラは呟く。
「無理はしないでね……」