儚い夢
柔らかな暖かさの中で思考を巡らした末、気が付かないうちに微睡の中に居た様だ。
意識を取り戻そうと目を開けると、そこは元々草原が広がっていたようだが、辺りは雄叫びが響き渡り、煙が立ち草や土の焦げた匂いに包まれ大部分が焦土と化し、幾つもの剣が大地に刺さり力尽きた者達が倒れていた。目の前で起きている事態はあまりにも現実味があり、動揺を隠すことは出来なかった。
だが、思うように身体が動かせない事や浮遊感から身体の感覚がいつもと違う事、合わせてベットに横になっていた事を思い出し、胸の鼓動は収まってはいないもののこれが夢だと認識できることが出来た。ただ、視覚と嗅覚に訴えかけて来る物があるってのは只の夢と言うには難しいかもしれない。
「第一陣は引いたようです! 今のうちに撤退を!」
後ろから声が掛けられる。目を向けると数十人の兵士達と数台の荷馬車、その中には傷付いた人や異種族の子供達が身をすくめており、おそらくは少し先にある古城に避難する為に移動していたんだろう。
兵士の視線の先には輝くロングソードを持つ1人の男がおり、目の前には彼等を追い立てる騎士団。未だ距離はあるが、馬を用いた機動力の高い第二陣の軍勢を視界に捉えつつ男は答える。
「お前達は早く行け、ここで食い止める」
「しかし……」
兵士が再び撤退を促そうとすると、遮るように声が響く。
「異種族を庇う異教徒よ! ドルドガーラ聖教の正義の鉄槌を受け、此処で朽ち果てるがいい!」
恐るべきは騎兵の機動力、一つ二つと言葉を交わしている間に軽々と距離を詰めてくる。通常ならこのように大胆な行軍は緻密な情報収集をしてからするものだが、第一陣に消耗しきっているこちらの兵力を知られた事と、その戦力の差による余裕が取らせたものだろう。
「早く行け……俺の事は心配するな、逃げられるものも逃げられなくなるぞ」
騎士達は正義の元にと誰一人逃げることを許さない事を示す為、彼等めがけて幾つもの矢を放ち、その男は雄叫びと共に光るロングソードを振り抜き、輝く三日月の様な斬撃を生み雨の様に迫りくる矢を全て切り落とした。そして、敵兵が唖然としている間に再び男が視線で促し、ようやく諦めた兵士は荷馬車に向かい撤退を始めた。それを横目に見届けた男は、時間を稼ぐためだろうか? 騎士達に向かい口を切った。
「ふざけるな、誰が異教徒だと? 子供を助けた者達をそう呼び、罰を与え命を奪う……それを正義だというならば信仰などいらない!」
「人は弱い、だからこそ力を合わせ協力する。この世で最も優良たる種族と言え、世を統べるに相応しい。……そう教皇様は仰っている、そこに異種族が存在することも無く庇う者も同罪だとな」
彼らの先頭に立つ騎士団長がその問いに答えを返す。一瞬だが何か葛藤が見えた気がしたが、徐に手を挙げると騎士達の1人が剣を抜き雄叫びを上げ、砂埃を巻き上げながら向かってくる。
「どうやら、あの矢は魔力を削ぐ役割もあったのか、剣技で正々堂々とは痛み入る。第一陣とは違いプライドが高いな」
相手のプライドの高さに時間を稼ぐ算段がついた男は笑みを浮かべ、思考を多対一から一対一へ切り替え迎撃するために構え直したその瞬間、頭上に炎の玉が降り注がれた。男と騎士の間に着弾すると、地面を燃え上がらせ双方の動きを否応なく止めさせる。訓練された騎馬がその火の勢いに恐れ騎士を振り落とし逃走したが、当人のプライドの高さからかそれには目もくれず勝負の邪魔をした者を探していた。
騎士が炎の玉が飛んで来た方視線を移すと其処には魔道士の様な人影がひとつ。風に靡く黒い外套と凶々しい仮面を身に付け、その奥から鈍く光る赤い瞳。
外套に収められた腕を徐に伸ばし、大地に翳し詠唱を始める。
幾つもの魔方陣が魔道士を囲う様に浮かび上がり、黒い霧が現れ次第に形を取り始め、昆虫と獣が合わさったような姿を現す。詠唱が終わる頃にはその数は数百を超え、辺りを黒く埋めつくす様な軍隊が作られ、一国すら簡単に落とせるだろうと思わせる規模となっていた。
「騎士にしては少々奇抜な装いだな、奴はあんた等の増援か?」と皮肉を含めて問いかけるも、先ほどとは違い表情に恐怖の感情を宿した騎士は震える唇を無理やり動かし叫んだ。
「ひっ! 魔族だ! 赤眼の悪魔がいるぞ!」
その言葉を聞いた騎士団長は迅速に撤退の指示をだし、疾風のようにその場から逃げ出したが、軍勢の一部がそれを許さず追撃し、残った軍勢は一斉に男に視線を向けた。それを受けた男は苦虫を嚙み潰した表情で睨みつけた。
一対一であれば多少なりとも体力と魔力を回復させる可能性があった、そして黒い霧から生まれた眷属を切り伏せる為には剣に魔力を通す必要になってくる。魔力を削られている状態では毛先ほどにも希望を持てない状況だな。
「魔王帝の勅命により、王剣を奪いに来たわ……」
辺りに静かに、そして冷たく響き渡る。それが眷属達への号令となり唸りを上げ、まるで強大な黒い砂嵐の様に迫り男に襲い掛かる。
「赤眼の悪魔か……好戦的で、通った後には塵一つ残さないって噂の魔族……剣だけって訳にはいかないか」
のんびりと平和に過ごせる場所を探していただけなんだかな、同族からも魔族からも追われるとは勘弁してほしいもんだ。そう呟くと静かに息を吐き覚悟を決め剣を構えるが、背後から微かに聞こえてくる幾つもの足音。
「チッ、もう囲まれてたのか……まあ、こっちに向かってくれるのは有難い」
後ろに視線を向けるとそこには傷付きながらも武器を携える兵士達、その表情は恐れや後悔の念が無く曇りのないものだった。
「逃げろと言っているだろ! 魔族相手に怪我人や魔力切れの奴が敵う訳が無い!」
少しの間呆気に取られるものの、直ぐに持ち直し撤退を促す。
「それでもです。少しでも貴方の、王の側に居たいと……それに子供達は少年兵に任せてますから安心して下さい」そう言うと剣を抜き放ち、雄叫びを上げ軍勢に立ち向かう。
彼等も解っているんだろう。異教徒と呼ばれて国を追われ、このまま逃げ続けても近い将来滅ぼされてしまう事に。
なんの運命の悪戯か……俺が剣を抜いちまうなんてな。
王として慕ってくれた奴らを巻き込んじまった。
一層の事恨んでくれた方が気が楽だ……
男は天を仰ぎ呟く。そして再び軍勢に視線を戻し剣を構える。
「これは独り言だが……全くどいつもこいつも馬鹿野郎ばっかだな……戦闘狂の奴らに、俺を王と呼び慕うお人好し達……」
その男は軍勢が迫る中、此方の方に言葉を投げかける。どうやら俺の存在に気が付いているが見えていない様だ。
「あんたは逃げないのか? このままだと確実に死んじまう……王は民を導くもんだろ、仲間の言う通り逃げるべきだ!」
俺はそいつに向かって言葉を放つが届かない。男は迫り来る軍勢を視線に捉え、歩みつつ語り続ける。
「異種族の間で戦が起きてからどのくらい経ったんだろうな……俺の爺さんも、曾祖父さんも死ぬまで闘い続けたらしい」
魔王の眷属が雄叫びを上げ大剣を振り上げ襲い掛かるが、男は其れを受け流し円を描く様に胴を薙ぐ。更にその背後から襲い来る眷属を勢いはそのままで流れる様に切り捨て、その軽やかで無駄のない動きは舞を見ている様に優雅で美しい。
「俺は異種族でも解り合える、そうすれば戦も無くなると思ってた……」
男の横から炎の玉が迫るが、斬撃を飛ばしこれを掻き消し眷属ごと切り裂く。
「俺の考えは異種族からも疎まれ、同族からも異教徒と呼ばれ追い立てられる……挙げ句の果てには技量不足なんだろうか、剣に認めて貰えず、真の力は使えず仕舞い……」
飛来する魔法の矢を切り落とし尚も迫り来る眷属を切り捨てるが、物量の差に敵わず後退し始め。兵士の1人が赤眼の悪魔が放った凶々しい矢の様な光に胸を貫かれ大地に身体を預け、戦いの中それを見た男は顔を歪ませた。
「俺が間違えていたのか? 世界が間違えてるのか? その迷いが剣に認められない原因なんだろうか……」
次第に傷つき始める身体、押し込まれ後ろに見えるのは小さな城。猛攻を凌ぎ血に染まる鎧に身体の自由を奪われ始め、残るはその男のみとなっていた。
「所詮は弱者の儚い夢、餓鬼の戯言だったのかも知れない……」
飛来する幾つもの矢に身体を貫かれつつも、痛みを呑み込み城の前に立ちはだかる。今にも倒れそうな身体を気力で支える男を眷属達は包囲し、一部に道を作ると赤眼の悪魔が男に向かい徐に歩を進め、その気配に気が付きながらも男は辺りを見回し、穏やかな笑みを浮かべて呟き始める。
「戦える者はもう居なくなるな。まあ、ここには広い草原と河がある。人が集まればきっといい街が出来るな……城は小さいが観光名物ぐらいにはなりそうだ」
この事態を予想しなかったわけじゃない、いくつかある最悪のシナリオの一つってことだ。俺を護って先に逝った彼らには悪いが、本来の剣の力を引き出せない状態ではこうなる可能性は高かった。だからこそ他の力を求め精霊族伝わる魔導書を手に入れた。人間では扱えない高度な術式、この状態で使えば魔力どころか魂まで持っていかれる事は解りきったことだが、俺一人と残されたものを天秤にかければ簡単に答えは出る。
言葉を心に響かせ力を振り絞り、大地に剣を突き刺すと辺りは光に包まれ、魔王の数百の眷属は瞬く間に剣に吸い込まれると辺りは色は奪われ、人間族には到底理解できそうもない魔法陣が広範囲で展開された。
「我、ここに誓約を刻む、願わくは永久の平穏を……すまん皆んな……後は……」
光が次第に収まり奪われた視界が戻ると、目に入って来たのは宿屋の天井、窓からは陽の光が入り夢の終わりを告げる朝を迎えていた。
フルクランダムの大通りにある宿屋に訪れた2人の少女、美しい黒髪を靡かせる少女は軽やかに歩を進め、受付に着くと品のある所作で部屋の空きを確認する。
「急で申し訳ないのだけど、二人部屋の空きはあるかしら?」
言葉もそうだが身なりも高貴なだけに、受付嬢も怖じ気つつも表情には出さずに丁寧に言葉を返す。
「少々お待ちください……一部屋ほど空きがありますが、陽当たりが悪く景観もあまり良くありませんが……」
「それで構わないわ、お祭まで2日しかないのだから……」
「有り難うございます、それではお名前を頂きたいのですが」
「私はアリッサ・グレイフィード、こっちの子が……」
と、横を向くとそこに居るはずの人物は居なかった、まさかと思ったアリッサは辺りを見回すと案の定、食堂の方から聞きなれた声が響いてくる。
「ほえ〜 美味しそうなドーナツ〜、ねえねえアリッサ見てみて!」
香ばしい匂いに誘われた様で、周りを気にせずにガラスケースにへばり付いている茶髪の少女が居おり、アリッサは赤面しながら慌てて駆け寄り、親がしかるように言葉を放った。
「もう、恥ずかしいわねやめて頂戴! いいから受付を済ませるわよ!」
顔の熱が冷めないままその場から少女を引っぺがすと、抵抗は許さない勢いで手を引き、受付嬢の元に連れて行き名を告げる様に促した。
「あはは〜。私はサラ・デアシエルです〜」
受付嬢は一部始終を目撃していたが、表情を変えずに宿帳に2人の名前を記すと、後ろにある鍵棚から鍵を取りだしアリッサに部屋番号を伝えると共に鍵を渡した。この対応に彼女は「プロ意識が高いわね」と感心しながら冷静さを取り戻し口を切った。
「有り難う。では失礼するわ」
アリッサはそう言うと先程の事もあり、サラの手を引いて早足で部屋に向かった。部屋に着くとベットの側に荷物を置き、窓を開け外の景観を眺めながら深呼吸をし、気分を落ち着かせると顔に手を当て熱が引いたのかを確認しながら弱々しく呟く。
「はぁ……来て早々こんな目に会うとは思わなかったわ……」
「いやぁ、ついね。ごめんねアリッサ〜」
思わぬ出来事に顳顬を手で抑えながら愚痴を零すと、サラは照れながら謝ってくる。そんな彼女を微笑みながら見つめ言葉を掛ける。
「貴方は頑張ってくれたし、今回の事は目を瞑る事にするわ……」
ホッと胸を撫で下ろすサラだったが、続けて一段と低い声色で声が掛かってくる。
「くれぐれも、くれぐれも目立つ行動だけはしないで頂戴ね」
微笑みながらも目が笑ってない表情で言い放つ。毎度お馴染みの事ながら、背筋に感じる寒さには馴れそうもないサラであった。
「さて、昨夜は夢見の粉を蒔いて来た事だし……次は舞台に上がって頂く役者様を御招待して差し上げないとね」
荷物の中から幾つかの小さな木箱を取り出し、上着を羽織ると酒場に向かう為に部屋をでる。いつもと違う彼女の皮肉めいた言動に不安を抱いたサラは、その後ろ姿を見送りながら「無理はしないでね……」と呟いた。




