デジャビュ?
自分なりに真剣にやってたつもりだったんだけどな、側から見れば遊んでる様に見えるのか……なんかヘコむなぁ。そう思うと苦笑いでしか返せない。
「すまんの、剣劇? もしくは殺陣といった方が良かったかの?」
自分の表情に気付いて気遣ってくれてるんだろうけど「いやっ、遊んでる訳ではないんです!」って言いたいけど、自信のなさに気が引ける。ただ、皆んなに心配をかけない様に強くなろうとしてるんだけどな……
「役者を目指しておるんじゃろ? 時代劇の?」
いやいやっ! んな訳無いよ? 何? 残り少ない精神力を削りに来てんの? このお爺さんちょっと怖いよ?
「いやの? 今時期な剣術なんての? やはり役者志望じゃろ! じゃが、あのへっぴり腰じゃ、せいぜいやられ役か屍役ぐらいじゃな」
いやいやいやっ! どっちも演技力必要だし! 屍役はさらに忍耐力が必要になるし! 大変なのは間違い無いと思いますよ!
からからと、辺りを気にしないで笑う老人。思わず凌二は苦笑いをうかべながら、ジト目で抗議の念を送った。
全く、この爺さん一言二言よけいなんだけど。はぁ、言い返せない自分が恨めしいよ。癪だけど今はその言葉に乗らせてもらおう。
「あはは、実はそうなんですよ」
「やはりの! そうじゃな〜身体の動きにばらつきがあるの、それでは良い演技はできんぞい」
がっくりと肩を落としながら言葉を返すと、老人は瞳を爛々と輝かせ「そうか、そうか」と頷き、辺りを見回し手頃な小枝を見つけ駆け寄ると拾い上げた。
この時点でなんとなく、なんとなくだけど嫌な予感が……そろそろいい時間だし帰りたいな〜って思ってるんだけど。
老人は小走りで凌二の元に帰ってくると、「儂は時代劇が大好きでの!」と、頼まれもしていないのに実演しながら色々とアドバイスをし始めた。
最初はそこまで真面目に見てはいなかったが、余りの熱の入り様に次第に引き込まれていく。そして、「確かに、演技と演武は通じるところがあるかも」と見入っていたが、所々でやられ声を出すのはやめてほしいかな。
凌二も自分の動きを見直そうと思い、まずは足の運びと視線を落とそうとするが、老人の少し離れた所で二人の子供が遊んでいるのが目に入ってきた。
この時間に子供? ああっ、多分だけど爺さんのお孫さんかな。流石に保護者なしで遊ぶわけないか。それなら、そろそろ引き上げた方が良さそうだな、こっちの会話に興味もなさそうだし。
チラリと時計に視線を向けると、思いの外時間が立っていた事に驚き、両親にも心配をかけているのではないかと不安になってしまった。
「すいません。家のものが心配してると思うので、そろそろ帰ります。アドバイスありがとうございました」
「おお? もうそんな時間か、なら儂も帰るとするかの〜」
言葉を受け一足先に出口に向かおうとすると、公園を走り回っていた子と目が合ってしまう。
そのまま通り過ぎるのもなんだし、かといって子供に会釈ですますのはいかがなものか? 一瞬どうしようかと悩んでしまったが、軽く手を振りこれを挨拶としてその場を後にした。
足を止めた黒髪を束ねた女の子は手を振られた事に驚きと嬉しさを感じ、もう一人の子に声を掛け駆け寄っていく。
「ねえ、ねえ! 梓! 聞いて聞いて!」
「なになに? 椿どうしたの?」
梓と呼ばれた同じく髪を束ねた男の子は、椿の少々興奮した様子にワクワクしながら問い返すと。
「あのお兄ちゃんがね、こっち見て手を振ってくれたんだよ!」そう言って凌二の背中を指差した。
「えっ本当に! また会ったら絶対に遊んでもらおうね!」そう言い、お互いに手を取り合い、飛び跳ねながら「うん! 楽しみだね!」と、重なり合う様に声を上げた事は凌二には知る由もない。
小鳥が囀り、スマホの電子音が朝を告げる。昨日は少し帰りが遅いと少しお小言を貰い、若干の倦怠感を感じる気がするけど日課を済ませ登校し、気が付けばもう昼休み。いつも通りだと言いたいが、今朝は母さんが寝坊をしてしまい、お弁当が無しとなっている。
まあ、いつも作って貰ってるから、感謝してるし偶にはゆっくり休んで貰いたい。てな訳で、コンビニで昼食を買ってきたのはいいものの、よくよく考えると少々不安が過ってしまう。
「普段なら、生徒会室で皆んなと昼食を摂るんだけどなぁ」そう呟きながら、ビニールの中身に目をやると菓子パンしか入っていない。
いつもと違う昼食にしたいと、自分の願望を盛り込んだチョイスに後悔はしていない! 断じてない! ……が、ちょっとだけ想像してみよっか?
生徒会室で菓子パンを食べてるとする……氷見野さんが来て「あら、昼食が菓子パンだけって生徒会長としてどうなのかしら?」っていわれそう。まあ、生徒会長の肩書きは関係ないと思うんだけどね。で、安戸からは「へぇ〜 今日は菓子パンなんですね〜 でも、食べ過ぎるとアレですよ?」とか言われちゃうんだろうな。
まあ、ここまでは大丈夫、今の自分なら耐えられるはずだ……多分ね。最大の懸念は彼女、そう市ノ羽さんだよ。
好物はドーナツだが、菓子と名のつく物なら何でも食らいつく。普段の弁当なら無害なんだけど、今日に限ってはなんとも厄介な人だ。
「絶対に取られると思う、一つ食べてる間に残り全部な!」
育ち盛りの男子高校生に菓子パン一つで放課後まで持つと思うかい? いいや! もたないね! お腹がくうくう鳴って恥ずかしい思いしちゃうんだよ俺! 新たな黒歴史がまた一ページとか増えちゃうんだよ俺!
「てな訳で、うん。悲劇を避ける為にもね、今日は陽当たりのいいとこでのんびりボッチ飯にするかな」
「うん、そうしよう、そうしよう」と呟きながら、生徒会室に行くのを止めて踵を返した。
とは言ったものの、良さげな場所って思いつかないよね……自分の行動範囲の狭さに泣けてくる。そう嘆きながらも辺りを見回し、中庭はどうだろう? と見てみれば、先客が何組かいらっしゃるようで。学食で食べるのもどうかと思うしなぁ。
う〜ん、教室に戻ればいいとは思うけど、皆んなに気を遣わせてしまうから出来れば避けたい……
そうこう悩んでいると、ふと屋上の話を思い出した。たしか「人気のないスポットだよね〜」とか「風が強いからちょっとね〜」だとか「人が寄り付かないよね」ってな感じで女子連中が言ってた気がする。要するに、ボッチ飯スポットナンバーワンって所だな!
「よし!」という声と共に目的地を定め、暫く階段を上がり続け屋上に出る為の少し大きい扉を目の前し、ドアノブを回し押してみる。少し錆びついた様な音を立てながら開いていき屋上に一歩踏み入れると、強めの風が髪を搔き上げる様に過ぎていく。そして、更に二歩、三歩と入っていき辺りを見回してみる。
印象としては結構広く、給水塔と高めのフェンスと殺風景なもので、陽当たりがいい日ならベンチがあれば気持ち良く昼寝できそうなんだけどな。そして、人気がない事を確認すると、凌二は適当に腰を下ろし昼食を摂り始めた。
最初のうちは菓子パンの味を楽しんでいたが、静かに時間が経つにつれ「タスクとの差をどうすればいいのか?」という思考に耽っていく。最後の一口を一気に詰め込み、昨日の事を思い出しながら自分の動きを見直し始めた。
段々と熱を帯び、動作の一つ一つに力が込められ、集中が高まり次第に呼吸音が雄叫びに変わり始めた瞬間。
「うっせえええ! さっきからマジでうっせええんだよ!」
いきなり大声で怒鳴られた凌二は肩を跳ねさせ、気まずそうに声の方へ視線を向けるが姿は見えない。
「あ〜 上だ上、給水塔の」そう言われ顔を上に向けると人影が降ってくる。
ダン! と大きな音をたて、目の前に現れたのは乱闘騒ぎを起こした堤という生徒だった。
「つか、身体の動きにばらつきがありすぎ、それじゃ真剣は振れないぜ」
その言葉にデジャビュを感じつつ、俺ってそんなに駄目なのかと再び肩を落としてしまった。