剣と老人
時は戻り、辺りが夕陽に染められ生徒たちが帰路につき始めた頃、静寂に包まれた生徒会室に一人佇む凌二の姿があった。
「なにも出来なかったな……」
試合を思い返すと溜息を一つ漏らし、力なく言葉を吐き出した。
タスクは姿形は中学一年生ぐらいであるものの、その中にある知識や技術は、「黒騎士ガリエル」が三百年闘い続け得たもので、生半可な努力で追いつけるものじゃない。
そして、「タスクも随分と体に慣れてきたようですが」とヨシュアが発した言葉。まだ上があると思うと、悔しさはあっさりと消え去り、正直なところ尊敬の念しかない。
更に付け加えるなら、魔法や身体スキルに武器スキルとか使われたら為す術もない。自分の現状を鑑みると情けない話だけど、一本とるのは永遠に不可能だと確信めいたものがある。
再び溜息を溢すと共に最終下校の鐘が響き、パタパタと生徒会室に近付いてくる足音に気付き、ドアに視線を向けた途端に勢いよく開かれた。
「遅くなってすいません! 提出物終わりました!」
入室したと思えば、勢いよく頭をさげ謝罪をした彼は神納木 悠馬。クラスは違うが同級生であり生徒会役員でもある。
「あっ、ああ、うん。お疲れ様、今日は終わりだから帰っても大丈夫だよ」
一緒に向こうの世界に行ったものの、課題を忘れていた彼はとんぼ返りする羽目になったらしい。意外とうっかりさんのようだな。まあ、俺も自分のことは言えないけど……
「へ……宗方会長はもう帰られるんですか?」
五条さんが転生組に今日のことを通達してくれたけど、慣れるまでもう少し掛かると思いますとの連絡がきてたが……うん、「い」が無くなってる、自分の周りで彼は意外と順応力に長けてるかもしれない。
「そうなんだけど、敬語はやめてくれると有り難い、同級生なんだし」
「そう言われましても……わかりました、善処します」
「うん、知ってるよ。それしないやつだからね」そう言葉をかけると、彼は静かに視線を逸らし乾いた笑い声を絞り出した。
「まあ、下校時間だ、鍵閉めて帰ろう。五条さんも待ってるんだろ?」
彼と五条さんは幼馴染みで、仲がいい事を知っている。これは安戸からの情報ね、これがリア充ってやつか……爆発しないかな?
「凛なら、氷見野さん達と先に帰りましたよ。我々も親睦を深めるために一緒に帰りませんか?」
思考を遮るように声を掛けられるが、名前呼び……親睦を深めるとか、自分では中々言い出せない台詞だ。本当に爆発しないかな?
まあ、冗談はさておき。彼らとの間にある壁を取っ払う為にも、親睦を深めるのは尤もな事だ。
「じゃあ、帰りますか」そう言葉を返し施錠した後、職員室に鍵を返却して二人は校舎を出たのだが、校門へ向かう途中に部活棟を通り過ぎようとした時、数人の生徒が言い争いをしているのが目に入ってくる。
以前の自分なら気にぜず帰宅する所だが「なんかあったのか?」と、思わず零してしまう。そして、視線を横に向けると、表情を曇らせながら神納木は「……またか」と呟いていた。
「えっと、神納木は彼らの事知ってるのか?」
「はい、一人を除いた他は剣道部員でして……宗方会長、出来れば苗字ではなく名前でお願いします」
「え? ああ、って! 今それどころじゃないだろ?」
「それもそうですね、取り敢えず仲裁してきます」そう言うと、彼らに向かって走って行く。
その背中が頼もしく「彼らの事を知らない俺がいってもな」と頭をよぎるが、立場上ここでぼ〜っとしてる訳にもいかないか、そう結論付け神納……あっと、悠馬のあとを追いかけた。
近づくにつれ、問題を起こしたであろう生徒が見えてくる。茶髪で端正な顔立ち、部員を倒すだけあって身体つきはがっしりとしていて、身長は俺より少し高いくらい。口論の最中において、今なお竹刀を小刻みに動かしているところ見ると、かなりの戦闘狂だと思う。
「お前らいい加減にしとけ、最終下校の鐘はなってるぞ」
「だって神納木先輩!」そう抗議の声が上がるが、悠馬は掌を向けて遮り、茶髪の生徒に視線を向け問いかけた。
「……堤これ以上はお袋さんに連絡することになるが、いいのか?」
堤と呼ばれた茶髪の生徒は、舌打ちと共に竹刀を放り投げ、渋々と踵を返しこの場を去っていった。
「さてと、どうしてこうなったんだ?」そう部員達に問いかけると、試合を受けた生徒が未だ怒りが治まらない様子で、少々興奮状態で説明し始めた。
数時間前、ふいに剣道部員達は「なぁ、剣道と剣術どっちが強いと思う?」そう問いかけられ、最初は相手にしていなかったが、道場での度重なる無礼な態度に我慢出来ず、試合を受け手酷くやられてしまう。
それが原因で今の状態が出来上がったという事らしいが、試合を受けてしまった以上はしょうがないと思うところだ。幸い防具の上からだった事もあり、大した怪我を負うことがなかったのが救いだな。
「お前ら、そう簡単に試合を受けるんじゃない! 新人戦も近いんだろ、怪我したらどうするんだ?」
堤を糾弾していた部員達は、その言葉に口を閉ざす。その様子をみた悠馬は「今頃気がついたのか」少々、呆れていたが、視線を凌二にむけると口を切った。
「宗方会長、今回は双方へ厳重注意と言う事でよろしいですか?」
「まあ、その辺が妥当なところかな。今後、気を付けてくれれば有り難いんだけど……うん、下校時間だし今日は解散。遅くならないようにしてくれよ」
じゃないと、先生から帰られないんですけど〜ってクレーム入って、雑用という強制労働が発生するかもしれないからな!
「すみませんでした、以後気をつけます!」そう言い一礼をして、部員達はその場を後にし部室に戻っていき、その後ろ姿を横目にしながら、二人も帰路につく。
校門を出て暫く空気が重いと感じていたが、並木通りに差し掛かると悠馬が表情を曇らせながら口を開いた。
「宗方会長、先ほどの堤という生徒のことですが……どう思われましたか?」
「うん? 茶髪のやつか、そうだな戦闘狂ってところかな?」
思わぬ返答でツボに入ったのか、曇った表情を吹き飛ばすように笑い声をあげる。
「ああ、す、すいません。確かに、それは昔から変わっていませんね」
「うん? 昔からって言うと、知り合いなのか?」
「はい、小学校からの腐れ縁です……ですが、問題行動を起こす様な奴じゃ無かったんですよ」
ヘェ〜と言葉を返すが、実際問題を起こしてるからな、にわかには信じられん所だ。まあ、自分も人のことは言えないし、他人の事情に土足で上がり込む様なことはしたくないんだが。
「実は半年前に……彼奴の兄さんが亡くなったらしく、両親も離婚したみたいでして、そこから荒れ始めた感じです」
同情はするが、問題を起こしてもいい理由にならない。以前の自分なら、彼の様に荒れることは無いだろうが、今は何とも言えない。
「そうなのか」と答えるが、言葉が後に続かない。それは悠馬も同様で、並木通りを抜けて分かれ道に差し掛かるまで、お互いに沈黙を保ち続けた。
「宗方会長、自分は此処で失礼します」
「ああ、また明日」
そう返して帰路に着く凌二の背中を見送り、姿が見えなくなる頃にポケットのスマホが震え出す。ディスプレイに映し出された五条 凛の文字。
「はい、もしもし悠馬だけど」
「お疲れ様、今どの辺なの?」
「今並木通り抜けた所かな、そっちは?」
「もう自分の部屋だよ。家もそうだけど、氷見野さん達も門限きびしいもん」
門限に対して不満がある事はわかったけど、なんだろな言い方可愛いな。そう思い若干顔の熱が上がった所で「で、陛下の様子はどうだったの?」と問いかけられる。
「今のところは問題ないかな。多分だけど、タスクから一本とる事を考えてるから、他の事に気を回す余裕が無いんじゃないか?」
「そっか〜 なら良いんだけど」
「たださ……」躊躇いながらも言葉を続けようとする悠馬に「うん?」と背中を押す様に言葉を返す。
「凛も知ってるだろ、アレは突然襲いかかってくる。しかも、容赦無くな」
スマホ越しにギュっと何かを強く握りしめる音が聞こえるが、彼女もそれについて沈黙をもって肯定する。
「言い方は悪いかもしれないけど、陛下はこちら側がベースだと思う。だからこそ心配なんだよ……そんでもってこの件に関しては、氷見野さん達に頼る事はない……じゃあ、明日な」
「うん、また明日……」そう告げられ、静かに通話を切りポケットに仕舞い込み、顔を上げると冷たい風が頬を撫でる。
徐に夕焼け空を見上げると、薄らと浮かぶ月に「陛下、信じてますよ」と囁いた。
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凌二は家に着き「ただいま〜」と一声かけ、二階の自室へ行き荷物をベットに放り投げ、動きやすい服に着替え終わる頃に一階から「おかえり〜凌二、ご飯できてるわよ」と声が掛かる。
自分としては、出来ればジョギングから帰ってから食事の方がいいんだけど……悠馬から堤の話を聞いてしまっただけに、後で食べるとは言いにくい。
「わかった〜 今行くよ」そう答えながら、階段を降りてダイニングに向かうと、エプロン姿の母さんがご飯をよそいながら、食事中は新聞を読むのをやめる様にと、父さんに小言をいっている所だった。
「ただいま、父さん。今日は早かったんだね」
そう言葉を掛けると、母さんに怒られっている所を見られてしまったと言わんばかりに、苦笑いを浮かべながら新聞をたたみ始める。
「よっ、よう凌二、おかえり。お前の方は少し遅かったみたいだな」
「ちょっと問題があってね、時間を取られただけだよ」
「そうか、ならしょうがないな」と、あっさりした答えを返し、内容を追求してこない所は興味がないだけなのか、はたまた懐の深さからだろうか?
そう疑問を浮かべたところで、母さんの教えてよ〜コールを「子供も色々あるんだよ、話してくれるまで待ってやるのも優しさだろ」と押さえつつ、「まあ、自分でどうにもならん時は頼りになるかわからんが、ちゃんと言えよ」と、有り難い言葉をくれた。
後者の方だったみたいだな、そう思い感謝の言葉を返すと、照れ臭そうに「おっおう、かっ母さんご飯にしよう」と、赤らめた顔を誤魔化す様に食事を始めた。
そして、食事中にふと堤の「なぁ、剣道と剣術どっちが強いと思う?」って言葉を思い出し、父さんに聞いてみた所。
「ん? 何事もやり方次第だと思う。と言う訳で、答えとしては「わからない」ってとこだな」
ドヤ顔しながら発した言葉なんだが、何となくだけど、この場合は興味がない感じなんだろうな。それに乾いた笑い声で返すと食事をすませ、少し時間を置いて日課のジョギングをする為に家を出た。
人気のない歩道を暫く走ると、今朝の公園が見えてくる。
「朝と違って人を避けることがない分、思ったよりも早く着きそうだな」
そう思いながら歩道を駆けぬけ、公園の門を潜ると、時計に備えつけられたシンプルなライトが遊具やベンチを照らしており。古い社に至っては、時折道路を走る車のライトが当たらなければ姿を見せないと、静寂を絵に描いたような世界があった。
「体力的には余裕があるけど、取り敢えず一休みするか」と、ベンチに向かう途中にこつりと足に感触が伝わり、視線を落とすと木の枝が転がっていた。
「踏んづけて転んでたら、怪我するとこだったな」そう呟き木の枝を拾い上げると、向こうで使った木剣の事を思い出し、試合を反芻しながら素振りを始める。
あの時はこうだった、この場合はこうした方が良かったかもと、ファムファーレンの戦と試合の経験をかき集め一心不乱に木の枝を振り続けるが、剣術の知識がない凌二は正解にたどり着く事なく疲れ果ててしまう。木剣として振るわれていた木の枝を身体を支える杖へと役割をかえると、凌二はベンチに向かい始めた。
「ほっほっほっ もうチャンバラはしまいかの〜」
人影は無いと思っていた凌二は、心臓を跳ね上げゆっくりと声の主に視線を向ける。
その少し掠れた男性の声は社の方から発せられ、車の通りが無かった為気が付かなかったようで、視界に入ってきたのは長い白髪を後ろに束ね、身長は自分より少し低い程度で、着物を着た少し腰が曲がった老人だった。




