雛鳥
客足が無い店内は、木の香りと芳ばしい珈琲の香りが漂い。その中を息を整えながら歩む凌二に、ガルドは微笑みを浮かべながら椅子を引き席へと誘った。
凌二は「有難うございます」と、お礼を言いながら椅子に腰を下ろすと、姿勢を正し改めて遅れた事を謝った。その王らしからぬ振る舞いに、四人は思わず微笑みを浮かべてしまう。
ガルドは一つ咳を落とすと「話の前に取り敢えず、珈琲を入れてくるかの」そう言いながら席を立ち、カウンターに視線を向ける。すると、何やらコソコソと此方を窺う紬がおり、目があった途端に、猫の様に素早くカウンターに身を隠した。
カウンターの裏で、床にへたり込む紬は頭を抱え。
「どうしよう、いざ姿を見せようとしたら緊張してきた。そもそもだけど、刀が人化しても意味がないんじゃない? 戦闘に関しては無用な能力だと、少なくとも私はそう思う……」
そっか、名を貰って……ただ、浮かれていただけなんだ。
そう結論付けると次第に冷静になり、気が付けば頭を抱えていた手は服を強く握りしめていた。
「何やってるんだか……」自分を笑う様に呟くと、「そうだな、らしくない……いやむしろ、らしいかの?」と、横から掛けられた言葉に驚かされ、視線を向けると珈琲を淹れているガルドの姿があった。
「儂が入った事に気付かんとはの。何について悩んでいるのか見当つかんが、国民は陛下と共にあればそれで充分、お前さんは違うのかの?」
紬はため息をつきながら「それって、充分わかってて仰ってますよね」と言葉を返し、ガルドはニヤリと含みのある笑みで答えた。
「陛下は走ってきた様だし、アイス珈琲を出そうと思ってるが、冷えるまでちょっと時間が掛かるの〜」
「あ〜はい、はい、お気遣い有難うございます。魔法で冷やさない所に拘りを感じますが、いい感じになったら持っていきますので、とっとと席に戻りやがって下さい」
そう言いながらシッシと追い出す様に手を振るが、先程の深刻な表情はなくなっていた。そして、口調が可笑しかったのか、笑いを堪えながら席へと戻るその背中に向け、複雑な心情ながら「有難う」と呟いた。
ガルドは席につくと、ファムファーレン王の訪問での事を話した。そして、凌二はダリスダキアの招待について思考を巡らせる。
戦時中ではない国に訪れるのは、国外の事を知る良い機会だと思う。ガルドさん達が言っていた時期的な事もあるけど、「王として、個人として?」ってのが脳裏を過ぎる。取り繕われた姿がみたい訳じゃなく、あるべき姿をみたいと思ってるけど……
思考に耽る凌二を横目に、ヨシュアはガルドに「あの、これって少々不味くないですかね?」と、小声で話し掛ける。
「ああ、そうだの」そう返事をすると「どう言う事だ?」と、ダナが割って入ってきた。
「陛下の性格上、真摯に招待に受けそうだと言う事だの。つまりは、影武者を作る時間がないの」
「そいつはヤバいな、どうにかなんねえか?」ダナが冷や汗をかきつつ呟くと「陛下の命に背く事は出来ませんが……」と、タスクも会話に割って入ってくるが「正式な形で招待されたんだよな」凌二の言葉に室内は静寂に包まれた。
「なら……」と、更に言葉を続けようとした時。「アイス珈琲をお持ちしました」そう声を掛けられ、凌二は礼を言おうと視線を向けた瞬間、呆気に取られる。
「あ……あれ? 紬だよね? どうして此処に?」戸惑い、疑問が次々と溢れ出る凌二に対し。紬は笑顔で答えるが、少々申し訳ない思いが滲んでいた。そして、今までの経緯を説明し始め、終わる頃には「紬はこの世界はどう感じる?」と、問い掛けられる。
主人もあの世界を知る、ならば誤魔化しは効かない。ならば……「似て非なるもの、全てが輝いて見えます」刀の存在として失望される恐怖を胸に、嘘偽りなく答え「そうか」と、短い返事に不安を感じる。
凌二は決意を胸にし、世界に色が戻ったあの時を思い起こす。つい最近の事だが、今では遠い昔の事の様に思えてしまう。全くお互い似たもの同士だな、そう思うと笑みが零れ出した。
「俺もそう思うよ、紬にもこの世界に触れて欲しい」そう告げると、紬は顔を赤らめオロオロし始め、突然腕をブンブンと振り出した。
「そ、そ、そう言ってもらえると嬉しいのですが、おっ王刀としてどうなのかと思ったり、しなかったりと色々複雑なのですが!」
「大丈夫だ、俺も頑張るからさ」そう告げると、紬は更に顔を赤ると「そう言えば、掃除道具を片付け忘れてました!」と声を張り、逃げる様に二階に走り去っていく。
その背中を見送り、視線をガルド達に向けると「さて、紬については聞いた通りですが、俺は個人的に外の国を知りたいと思ってます」と、自分の考えを口にする。
「それは直ぐにでもと、言う事ですかの?」不安を滲ませながらガルドは問い掛け「出来ればそう思っています」そう返されると、四人は不安を濃く感じ表情を渋いものに変えるが、凌二は尚も続ける。
「思っていますが、今の自分は力も知識もない。どこに行くにせよ、道中無事に過ごせるとは思っていません。出来る事、出来ない事を把握したいと思ってます」
その言葉を受け「グッジョブ紬 (さん)!!!」と、四人は満面の笑みを浮かべ心で叫び、テーブルの下でガッツポーズをした。
「個人的にですか……では会議はこの辺りにして、個人的に若者の相談に乗りましょうか」ニヤリと笑みを浮かべ、ヨシュアはガルド達に目配せをしながら答え尚も続けた。
「まずは知識についてですが、政よりもモンスターの危険性及び弱点と倒し方。スキルや魔法の事もありますが、先ずは自身を守れる様になれば及第点と言う所ですね」
「そうだの北の山岳地帯、南側は例外とするが。幸いな事に我が国を中心に、ファムファーレンからフィリシアードまで、道中は強力なモンスターはおらんがの」
「まあ、街道を守る冒険者もいるし、馬車に護衛も付ければ問題もほとんどないしな」
ダナの言葉を聞くと案外大丈夫そうだなと思い「なら、直ぐにでも大丈夫そうだな」と、凌二は言葉を零すが、それを聴き逃さなかったタスクは諌める様に口を切った。
「いえ、常時お守りできるとは限りません。ですので自身を守れる、と言うのは最低条件だと思います」
そうタスクに言われ返す言葉が見つからない。が、では具体的にどの程度技量があれば良いのか? と言う疑問が生まれ、王刀を持った自分を指されればお手上げだ。
ヨシュアは凌二の思考を遮る様に「そうですね、タスクと手合わせして一本取れれば良しとしましょうか」そう言葉を掛け、思わず凌二はタスクに視線を向けた。
相手は姿形は中学一年生程度、そして此方は高校二年生と体付きは勝っていると思う。そう無理な話じゃ無いかと、楽観視している凌二を他所に、ヨシュアとタスクはアイコンタクトを取る。
「影武者の選出に、時間が欲しいのはわかりますね?」
「はい、理解しているつもりです父上」とコクリと肯く。
「よろしい、では全力で迎え撃って下さい。行く行くは陛下の為になりますので、情け容赦なくやっちゃって下さい。あっ、くれぐれも怪我をさせない様にですが、出来ますか?」
そう思惑を伝えると、タスクは親指を立てながら「もちろんです、父上!」と、そう返した。
そのやり取りを見届けたガルドは「じゃあ、手合わせは裏庭でするかの」そう言うと、紙に「紬へ、店番を頼むの」と書き置きすると皆と裏庭に向かった。
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と、言う事だ。ガルドは紬に一連の説明をし終わり、「では、私達は帰りますね」と、颯爽と白衣をはためかせヨシュアは踵を返し、タスクはその後を追いかけ帰っていった。そして「例の件で発注が来たみたいだから、後は任せたぞ」と、ダナもこの場を去っていく。
視線を大地に横たわる凌二に向け「立てるかの?」そう問い掛けると、疲れ果てた様子で「ちょっと無理そうなんで、もう少しこのまま寝てます」と、苦笑いを浮かべそう返される。
微笑みながら「そうかの」と、言葉を掛け辺りを見回す。辺りは橙色に包まれており。凌二の視線を追い空を見ると、紺色とのグラデーションが描かれ、星々も姿を見せ始めている。
巣立つまで雛鳥を守るのは、親鳥の役目。願わくは、このまま平穏が続く事をって所だの。そうガルドは星々に語りかけた。




