未来への不安
お昼のピークを過ぎ、たらふく亭の客が疎らになると、長閑な時間が訪れ。紬は暇を持て余し、眠気を感じ船を漕ぎ出そうとしていた……
不意にカン! カカン! と、辺りに木を打ち付ける音が響き渡り。眠気を消し去る好奇心に導かれるよう、たらふく亭の裏庭へと足を運んでみる。視界に入って来たのは凌二とタスク、どうやら剣術の試合をしているようだ。そして、審判をしているのだろうか、ヨシュアとガルドが真剣な眼差しで見守っている。
その瞬間にガキン! と、鈍く大きな音が響き、木剣が手から離れカランと地に落ちた。そして、木剣を恨めしそうに眺めながら、大の字に寝転がると凌二は口を開く。
「だ〜! 参りました〜!」汗だくになりながらも懸命に闘った姿を微笑ましく見つめながら、ヨシュアは勝者の名を告げる。
「勝負あり、勝者タスク!」それを受け、「有難うございました、陛下」と、タスクも健闘を讃え一礼をする。
「タスクも随分と体に慣れてきたようですが、剣技の全てが使える訳ではないですから、油断しないようにお願いしますよ」
「だの。しかし、凌二はまだまだと言うしかないの、せめて一本くらいタスクから取らんとの〜」
「失礼ながら、父上達の言う通りと言わざる終えません陛下。と、言う事で」
「「「今回の提案は却下です」」」
微笑みながら放った三人の言葉に、ぐうの音も出ない凌二は「自分ってこんなに弱かったんだなぁ……ちくしょ〜」と、嘆く様に呟いた。
話が見えていない紬はヨシュア達に視線を向けると、凌二を他所に事の発端をガルドが説明を始める。
「そうだの、事の始まりは向うの世界でらしいがの〜」
「宗方君こっちだよ。そうそう、ここにおいて頂戴ね〜」と、指示された場所にブリントの山を溜息をつきながら置く、多分ここが氷見野先生の机なのだろう。
ようやく雑用から解放され、背筋を伸ばして辺りを見回すと他の教員は部活の顧問で忙しいのか見当たらなく、ここから見える校庭は既に橙色に染め上げられていた。
ファムファーレン王との話し合い等々、ガルドさん達に任せっきりになってるから早いとこ向こうに行かないと……
挨拶をそこそこに済ませ踵を返し、生徒会室の転移門へと向かおうとするが先生の声に止められる。
「まあまあ、若者よ。そう慌てなくても良いでわないか〜」
声と共に両肩を掴まれ、くるりと体を反転させられると、隣の机の椅子に向け背中を押され始める。どうやら、解放されるにはまだ時間が掛かるらしい。少々苛立ちを覚えるが、溜息と共に観念すると椅子に腰を降ろす。
俺が椅子に座るのを確認すると、うんうんと頷きながら先生も自分の椅子に座り、机の下の引き出しを開けると二つ缶を取り出して「有難うね、これはお礼だよ」そう言うと、見た事もない銘柄の珈琲を渡された。
「いや〜、この前安売りしてたんだけど、ちょっと口に合わなくてね。消費するのを手伝って欲しいのもあるんだ〜」先生はそう言うと笑みを浮かべ、首を傾げながら両手を合わせてくる。
苦笑いを浮かべ、飲み口を開け珈琲を口に含む。
うん、少々水で薄まった味で、価格には見合った物なのだろうが。先生の言う通りガルドさんの淹れた物と比べ、天と地の差がある。そう感じてしまうと、早く向こうに行きたくなってきた。
眉間に皺を寄せた俺を見ると、先生も感想は大体同じだった様で「そうなるよね〜」と頷く。そして、暫く間が開いた後に辺りを見渡し、誰もいない事を確認すると態とらしく咳払いをすると口を切った。
「ちょっと遅れたけど、生徒会長就任おめでとう。後、向こうの事も上手くいったようで何よりだよ……おかえりなさい宗方君」
「有難うございます。何とかなったって感じですが、皆のおかげですがね」掛けられた思わぬ言葉に照れてしまい、頭を掻きながら答える。
「もし良かったら、どんな事があったのか教えてくれるかな。話したく無かったら無理にとは言わないけど……」
「えっと、氷見野さんから聞いていないんですか?」
「そうだね、聞けば話してくれると思うけど……あの子は全ては話してくれないと思う。私にこれ以上、迷惑を掛けたくないって思ってるみたいでね」
視線を夕陽に向け悲しみと、もどかしさが伝わる表情へと変えながら「私も心配してるってのにね」と、か細い声で呟く。
その言葉は胸に深く突き刺さる、俺もアーデルも皆んなの為に誓約を成そうとした。だけど、皆はそれを望んでおらず。それどころか、共に歩めるのであれば滅んでも構わないと思っていた。
俺達は、王として民のことを何も知らず……いや、知ろうともせず自分の意見を通そうとしたんだ。結局のところ傲慢で無責任、責務を放棄した醜態をさらしていたと言っていい。
先生と氷見野さんの問題は、それと何ら変わらない。世界が違っても人の持つ悩みってのは、規模が違えど同じものなんだなぁ、そう考えてしまう。そうなれば、俺の取る行動は決まっている。
「わかりました。ですが、俺からの視点になりますが良いですか?」
「! 有難う宗方君、おまけに珈琲をもう一本あげるよ!」
「いや、いりませんからね」そう即答すると、「手伝ってくれても良いじゃん〜」と言う叫びを無視しながら、俺は今までの事を話し始め、終わる頃には最終下校の鐘が鳴り響いていた。
「そっか、そんな事があったんだね」腕を組み、少し険しい表情を浮かべ呟き、顎に手を寄せると思考に耽る。
あちらの世界に関しては、麗月からある程度は聞いていたけど。やはり、想像以上に此方とは違い、厳しい世界のようね。私の事を思ってか情報を意図的に伏せていた事もあったし、まだ隠してる事がありそうなんだけど……
思考を遮るように「あの、先生……一応これで全てですが」と、声を掛けられると現実に呼び戻される。
「あっ、うん、有難うね。でっ、これからどうするつもりなのかな?」
「ええと。戦火を少なくするって事に変わりはありません、こっちの世界みたいに平和な世界にしたいです」
凌二の言葉を受けると、少し床に視線を移し「平和ね……」そう呟く。
戦争が発生していない状況を平和とするのなら、私達が住んでいる国の状態は正しくそうだろう。だが、それは強大な兵器を持つ国々の絶妙なバランスの上に成り立っているのではないか? そして、人の「幸せ」を持って言うのであれば、犯罪や他国での紛争など起きている今はどうであろうかと思ってしまう。多分だが、彼は後者の方を選ぶのだろう。その平和に依存している私達とは比べ物にならない、苦難が待ち受けていると思うと不憫に思えてくる。
「それと、こっちの世界もそうですけど。知らない事が多いので、国を巡り色んな事を知りたいと思ってます」と、思考を遮るように言葉を掛けられる。我にかえり「今、私に出来ることはアドバイスしかないか、情けない大人だね」と心で呟き、平静を装いながら言葉を返す。
「なるほどね。世界を知って同盟国を増やして戦火を少なくするか……良い考えだと思うけどね。だけど、その同盟が大きくなればなるほど、戦火の数は減っても規模は大きくなるかも知れないよ」
規模が大きくなると、その一言に唾を飲む。だけど、今の俺に思い浮かぶ案はこれしか無い。「それに」と、容赦なく先生は言葉を続ける。
「世界を知る為に、国を巡るって言ってたけどね。それは王として? 宗方 凌二個人として?」
動揺していた俺は「は?」と間の抜けた返事を返すだけで精一杯だった。先生は両方の掌を天井に向け呆れた顔をすると、畳み掛けるように言葉を掛ける。
「王として行くとなれば、多くの従者を率いて国を訪れる事になり、相手国に緊張と圧迫感を与えるかも知れない。そうなれば、本当に知りたい事を知る事は難しいかもね。で、個人として行く分にはこう言った事に気を使う必要はないんだけど、王と言う身分を隠さないといけない。それは王刀に頼る事が出来ないって事、モンスターが闊歩する道中で君は大丈夫なのかな?」
俺は言葉を返す事が出来なかった。ファムファーレンの戦の後に朧げながら考えた事だが、王刀が無ければ今までと変わらず弱いままだ。護衛もつけずに旅をするのは、自殺行為だと納得してしまう。
「まあ、これは私の意見。向こうの事は向うの人達と相談して、よく考えなさい。時間を割いてくれて有難う、もう帰っても良いわよ」
そう言われ俺は、椅子から腰を上げると少々俯き加減で扉に歩き出すが、その背中に再び声がかけられる。
「麗月は勿論のこと、貴方達も大事な教え子なんだからね。また「おかえり」って言わせてよ」
窓から差し込む夕陽により表情はわからなかったが、暖かさを感じさせる言葉に笑顔で答えると俺はゲートに向かった。




