魔法医
「トンテン!カンテン! トンテン!カンテン!」
木を打ちつける乾いた音が響いてくる、まるで音楽を奏でている様にリズミカルに繰り返される。
ここフルクランダム中央にある古城前の広場では、祭の準備が行われている。
多くの職人による櫓の製作が行われ、広場には木と差し入れの香りが漂い人の活気もあってか、祭りが始まっているかのような賑わいだ。
「祭まで3日しかないぞ、気合い入れろ野郎ども!」
「お〜! 親方任せてください!」
「俺たちに出来ないことは無いですぜ親方!」
親方が檄を飛ばす、それに答える弟子の職人達。観光客もこの祭のために何日も前に訪れている者もいる為、手を抜く事は出来ない。
「お前ら生意気な事言いやがって、10年早いんだよ……」
弟子の成長に感動しつつも、それを見せずに釘を刺そうとしたその時。
ゴキッ!! と鈍い音が辺りに響く。
「誰だ? 大事な木材折った奴は……」
職人達はその言葉を聞いて青くなる、親方は材料や道具の扱いにはとんでもなく厳しい事を知っているからだ。
しかし、職人達も育てて貰った手前そんな事は絶対にしないのだが。と、その中の1人が口を開く。
「親方の方から音がしたんですけど……」
「あああっ! 儂が踏んじまったってか、うんな訳あるまいよ」
親方は怒りを抑えつつも、足元をみるが何も無い。もしかして後ろにあって、気が付かないで踏んじまったのかと後ろを振り向くと。
「イッッッテーー! 何じゃこの痛みは! 折れたのは儂の腰かーーーーい!」
職人達はあまりの間の抜け様にひっくり返ってしまった。実際に腰が折れてはいないのだが、腰の痛みはそう錯覚させる程のものだったのだろう。
「おっ親方……大……丈夫です……かい?」
職人が笑いをこらえながら気遣ってくるが、顔を真っ赤にした親方は痛みと羞恥心を抑えて言葉を返す。
「あっ……後は任せた……儂は医者に行って……来る」
近くにあった木材を杖代わりにして、この場から逃げ出す様に医者に向かった。
人がざわめき、食堂や屋台の香ばしい匂いが漂う賑やかな大通りを抜ける。目の前には中心地の古城が見え、その前の広場を通り抜けるとガルドの店に着く。
日も少し傾いており、仕込みの時間と診療所の開業時間も考えているのか、持ち前の腕力で荷物を手早く降ろし始める。
「アドレア、もういいぞ行ってくれ。頼んだの」
「わかりました、では行ってきます。あっそうそう帰りに何か買ってくるものとか……」
「気遣いはありがたいが、早う行ってこいっての」
顎で出発を促すガルド、肩を少し竦めアルドは馬車を走らせ始め診療所に向かう。
店から少し離れ、街の中心から外れた場所に馬車を止める。あたりは橙色に染まりつつあり、人影はあまりなく建物は少し古ぼけた建物が立ち並んでいる。
目の前には周りの建物より一層年季の入った二階建ての木造の建物があり、架けられている看板には魔法医診療所との文字が書かれている。
アドレアは馬車を降り、慣れた足取りでドアまで辿り着くとノックをして入室する。
室内は外見と同様に古さを感じさせる造り、どうやらここは待合室の様だ。
木製の長椅子が数脚あるのを見ると患者さんも多そうで、腕の良さが伺えるが時間的な事もあって人影は見えない。
奥の方は少し青みがかった布で遮られており、その先から話し声が聞こえてくる。
どうやら診察中の様だ、そう思った瞬間暖かな光が周りを包む。室内を包み込んだ光が徐々に消えていくと布が左右に開かれた。
そこには背が低く丸太の様な腕、もじゃもじゃの髭は顔半分を占め樽を想像させる人物が居た。
「祭だからって無理しちゃ駄目ですよダナさん、いくらドワーフ族が頑丈だからって怪我したら元も子もないですよ」
と、ダナと呼ばれた男の後ろから少し低めで静かな声色で声をかけられる。
そこには背が高くスラリとした身に白衣を纏い、銀髪に整った顔立ちに眼鏡をかけており役者と言っても通用しそうな人間の男が居た。
「はは、すまんの先生。準備に気合い入れすぎたわ」
苦笑いしながら帰ろとするダナは、待合室のアドレアに気付くと小走りに近づいた。
「あ〜アドレアじゃねえか! 久しぶりだな元気にしてたかお前!」
「お久しぶりですダナさん、相変わらず無駄に元気ですね〜」
「おいおい、そんなに褒めても……」
「褒めてませんが」
「……だよなぁ」
少しへこみ気味のダナを見て、皮肉が効き過ぎたのか少々罪悪感を覚えフォローを入れる。
「まあ、里帰りも兼ねてますが。ここの祭りは特別ですからね」
「おお! 嬉しいねえ〜そう言ってもらえると、こっちも頑張り甲斐があるってもんよ!」
「こほんっ……ダナさん、さっき言ったことは覚えてますよね……」
ダナの背後からわざとらしく咳払いをし、少し引きつった表情で声をかける。
「あ……イヤイヤわかってるって先生、無理はしないぜ本当だぜ。てな訳でまたなアドレア〜」
そそくさと帰っていくダナを見て、釘をさせた事に納得し先生と呼ばれた男はアドレアに視線を移す。
「お久しぶりですねアドレアさん。今日はどうされたんです?」
「お久しぶりです、ヨシュア先生。診療所の前に止めている馬車に診て貰いたい方がいまして」
わかりましたと頷き、白衣を靡かせて颯爽と馬車に向かうヨシュア。
アドレアに案内され荷台に着くと、横になっている少年に右手を翳し静かに呪文を唱える。
「浮 遊」
唱えた瞬間、少年の体が宙に浮き始める。一定の高さまでくるとヨシュアはゆっくりと右手を横に動かす、その動きに合わせて宙に浮いた身体は高さを維持し、水平移動を始め診察室に運ばれた。
その魔力を感じたのか、荷台の奥から目を擦りながら出てくる人狼の子。
「はうあ〜もう着いたの〜」
「ええ、着きましたがヨシュアさんの診療所に来ていますよ。少々お付き合いして下さいね」
人狼の子は寝ぼけながらも、荷台から降りて診療所に向かって歩き出す。アドレアもそれに合わせる。
中に入ると既にベットに寝かされており、診察が行われていた。ふむふむと頷きながら右手を動かしていた、診察のためにスキャンの魔法を使っているのだろう。
「どうですかヨシュア先生……」
「そうですねえ、外も内も特には問題はないですね」
安堵の息をもらしたアドレアを余所に言葉を続ける。
「この方人間ですよね?……ルーンが見当たらないのですが」
アドレアはきょとんとした顔でヨシュアを見る。
「えっとルーンですか? 人間は生まれた時から持っているんじゃないんですか?」
エルフであるアドレアは知らなかった。人間はエルフやその他種族と違いマナに対する耐性が低い、濃いマナに当たったり耐性が低いと体調を崩してしまう。
そのためルーンによりマナを吸収して中和し、こういった症状を防ぐ。それと同時に魔力や気力に変換し得る、これは他種族に対抗する手段でもある。
「となると、珍しい症状ですがマナ中毒でしょうねこれは」
診断を終わらしたヨシュアは薬品が並ぶ棚に向かい、瓶を数個取り出すと調合を始めた。
「深刻な感じですか……」
「これは洗礼を受けて貰えば、風邪より治療は簡単で直ぐに治りますよ」
安堵の息を盛大にもらすアドレア、ヨシュアは聖水と儀式用の台座と七色の粉を持って戻って来た。
ベットの枕元に台座を置き火をつけ儀式を始める。寝ている彼の額と両腕の甲に聖水と粉を付けると、祈りの言葉と呪文を唱え台座の火を消す。
「はい洗礼終わり、これで大丈夫ですよ。ほら」
促される様に彼の右腕の甲に視線を向けると、菱形のルーンが薄っすらと浮かび上がる。そして、ベット横たわる彼は静かに目を覚ました。
にじむ景色が次第にはっきりと映し出され、見知らぬ場所だとわかり状況判断のため上半身を起こす。
日に何度もこんな目にあっていれば、やっぱり夢だったんだよきっと! と思って確認のために視線を動かすと。
「あっどうも、具合の方はいかがですか?」
うん、アウト。突っ込みどころ満載だが、認めるしか精神の安定を得る方法が見当たらない。
マジか異世界なんて本当にあったのか、まったくこの先どうすんだよ……。
「あの? もしもし聞こえてますか? もしもし〜」
「ええ…ちゃんと聞こえてますとも、はっきりとね……」
先の不安に頭を抱える俺を余所に、目の前で手を振りながら語りかけるアドレアを睨む様に言葉を返す。
いや、感謝は一応してるけども。もう少し落ち着く時間を俺にくれ、いや本当にもう懇願するレベルで。
「ふむ、言葉は通じる見たいですね、それは助かります。魔法医のヨシュアです具合の方はどうでしょうか?」
未だ手を振り続けるアドレアの対面から声がかけられる。どうやら医者の様だが、何この世界イケメンしかいないの?
「あっと、前よりか楽になった気がしますが。まだちょっと怠さが残ってますかね?」
「それは良かった。えっと失礼ですがルーンについてはご存知ですか?」
「ルーンですか?……いえ、知らないです」
ヨシュアは少し俯き一考し、先ほどアドレアにした話と症状について俺に説明をしてくれた。
右腕の甲に浮かんで来たルーンの色が、次第にはっきりとしてくるにつれ身体の怠さが引いていく。マナが吸収され中和された効果がはっきりと感じる事が出来る。
「おお、ルーンってすごいですね! 身体が楽になって来ました」
思わず驚きの声を上げてしまった。ちょっと恥ずかしかったが、さっきの話だとこれで俺も魔法が使える様になるのか? ついヨシュアの顔を見てしまった。
俺の視線に気づいたヨシュアは、抱いた疑問を察したのか少し苦笑いをしながら言葉を口に出す。
「残念ながらこのルーンでは魔法は使えませんよ」
と、淡い希望をさらりと打ち砕きさらに続ける、やめて俺のH Pはもうミリよ!
「貴方が得たルーンは原点で、そこから成長し枝をつけ力を得る物なんです。資質や学ぶ事によっても人それぞれ違って来ますが、似たものは有っても同じものは無いものなんです」
ヨシュアは腕を捲り両腕のルーンを見せる。そこには幾つもの枝があり、さらに枝分かれし世界樹の木を思わせる。
それらは仄かに光を帯びておりマナを吸収し魔力を溜めていた。
「はあ、今の所はただの痣ってことか……」
「ですね、ただの痣にするかしないかは貴方次第ですよ」
落胆した俺を笑う様に言い放つ、あんた俺の先生かっての。
「そうそう、経過も診たいのでお名前宜しいですか?」
「そうでした、俺は宗方 凌二って言います」
「私はエルフのアドレアと申しま……」
「僕はリムイだよ!」
「…吟遊詩人やってます」
アドレアの言葉を遮って元気な子供の少し高く純朴そうな声が響く、視線を下げるとそこには先の人狼がちっちゃくなった感じの子供がいた。
潤んだ瞳はチワワの様で、ふわふわとした毛並みで元気に振られるもふっとした尻尾。
本気で可愛い子犬そのもので、気が付けば顎をさすり顔を埋めようとしていたがなんとか耐えた。
俺をここまでにするなんて恐ろしい子。
「こほんっ 取り敢えず元気になられて良かったということで……」
アドレアは2人に視線を向けアイコンタクトを取ると。
「「「ようこそ! フルクランダムへ!」」」
三人は俺を暖かく迎え入れてくれた、俺は今まで感じたことのない感情に戸惑いつつも感謝した。
3人が帰った後の診療所で思考を巡らすヨシュア。
今日は今までにない経験をした、ルーンのない少年に出会った事である。
ルーンは戦にしても仕事にしても欠かせない物になっている。生まれて直ぐに洗礼を受ける為、持っていない人は皆無と言って間違いない。
昔はルーンを与えられない人がいたが、身分が低い者つまり農奴やそれに類する者。だが、診たところ身体に痣や傷跡などがあった訳でもなくそれとは違う。
そして、目の前にある机の上にある物体。
彼の上着から落ちたものだが、長方形で茶色い容れ物に入った少々重量を感じるガラス張りの箱。
スキャンの呪文を唱え調べて診ても、これが何であるか解らない。
雷系の魔力を感じはするが、此れと言って痺れる訳でもない。
それに彼の、宗方 凌二の風貌。
黒髪で程々の長さ、肌は白く茶色の瞳でそこそこ整った顔で身長は170ぐらい。
大人しそうな印象を受けるが、東方の国では当たり前と言って良いぐらい普通である。
服装に関してみれば、これもまた見た事もない仕立てで判断が付かない。
彼は一体どこから来たのだろう? 考えれば考えるほどわからなくなる。
そして突如響き渡る電子音、止めようとするがヨシュアには止める術を知らない。
「まさか彼は……」
音が止まると淡い期待を持ちながらも、それを否定しつつ彼は寝室に向かい眠りに着く。