タスクの苦悩、エレナの後悔
陽が最も高くなる頃、剣の広場に子供達の輪の中で佇む少年の姿があった。長い黒髪は後ろで纏められ、シャツにベストと一般的な装い。そして、手にはオモチャの剣が握られている。
「それじゃあ! お昼ご飯だから、帰るねタスクくん!」
「ああ、えっと。わかった……」
「また遊んでね! タスクにいちゃん!」
「ああ、そうだな……」子供達が手を振りながら帰って行くのを見届けると、段に腰を下ろし溜息をつき、徐に頭を抱え込むと思考を巡らせる。
確かに見た目は子供なんだが、中身は三百歳の大人……いや、長老と言っていい。凌二陛下に忠誠を誓い、この身が滅ぶまで尽力する。そうなんだが、そうなのだが! 正直な所、子供と同じ目線で戯れるのに、違和感が尋常ではない!
こうなると、学校にも通わされるのでは……
「それは面白そうですね〜」と足音と共に、思考を遮るように声が掛かる。視線を向けるとそこには、包みを持ったヨシュアの姿があった。
「ヨシュア殿、思考を読むのはやめて頂きたいのだが……」
「冗談ですよ、カマをかけただけです。お昼はまだでしたよね?」
微笑みながら包みをひょいと持ち上げ、昼食を摂る様に促すとタスクの隣に腰を下ろす。
「先程、ガルドさんのお店で作って貰ったんですよ」そう言いながら包みを開けると、食欲を唆る香りと共に色とりどりのサンドイッチが姿を現した。その匂いにタスクは、三百年忘れ未だ慣れない空腹感に襲われる。
「良いのか?」そう尋ねると、ヨシュアは珈琲を淹れ手渡しながら「勿論ですよ」と、微笑みながら応えた。
タスクは珈琲を一口含むと、サンドイッチを手に取り口に運ぶ。これまた忘れていた食感と味を思い出すと、感謝の涙が滲み出してくる。中身はどうであれ、その姿は子供そのもので微笑ましい光景であり、ヨシュアから見れば保護対象と思えてしまう。
昨日転生したばかりで、待遇などは決まっていない。それを決めるためにガルドの所に赴いたのだが、アドレアの事ですっかり忘れていた。転生時の態度で裏切る事はないと確信させたが、先程の様子を見る限り違和感に悩まされている。そして、彼の居場所が無い事が問題、これは守り人達の共通意見だった。
「食べながらで良いんで、聞いてくれますか?」ヨシュアはタスクに視線を向けると言葉を切り出す。咀嚼しながらタスクは頷き、それを見届けると真剣な面持ちで言葉を続ける。
「転生した身体の状態、魂の定着経過を診る事が必要です……ですが、これは建前の様なもの」
今、発した言葉を医師としての建前と明言すると、表情を暖かなものに変え本心を語り出す。
「私ももうすぐ三十を迎えます。独身貴族を謳歌するにも、少々飽きが来ましてね。居場所を作る為にも、私と一緒に暮らしませんか?」
口に入れたサンドイッチを珈琲で流し込むと、表情を曇らせタスクは言葉を返す。
「少年の姿はしているが、中身は違う。一人でも大丈夫だと思うが?」
「それもそうですが、色々面倒な事が起きるのでは?」
ヨシュアは意地の悪い笑みを浮かべ答える。先程の状況を見られたのか、そう思ったタスクは意趣返しを企み。意地の悪い笑みを浮かべると言葉を返す。
「迷惑を掛けるし、反抗期に入ったら苦労するぞ?」
「大丈夫ですよ。私は生ある者に、遅れは取りませんからね」
意趣返しをさらりと躱され、見事な反撃をくらうタスク。ヨシュアの技量を知る彼には、その言葉は偽りでは無いと納得させるものがある。
暫くの沈黙が過ぎると、二人は顔を見合わせながら笑い声をあげる。いつも冷静なヨシュアにしてみれば珍しい事、タスクにしても好意を受けるのは、凌二以外では遥か昔の事だった。
「それでは呼び方も、お父さんにした方がいいか?」
「嬉しい限りですが、慣れるまではお好きになさって下さい」珈琲を啜りサンドイッチを平らげ、二人は診療所へ向かい歩き始める。その姿は事情を知らない者が見れば、父親と息子が仲良く家に帰るように見えるだろう。
場所が変わり、フルクランダム北西部に建築された城壁。通用門で騎士の一団が訪れており、掲げる旗はファムファーレンの紋章が刻まれ、その中には王とエレナ達もいた。
戦が終わって二日しか経っていないが、壁を分割して作り現場で組み合わせる、ダナが教えた最新工法のお陰で修復の目処が早くもたった。その報告と避難した民の視察、そして、今後の事を話し合う為に来訪したようだ。
「どうぞ、お通り下さい」門衛に促され通り抜けると、目に入って来たのは建設中の家々。避難した民の為に職人達と住民達が協力しており、目を見張る勢いで進んでいる。更には避難した民も協力を申し出ている為、エレナには「英雄王誕生の儀が再び行われるのか」と錯覚させるぐらいの人で賑わっていた。
「はは、驚いたな。城壁の事もそうだが、建築技術は我が国の遥か先を行ってるな」
民達の邪魔になら無い様に馬を歩かせ、辺りを見回しながら王は呟く。エレナは応える様に、微笑みながら口を開いた。
「三百年の研鑽によりものだと、ダナさんは仰ってました」
「戦を続けていた者には、辿り着けぬ境地だな」エレナの言葉を聞き己を笑う様に呟くと、馬に近寄る人影を捉え馬脚を止める。
「陛下、皆様。遠路遥々お疲れ様でした」その人影は近寄り畏ると口を開く。
「ハンナさん元気にしてましたか?」エレナは思わず、王に先んじて声を掛けてしまった。
彼女の助言が無ければこの街に来る事も無かった、戦の結果は悲惨なものへと変わっていただろう。それだけに、ハンナに抱く感謝の気持ちは大きく、それと共に新天地で馴染めるのか? と心配が募っていた。
言葉を受けるとハンナは微笑みながら、腕を曲げ力瘤を作ると口を切った。
「失礼ながら、言わせて頂きます。商人と農民は戦いに向きませんが、昔から逞しいものですよエレナ様」
「ふふ、あははは! 確かにな! 我が国の商人と農民の逞しさは、引けを取っておなんな」
ニカッと割れんばかりの笑みを浮かべたハンナにつられ、王も思わず高笑いをしながら言葉を返す。
そして、ガルドと商人達の会合により、試算された予算を抑える事が出来。更には交易経路の開拓にも成功し、フルクランダムが国として認知され始めている事を報告に受ける。
「流石は凌二殿だ。国を起こして間もないのだがな」王が感嘆の声をあげると、ニヤリと含みのある笑みを浮かべハンナは言葉を掛ける。
「私達は商売をするには困りませんが、同盟を結んだ事で政に関わる事もあるかと思います。そこで、国の代表の方がいらっしゃると助かるのですが」
「ふむ、そうだな。度々訪れる事になると、凌二殿に迷惑を掛けるかも知れんな……」
ニヤリと笑みを浮かべるハンナに、同じ様に笑みを浮かべ目配せをした後に口を切る。
「自分は残念ながら王だしなぁ。この街に来た事のある者、凌二殿と面識がある者に頼むとするか」
気付かれないようにチラリとエレナに視線を向け、「どうだろうか?」と一言皆に声を掛ける。すると、エレナは肩をピクリと、跳ねさせ動揺を見せるが疑問にも思う。
自分から名乗りを上げると思っていたんだがな。王であっても乙女心は解らんものだ、どうしたものか?
ハンナに目で語り掛けると、応える様に見立てが間違っていたのか? とハンナは苦笑いを浮かべる。
俯きながら目を泳がせるエレナの胸中は、穏やかなものではなかった。
正直な所、名乗り出たい! だが、ガルドさんに面と向かって「私はこの街が……嫌いになってしまったようです」なんて事を言ってしまった。今回の訪問についても、対面したら気まずい雰囲気に包まれるのは必至。誤魔化すか……いやいや、それは無理な話だろ私ぃぃぃ!
冷や汗を滝の様に流し小声で呟くエレナを見兼ねて、ガナードは王に言葉を掛ける。
「取り敢えずは、ガルド殿に相談致しましょう。かの御仁であれば、良い知恵を出してくれると思います」
「それもそうだな……ハンナとやら報告御苦労だった、今後も尽力してくれ。それでは失礼するぞ」
畏るハンナに別れを告げると、騎士の一団はフルクランダムの中心に向け馬を向かわせる。そして、エレナは涙ながらに罵られる事を覚悟に決めると呟いた。
「やっぱり、何とか誤魔化せないかしら」
「往生際が悪いですぞ、エレナ様」
ガナードが呆れた様に叱りつけると、トホホとエレナは観念してガルドの元に向かうのであった。




