穏やかな日
朝の春風と共に電子音が響く、春眠暁を覚えずとはよく言ったもので、王とて例外ではない。目覚まし時計を黙らせると、再び布団を被り眠りに就いたがスマホの電子音によって阻まれてしまう。
「何だよ、まだ六時じゃないか……後一時間は軽く眠れるぞ……」
「凌二、朝よ〜 起きなさい。あんた今日から走るって言ってたでしょ?」部屋の扉を開けて呆れた表情を浮かべた、母に起こされる。
そうだった、アーデルに身体を鍛えとけって言われたんだっけ。で、帰還後にまずはジョギングしようって、昨日決めたんだっけな。身体強化後に襲いかかってきた地獄の筋肉痛は、正直なところ二度と味わいたくない。次はもう少しましになる様にって……次か、無いに越した事はないな。
渋々身体を起こし、ベットから出てジャージに着替えようとするが視線を感じる。顔を向けると、満面の笑みを浮かべる母が今だにそこに居た。
「母さん? 見られてると着替え難いんだけどね」
「あら? ごめんね。漸く普通の親子になれたと思うと、ついね。気にせずどう……」
「いや、気にするから」
「これが思春期ね」と、呟きながら母はダイニングに向かった。凌二はジャージに着替えながら、跳ねる様な足音を聞くと「普通の親子か」と笑みを浮かべて呟き、着替えが終わると部屋を出る。
玄関を出ると「お早う、凌二。今日は早いな?」ポストから新聞を取った父に声を掛けられ、「今日からジョギングするんだよ」そう応えると、横を通り過ぎながら頭を撫で「車には気を付けろよ」と微笑みながら返される。
「なんか擽ったいけど、嬉しいもんだな」
凌二は家の前で柔軟体操をしつつ素直に心情を吐露すると、肌寒い朝風に負けない様に気合を入れると走り出した。
まあ、いきなり長距離は無理だしな、近所の公園までなら行けるかな? 徐々に距離を増やしていくか。凌二は自分の体力の無さを冷静に分析すると、走りながら目標を決める。
公園までは長い距離では無いものの、それでも時間はそれなりに掛かる。
今までジョギングなどした事もない者にはキツイものだが。あの一件以来、灰色がかった世界が色を帯び、全てが新鮮に見える凌二にはそうでも無かった。
犬の散歩をしている人や、同じくジョギングしてる人。挨拶を交わしながら、人とぶつからない様に歩道を走り。次第に公園に近付くと木漏れ日に照らされ、冷たかった筈の朝風が優しく木々の香りを運びつつ頬を撫でる。
爽快感に背中を押されて目的地の公園に辿り着くと、気が緩んだのか疲労が突然襲ってくる。凌二はベンチを視界に捉えると、重い足を動かし倒れ込む様に腰を掛けた。
「いや〜 やっぱ遠かったか……これじゃアーデルに笑われるな」
息を切らしつつ笑みを浮かべ嘆く様に言葉を漏らし、ベンチに背中を預け両手を上げ伸びをしながら辺りを見回す。
この公園一度も入った事なかったな、子供の頃に一度だけ通りがかったぐらいだし。そこまで広くは無いな、遊具もブランコと滑り台、ジャングルジムが一台づつ。水道と時計、木も有り自然の香りも漂って、一息付くには申し分無いんだが……草むらの所々に空き缶やゴミが、隠す様に投げ捨てられてるな。
やれやれと、凌二は軽く首を横に振ると視界に入ってきた古ぼけた社。公園の隅にある小さなものだ、子供達が安全に遊べる様に祀ってあるのかと思考を巡らせる。
凌二は公園の時計で時間を確認すると腰を上げひと伸びし、草むらに落ちていたゴミを片付け「綺麗な公園なのになぁ、これじゃ台無しだ」そう呟くと家に向かい再び走り出した。
宗方家のリビングで寛いでいた父は、新聞と共に入っていたエアメールを思い出し。妻に手渡し声をかける。
「そう言えばエアメールきてたぞ、メールで充分だろうにな」
妻は渡された手紙の差出人を確認すると、丁寧に封を開け目を通しながら口を開く。
「そう? 私は手紙好きだけどね。昨日きてたのかしら、あら? あの子帰ってくるみたいよ貴方。ふふ、凌二は驚くわね」
…………………………
何とか今日の授業を乗り越えHRも終わり、無駄のない動きで帰り支度を済ませると帰路につく。校門まで足を運んで漸く、今日から生徒会活動をする事を思い出し、止むを得ず踵を返し生徒会室に向かう。
いけねえ帰宅魂に火がついて、タイムアタックしたい気持ちに駆られた。習慣って本当怖いな。
校舎に戻り生徒会室に辿り着くと、ノックをし扉を開き挨拶をして入室する。そこには既に氷見野達が集まっていた。
「あら? 生徒会長が最後に来るなんて弛んでるわね。王となると、人を待たせるのに罪悪感を感じないのかしら?」
のっけから嫌味を放つ氷見野さん、その微笑みは言葉と一致してませんよ。
「待たせてごめん、今日からだって事忘れてたんだよ。帰らずに戻ってきたんだ勘弁して下さい」
席に着き咳払いをし生徒会の面々に視線を配ると、氷見野達以外に二人ほど新しい顔があった。
「先ずは改めて自己紹介か、生徒会長の宗方 凌二です。よろしくお願いします」
「副会長の氷見野 麗月です。よろしくお願いします」
「書記の安戸 一希です。よろしくお願いしますね」
「会計の市ノ羽 咲奏です。よろしくね〜」
自分と氷見野達の自己紹介が終わると、暫しの沈黙の後に緊張した声が響き渡る。
「はい! 僕は神納木 悠馬って言います。庶務ですが陛……宗方君のお力になれるように、頑張りますのでよろしくお願い申し上げます」
「私は五条 凛と申します。皆の代表として陛……宗方君を支えていきたいと思っております! 書記ですがよろしくお願い申し上げます」
緊張しながら自己紹介してくれたクラスの男子は、むこうの世界からの転生者。アーデルと共に最後まで戦ってくれた、自称近衛兵の剣士。そして、もう一人の女子は彼と同様で、自称近衛兵の魔導師。
自称と言っているのは、アーデルが王として国を造らずにいた事も原因にある。ただ、頼むからこっちの世界では「陛下」とは呼ばないで欲しいと切に願う所だ。
あの時は時間も無かったし、名前も聞いてなかったし殆ど初対面って感じか。戦に力を貸してくれて二人共有難う、生徒会まで力を貸してくれて有難いんだが、そのなんだ言葉が硬くなってる。頼むから気楽に接してくれると助かるんだが、それは俺もか……慣れるまでお互い時間が掛かりそうだな。
心の中で呟き「取り敢えず自己紹介が終わったんだけど、生徒会って何をするんだ?」と、凌二は前生徒会長の氷見野に視線を向け言葉をかける。
「今月の4月は引き継ぎが主ね。うちの場合は学校行事の運営とサポート、後ボランティアって所かしら?」
「私は文化祭楽しみにしてるよ〜」
「咲奏さんの場合は、主に屋台にですよね〜」
安戸と市ノ羽の会話を聞きながら、凌二は今朝の公園の事を思い返し腰を上げると口を開いた。
「それじゃあ、時間もある事だし。ボランティア活動でもするか!」
「凌二、何をするんですか?」
「近所にある公園のゴミ拾いだよ」
生徒会室に暫しの静寂が訪れ、メンバーは顔を見合わせると口を切る。
「え〜!」見事に息があった生徒会役員達であった。
…………………………
フルクランダムの大通りを外れた商店街にある、古めかしく趣のある店たらふく亭。丁度お昼のピークを過ぎ、一息ついた頃に「どう思いますかガルドさん?」と、何やらぼやく声が店内から漏れて来る。
「まあ、凌二も生徒会長? って奴を頑張ってるんだろ。後な、表情が一致してないからの」
ふんと鼻を鳴らして少々羨ましげなガルドは、テーブルに身を委ねたアドレアに言葉を掛ける。ボランティアの事を思い出し、ニヤニヤと笑みを浮かべるアドレアに「どうぞ、食後の珈琲です」その言葉と共にドン! と、大きな音を立て湯気が登るカップが置かれ、飛び散る珈琲はアドレアの頬を襲う。
「あっつ! 何するんですか! 酷い接客ですね……」と勢いよく出した文句は次第にか細いものになっていく。アドレアの視界に入る姿は、黒い服に白いエプロン姿のメイドらしい少女。可愛げに首を傾げ、肩まで伸びた艶やかな黒髪を靡かせると言葉を掛ける。
「アドレアさん彼方の世界は、さぞかし楽しい世界なんでしょうね。私も是非行ってみたいものです」
「まっ、まさかですが、紬さんですか?」アドレアは浮かべた笑顔と似付かわしくない、鋭い視線を送る少女に恐る恐る質問を投げかける。
「ええ、そうですよ。私の主人様がいつもお世話になっております」
紬が名をもらい新たに得た力は「人化の術」黒騎士との戦いを経て漸く扱えるようになる。しかし、凌二に姿を見せようとした頃には、むこうの世界に行っており。どうしようかと途方に暮れていた所でガルドに声を掛けられ、凌二が帰るまで店を手伝ってる。
「儂も最初はびっくりしたんだが、凌二が帰るまでと思ったんだがの」
「ガルドさんには感謝しております。で、主人様は何時頃お帰りになりますか?」
紬とガルドの嫉妬心が手伝い鋭さが増し、刺すような視線がアドレアに向けられる。アドレアは不穏な空気を察知し後ずさるが、扉を開け近寄る二つの足音に阻まれる。
「アドレアさん生徒会? のボランティア? お疲れ様でした」そう言葉を掛けたのはヨシュアだった。
「こっちもなボランティア? して貰いたいんだがなぁ」続けて口を開くダナ。紬とガルドと同様に二人も表情に相応しく無い視線を浴びせて来る。
「それでは生徒会役員さん? 頑張って来て下さいね。勿論、拒否権はありませんから、ダナさんお願いします」
「おう! 任しときな。アドレアよ古城の修繕は楽しいぜ〜」
首根っ子を押さえられ、ダナに引き摺られ連行されるアドレア。
「私は肉体労働は向かないんですよ〜」
一時の平和に包まれたフルクランダムの街に、アドレアの嘆く声が響き渡った。




