異世界事情は意外に身近な所で廻ってる
戦の勝敗は決していた、これ以上の戦闘は無意味。誰もがそう思う中で凌二と黒騎士は互いの矜持をもって戦い、それも終わりを告げた筈だった。だが、ロドスは恐怖に勝る憎悪を身に宿し、新たな火種を起こした。
「ロドス! 貴様何をした!!!」ガリエルは怒りに任せ吼えるが、ロドスは狂気を含んだ笑みを浮かべる。
「今の黒騎士なら操れる様だな? 陛下から賜った魔導の指輪、効果の程は言わずと知れた事。これなら私は死ぬ事は無いかもしれんな、クックックッ」
ロドスの指には指輪から発せられる魔力の焔が見える。黝ずんだ紫色、本人の心情を現わすかの様に、歪に目紛しく姿を変える焔。そして、ガリエルに向け手を翳し、思考内で命令を下す。
ガリエルは凌二から剣を引き抜くと、凌二の苦痛の声を他所に徐に立ち上がる。
「何をさせるつもりだ! 戦いを穢すつもりか!」下衆の考えに見当は付く。だが、身体の自由が奪われ操られるガリエルは、叫び凌二の仲間の介入を期待する事しか出来なかった。
操られたガリエルは剣を振り上げようとするが、ダメージから右手の力が入らずに剣を落としてしまう。
「おや? 思ったよりガタが来てますね、まあ左手があるから良しとしましょう」
命令を下され意思とは関係なく、左手で剣を拾い上げるとゆっくりと振り上げる。
「英雄王! 頼む! 逃げてくれ!」アリッサ達は漸く我に戻り、凌二の元に駆け出した。
「主人様」囁く様に紬から声が掛かる。苦痛を耐え「ああ……解って……る」脂汗を流しながら答えると、アリッサ達を止める様に手を伸ばす。
「先生と……紬に……感謝しないとな」
剣が身体を貫く瞬間に、杖代わりにしていた国綱が僅かに反応してくれた。お陰で致命傷にはならずに済んだけど、歯を喰いしばってないと悲鳴しか出ない。「敵にすれば、つけ入る隙すきになる」心の片隅に残ってなければ反応出来なかったな、本当……言われた事が現実になっちまった。
勉強になった。だけど、俺は自分の考えを変える気は無いよ先生。
「逃げろーー!」叫びと共に、凌二へ斬撃が振り下ろされた。しかし、辺りに金属音が響き渡り、国綱の鞘がピシピシと音を立てながら砕る。
斬撃を受け止めた凌二は静かに口を切った。「なあ……皆んな、聞きたい……んだが。ロドスって……奴の事どう思う?」凌二の心の奥から湧き出る感情が、身体を支配する苦痛を上回る。
「そうですね、私と致しましては。人として見れませんね」
「人の意思を無視して、操るってのは僕も気に入らないね」
「そうだね〜 自分の手を汚さず、戦うのってどうかな〜」
「俺の意見は聞かなくても解るよな? 凌二」
砕け散る鞘から現れた光に溢れる刀身、それと共に凌二の右手のルーンにに三つの光の葉が現れ、翼の様に広がる。今まで見た事もないルーンの形状に、ロドスは困惑の色を浮かべ狼狽える。
「満場一致だロドス、お前に裁きを下す……生まれ変わって一から出直せ!」そう言い放ち、輝く刀身を振り上げる。そして、ロドスが這う様に逃げる中、ガリエルは微笑みを浮かべ「有難う」一言凌二に告げ瞳を閉じると、凌二もそれに微笑みで応え。刀を振り下ろし光の刃を繰り出した。
そして、ロドスとガリエルは光に包まれ、光の柱と共に世界から消え去さり。凌二は光の柱を見届けると、その場に倒れ意識を手放した。
穏やかな風が頬を撫で、波を思わせる優しく心を癒す様な音が耳に届く。その身を包み込む暖かな光を感じ、ガリエルは静かに目を開けた。
木の幹とさわさわと風に靡く葉、目の前に広がる空は蒼く、煌めく星々の様な木漏れ日に誘われる様に、光を手で遮りながら身体を起こす。そこには畑が広がり青々とした小麦が収穫時期が待ち遠しいのか、落ち着きが無いようにそわそわと風に揺られていた。
戦とは程遠い長閑な風景を目の当たりにし、微笑みながらも寂しげな瞳で遠くを眺め、自分の戦いが終わった事を実感する。
「ここは死後の世界か、俺には過ぎた所だな。この手は血に塗れている、三百年も罪を重ねて来た者が居ていい場所じゃ無い」
誰に伝える訳でもなく嘆く様に言葉を吐き捨て、この場を去ろうと腰を上げようとしたが、後ろから草を踏み分け歩み寄る足音が聞こえ、腰を戻すと声が掛けられた。
「一年だろうが三百年だろうが、戦に関わる者は例外なく罪を重ねてる。それが英雄と呼ばれる者だとしてもな」
ガリエルは声を聞くと自分の耳を疑う。その声色は先ほど死闘を繰り広げた英雄王のもの、彼もあの後命を失ったのかと思うと振り向く事に恐怖を抱く。その様子を見た声の主は、笑みを浮かべながらも続けた。
「俺は民を思い誓約を成した。その結果、民に罪の意識を植え付けてしまった。それも三百年もだ、ただ消えるだけで済まされるとは思っていない」
「誓約を成した」その言葉を聞き、ガリエルはゆっくりと声の主に視線を移す。そこには三百年前に見た英雄王の姿があった。
「お前はどう思う? 俺の……いや、お前の罪は消えるだけで許されると思うか?」
「そうだな、消えるだけでは許されないと思う。生きてる間に気付けたら良かったんだが、もう遅いな」
英雄王と凌二の面影が殆ど同じ事に驚くも、その問いに冷静に答える。
「凌二が器として身を捧げてくれた事で、俺の犯した罪と向き合う機会を与えてくれた。そして、俺は剣の力として存在し、凌二の手助けをして償っていきたいと思ってる」
「剣の力?」ガリエルは困惑の色を浮かべ、思わず疑問を口に出すと足音が近づいて来るのを感じる。
「そっ、ここは死後の世界じゃない。剣……刀の世界、力を司る者が住む所だよ。アンタは今、生と死の狭間にいるって感じかな?」
「過ちを認めその重さも知った、罪を償うつもりが有れば機会を与える。凌二がお前をここに呼んだ意図は、そんな所だろう。決めるのはお前だ、どうする?」
「機会? 俺にそんな資格は……」自分を否定する言葉を吐き出そうとするが、紬は遮る様に口を開いた。
「はいはい、文句はお人好しの主人様に言って貰えるかな。あっちの準備出来たみたいだし、じゃないとアンタこの世界に磨り潰されるから」
そう言うとガリエルの手を取り、半ば強引に光の柱を現せ姿を包み込む。
「主人様は戦火を少なくするって言ってる。その道のりは見当が付かないぐらい遠くて、過酷なものだと思う。もし、罪を償うつもりなら、主人様を支えて欲しい」
次第にガリエルの姿が光の粉へと変わり始め、「凌二の事、頼んだぞ」そうアーデルがそう告げると、ガリエルは光の柱と共に刀の世界を後にした
そして、フルクランダムの中心から少し離れた、古い建物が並ぶ昔ながらの街並み。そこにあるヨシュアの診療所では、ヨシュアは勿論のこと凌二、アリッサ、サラがベットの周りで表情を曇らせていた。
そのベットの上には、身の丈約百四十センチ。髪の毛は黒く、長髪だが手入れが無く乱雑。まるで野生の中で育った様な少年が横たわっていた。
「しかし、まあ何と言いますか、大丈夫ですかね?」
「安心しなさい、この身体は元々は英雄王の為に用意したの。私とサラが時間を掛けて育てたのよ、保証するわ」
「医者として興味はありますが、色々あるのでこれで最初で最後にして頂きたいですね。後、彼が味方になってくれるとは限りませんし……」
ヨシュアは凌二に視線を向けながら口を開くが「再び敵になる可能性」を示唆するのを躊躇う。彼の王としての資質がそこに在る事を、ヨシュア自身も認め誇らしくもあったからだ。
「ヨシュア先生の言いたい事は解るよ」凌二はそう言葉を掛け、更に続けようとした時。横たわる少年が「ここは何処だ?」と声と共に身体を起こしてきた。
「よう、漸く目が覚めたみたいだな。中々起きないから心配したぞ?」
凌二は微笑みながら言葉を掛けるが、少年は曇った表情を浮かべシーツを握りしめ口を開く。
「何故こんな事を、俺は再び生を受けて良い奴じゃない。三百年も重ねて来た罪は、煉獄の炎に焼かれても消えやしない」
「過ちを認めその重さも知ったんだ、同じ事はしないだろ?」凌二は諭す様に言葉を掛けると、徐に少年の頭に手をやると少々乱暴に撫で口を切る。
「直ぐにとはいかないが、アンタの願いを叶えたいと思う。その代わりと言っちゃ何だけど、俺の願い……戦火を少なくする為に、三百年の経験を活かして手伝ってくれないか?」
凌二の申し出を聞き「お人好しの主人様か」そう呟き笑みを浮かべると、少年の瞳には止め処なく涙が溢れ出してくる。
「過ちを認めその重さも知った」と、先代の英雄王と同じ事言葉を掛け、三百年の罪を経験だと言い放つ。そんなお人好しの王は見た事がない、その人柄に味方も沢山出来るだろう。だが、戦乱の世だ、それを妬み疎み敵となる者が出て来る。罪を償うと言うのもあるが、それ以上に彼の願いの行く末が見てみたい、支えていきたいと素直にそう思ってしまった。
「こんな俺で良ければ……」涙を拭いながらも忠誠を誓おうと声を出すが、溢れる感情がそれを邪魔をする。涙を懸命に抑えようとしている仕草を、微笑ましく見つめながら凌二は宥める様に言葉を掛ける。
「急がなくて大丈夫だ、落ち着いてから返事をくれれば良い……えっと、ガリエルだったな」
「黒騎士……ガリエル……はもう居ない」その言葉を受けた凌二は彼の決意を知る。
「そっか、そうだな……名前か」さっき言った取り引きなんかどうでも良いんだが。三百年囚われてたんだ、これからは自分の意思で自由に生きて貰いたいな。大空に吹く気ままな風と共に生きる鳥の様な……
「空を駆ける翼か、翼と空でタスクってどうかな?」
少年は過去の名を捨て、新たな名を受けると頷きながらも涙を流し続けた。彼の後悔は涙が枯れても、拭われるものではないだろう。凌二はそう思いつつも、タスクの頭をポンポンと軽く撫でると診療所を後にした。
外に出ると既に陽は高く昇り、降り注ぐ日差しは目を眩ませる。ファムファーレンの戦の終結を迎え、一連の騒動もこれで終わったと思うと安堵の息を漏らす。
意識を失って気が付けば一日も経ってたな、戦の後処理もヨシュア先生達に任せっきりだったけど。情けない話、王として此れでよかったのか?
ファムファーレンの戦の最中、凌二が知らぬ間にヨシュアから出された指示により。同級生達と住民選抜の者が、西側にあるダリスダキア、東側にあるラリアトロームの援軍として向かい敵を撤退に追い込んでいた。
更には前線で散り散りとなった、ファムファーレン兵の集結も有って、三国同盟の前線は再構築され。機動要塞グラン・タイラントを失ったドルドガーラは、迂闊に侵攻する事が出来なくなっている。
それもあってか、ダナ率いる職人部隊と三国の職人達での、城壁と城の修繕と強化が順調に進んでおり、同盟の話も最初は従属国としてくれと申込みがあったが、凌二は対等であるべきだと申し出を断り同盟を結ぶ。そして、民の受け入れにより、フルクランダムは大きく成長し国らしくなってきた。
「まあ、取り敢えずは一件落着って所かな」そう呟くと、背後から声が掛かる。
「言いたくは無いけど、まだ一つ問題が残ってるんじゃ無いかしら?」アリッサは顳顬を押さえながら嘆く様に言葉を吐き出し、それに続けて「あはは、確かにそんなのあったね」と思い出したかの様にサラも呆れながら呟いた。
「あっ」凌二は声を漏らし頭を搔き「帰りたくねえな」と、嘆きながら微笑むと二人に視線を向けて口を切る。
「じゃあ帰りますか、我が家に」言葉を受けると、アリッサとサラは微笑みを浮かべ頷き三人は古城へと向かった。
……………………
ざわざわと声が響く今日この頃、皆さんいかがお過ごしですか? 私は絶賛学生生活を満喫中です。普段であれば今いるところは、体育の授業で若者が汗を流し、放課後では運動部が汗を流す筈なのですが。
俺は転移門をくぐり此方に戻った所で、氷見野先生の手で即座にキャッチ&リリース。いや、リリースは無かったな。有無も言わさず壇上に連れて行かれた姿は、売りに出されるあれだ、悲しい音楽のあれ、そうそうドナられた? そんな感じで正直居た堪れない。
細やかな現実逃避から無理矢理引き戻す様に、キーーンとハウリング音と共に声が響き渡る。
「はいは〜い、みんな静粛にお願いします」そう言葉を掛けられた状況は、HRを兼ねた全校集会である。
帰還後に氷見野先生が出した条件は、生徒会長になる事。今までは妹が努めていて仕事を押し付けるにも、何となく後ろめたいものがあったのだろう。つまりは、従順な犬が欲しかったと、俺はそう思っている。アレ? なんか泣けてきた。
「え〜。今期の生徒会がまだ発足出来ていませんでしたが、候補者も居なかったので教員推薦により。新生徒会長となった宗方 凌二君です」
氷見野先生が俺に視線を向けるが、こういう事は事前に知っとかないと用意出来ないんですよ。だけど、取引した手前、断る事は出来ない。しょうがない、王としての威厳を見せるとしよう。
「え〜 紹介にあずかりました」
おっ良いね〜 自分で言って何だけど落ち着いてるなぁ。ああ、広場での出来事は、今だに忘れられないな。
「むっ宗方 りょっ凌二だ、です?」
そうそうこんな感じで噛んじゃったんだよな……俺の学生生活は今終わりを告げた。
一瞬の静寂の後に訪れた爆笑の渦。凌二は顔を赤く染め上げ一礼し、壇上を降りると逃げる様に体育館を後にし生徒会室に向かった。
橙色に染められる校舎、遠くから運動部のランニングの掛け声が聞こえる生徒会室。凌二は生徒会長の机にうつ伏せ、顔の熱が引くのを待っていると氷見野達が入ってくる。
「中々見応えのある自己紹介だったわね」
微笑みながら嫌味を言うのはやめてね? 氷見野 麗月ことアリッサ・グレイフィードさん。
「緊張したらああなっちゃうよ。ね、宗方君」
庇ってくれる貴方は女神の様だ、べっ別に告白してる訳じゃ無いんだからね? 市ノ羽 咲奏ことサラ・デアシエルさん。
「まあまあ、蒸し返してもアレですし」
アレって何? 何なの何が言いたいの君は! 結局は掌で転がされたけど、感謝してるよ安戸 一希ことアドレアさん。あれ向こうの世界のフルネーム聞いてないけど、まあ今度でいいか。
「そもそも、安戸君が!」
「あれ? 今それ言いますか?」
「まあまあ、二人とも落ち着いてね。あっ、お腹すかない?」
凌二は三人のやり取りを微笑みながら見つめる、ファムファーレンの戦の終結と先生からの条件の達成。両方の世界の騒動が収まり、長閑で暖かい光景を何時迄も眺めていたい。そう思うと自分の恥ずかしさが、下らなく思えてきた。
「凌二、それでどうします? フルクランダムに戻りますか?」
「待ちなさい、生徒会の事もちゃんとしないと駄目よ」
「まあまあ、二人とも落ち着いてね。あっ新作のドーナツ出るんだって!」
この先の不安なんて欠片も気に掛けてない、その振る舞いと言葉を聞いて思わず笑ってしまう。
窓から差し込む夕陽が注ぐ、橙色の光は以前なら寂しく思っただろう。でも、今は寂しさは無く、暖かく優しく包んでくれる。彼等のお陰でもあるんだろうが……
一人じゃ何も出来なかった、彼等だけじゃ無い。街の皆んなや、紬達が一緒に頑張ってくれたから今がある。知らないうちに、周りの人達に支えられてたんだ……異世界か。
凌二は夕陽に微笑みを贈ると、囁く様に呟いた。
「異世界事情は、意外に身近な所で廻ってる」と。




