ファムファーレンの戦
城壁の上から見る朝日は美しく、城内に残る戦う意思を持つ兵士や騎士達を包み込む。その中に軽装ながら、防具を身に付けたエレナの姿があった。
この陽が最後になる、そう思うと身体から力が抜け、今にも逃げ出したくなる。しかし、十数人と少ないが自分の志に応え、集まってくれた者達を見るとその気持ちは収まり。そして、アミュレットを握り締めると、立ち向かう決意と勇気を与えられる。
これで、私は民の為に戦える筈だ。
そう心で呟き自分に言い聞かせると、来るべき戦いに備え覚悟を決め前を向く。そして、エレナの目に飛び込む、遠方から見ても解る大きな塊。
「あれは機動要塞グラン・タイラント!」思わず叫んでしまう、先の戦いで投入されたドルドガーラの魔導兵器、持ち得る武器や兵器では、擦り傷も負わせなかったと言われ。放たれる光の矢は瞬く間に、貫いた者を燃え尽きさせ、歩くだけでも被害を与える。現存する攻城兵器として、最上のものと言え。そして、これを所持しているのは、世界広しと言えどドルドガーラのみだった。
その姿は此処に居る者達を、絶望させるのに時間は要らない。だが、「まだ距離がある、慌てる事は無い」その場に響き渡る、ファムファーレン王の力強い言葉に彼等は勇気付けられる。更に、王は気に食わないと言った、表情を浮かべ尚も続けた。
「奴らは魔導兵器の試作運転に、我々を使うつもりなのだ。それが、今までの膠着状態の正体だ、馬鹿にされたものだ」
ふん! と鼻を鳴らし白い外套を翻すと、城内に向け歩き始めるが、徐に立ち止まるとニヤリと笑みを浮かべて口を開く。
「逃げた奴らが置いて行った、武器や爆弾が山ほどあるからなぁ。一泡吹かせる準備は忙しくなるぞ、皆手伝ってくれ」
兵士達は折れそうになった心を立て直し、王の後を追い城内に戻って行った。
そして、機動要塞グラン・タイラントの指令室、其処に佇みファムファーレンの城を眺める者がいた。
長く黒い外套、その背中には十字とも剣とも言える柄が描かれ、肩まで伸びた銀髪と白い肌。深海の青暗さを思わせる隻眼、纏う空気は歴戦の強者だと知らしめる。
プシューと、音を鳴らし扉が開くと指令室に入り、其の者に歩み寄る者が一人。
その姿は黒いローブを羽織り、背中には同様な柄が描かれおり。フードで顔を隠し覗かせる肌には深い皺があり、両手には魔鉱石の指輪を幾つも身に付けた、背中の曲がった老人だった。
「失礼します。この度は私の兵器の最終テストに付き添って頂き、誠に感謝しております」
「別に構わん、命令だからな。で、今回の兵器についてはどうなんだ?」
「陛下から直接兵を承っておりますので、問題無いかと思われます。城内を制圧するのに、今回の兵器は最適かと……」
喋りながら、皺だらけの指を合わせくねらせる仕草に、男は不快感を抱くと眉を歪め口を開く。
「解った、ならば俺たちは手を出さないでおこう。存分に暴れるが良い」
そう言うと老人は一礼をし、嬉々として足早に指令室から出て行った。其れを背中越しに見届けると、視線を戻し静かに呟く。
「こんな玩具で戦の勝敗が決められる、下らぬ世になったもんだな。ファムファーレン王よ、そうは思わないか?」
この世を憂い彼等の奮闘を願うと、男は機動要塞グラン・タイラントの停止を命じた。
陽が高く昇る頃。瓦礫を踏み締め、埃をあげ進む一個大隊が現れる。先陣を切る部隊は小隊程度の物だが、その者たちは全身を覆う、フルプレートの鎧を身に着けている。重装備であるが故に、力強く歩みを進めるが速度は遅く、予定よりも遅い進軍だった。
そして、小隊の先頭を歩く者は鎧を黒に染め、只ならぬ空気を纏っており。油断出来ないと想像させるには難しく無い。
その後方にはかなり距離を開け、中隊規模の中軽量装備の一団が左右に展開し。その中央、更に後方に距離を取った場所に、二頭の馬が引く戦車の姿があった。
「久し振りの戦だ、血が滾るな」そう呟くと王は手を挙げ口を開く。「撃ち方用意!」エレナ達は王の号令を聞くと、城壁の上で弓を引き絞り、射程圏を確認しながら次の号令を待つ。
王はフルプレートの一団が、射程圏に入るのを見極め、腕を振り下ろすと同時に「撃てーー!」と、勇ましい声で号令を挙げると、エレナ達は矢を放つ。その矢が連なる様に一団に突き刺さると、その身を激しい炎に包み込む。
「よし良いぞ! 城門に張り付かせるな、どんどん放て! 費用は気にしなくて良いからな、魔石矢を惜しみなく使え!」
弓で放たれた矢は魔石矢、魔法属性により様々な効果を現す。しかし、高値で取引される為、戦場において惜しみなく使われるのは稀である。その為、この矢の嵐は脅威的な破壊力を持って一団を襲う。その場は炎で焦がされ、地を黒く染め上げる。いかにフルプレートを身に付けようが、中の人間は一溜まりもない。
筈だった、その一団は炎を気にする素振りも見せず、歩みを止める事なく城門に向かう。そして、その様子を見届けた王は口を開く。
「成る程な、たかが小隊程度と思ったが。鎧がそうなのか、中身がそうなのかは解らんが……どうやら、あれが魔導兵器の様だな」
その時、戦笛の音と共に物見櫓から合図が送られる。王はそれに頷くと再び号令をかけ、エレナ達も再び弓を引き絞り、号令と共に弓を放つ。
城門まで間近まで迫る一団の手前に突き刺さると、今度は炎ではなく爆発を起こした。その爆発は、予め仕掛けた他の爆弾に誘爆を起こさせ、轟音と共に地面を抉る。
一団は爆風により吹き飛ばされ後退するが、徐に身体を起こすと再び城門に向け進み出す。しかし、抉れた地面が功を奏したのか、足を取られ進軍の速度が落ちる。
そして、再び戦笛の音と共に、物見櫓から合図が送られた。それを見た王は頷くと口を切る。
「よし! 民の避難が始まった、我々も次の場所へ移動する。通路と城門の爆破を忘れるな!」
先程の爆破には民が避難する為、城壁の爆破を隠す意味合いもあった。後はそれが終わるまでの時間を稼ぐ事に集中する。彼等は城を守る事を放棄したぶん行動が単純なものとなり、統率も連携も取りやすくなっていた。
そして、戦車内で水晶を通し様子を覗く黒ローブの老人は、感嘆の声をあげる。
「ほうほう、中々良い策をお使いになられますな。この地の王は、良き王であられる。是非とも我が手に収めたいものです」
徐に懐中時計を取り出し、時間の経過を確認すると表情を渋いもの変え。皺だらけの指先を合わせ、うねらせると淡々とした口調で口を開く。
「まあ、遊んでる訳にもいきませんし。距離を詰めて力を与えますかね」
操者に声を掛け戦車を城門に向け進め、それに合わせて中隊も護衛の為に歩みを合わせた。
その頃、城壁から降りると次の防衛地点に向かう為。エレナ達は城門にその身を走らせ、爆破する為に導火線を引いていた。
「急げ! 奴らはもう、直ぐそこまで来ているぞ!」ガナードが檄を飛ばす、その瞬間、城門の扉にメイスを打ちつけるが響き渡る。徐々に強く響き出し鉄で出来た扉は歪み始め、その隙間から徐に腕が伸びると閂に手が掛かる。
共に付いて来た兵士達は、その様子を喉を鳴らし金縛りにあった様に見ていた。
「皆んな離れろ!」その場に響くクラースの声。アレンとバートが、兵士達の首根っこを引っ張り避難させた瞬間、城門の上から爆音が響き、爆風と共に門を塞ぐ様に瓦礫が降り注いだ。
「どうやら間に合った様だな。おい、しっかりしろ!」と、バートが兵士に声をかける「あっ、はい。有難うございます」と、しっかりとした返事が返って来た事に、安堵の息を漏らす。
が、それも束の間。瓦礫の山を打ち付ける鈍い音が辺りに響き渡り、少しずつ見せる黒い鎧を視界に捉える。
「おい、今直ぐ立てるか?」唾を呑み込みながら口を開くバートに「はっはい! 直ぐ立ちます!」と声を震わせ返事をした瞬間に、瓦礫を吹き飛ばす一撃が放たれた。
「皆んな走れ! クラース!」エレナは叫んだ、それに応え兵士達は走り、クラースは手持ちの爆弾を黒い鎧の足元に投げると、エレナの放った矢はそれを貫き爆発させる。そして、舞い上がる粉塵の中、身を翻し仲間と共に次の防衛地点に向かった。
その様子を見た黒ローブの老人は、違和感を覚える。再び指を合わせ、うねらせ思考を巡らせると呟く。
「どうやら、足止め目的の遊撃ですね。そうなると……人はあまり居ない? ようですね。残念ですが手早く済ませて、陛下にご報告した方が良いかも知れません」
中隊に合図を送ると黒ローブの老人は、戦車を降り城内に入っていく。そして、暫く歩くとフルプレートの一団が、瓦礫で埋もれた通路の前に立ち尽くして居た。
「おやおや、私の騎士達が困っているようですね」そう呟くと老人は、瓦礫に手を翳し魔鉱石の指輪を光らせ「醜悪なる闇の雷」と呪文を呟き、赤黒い閃光を放つと瓦礫を全て消し飛ばし、視線をフルプレートの一団に向ける。
「さあ、私の騎士達よ、その力を見せておくれ」そう声を掛け、騎士達と共にエレナ達を追い掛けた。
その頃、目的の防衛地点に着いたエレナ達は一息ついて居た。その室内は土嚢を積み板を打ち付けた防壁が造られており。その後ろの壁には、逃走用に爆弾で開けられた穴がある。威光を漂わせた王の間は見る影も無かった。
敵を待つ中でエレナ達は民の避難が思いのほか順調に進み、後少しで最後の馬車が出ると報せを受ける。
「やれやれ。あんな化け物相手に、よく時間を稼げたもんですね」と、疲れ果てた兵士が呟く。それを耳にした王は、ニヤリと笑みを浮かべると口を開いた。
「古くから言われているからな、逃げるが勝ちとな。そろそろ、最後の馬車が出る。お前達は馬車の護衛に当たるがいい」
「しかし、王を残しては……」兵士が声を掛けると、閂を掛けた鉄の扉が赤黒い閃光と共に消え去る。幸いな事に被害はそれだけだったが、状況は最悪なものとなった。ガチャリと足音を立て、黒い騎士が部屋に足を踏み入れる。その後を追う様に他の騎士も入り、気が付けば室内の四分の一を埋め尽くす。
相手はフルプレートの化け物が二十人、此方は八人と戦力差は火を見るよりも明らかだった。
覚悟を決める王達の前に、コツコツと足音をたて現れる黒ローブの老人。口元に歪な笑みを浮かべると、指を合わせうねらせながら口を開く。
「初めましてファムファーレン王。私はドルドガーラ聖教の敬虔な信徒、忠実なる僕である「聖導師ロドス」と言う者です。お見知り置きを」
「ふん、聖導師とは笑わせる。交渉に赴いたのなら労いの一つでも掛けようが、そうではあるまい!」
王は腰に携えたロングソードを抜き放つと疾風の如く詰め寄り、躊躇う事もなく刃をロドスに向け斬り付ける。その剣速は凄まじく、普通の者なら気付かれずに切り裂かれるだろう。しかし、黒い騎士はそれに応える様に剣を抜くと、撫でるように剣撃を受け流し、返す刃でその腕を斬りつけた。王は辛うじて後ろに飛び退いたが、剣撃の鋭さに躱しきれず腕に傷を負ってしまう。
「クックックッお見逸れ致しました、想像以上に勇猛果敢なお方ですね。如何でしょうか、私の騎士達は?」
不愉快さを掻き立てる歪んだ笑い声が響く中、王は傷口を押さえ先程の流れる様な剣捌きを思い返す。
力を上手く受け流し、無駄の無い動きで斬り返す。技量の差は素人目に見ても解るだろう。最早、感嘆の声しか出ない。
「私が子供扱いされるか、さぞかし名の有る武人なのだろうな……」
王の言葉を聞き、ロドスは笑いを堪えながら口を開く。
「この者達は一般の兵で御座います。しかしながら、永きに渡る戦にて研鑽を重ね、彼等はここに至ります。特に黒騎士に至っては陛下から承った兵でして、研鑽の時は三百年となりますので別格と言えます」
三百年だと? 黒騎士と呼ばれた者は人間ではなく、魔族やエルフと言った長寿の種族か。ドルドガーラは人が治め、その思想は人間が最も優れるとし、世界を統べる者だという歪んだものだ。それ故、他種族と関わる事はなく、従える事も無かった筈。
だが、先程の剣技は一朝一夕で身につくものでは無い。寧ろ、永きに渡る研鑽の結果と言われた事を、受け入れた方が納得も出来るし、敵わぬ己への慰めにもなる。
「全く、情け無いものだな」そう呟くと、場に漂う絶望感と傷の痛みに耐えながら王は、他の者に逃げる様に目配せをする。
クラース達は頷きそれに応えると、兵士達を壁の穴から外へ追い出すように逃した。それを見届け死を覚悟した王に黒い騎士が歩み寄ると、徐に剣を振り上げ剣撃を王の頭上に雷の如く斬り付ける。
王はその直前、首を掴まれ身体を後ろに引かれ、エレナは身代わりとなり刃にその身を投げ出し。剣撃を受けると共に、身に付けた魔鉱石のアミュレットも砕け散った。
ゆっくりと流れる時間の中で、細かな破片となった魔鉱石は星々の様に漂い、煌びやかな光を放ちエレナの最期を飾る。だが、エレナの視界に入る黒騎士は、手を緩める事も無く。エレナを斬り捨てるべく、無情にも斬撃を繰り出そうとしていた。
次第にその身に近づく刃を眺めるエレナは、涙を零し儚げな微笑みを浮かべ呟く。
「これで胸を張って凌二殿に会える」と。そして、身体を無くし魂の旅路へと誘われる。そう思い静かに目を閉じた瞬間、身体を優しく柔らかく包む感覚に「俺はそこには居ない」と囁かれた様な気がした。それと共に、金属が激しくぶつかり合う音が響き渡る。
エレナはゆっくりと目を開き、暖かく包み込む人物を見ようとするが、その身体を黒く大きな狼に託される。そして、其の者は騎士達の行く手を阻む様に立ちはだかる。
その姿は、青い外套を纏い黒い髪を靡かせ、輝く刀を手にした若者。エレナは、その手から伝わる感覚を忘れてはいなかったが、この状況が理解出来なかった。
エレナに斬撃が襲い掛かる直前に、壁の穴から一陣の風と共に黒く大きな狼が現れ。それと同時に人影が現れると、頭上から斬撃が放たれた。黒騎士は予期せぬ攻撃に慌てる事なく、剣の軌道をかえ迎撃すべく斬撃を受け止めるが、衝撃を受け流す事が出来ずに体勢を崩し後方に退く。
この一連の行動を見たロドスは、黒騎士を退かせた剣技に脅威を感じ「貴様は何者だ!」と、叫ぶ様に問いただす。
「疾れ剣閃、我放つは無明の刃なり」そう呟き、刀を騎士達に向け横一文字に振り抜く。ロドスは放たれた言葉の意味を感じ取ると、素早く黒騎士の背後に身を隠した。
空気を切り裂く斬撃は雷の如く、真空刃を創り出し。その刃は騎士達に襲い掛かり音も無く切り裂かれると、金属の音を立て崩れる様に倒れる。
黒騎士は真空刃をかき消し、背後に隠れたロドスと残るは二人となった。其の者は徐に切っ先を、黒騎士に向けると口を開く。
「俺は英雄王の生まれ変わり、フルクランダムの王。我が名は宗方 凌二。 義によってファムファーレンに助太刀する!」
名を上げた瞬間に外から、天を貫き地を揺らさんばかりの歓声が響き渡り、幾つかの爆音が轟いた。その音を聞いたロドスは爪を噛みながら思考を巡らす。
英雄王生誕の儀で、王剣が抜かれたのは情報にあった。しかし、ここまで早く戦力を用意し、参戦出来るとは夢でも思わない。しかも、王剣の型も変わり認められている事、先程の剣技も含め力を使えると考えるべきですね。
ロドスは悔しさで顔を歪ませると、爪を噛みちぎり「援軍がきた様です。口惜しいですが、一時撤退しますよ黒騎士」命令を下し踵を返す。しかし、黒騎士は微動もせず、その場に怨念じみた笑い声が響き渡る。
「英……雄……王……英雄……王……英雄王! フッフッ、クックックッ、アッハッハッハッ! 英雄王だと!!」
背中を反らし高々に笑いをあげ、凌二に視線を向け直すと、兜の奥に紅く光る瞳が浮かび上がる。
「これは驚きましたね、喋ることが出来るとは。ですが、ここは一先ず撤退……」
ロドスが命令を下し終わらない内に「私に命を下せるのは、陛下だけだ」そう呟き、ロドスに視線を向け黒騎士は剣撃を浴びせた。腕を失ったその身は通路まで吹き飛び、後ろに控えていた兵士達は怯えながらも、ロドスが生きている事を確認すると撤退を始めた。
そして、黒騎士が凌二に視線を向け直すと、青い外套を靡かせ黒く大きな狼に跨り、エレナ達を連れその場から姿を消した。
凌二は城を後に風を切り去り行く中、その場に佇む黒騎士に得体の知れない感情を抱く。しかし、目的が果たされた今、考える事では無いと自分に言い聞かせ、振り向く事も無くその場を後にした。