苦悩と決断
小鳥達は未だ夢の中、夜の余韻を残し陽が微かに登る頃。たらふく亭で目を覚ましたガルドは、凌二の姿がない事に気付くと、早足に広場に向う。
信用していない訳ではないが、住民の願いが重荷になっているのではないか? そう考えてしまい不安を抱いてしまう。広場の台座が目に入り、凌二の姿と王刀が無いことに安堵の息を漏らす。そして、自慢の大きな耳が、古城の門から聞こえる人の話し声を捉えた。
「うわ〜 ここがあの街ですか、発展しましたね〜 陛下」
「流石は陛下ですね。見る目に間違いがありません」
「我々も、最後まで戦った甲斐がありましたな〜」
「いや……俺は何もしてないんだけどね……あはは」と、声が聞こえる方へ視線を向けると、凌二を先頭に数人の者が此方に歩いてくるのが見え、その中にアドレアの姿も確認した。事情は解っていないが凌二の姿を見て安心すると、ガルドはゆっくりと歩み寄り、畏まると言葉を掛ける。
「少々早いとは思いますが、お早う御座います。お姿が見えなかったので、心配しておりました」
「心配掛けてすいません、ガルドさん……あの、出来たら普段通りにして貰えると助かるんですが。皆んなにもお願いしたいんだけど……慣れないと言うかね」
「承知しました。ですが、王の威厳を損なわれては困ります。然るべき時には厳格な振る舞いを、お願いしますからの」
他の者も了承すると、ガルドは一行をたらふく亭に案内する。昨夜は暗くて解らなかったが、テーブルと椅子が以前と比べ少なくなっており、店内の違和感に気がつくと凌二は口を開いた。
「ガルドさん、何かあったんですかこれ?」
「いや〜 なんと言えばいいのか、店の内装を変えようと思った? って所だの、なあアドレアよ」
「えっ? そ、そうですね〜」と、乾いた笑い声をあげながら心の中で呟く。
バルドソングで逃げ出した手前、同調しておかないと何されるか解りませんからね。
「それじゃ朝食の準備をするから、待ってくれの」そう言い、カウンターに向かうガルドにアリッサは声を掛ける。
「構わないわ、今は急ぎの案件があるんじゃないのかしら? ガルドさん」
「その声は……黒ローブの少女か?」徐に振り向き視界に捉えると、眼光を鋭いものに変える。アリッサもその視線を物怖じせずに受け止めた。一触即発の雰囲気に耐えれなくなった凌二は慌てて口を切る。
「ガルドさん、氷見……いや、アリッサさんは味方なんだよ! だから……」その言葉を遮る様に、肩を掴み凌二の前に歩み出すと、アリッサは深々と頭を下げ口を開いた。
「その節は要らぬ騒動を起こし、ご迷惑を掛けた事。誠に申し訳ありませんでした」
ガルドは言葉を受けるとアドレアに視線を向け、微笑みながら肩を竦めて応えられる。そして、眼光を穏やかなものに変えると、微笑みながら口を切る。
「王である凌二が許したのであれば、儂らに異論は無いし咎める事も無い。それに、赤眼の悪魔の助力を得る事が出来る、此方こそ有難い。そうは思わんか二人共?」
階段を降りる足音と共に「おやおや、気付いてたんですか? 勿論、異論はありませんよ」とヨシュアが答えると、その後に続くダナも「儂も同じだ」と言葉を掛ける。その様子に安堵の息を漏らす凌二に声が掛かる。
「じゃあ、お言葉に甘えるかの。早速だが凌二、見て貰いたいものがある」
カウンター行くと直ぐに戻り、徐にテーブルの上に数枚の紙を並べだす、その描かれた線は国を表し地図となった。更に細かな矢印と、メモ書きも書き込まれている。
「これは英雄王が使ったものらしい、ドルドガーラにどう対抗するか考えていたらしいの……凌二はどう考えるのかの」
様々な戦略、それについての考察が書かれている。それを読むにつれ、アーデルが誓約を成そうとした考えが解る。だが、民の願いを受け入れた俺に、その道は閉ざされている。そう心の中で呟き、ガルドとダナを視界に捉えると口を切った。
「民の受け入れは、人道的に正しいと思う。その対応はガルドさんに任せます」
「解った。任せてくれの」と、頼りになる答えを貰うと。ニヤリと笑みを浮かべながら「確か二、三日で強固な城壁を作るって、ダナさん言ってくれましたよね?」と声を掛け「おう! 職人の腕にかけて必ずな!」ダナの力強い返事を受けると、地図に指を載せ凌二は口を開いた。
「誓約の効力限界地点、その場所に城壁は作れますか? 出来れば二、三日で」
「オイオイ! この街の何倍もの距離だ、そんな短時間で出来ねえよぉ」少し涙ながらに答えるダナを横目に、言葉が足りなかったと苦笑いを浮かべ反省する。
「いや、ドルドガーラの侵攻方向へ限定してです。東側はこの際気にはしなくて、後々でいいでしょう。そうすれば、民の受け入れも早く済んで、居住地も確保出来ます」
「成る程な、解ったぜ凌二! 城壁と居住区の建設は任せてくれ、これから忙しくなるぜ〜」
今にも飛び出して行きそうなダナを、引き留めるように凌二は口を切った。
「皆んな聞いてくれ! 俺は戦をする事は好まない、だけどこの世界は戦火に塗れている。それを全て無くす……事は出来ないと思う。だけど、少なくする事は出来ると思うんだ!」
「成る程ね、それで友達を作る。同盟国を増やして、抑止力になろうと言う訳ね」
アリッサが納得した様に呟くと、続く様にヨシュアは凌二に言葉を掛ける。
「ですが、戦乱の世です。交易などの力では、他国を納得させる事は難しいですね。いずれ、戦で力を示す必要が出てくるのは避けられません」
確かにそうだ、俺は専守防衛を掲げるつもりだ。だけど、同盟を組む為にも、戦力を示す為に戦をする必要がある。矛盾しているけど仕方がない事だが、それでも流す血は少なくしたい。
苦悩に歪む凌二を視界に捉え、「王の自覚が芽生えてくれて何よりです」と呟き、微笑みを浮かべながら眼鏡を指でクイッと、押し上げるとヨシュアも思考を巡らせる。
相手は大国で兵力も、三国同盟と対等以上に戦える。魔導兵器の開発も盛んで、その脅威は計り知れない。そんな中で戦力を示す為に戦えば、多くの犠牲が出るのは明白で、凌二君も望んではいない。
「さて、どうしたものでしょう」静かに呟くとたらふく亭の扉が開かれ、そこにはカミラの姿があった。
「あらまあ、朝から皆んな揃って何を話してたんだい?」
馬車で二日近く掛かった道のりを、早馬を使いファムファーレンに辿り着つく頃には、陽は傾き初めていた。そして、馬も人も疲れを見せ、今にも共に倒れ込んでもおかしく無い。
やっとの思いで城門に辿り着くと、扉が開かれ騎乗した騎士達が列を作り歩を進める。その後に絢爛豪華な馬車が姿を現し、優雅に馬が歩を進め始める。その後に続く馬車も先頭のものと比べると見劣りするが、それなりの豪華さで貴族の一行だというのが解る。
馬を脇に寄せたエレナを視界に捉えると、馬車の主は合図を出し全体を止める。徐に窓を開くとそこには、茶色の長髪に白い肌。純白のドレスに金の刺繍が入った紅いスカーフを纏い、煌びやかな装飾品を身に着け、綺麗に着飾った貴族の女性がおり、含みのある笑みを浮かべ口を開いた。
「ふふっ、何処かの騎士様と思いましたら、エレナ様でしたか? フルクランダムの観光は如何でしたか?」
「ははっ、馬上から失礼します。 ご機嫌麗しく、タチアナ様。残念ながら、観光はあまり出来ませんでしたね」
そう答えこの場を離れようとするが、エレナの胸元を輝かせるアミュレットを視線に捉えると、タチアナは笑みを歪ませ口を切る。
「あら、そのアミュレットはどうされたのかしら? 貴方に買えるとは思えないから、イミテーションなのね可哀想に」そう言葉を掛けられたエレナは、思わずクスリと笑い心で呟いた。
滅びを迎えるこの国を見限り、遙か東のフィリシアード公国に逃込むのに忙しいだろうに、こういう物には目敏いのね。
「これは本物ですよ。そして、殿方から贈られたものです」そう答えると、タチアナは瞳に嫉妬の光を宿し「これから滅びを迎える国の、公爵令嬢に送るとはね。無駄な投資にも程が有るわ」と吐き捨てる様に言い放つ。
貴方に凌二殿の何がわかる! そう言い返したかったが、心の中でそう叫ぶと冷静を装いながら口を開く。
「この国が在るうちに、フィリシアード公国へ行かれた方が宜しいのでは? でなければ殿方との縁に、恵まれないかも知れませんよ」
冷静に皮肉を言われたタチアナは、歯を食い縛りながら大きな音を立て窓を閉め、馬車をフィリシアード公国へ向かわせた。それを見送るのを早々に切り上げ、エレナは辺りを見回しながら城内に馬を進ませる。
城下町に入ると目に飛び込んで来たのは、我先にと荷馬車の準備を進める貴族達、彼等もフィリシアード公国に身を寄せるのだろう。前線を維持する為に戦ってくれている者達は、これをみてどう思うのだろうか? そう考えると国が滅ぶ事が、この身にヒシヒシと伝わってくる。
もう少し進むと今度は商人達が、馬車の準備をしていた。その中の一人がエレナに気が付くと、小走りに近寄り畏ると口を開く。
「エレナ様お帰りなさいませ、交渉の方は如何でしたか?」と、成果の程を尋ねる少女は、私にフルクランダムへ行く様に助言してくれた者で商人の娘だ。髪を編み込み髪留めをし、丸い眼鏡を掛けた面持ちは、真面目で大人しい少女に見える。しかし、実のところ好奇心旺盛、物怖じしない性格でお転婆な子だ。
懐からガルドから渡された封筒を取り出し、「馬上から御免なさい。ハンナさん、これは試算らしいけど、目を通しておいて頂戴」と、手渡すとハンナは両手でしっかりと受け取り「ここから先は商人の私達にお任せ下さい」と、力強く返事を返すが「民の避難状況はどうなの?」と、問われると表情を曇らせ口を開いた。
「ご覧の通り、貴族の方達が場を占拠しております。現状では準備は出来ていません」そう報告を受けると、暫く思考を巡らせるとエレナは言葉を掛ける。
「確か此処から西に広場があった筈、そこで準備をさせると良いわ。城壁で出られないけど、準備が終わるまでに壊す様に言っておくから、心配しないでね」
ハンナは言葉を受けると、以前のエレナ様だったらそんな荒々しい事は言わないと、唖然をした表情を浮かべる。しかし、キラリと光るアミュレットが視界に入ると、納得した様に頷き「解りました! 皆に伝えときます」と、返事を返すと走り去って行った。
その後ろ姿を見届けながら、首を傾げ「どうしたのかしら?」と疑問を浮かべ思考を巡らそうとするが、ガナードの言葉に遮られる。
「エレナ様、我々は民の避難の準備を手伝おうと思います。陛下へのご報告は、お任せしても宜しいですか?」
「解ったわ。其方は任せるわね」そう言うと、エレナは城内の玉座に向け馬を進める。そして、その場に残ったガナード達はその背中を見送りながら口を開いた。
「凌二殿との思い出が、エレナ様を強くされた様ですな」クラースが呟くと、アレンとバートも頷く。馬を西の広場に向け進めながら「それは我々もだろう?」と、ガナードが言うと頬を掻きながらクラース達は顔を見合わせた後、ガナードの後を追いかけた。
そして、城内に入り王の間へ向かうエレナは、コツコツと足音だけ響き渡る石造りの通路を歩きながら、人気の無さを嘆く。王を守る衛兵も見当たらない、有力な貴族が引き抜いて行ったのだろう。この有様では民が避難する時間稼ぎもままならない、前線の者達が戻っても蹂躙されるだけ。
そう思考を巡らすうちに王の間に辿り着くと、ノックをし扉を開く。「普段なら近衛兵が開いてくれるんだけど、以外と重いものなのね」そう呟き、玉座の前に立ち畏まると声を掛けられる。
「よく戻ったなエレナよ、フルクランダムはどうだった?」表情もそうだが掛けられた声は、以前と比べ弱々しいものだった。
「はい、交渉の方は上手くいきそうです」と、少し間を空け表情を曇らせながら「それと……王剣が抜かれ、英雄王が誕生しました」そう王に告げる。
「そうか! そうか……英雄王が誕生したか、我が国を救って貰いたいものだが……それは叶わぬな」
エレナはその言葉を受け、顔を上げ唾を飲むと「まさか……」と、力なく呟いた。
「前線は崩壊したと、たった今知らせが来た……お前も逃げるが良い、私はこの国と共に滅びる」
そうか、この知らせを聞き、彼等は一斉に逃げ出したのね。まだ猶予はあると思っていたけど……王も滅びを受け容れ、後は死を待つと言っている。だけど、民を避難させる事は諦める訳にはいかない、運命を受け入れ最後まで戦い抜く。凌二殿に笑われたくはないものね。
そう呟くと、徐に首を横に振り強い意志を瞳に宿し、視線を王に向けると言葉を紡ぎ出す。
「民の為に一分一秒でも、避難の時間を稼ぎたいと思います。最後まで戦う事をお許し下さい」
言葉を受けた王は、暫く沈黙を続けた。信頼していた者までも財を持ち他国に逃げ出し、兵力も殆ど無い状態で最後まで戦うと言う、愚か者が公爵家にいた事に驚いたからだった。
次第に笑い声が漏れ始めると、先程の弱々しい声ではなく雄々しい声色で口を切った。
「良かろう、最後まで戦う事を許そう。だが、私もそれに付き合わせて貰う、異論は許さん……エレナよ、どうやら良き出会いに恵まれた様だな」
現状に似つかわしくない、ニカッと割れんばかりの笑顔を浮かべ、掛けられた言葉にエレナは顔を赤くする。誤魔化す様に「それでは、準備を手伝いに行って参ります」と告げ、踵を返し足早に王の間を後にした。
足音だけ響き渡る石造りの通路を歩きながら、エレナは顔の熱が冷めていくと共に、砂が落ちる感覚を胸に覚える。それに疑問を持つ事も無い、彼女はそれが何なのか知っていた。儚い微笑みを浮かべ、力無く呟く……
これは、滅びへのカウントダウンなのだと。
陽が沈み月明かりの下で、心地良い夜風に当たりながら「疲れた〜」と、ぼやきながら凌二はテラスのテーブルに項垂れる。それを聞いたのかガルドは珈琲を持って現れると、凌二の前に置いた。
「お疲れ様だの。連れの子達はどうしたのかの?」と尋ねられ、凌二は珈琲を手に取りお礼を言うと、続けて口を開いた。
「アリッサさんは、魔法の講義をしてくれって連れて行かれて。サラさんは、カミラさんと怪しい笑い声あげて、どっかに消えて行って。後の皆んなはダナさんの手伝いって所ですね」
「そうか、住民も忙しくなったが、楽しそうにしておるの。王に感謝しなければならんの〜」
あはは〜 と、乾いた声で凌二は誤魔化す様に返事をする。暫しの沈黙の後にガルドは顔を曇らせ口を開いた。
「先程、前線が崩壊したと知らせがあっての……ドルドガーラの進軍が、早まった様だ。幸い行軍が遅い事もあって、衝突するのは明日の昼過ぎと言った所。突破されても、城壁の建設がギリギリ間に合うかといった状況だの」
「避難状況はどうなってるんですか?」そう聞くと、ガルドは更に表情を暗いものにして口を切る。
「貴族達が優先的に避難して、住民は未だ避難出来てはおらん。避難出来たとしても、追っ手が掛かる事は間違いないだろうの」
戻って来たばかりだと言うのに、ドルドガーラの侵攻が想像以上に速く、そして強い。同盟を組むという事を考えると三国同盟の中心、ファムファーレンが落ちるのは好ましくない。
しかし、それも時間の問題。こっちの戦力状況は把握出来てないけど、城壁があり充分な用意をした上での戦なら、善戦できる可能性があると思ってた。だが、それも許されない状況。
テーブルに肘をつき良い案が出る様に、願いつつ頭を掻き乱す。幾ら思考を巡らしても、敗色濃厚である事は変わらなかった。それでも諦めずに考え続けるが、それを遮る様にガルドは言葉を掛ける。
「エレナは最後まで戦う、そういう目をしておったの……お前が運命を受け入れた姿を見て、自分もそう思ったんだろう」
束の間の思い出しかない、相手の事を見てそう思うなんてな。リムイもそうだったが、驚かせられるが嬉しく思える。
そう呟くと、凌二の中に時間を稼ぐ一つの案が閃く。これは戦略的なものではなく、感情から生まれた突発的なもので、お世辞でも良策とは言えない。
「ガルドさん、相談があるんだけど、良いかな?」
その言葉は、月明かりの下に静かに響き消えて行く。
凌二の行動に戦の行く末がどうなるのか、夜空に浮かぶ月や星々にも解らない。だが、穏やかな光に照らされた顔は、後悔の無い選択をしたと物語っていた。




