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フルクランダム

一人の英雄が作りし箱庭、それは命の灯火と引き換えに誓約を結び成し得たもの。


誰に支配される事もなく、誰もが傷付かない理想郷。


此処に居れば誰もが幸せになれるだろう、多分皆もそう言うはずだ。

街は水路、陸路に恵まれ貿易も盛んになり豊かになっている。種族が対立し戦乱の中にある世界にとって、他種族と共存している所が何よりの証だろう。


正に楽園、理想郷だ。


この功績は多くの人が讃え。


吟遊詩人は詩を紡ぎ、歌い響かせる。


その響きは世界を廻る。


英雄と呼ばれた男の成した理想郷と言う箱庭は、他国の王ですら手に入れることの出来ない物なのだろう。

戦は無くならず、それどころか激しさを増している。


英雄王の誕生した後の、300年の歴史がそれを物語っている。


民を想い、仲間を想い出来た場所。


だが、そこには英雄は居ない。


彼はこの事をどう想い、何を考えて消えていったのだろうか。

知る人も居なければ、知る事も出来ない。

本人に会う機会があれば聞くことが出来るのだが……それは叶わぬ願いだろう。

あれから馬車を走らせる事約15分、ポツリポツリと辺りに小屋が見え始める。次第に幾つかの道と合流して道幅が広くなり、馬車の数も増え御者同士の挨拶が交わされる。そして目の先には目的の街が見えていた。


長い歴史があり都市という程の規模ではないが、立地が良く、直ぐ側に大きな河が流れていて陸、水路での交易が盛んな豊かな街である。街の中央には古城もあって観光地としても賑わっているようだ。


「おお〜! 久しぶりのフルクランダム! 去年の祭り以来ですね〜」


挿絵(By みてみん)


荷馬車の後方から身を乗り出して来るアドレア、彼はこの街で育ったらしく帰郷という事もあって楽しみにしていた様だ。


「そうだな、たまにはゆっくりしていったらどうだ?」

「いやいや、吟遊詩人は巡業しないと食べていけませんからね。まあ、王剣が抜けたら気が変わるかも知れませんが」


王剣それはこの街を世界で類を見ない場所とする最たるもので、「剣と大地の誓約(せいやく)」により他国の侵略を許さず、街中の争いに対しても早急に鎮静化させる。この効果は郊外数キロにも及び、世界で唯一の他種族との共存を可能にした街となった。

そして約300年の間大地に刺さり続けて誓約を護っている。


「う〜ん、それはないの〜。今年も呑んで騒いで、はい終わりって感じだと思うがの」


ガルドは苦笑いを浮かべながら否定し、馬車を通用門に向かわせる。その時若い男に声をかけられる。


「おお〜い! そこの馬車止まってくれ〜!」


青年は通用門から並ぶ馬車の横を走って来たようで息が切れていた。


「あいよ〜いつも大変だの、まあ今日は特にか?」

「ええ……祭りが……ありますからねって、ガルドさんじゃないですか……お帰りなさい」


青年は息を整えつつ言葉を返す。毎年祭りの時期になると、屋台業者や観光客が増えて忙しくなるのは知っていが、その姿に少し違和感を感じるガルド。


「どうしたんだ、通用門の検閲所まで距離があるはずだがの?」

「それなんですが、少々トラブルが起きまして。荷馬車の進みが滞ってます」


青年が指をさした先には、入り口から作られている馬車の長蛇の列は動きを止めており。その先頭で数人の男達が騒いでいた、小綺麗な装いで帯刀している事から他国の騎士団の様に見える。


「帯刀許可はまだか! いつまで待たせるつもりだ!」


騎士団の1人が怒気を含めた声でがなりあげている、かなり苛立っているようだ。しかし、検閲官は冷静に対処する。


「お急ぎになられるのでしたら、剣をこちらに預けて頂ければ直ぐに……」

「騎士に剣を手放せと? 貴様は我等を愚弄するつもりか!!」

「では、帯刀許可をお待ちになられ……」


どうやらこの問答がしばらく続いていた様だ。相手が相手だけに文句も言えない御者達、疲れきった顔と馬車の長蛇の列がそれを物語っていた。


「てな感じで、アレのおかげでこの有り様です……」

「本当に迷惑ですよね、あの人達のアレは……」

「だの……てか、本人達楽しんでやってるんじゃないかのアレ?」


三人揃って顳顬(こめかみ)を押さえて溜め息をつく。騎士にも色々ある様だが、ああいった行動を取るものは下位の者やそれに近い者である事が多い。


「まあなんだ、ウチの子騎士に憧れてるからの。寝てて本当良かったの〜」


ふむ、あの長蛇の列を見ると街に入るのにかなりの時間が掛かりそうだの。チラリと荷台に目線をやる。

すると、それを察したアドレアは思い出したかの様に切り出した。


「あ〜そういえば! 来る途中で行き倒れの方を拾いまして、出来れば早く医者に診せたいのですが……」

「ああっ! そうでした! 検閲(けんえつ)所があんなんなんで……あははは。商用通門を設けましたので、そちらに行かれれば早いと思います」


青年も思い出したかの様に伝言を告げると、後から来た荷馬車に駆けていった。


「やれやれ……と言う訳だ、行くかの」

「ええ、それでどうします? 先に医者に行きますか?」


そう問われ顎に手を当て一考するガルド。店を持っている事もあり、仕入れて来た物の中には鮮度を気にしないといけない食材もある。だか、行き倒れを放っておく事も出来ない。


「アドレア、馬車を預ける。頼めるかの?」

「……は? それ本気で言ってます?」


返された言葉に豆鉄砲を喰らったかのように声を漏らす。

店や行商を生業(なりわい)とする者にとって馬車は命と言っていい。いくら信用のある者だといえど、手綱(たづな)を渡したとしても同乗している状態でというのが限界である。世間一般の常識でもあるが、馬車の扱いに慣れてない者に預けるなんて論外である。


難しい選択をしたにも関わらず、何の迷いも無い表情をされると頼まれた方も断れない。雇われの身であるなら尚更で、皮肉の一つも言いたくなる。


「人情に厚い人狼は人使いも荒いですね……あっギャラ50%カットは無しにして貰えますよね」

「ああ、わかったわかった、たくっ金にうるさいエルフもどうかと思うがの?」


種族的に違う価値観を持つ2人は、互いの顔を見合わせ微笑んだ。


「ウチの子も頼むの、起きるまでゆっくり寝させてやってくれの……慎重にの」

「追加で親バカですね」

「否定はせんの、寧ろ(むしろ)誇りでもあるからの」


肩を(すく)め手綱を受け取り腰を落ちつかせると、馬車をゆっくりと商用通用門に向かわせる。


今だ収まる様子が無い騎士団と検閲官を横目に通り過ぎる。数十年前であるなら直ぐに収まり、穏やかな日常に戻っているのが普通だった。

ここ数年ではこういった揉め事が起こり、解決もしくは解消に至る時間が長くなってきている。それでも他の都市や街に比べれば治安は最良だと言える。


だが、街の人々は他所で日常的に起きているだろう揉め事に対して、誓約の綻びを感じ不安を抱き、剣を抜き放ち新たな王となる者を求めているのかもしれない。

そして、その代償としてこの街は世界に存在するありふれた街となり、戦乱に巻き込まれてしまうのかと。


アドレアは自分の記憶を辿りつつ思考を巡らしていると、目の前に商用通用門が見えてきた。


街や周辺の治安が良いため、外敵に対して最小の対策しかしておらず。街を囲う外壁も木造であり、高さも肩までしかなく防衛能力の低さが伺える。

正規の通用門に比べ性急に事を進めたのもあり、木を釘で打ちつけただけの簡素な門だったがこれでも充分だろう。


検閲所に入って馬車を止め検閲が始まるが、ガルドの信用の高さからか直ぐに済み門を潜り街に入る。

すると、ガルドは荷台に移り荷降ろしの準備を始める。商売をしている者としてだろう、時間を有効に使いたいという思いが伝わってくる。


「さて、先ずは店で(わし)と荷物を降ろして、で兄ちゃん医者まで運んで診てもらってくれの」

「わかりました、診てもらった後はどうするんです?」


何となく返ってくる言葉が予想できる質問をしてしまう。


「ん〜店まで連れて帰ってくれるかの、腹減ってるみたいだしの」


腕に(より)をかけると言わんばかりに微笑みながら、ポンポンと腕を叩く。


「いや〜羨ましいですね、ガルドさんの料理を無料で頂けるなんて」


ガルドの料理は街で1、2を争う程と称されている、その美味さは遠方にも届き足を運ぶ者は後を絶たない。


「まあ、その分は手伝いとかしてもらうしの」


そこは商売人、ちゃっかりと人員補充を視野に入れている。この抜け目の無さは商売人として信頼がおける証でもあるのだが、繁盛(はんじょう)している店の過酷(かこく)さを考えると当人に対して気の毒に思ってしまう。


「アドレア、お前さんも手伝うか? (まかない)は美味いもん出すしの」

「私は吟遊詩人として誇りを持っていますので……ははは」


苦笑いを浮かべつつ馬車を走らせる、街中では他の馬車や人も通行しているので慣れていないアドレアは集中し手綱を操る。

その中で、街中で見る来客の変化を感じる。帯刀し傲慢な態度で闊歩する者や鋭い視線で街中を伺う者。


今年は少々きな臭くなりそうですね……。


アドレアはそう呟き不安を感じつつも、気を配りながらガルドの店に馬車を走らせる。

とある建物の一室に静かに響くノックの音、3回程続き室内に居る者との親密さが伺える。


「どうぞ、入って頂戴」


女性の声によって室内に招かれ、それに答えるように訪問者は歩を進める。


その室内は落ち着いた橙色の照明に包まれ、食器棚には来客用のティーセットが所狭しと収められている。中央には3人掛けのソファーが2脚向かい合わせになっており、間に少々高価そうなテーブルが置かれている。


「どうぞ、掛けて貰っても構わないわ」


静かで深く澄んだ声で促す。

声の主は立ち上がり、ティーセットを取り出すと無駄の無い所作で紅茶を淹れ始める。

その姿は細身で腰まで伸びた黒い髪がなびき、端麗な顔立ちと白い肌、淑やかな物腰は誰もが美少女と答えるだろう。


「あ〜差し入れないの? クッキーとか甘いものとか?」


黒髪の少女が座って居た対面の席から声が掛かる。その声は対照的に華やかに澄んだもので、女性らしさが強調された体躯で薄っすらと焼けた肌。茶色がかった髪は腰まであるかと思われるが、後ろでまとめられている。


「気が利かなくてすいませんね、食べ過ぎるとアレですよ?」


笑顔を浮かべながら爽やかな声で皮肉を言い男はソファーに腰を下ろすと、目の前に出された紅茶に息を吹き掛け冷ましながら口を付ける。


三者の服装は男性、女性の違いがあるものの、上着の形や色が同じ事から同一の組織である事が解る。

一息ついた所で黒髪の女性が口を開く。


「さて、進捗状況はどうなっているの?」


言葉と共に視線を向け返答を待っている。


「フルクランダムに到着しています。今の所は順調ってとこですかね」


返された答えに納得すると、視線を茶髪の女性に向ける。


「こっちの方はね、ちょっとマナの調整に手間取ってる感じかな〜」


少し誤魔化されている感じを受けつつも、黒髪の少女は一考する。


「そちらの方はもう少し余裕を持たせるわ、何かあったら正直に言って頂戴ね」


そう言った彼女は笑顔を浮かべてながらも目が笑っていなかった、その表情に2人の背中に冷たいものを感じた。


自分の命と引き換えに誓約を成した英雄王、民を救った究極の自己犠牲は多くの人々が讃え300年経った今でも色濃く伝えられている。

しかし、見方を変えれば傲慢で無責任、王の責務を放棄した醜態であると思う人もいるかも知れない。


「私は認めない、この永く続いた茶番は終わらせる」


黒髪の女性が静かに言葉を発し響かせる、2人は言葉に込められた決意を察し静かに頷き席を立つ。

そして、自分に課せられた役割を果たすため部屋を後にする。

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