新たな仲間
穏やかな風がカーテンを揺らし、黒く艶やかな髪を撫でる。風に揺られた髪は房を解き、白い肌を優しく擽る様にアリッサを目覚めさせた。
「んっ……もう朝なの……気付かないうちに寝てしまったのね」
膝に重さを感じ、視線を向けるとサラのあどけない寝顔があり、心地好さそうに寝息を立てていた。そして、自分の頬に手をやり、熱が冷めた事を感じながら昨晩の事を思い出した。
「友達との喧嘩なんて、初めてね」そう呟くと、サラを起こさない様に近くのソファーに運び、「結構重いわ、少しダイエットしなさい」と、微笑みながら皮肉を一つ溢すと、風が入り込む窓にまで歩くと空を見上げる。
「私の計画は失敗に終わった、彼等の運命を変える事が出来なかった。誓約は成され、彼は消えて無くなる……自信過剰も度が過ぎると滑稽ね」
自分を笑いそう呟くと、室内にノックの音が響き渡る。始業のチャイムも鳴り終わり、先生が呼びに来たと思い入室を促す。
「失礼します」そう告げる声には覚えがあり、窓に写り込んだ姿は宗方君だった。それでも、中身は本人だとは限らない、英雄王、アーデルハイドかも知れない。そう自分を諌める様に言い聞かせるが、胸に抱いた淡い期待に鼓動は速いものになり、息苦しさを感じさせる。
冷静を装って返事を返すが、夜通し泣いたその目は晴れたままだろう。それもあって「どなたかしら?」と、背中越しに声を掛ける。そして、凌二もその声色に覚えがあり驚くものの、納得した様な口調で言葉を掛ける。
「その声……もしかして、広場であった人ですか?」
その台詞を聞いた瞬間、肩がピクリと跳ねる。アリッサは彼が「宗方 凌二」本人だと確信すると、枯れた筈の涙が一粒、また一粒と溢れだし頬を伝う。
「沈黙は肯定として見ます。そうですか犯人は……貴方に言いたい事があります」
そう言葉を投げ掛けられ、アリッサは唇を嚙み覚悟を決める。
元々、全ての罪を被るつもりだった。運命を捻じ曲げた事も、騒動を起こした事も。そして、二人を救えなかった事も。責められる事は承知の上でした事だったが、自分の抱いた感情を知った今。いざその場面を迎えると、想像を超える恐怖が襲い膝が震えてくる。
犯した罪への罰を告げられる。それに耐える様に目を閉じ瞼に力を込め、制服を掴み握り締めるとアリッサは言葉を待った。室内に漂う沈黙は途方も無く永く感じさせ、自分を襲う息苦しさは死へ至らせるものと思わせる。そして、悠久の時に終わりを告げる様に、室内に静かに響き渡る一言が発せられた。
「有難う」と、感謝の一言。アリッサは自分の耳を疑い。そして、凌二は微笑みを浮かべ尚も続ける。
「貴方のお陰で皆んなに会えた、アーデルに会えた、皆んなを贖罪から解放できた。そして、アーデルも貴方に感謝していると思う」
その震えながらも力強く伝わる言葉に、偽りがないのは直ぐにわかった。しかし、自分の犯した罪が、許されるものではない事を知るアリッサは口を切る。
「私は貴方を器、物として転生させたのよ。許される事は有り得ない……」
「そうかも知れない。でも、ああしなければ今頃、俺は存在していない。皆んなに会う事も出来なかった……俺が「宗方 凌二」だって、胸を張って言う事も出来なかった。そうさせてくれたのは、貴女のお陰なんだ」
優しさに溢れた言葉を掛けられたアリッサは、込み上げる想いに耐える事が出来なかった。力の入らない脚を、無理矢理動かし歩み寄る。凌二の制服の裾を掴み、泣き腫らした顔を隠す様に俯き「御免なさい」と呟くと、凌二の胸に身を委ねようと飛び込む……
筈だったが、その瞬間「いや〜 和解できた様で何よりです。これで無事、私の計画は終了ですね〜」と、アドレアが微笑みを浮かべながら入ってくると、室内はかつて無い静寂に襲われた。
凌二はアドレアが、この世界にいる事に驚き。アリッサは裏切り者が、のうのうと顔を出した事に驚いた。そして、ソファーに横たわるサラは、徐に身体を起こすと、ニヤリと笑みを浮かべて口を開く。
「ほほう〜 アドレア君。このタイミングで入室しますか〜」
「えっ? えっ? 何? 何か私やらかしました?」
「いや〜 やらかしたも何も。あと少しで胸に飛び込んで、良い感じになると思ったんだよね〜 思わずドキドキしたよ」
少し顔を赤らめ、ぱたぱたと手を扇ぐ姿はおばさん……母親が娘の恋路を語っている様に思わせる。
「えっと……サラ? 貴方……いつから起きてたの?」
ギギギと首が錆び付いたのかと思わせる様に、辿々しい動きで視線を向ける。
「えっと「結構重いわ、少しダイエットしなさい」からかな? も〜 酷い事言うんだからアリッサは〜」
アドレアの選んだ結末に、安心したサラは上機嫌で返事を返した。
「おおっ、サラさんアリッサさんの物真似上手ですね〜」と、自分の願いが成就したアドレアも、それに乗る様に機嫌良く返事を返すが、指をワナワナと震わせるアリッサに気付いてはいない。
「つまり、全部聞いていたという訳ね」顔を赤らめさせ呟くと、先程まで晴れていた空にゴロゴロと音を立て雷雲が現れる。
それを察知したサラとアドレアが、恐怖に身を包まれた瞬間「フニャーーーーッ」と叫び声と共に雷が舞い降り、生き物の様に障害物を避け二人に襲いかかり、室内は眩い光と轟音に包まれる。
暫くするとパタパタと足音が近付き、扉を開く音がすると氷見野先生の姿があり。室内の惨状を見た先生は、溜息をつくとアリッサに鋭い視線を向けて言葉を放つ。
「学校では魔法は禁止って、お姉ちゃん言ったよね! 揉消すの大変なんだよ!」
その言葉を聞いて雷を避ける様に、しゃがみ込むアリッサ。そして、驚いた凌二は思わず「先生も異世界の人なんですか?」と、尋ねると先生は扉を閉め口を開いた。
「私は生粋の地球の人間、この子から聞いて事情は知ってるよ。大変だったでしょ? 迷惑を掛けてごめんね」
親しみを感じさせる口調と頭を下げる様子は、先程の不敵な笑みを浮かべた人とは思えない。多分こっちが本当の姿なんだろうと、少し好感が持てる。
「いや、大変でしたけど俺は感謝していますから」そう答え、先生は笑顔を浮かべ「そう言ってもらえると助かるよ」と返し、徐に三人に視線を移すと、少し表情を曇らせながら口を開く。
「それで、今後はどうするつもりなのかな? 君は王になったんでしょ?」
「俺は、フルクランダムに戻りたいと思ってます」
「そっか、王になったら責任もある、あっちが大切に思うのはしょうがない事だよね」
幼い頃から聞かされた妹の思惑が、現実のものとなったらと、いつもその先の事を考えてた。そうなったら嬉しいと思う反面、彼に付いていくと言っていた事を思い出すと寂しくなる。
徐に目を逸らし、身体を締める様に肘に手を当て、腕を組み俯くと更に思考を続ける。
それに、この世界とは違い戦火が至る所に広がる所。命を落とす危険があるのは此方でも同じだが、その可能性は桁違いだろう、そんな世界に行かせたくはない。姉としても教師としても、そう考えるのは当たり前。しかし、妹の想いを知っている手前、止める事もしたくない……
相反する思考を持って難題に挑み、なんとか妥協点を見つけようとする。次第に指を肘に食い込ませる様に締め付け、苦悶の表情を浮かべる彼女に声が掛けられる。
「あっちの世界も、こっちの世界も俺の世界です。大切な人がいる、大事な場所には変わりは無いですよ……王になると強欲になるものかも知れませんが」
彼から放たれた言葉は、その場凌ぎのものでは無く、自分の考えを強欲と認めた。間違いなく、本心から言っているのだろう。両方の世界が大切だと、私から言わせれば傲慢にも程があるが、大切な人と……人を想う事が出来ている。そして、彼等を悲しませる事はしないと、語っている様に見える瞳の光は、王の中の王とはこういう者がなるのだろうと納得させる。
言葉を聞き届けると、自分が難題だと考え苦悩した姿を笑う様に、滲む涙を拭いながら高々と笑い声をあげ、暫くした後、収まらない笑いを堪えながら口を開く。
「王と言うものは、例外なく強欲なものだよ。ただ、それが誰かを傷付けて良しとするか、しないとするかの違いだね。君はどっちかな?」
「極力、傷付けたくありません。それが敵だとしても……」
「なるほどね。君は良い王様になれる素質はある。だけどね、敵にすればつけ入る隙になるかも知れない、その辺はちゃんと気をつける様にね」
「はい、気をつけます」と力強く答え、先生が微笑みながら頷き納得したのに安心すると、凌二はアドレアに視線を向け質問を投げ掛ける。
「それで、帰還方法についてなんだけど、アドレアさん方法あります?」
「あっ此方では安戸 一希でお願いしますね凌二。それと一応、設定では同級生ですし、我が王でもあります。敬語は無しでお願いしますね」
安戸は制服のポケットからスマホを取り出し、電源を入れ画面を出してアプリを起動させると、凌二に見せる様に向ける。
設定では同級生と言った事は、スルーでいくが。最近のスマホアプリは凄いな、世界転移も出来るんだって、んな訳あるか! と、喉元まで出掛かった突っ込みを、必死に抑え凌二は言葉を待った。
「帰還方法については、私の使う簡易転移門、あっ、これは咲奏さんに稀少な魔導鉱石を使って、造ってもらったものです。一人用なんですが、こちらはマナが薄いので再稼働まで、半年以上は掛かりますね。ちなみに、今回は凌二の後をつけて、水晶から来ました〜」
「そうかメールの主は安戸だったのか」そう呟き、視線をアリッサに向ける。それに気が付いたのか応える様に、アプリを立ち上げ確認すると口を開いた。
「私は氷見野 麗月、向こうではアリッサ・グレイフィードね。学年は同じ、帰還方法については安戸君と一緒ね」
「私はね市ノ羽 咲奏だよ、向こうはサラ・デアシエル。同学年ね〜 ちょっと前に「世界転移門」使っちゃって、クールダウンは一年って所。状況は一緒かな」
つまり、現状では帰還するには半年以上は掛かる、ドルドガーラの侵攻が始まっているのを考えると、帰った時には滅んでいるかも知れない。悠長に学生生活を送って、待っていられる筈がない。
目を閉じ思考を巡らせるが、自分では何も出来ない事を知ると、顔を歪ませ歯を噛み締める。その様子を見て表情を曇らせる安戸達だったが、先生だけは平然としていた。麗月はそれに気付くと、不機嫌そうに口を切った。
「姉さんは何か案があるの?」と問われ、不敵な笑みを浮かべながら口角をあげ、人差し指を伸ばすと口を開く。
「世界転移には膨大な魔力が必要だね、それをチャージするのに時間が必要。それに関して安戸君は、心当たりがあるんじゃないの?」
「……あっ、もしかして水晶の事ですか?」そう返されると、先生は徐に頷くと更に続けた。
「二人も転移させたんだよ、蓄積されている魔力は膨大である事が解るよね。多分かなりの余裕があると思うし、もしかしたら常時その状態を維持しているかも知れない」
そして、続けて指を伸ばすと口を開く
「で、次に必要なのがアンカーポイント。時間、場所を指定するものだけど、場所については宗方君と繋がりが在るもの……王剣によって割り出せる筈。繋がれば膨大な魔力を引っ張る事が出来ると思うよ。宗方君、王剣は何処にあるのかな?」
「えっと、水晶の側に刀掛けがあったので、そこに置いてきましたけど」
「なるほど、それは好都合だね。魔力を得るのがスムーズに行える、もし、こっちに持って来てたら時間が掛かったかも知れないしね」
「……後は時間指定と起動式」麗月が呟くと、コクリと頷き先生は咲奏に視線を向ける。
「咲奏さんの「世界転移門」は、術者の自由にそれを指定出来る優秀な魔法。だけど、指定出来るのは発動時から、ある程度の時間だけ。魔力コストと術者に左右される不安定さが問題ね」
「俺はそれでも構いません!」と、焦る思いから凌二は叫ぶ様に口を開くが、先生は掌を向け宥める様に言葉を掛ける。
「まあ、落ち着きなさい、君は両方の世界が大切だと言ったよね。この時点で帰って次に帰ってくるのが、半年、一年後とかになったらどうするの? 出席日数足らなくて留年決定しちゃうよ? 親御さん悲しむと思うんだよね」
やばい、正論をぶつけられて、ぐうの音も出ない。焦っていたのかそこまで考えてなかった、やっぱり両方大事にする事は難しいかも知れない。
俯き意気消沈する凌二を見て、クスリと微笑むと先生は言葉を掛ける。
「そこで宗方君。取引をしましょう」と、言葉を掛けられた凌二は先生に向ける視線を、訝しげなものに変える。そして、先生は視線を避けるように、奥の扉に歩み寄り開くと中を覗く様に促す。
その部屋は物置として使われていたそうだが、広さは生徒会室より一回り小さい程度。壁には所々張り紙の跡があり、何も置かれてない分広く見えた。そして、その床には所狭しと魔法陣が描かれていた。
「まさか、コレって……」麗月が呟くと、先生は胸をはり誇らしげに笑みを浮かべると口を開く。
「麗月を驚かそうとして描いたんだけどね。「世界転移門」の術式をコスト改良と安定化させた陣。転移時にアンカーを生成して記憶させる事で、移動後の時差も出来るだけ少なくなる様にしてあるんだよ」
目を見開いたまま驚きを隠せない凌二に、麗月は顳顬を押さえ溜息をつくと、呆れた様に言葉を掛ける。
「私が面白がって教えたんだけど、今では術式の知識は私を遥かに超えるのよ。でも呆れたわ、「世界転移門」は口伝魔法じゃなかったかしら?」
麗月はじとりとした視線を向けると「えっ……とね。新作のドーナツセット……貰ったからね〜 あはは〜」視線を逸らし頬を掻きながら、乾いた笑い声をあげ咲奏は答えた。
「私が切れるカードは、魔法陣の使用権のみだけどね。どうかな宗方君、返事を聞きたいんだけど?」
ドヤ顔で言葉を掛けてきた先生に、参りましたと言わんばかりに肩を竦めると口を開いた。
「先生からの条件を聞かされてませんが……俺の出来る範囲の事なら、その申し出受けさせて貰います」
「うんうん、中々に素早い決断、流石王様だね。まあ、困った事があったら……」
喋りながら出口の扉に向かうと、「この子達に頼ればいいから」と、扉を開く。すると、数人の生徒が倒れる様に雪崩れ込んできた。
意地の悪い笑みを浮かべ「盗み聞きは感心しないな〜」と先生が言葉を掛けると、彼等は乾いた笑い声で応える。そして、その面影に懐かしい感情を抱き、知らないうちに涙が頬を伝った。徐に凌二は麗月に視線を向けると、顔を少し赤らめ視線を逸らしながら口を開く。
「う、器の貴方を守るのに、私一人じゃ無理だから。その、何? ついで……そう! ついでに転生させたのよ、下僕として!」
アーデルと共に最後まで戦った彼等を、転生させてくれたのか。そう呟くと、制服で涙を拭い言葉を紡ぎ出す。
「氷見野さん、有難う!」割れんばかりの笑顔を向けられた麗月は、顔を真っ赤に染めると俯き口を閉ざした。そして、そのままモゴモゴと何やら呟いている麗月を他所に、先生は口を開いた。
「さて、これは教師として言っとくけど、戦火に負ける事なく必ず生きて帰って来なさい。このぐらい守れない様じゃ、信用出来ないからね。だから宗方君、私の出す条件は帰ってきたら教えるよ」
意地の悪い笑みを浮かべ、俺を煽る様に言葉を掛けてくる。足元を見られ条件を聞かずに申し出を受けた、こっちの身にもなって欲しいな。全く、本当に容赦のない人だ。
苦笑いを浮かべながら心で呟くと、背後から安戸に声を掛けられる。
「それで、凌二は王としての初仕事は、何をされるんですか?」
「さっきまでの様子だと。火急的、速やかに解決する案件がある様だけど?」
安戸の言葉に続く様に、麗月は髪を払い微笑みを浮かべて凌二に言葉を掛ける。
「私も頑張るからね〜 宗方君!」咲奏に続き賛同する声があがる。それに「皆んな良いのか……有難う」と、凌二は答え涙を拭うと、割れんばかりの笑顔を浮かべ続けて口を開いた。
「早速なんだけど、友達を作りに行こうと思うんだ。どうかな?」




