古城へ
白く何もない空間で佇む少女がいた。その潤んだ瞳の先には凌二の姿が映り、名も無き一振りの剣として生まれた彼女に名を授けた。今まで幾人の主人がいたが武器としか見られず、誰一人として名を授けることは無く、それが当たり前の事だった。
あの時の事を覚えてくれてたんだ、私はただの一振りの剣。名なんて必要ないと思ってた……「紬」か。
そう呟き微笑むと、彼女はそれに応える様に膝をつき、頭を垂れ胸に手を当てると口を開いた。
「主人の命ある限り、我が身を持って敵を討ち、貴方を守り抜く事を誓います。我が名「紬」を持って忠誠を捧げる事を、ここに宣言いたします」
言葉が届いたのか、身体が仄かな黄金色の光を帯びると、空間が震え出した。アーデルとフィルフィアは何事かと驚いたが、クワドが諭す様に言葉を掛ける。
「大丈夫、彼女が主人と認めた事で、剣の世界が変わってるだけだよ。でも、彼女が光を帯びるのは、初めて見る……多分、名をもらった事で、凌二君との繋がりが強くなったのが原因かな?」
空間の震えが収まると、何事も無かった様に立ち上がると、紬は自分の手を眺めながら呟く。
「何だろう、この魔力に覚えがあるような気が……それに、新しい力も得たような気がする」
そう呟くと背後から声と共に、フィルフィアが勢いよく抱き付いてくる。
「よかったね〜 紬ちゃん!」そう声を掛けると、勢いは消え優しいものとなり、フィルフィアは瞳に涙を浮かべながら続けて言葉を掛けた。
「ごめんね、紬ちゃん。今まで酷い人かと思ってた、でも本当は優しくて暖かい人だったんだね〜」
「ばっ、なななな何言ってんだよ! そ、そんな訳ねえよ! つか、離れろこの「のんびり王」!」
二人の微笑ましいやり取りを眺める、クワドも微笑みながら誤解していた事を頷き同意する。そして、アーデルもクワド達の笑顔に暖かさを感じていた。
「アーデルはまず、この白い世界を開拓する事からだね。どんな世界にするのかな?」
アーデルに好奇心に溢れた瞳を向け、クワドは少年らしい面持ちで質問を投げ掛けくる。「そうだな」と呟きながら、フィルフィアと紬に視線を向けると答えを返す。
「実った小麦が広がる、黄金色に包まれた暖かな世界……かな?」
「へえ〜 それは楽しみだ、また遊びに来ても良いかな?」
「勿論。楽しみにしてるよ」そうアーデルが答えた頃には、紬はフィルフィアを組伏せていた。そして、アーデル達に視線を向けると、意地の悪い笑みを浮かべ口を開く。
「アーデルはいいとしても、あんたらの世界は大丈夫なの? 剣が形を変えたからね〜 それに伴ってこの世界も変化したから、影響が出てるかも知れないね」
その言葉にワナワナと身体を強張らせ、顔から血の気が引くクワドとフィルフィア。
「僕の大事な帆船模型が!」「私の秘蔵の書物コレクションが!」と続けて声が上がると、蜘蛛の子を散らす様に駆けて自分の世界に帰って行った。
二人を見送った後「やれやれ、漸く帰ったか」そう呟くと、紬はアーデルに視線を向けると口を切る。
「私も全て解っている訳じゃないけど、剣の世界は限りなく現実に近付けて創られている。そして、与えられた世界は、自分の思い通りに創る事が出来る。だけど、力を司る者としてここに居ることは、生れ変る選択を奪われているって事。まあ、その代償って所だね……アンタはそれで構わないのかい?」
「紬は凌二が生きている限り守るんだろ、俺もそれに付き合うよ。まあ、その後は飽きるまでって所かな」
言葉を受けクスリと笑みを浮かべると、紬は天を仰ぎ口を開いた。
「忘れてた、アンタも主人も大馬鹿野郎だって事。聞くだけ無駄だったね……」
これから色んな事が起きるだろう、楽しい事や辛い事、目を覆いたくなる様な出来事が起こるかも知れない。戦を知らない主人に、それに対する耐性がある訳が無い。心を砕かれる不安もある、だけど私は誓ったんだ。
紬は「型」を司る者として似付かわしくないと思いながらも、願いを叶える為に力を貸して欲しいと、想いを込めて呟く。
「主人を守る」と。
フルクランダム国の樹立を宣言し、轟く歓声の中で倒れ込む凌二だったが。血相を変えてヨシュアが受け止めると、たらふく亭に運ばれた。その頃には日は傾き始め、夜の訪れを感じさせる暗さが漂う。
住民達も王が倒れた事に、表情を暗いものにしていたが。診断の結果、疲労によるものと解り「暫く安静にすれば問題ない」と、告げられると皆は安堵の息をもらす。
そして、再び喜びに包まれると声をあげようとするが、ヨシュアの「安静の意味はご存知ですよね?」と、辺りに静かに響く一言に口を抑える。それでも、住民は喜びが収まらないらしく、遠慮しながらも声をあげ王を気遣いつつその場を去って行った。
住民達を見送り「やれやれ、気持ちは解りますがね」微笑みながらそう呟くと、ヨシュアはたらふく亭の二階にある宿の一室に戻る。
扉を開くとベットに横たわり寝息を立てる凌二の姿と、それを心配そうに見つめるリムイの姿があった。ヨシュアは歩み寄ると徐にリムイの頭に手を置き、優しく撫でると言葉を掛ける。
「安心して下さい。疲れて眠ってるだけです、直ぐに良くなりますよ……それと、感謝しています。君が勇気を持って自分の夢を伝えた事が、凌二が帰る切っ掛けになったと思います」
言葉を受けるとリムは頭を横に振り、小さな手で服を握り締めると口を開いた。
「あの時は悲しくて動けなくて、何も出来なかったんだ」その言葉を聞いたヨシュアは、近くにある椅子に腰を掛け、静かに言葉を待つ。
「部屋に風と一緒にアドレアさんが入って来て、「凌二を助けるのに力を貸して下さい」って言ってくれたんだ。だから、僕は頑張れたんだよ」
リムイはヨシュアに視線を向けると、満面の笑みを浮かべ誇らしげに言葉を紡ぎ出した。それに微笑んで応えると腰を上げ、身に纏った白衣の皺をはらうと口を開く。
「私は少し夜風に当たりながら帰ります、後はリムイ君に任せるとしましょう。大丈夫ですか?」
「うん、任せて!」元気よく返事が返されると、ヨシュアは口に人差し指を翳し。リムイも「あっ」と小声を漏らすと、自分の頭に自主的にコツリと拳骨を落とす。その仕草を見届けると、笑顔で頷き踵を返し、たらふく亭を後にした。
そして、陽の姿は消え月の光が穏やかに辺りを照らす頃、検閲所にアドレアは姿を現した。声を掛けても応答が無い事に違和感を抱き、窓口を覗き込むが検閲官の姿が見当たらない。
「その荷物、やはり街を出るつもりだったのかの」と、背後から声が掛けられピクリと肩を跳ねさせる。「まあ、守り人の情報漏洩は重罪だしなぁ。無理もねえか」更に重ねられた言葉に冷や汗を滝の様に流し始める。恐る恐る振り向くとガルドとダナが腕を組み、ニヤリと笑みを浮かべながら仁王立ちをしていた。
ガチャリと音を立て検閲所の扉が開き、外に繋がる出口の方からも声が掛かる。「まあ、それは今までの街の法で考えれば……ですが」アドレアに近寄る足音とゴキリと手の指が鳴る音、視線を向けるまでもなくヨシュアだと解ると、血の気が引き顔面蒼白となる。
「王の宣言により今日で街から、国へとなりましたし。法整備もされてませんから、伺いを立てる必要がありますね……ですが、御身は今休まれて居ますので、どうしたものでしょうか?」
アドレアの喉が鳴る。口調は穏やかだが、迫り来る指が鳴る音に恐怖を感じずには居られない。
「そうだの、簡略的に済ませるかの」そうガルドが言うと、二人は同意する様に頷く。俯きながら震え上がる姿を見据え、一つ咳をすると口を開いた。
「まずは儂から。リムイから話は聞いた、二人を救ってくれた事に感謝する。情報漏洩は重罪だが、ヨシュアが言った通り此処はもう街では無い、咎める気は起きん。これで儂からは終わりだの」
「はっ! お優しいねえお前は……まあ、儂も似た様なもんだがな。長い間辛い思いをしてたんだ、責める事は出来ねえ。しかし、お前さんが年寄りだとは知らなかったぜ」
ガルドとダナは笑みを浮かべながら、アドレアの無罪放免を主張した。それを聞き届けるとヨシュアは口と開く。
「私もガルドさんと同意見です。全く、水臭いですね〜 相談してくれても良かったと思うんですがね」
アドレアはその言葉と指の鳴る音が消えた事に、安堵の息を漏らした。が、次の瞬間腕の自由が奪われる。
「あの、ヨシュア先生? 私の腕はその方向には曲がらない様に、出来ているんですが……」
「嫌ですね〜 アドレアさん。私は医者ですよ? 知ってるに決まってるじゃ無いですか〜」
感情の欠けらも込められていない、棒読みの台詞が耳に届く。収まったはずの冷や汗が再び顔を伝うと、更に感情が込められていない言葉が掛けらる。
「いや〜 儂らもちょっと喧嘩しての、店の食堂が派手に壊れてしまっての〜」
「まあ、儂等のピュアな心を傷つけた事に関してはな、ちゃんと罰を与えないと気が晴れねえしな〜」
「私としては共有すべき情報を、まだお持ちだと思っているので。たらふく亭の修繕という強制労働と拷……こほん、詰問するべきだと判断した次第です」
「今絶対に拷問って言おうとした〜!」と、アドレアの言葉が月夜に響くと、引き摺られる様に連行され闇に消えた。
肌を撫でる冷たい風に、身体を震わせ目を覚ます。そこには見知った天井があり、隣に寝息を立てるリムイの姿があった。凌二は邪魔をしない様に上半身を起こし、背伸びをすると上着のポケットにスマホの重さを感じる。そして、今の時間を確かめようと画面を開くと、一通のメールが来ていた事に気付く。
「誰からだ?」そう呟き、メールを開くと「今夜、古城にてお待ちしております。剣を持ちお越しください」と、短めの文章が書かれていた。
怪しいと思いつつも、街中で危険な目には会わないだろうと考え、この世界でメールを送る人物に興味が湧いた。時間をみると24時まであと少しで、メールの主を待たせているかと思い、手早く着替えると国綱を手に取り部屋を後にした。
一階に降りるとガルド、ダナ、ヨシュアが疲れ果てたのか、いい表情をしながら寝息を立てている。静かに歩き外に出ると、商店街の街灯が灯り道を照らしていた。
そして、至る所に足取りが覚束ない酔っ払いや、赤らめた顔で酒瓶を持ち泣く者や歌う者で溢れ賑わっていた。かなり呑んでいるのだろう、そのお陰で通りを難なく過ぎると広場に出る。古城に向かう途中で見える、台座を目に捉えると凌二は足を止めた。
たった数日の間に色んな事があったな、この世界に来て出会いがあって、器と知って絶望した。だけど、自分の意思で未来を決め、消える事を選んだ。それが一番だって今でも思っている、戦を知らない俺は彼等を守ることが出来ない。それを心の底から皆んなに言った筈なんだ、それでも一緒に歩みたいって……
思考を中断させる様に首を横に振り「今はメールの主に会う事を考えよう」そう呟くと、古城に向け歩き出した。古城の門を潜り扉に辿り着くと、国綱に反応する様にギギギと音を立てて開く。
少し中を覗き込み「あの〜 すいませ〜ん、誰かいますか〜」と、声を掛けるものの返事は帰ってこない。
足を一歩踏み入れると、ほんのりと光が浮かび上がる。目をやると柱の石の一つが光っていた、それを頼りに歩を進める。進むに連れ等間隔で光が浮かび、どうやら人か魔力に反応する灯りの様だ。そして、広間の様な所に着くと周りにある光る石が、一斉に灯ると古城の内装が照らし出された。
埃が積もり手摺は古く朽ち果て、柱も所々欠けており。お世辞にも綺麗だと言い難く、観光客が望む内装では無かった。
見回した後「古城が蘇り、栄華を極めるか……やっぱり俗説だなぁ」そう呟き前を向くと、二、三段上にある朽ちた玉座が目に入り、その両脇には扉があった。
右手の方は柱が崩れ、開ける事は出来そうも無い。辺りを見回しながら左の扉に向かい、開けて覗き込むと一声掛けるが、やはり返事は無かった。ただ、今までの様子とは少し違い、短い通路の先、右側に明かりが見える。
「失礼します」と声を掛け、部屋の明かりに向けて歩き出す。そして、目に入って来たのは綺麗に円を描く床石、それに沿う様に築かれた石壁と、仄かな光を放つ巨大な水晶、それから伸びる光の柱は夜空に向かっていた。
「月の光が上手く当たる様にしてる、凝った造りだなぁ」感嘆の声を上げながら水晶に歩み寄ると、近くにある台座に気が付き、よく見ると刀掛けの形をしていた。
「ここに国綱を置けって事かな? まあ、前の鞘が合わずに、抜き身で持ってるから丁度いいか」
そう言うと怪しむ事もなく、刀掛けに国綱を置くと水晶は輝きを増した。そこには以前いた世界が映し出されており、角度を変えると違う場面が映された、凌二は懐かしさを覚えたのか、水晶の周りをゆっくりと歩き始める。
「懐かしいなぁ。俺にとってはあっちが異世界だったんだよな、本当に嘘みたいな話だな……」
そう呟くと思わず、水晶に手を触れる。表面が陥没したかと思うと、中に引き摺られるように飲み込まれた。水晶の中は無重量にいる様な感じを抱かせ、周りを満たす眩い光に目を開ける事は叶わない。
この状態から逃れようと、ばたばたと藻搔いた次の瞬間、凄まじい勢いで引き揚げられる感覚に襲われた。
そして、暫くすると背中に柔らかい感触を感じる。目を開くと見慣れた天井が目に入り、身体を起こし見回した後、我が目を疑い擦るともう一度見直す。
その場所は水晶に映った自宅の部屋だった。そして、慌てながらも思考を巡らせようとしたが、流石に三回目慣れたものである。
「はは、もう何だか訳わかんない。まあ、慌ててもなんだしな……」
凌二は呆れた様にそう呟くと、ベットに潜り込み二度寝を決め込んだのであった。