そして、物語は動き出す
思考の奥底を具現化した深海、光の届かない海底で揺蕩う姿は海月の如く、その身を流れに委ね凌二は漂っていた。己の意思で器として身体を捧げ、後はこの世界からの消滅を待つだけ。そんな中で退屈な時間を紛らわせる様に、思考を巡らせていた。
アーデルの奴上手くやってるかな? 三百年もこの世界に居たんだっけ、復活しても知ってる人居ないよな……まあ、英雄王として慕われてたんだ、寂しい想いはしないだろう。
アーデルの事は心配しないでも良いか。そう思った時にふと、ガルドとエレナ達の話を思い出した。
「確かドルドガーラって国と、戦をしてるって言ってた。で、エレナさん達は難民が出る事を予期して、ガルドさんに交渉に来たんだよな」
そう呟くと、両手を頭の後ろに回し、膝を組むとゆっくりと目を閉じる。
詳しい事は聞いてないけど、それって国が滅ぶ事を前提としてるのか? そうだとしたら……難民が来るって事は、追っ手も来る可能性もある。何もしなければ、戦火に晒されるのは時間の問題か……
寝返りをうつ様に同じ体勢で横に向くと、そのまま思考を続ける。
そうなれば、決断を迫られる事になる。戦をするか、戦を避けるのか……参戦する事になれば、必ず誰かが血を流す。アーデルはそれを望まないだろうし、俺もそう思う。戦を避ける為に、交渉して和解が出来たら理想的だ。だけど、俺はドルドガーラって国が、どんな理由で戦っているのか解らない。まあ、アーデルは知っているかもな……
そして、反対側に向け横になると顔を曇らせて溜息をつき、目を開くと遠くを見つめる様に口を開く。
「だけど、その理由が相容れないものだったら、民を守る為にアーデルは誓約を成すかも知れない……」
誓約を成す……被害など目に見える事を考えたら、この選択は最上のものと言えるけど。カミラさんが言ってた事を考えると、なんとも言えないな。
その思考から目を背ける様に、仰向けに体勢を変えると嘆く様に呟いた。
「戦火に迫られている中で、自分の命で多くの人を救える。選択の余地は無いな……俺も誓約を成す事を考える」
呟くと同時に生まれた気泡を眺め、己を笑い思考を止めた。
「何考えてんだか……どの道消えるんだ、考えてもしょうがない」
徐に瞳を閉じ穏やかな水流を感じると、その身を委ね暗闇の中を揺蕩う。自分自身も深海と同化した様な感覚を抱くと、最後の瞬間を迎える覚悟を決める。
そして、次第に水流は強いものになり、底だと思われた場所から更に深い所へと誘われる。抗うことを許さない流れに、身体中の酸素が全て絞り出され。その苦しみから耐える事が出来なり、入り込んだ海水を吐き出そうと試みる。
ごほ! げほっ! その身に残った力を振り絞り、苦しみから逃れようとした。
「あっ、ストップ、ストップ! これ以上は本当に死んじゃう」と、微かにどこかで聞いた事がある声が、耳に届いた気がした。ああ、多分これは走馬灯だな、音声だけの奴だきっと。
「あれ? 気がついた様な気がしたんだけど?」
「そうだね、彼は寝起きが悪いタイプとか?」
「まあ、俺も人の事は言えないが、もう一回良いか? かなりキツめで頼む」
「かなりキツめ? 大丈夫かな、溺死されたら目覚めが悪くなるかも〜 でもしょがないか「天雨の水龍」よ来たれ! あんど、ピンポイントでお願いね〜」
そう言葉を放つとマナを消費し、空中に水が集まり龍の姿を現すと、凌二の顔に飛び込む様に向かって行った。
「がぼぼぼぼ! がっぶあ! ごぼぼぼぼ! ぶっはあああ! し、死ぬっ、ぬぼぼぼぼぼぼ!」
さっきの苦しみとは比較にならない、巨大なホースから直接、喉に放水されたと勘違いする程の衝撃が凌二を襲う。それから逃れようと身体を捻り、なんとか衝撃から逃れ目を開く。そこには白い床と水溜りがあり、水には死力を尽くし疲れ果てた自分の姿が映り込んでいた。
それを呆然と眺めていると、背後から「お客様お目覚めになられましたか?」そう言葉を掛けられ、声の主に視線を向けると、満面の笑みを浮かべるメイドが立っていた。
「あれで起こそうとしてたのか。寧ろ、永遠の眠りにつくとこだったぞ……」
怒りを通り越して呆れしまい、疲れを色濃く顔に浮かべ言葉を返すと、反対側から水浸しの身体に、タオルの様な厚手の布が掛けられる。
「いや〜 ごめん、かなりキツめって言われたからね〜 生きてて良かった……」
「本当だね、もう駄目かなって思ったけど。生還出来て何よりだよ」
台詞の後半が非常に気になる所だが、取り敢えず有り難く使わせて貰おう。
心の中でそう呟き視線を向けると、クワドとフィルフィアが安堵の表情を浮かべていた。そして、二人の横にアーデルの姿があった事に驚く。
「漸く、目が覚めたか凌二。なかなか起きないから、次は電撃を頼もうかと思ったぞ?」
「お前、俺を殺る気なの? 水に電気は流石に駄目だと思うんだよ」
言葉を交わすと二人は笑い声をあげる。それの様子を見ていた三人も釣られて笑だし、暫く穏やかな雰囲気に包まれた。
「早めの帰還だな……誓約を成して来たのか? まあ、皆んなには悪いけど、俺もそれしか無いと思う……」
次第に収まりを見せた笑い声の合間を縫い、凌二は目をそらしながらアーデルに言葉を掛けた。
「すまない、凌二。俺はお前の願いを叶える事が出来なかった……」
「そうか……まあ、気にするなよ。お前は皆んなを守ろうと、命をかけて頑張ったんだ……誰も責める事は出来ないよ」
アーデルハイドは冷静に言葉を掛けると、凌二はそれに答えタオルで顔を隠す様に頭に掛けた。
「それでだが、火急的速やかに解決しなければならない、案件があるんだ……フィルフィア聞きたい事が有るんだが」
「ん? なんだい、アーデルハイド君。聞きたい事って?」
「アーデルでいいぞ。ああ、精霊との契約とかで、決まり事が破られた場合どうなるんだ?」
「契約破棄をするね、場合によっては罰を課す事もある。契約を結び決められた法を守る、どの種族でも同じだよ〜」
アーデルはクワドに視線を向け意見を求め、「僕もそう思うよ」と微笑みながら答えを返される。そして、ニヤリと含みのある笑顔を浮かべると「だそうだ、文句は無いだろう。「型」を司る少女よ」そうメイドに言葉を掛けた。
「別に、文句があるって言ってないでしょ。三文芝居を見せられる、こっちの身になって欲しいものね……好きにしたら良いんじゃないの」
顔を少し赤くすると口を尖らせながら言葉を放ち、黒く艶やかな髪を靡かせながらアーデルから目を逸らした。その仕草を見て柔らかい笑みを浮かべると、凌二に歩み寄り水浸しの床に気を取られる事なく、アーデルは膝をつき口を開いた。
「住民の罪の意識は、無くせたと思う。だが、人狼の子、リムイ君の夢は叶えられなかった……凌二は彼の夢を知っているのか?」
アーデルにリムイの夢を知っているのか? と、問われ少し苛立ちを感じる。数日しか一緒に居れなかったけど、向日葵の様な笑顔で語った夢を忘れる筈がない。
「知らない訳ないだろ、騎士になりたいって言ってたんだ」
少しむきになった凌二の言葉を受けると、宥める様に微笑むと徐に首を横に振り、アーデルは口を切った。
「ああ、それは正解でもあり、間違いでもある。彼の抱いた夢は一国の王や魔王、それこそ神でも叶える事は出来ないよ……彼はお前、凌二を守る騎士になりたいと言っていたんだ」
俺は自分の耳を疑った、たった数日一緒に居ただけだった。そして、リムイが夢を笑われた時に、何もしてやれなかった自分を守ると言った。何故なんだ、どうして? 頭の中で疑問が嵐の様に吹き荒れる。
「何気ない一言が勇気を与える事もある、逆もまた然り。親しい間柄では尚更な……」
アーデルの言葉を受けると、リムイの暖かな心に包まれた様な感覚を覚え、涙が止め処なく溢れ出してくる。
「そして、未練や後悔が無いと、お前は嘘をついたな。その涙が証拠だ、異論は無いな?」
子供の様に泣く凌二は、何も言わずに素直に頷いた。何かを伝えようとしているが、声にならない。嘘偽りの無い純粋な好意を初めて感じ、嬉しくてただ泣く事しか出来ないのだろう。
「では、お前に罰を与える。契約に対し偽りを持って交わした罪は、とてつもなく重いぞ覚悟するがいい」
厳格な振る舞いの中に暖かさを感じさせながら、アーデルは凌二を見据え命を下した。
「我がアーデルハイド・レクリテスの名を持って宣言する! 我を器とし汝、宗方 凌二の復活を命ず! 俺の物語は三百年前に終わったそうだ……後はお前の物語、俺を超えるものを綴って見せろ」
その言葉を聞き届けると、メイドは凌二に歩み寄ると優しく手を取った。
「また、手を払いのけられたら、堪らないからね。準備はいいかい?」
そう言葉を掛けパチリとウインクすると、光の柱が身体を包み込んだ。表情を曇らせ凌二は口を開いた。
「だけど、戦を知らない俺が復活しても……」
はぁ、と溜息の後に「この期に及んでまだ言うの?」と、凌二の言葉に呆れた声でメイドは答え、微笑みながら諭す様に言葉を掛ける。
「私達がアンタを守るし、力も貸す。解らない事があったら、仲間に聞いて教えて貰えばいい。気に食わない事があったら、感情をぶつけて納得するまで話し合えばいい。自分を偽る事無く、素直に生きて行けばいいんだよ」
凌二の身体が光の粉になりだし、この世界から離れようとした時にアーデルが言葉を送る。
「戦を知らないからこそ、見える物もある。お前は、お前であれば良いんだよ」
その言葉を最後に、凌二は剣の世界を後にした。光の柱が消え去るのを見届けるアーデルに、背後から声が掛かった。
「あのね、感動してる所悪いんだけどね〜 凌二君帰れたのは良いんだけど、状況説明とかして無くて大丈夫なの?」
フィルフィアの言葉に一同は「あっ」と、口を揃えて声をあげた。その場の雰囲気に流されていた事に気がついて、三人は顔を赤らめ沈黙した。そして、沈黙に耐える事が出来なくなったメイドは、誤魔化す様に口を切った。
「まあ、送り出した手前? アフターケアは必要だし? 取り敢えず様子を見てみるかな〜なんて」
「世界を覗く鏡」そう呟くと、メイドの前に四角形の小さな鏡が浮かび上がり、広場が映し出された。一同は鏡の前に集まると、ギュウギュウと押し合う様に覗き込む。
「ちょっ、まっ、だああああああ! 狭いんだよ! 外の様子を見れるのは、私の特権なんだよ! じゃますんじゃねえよ!」
暑苦しさに耐えられなくなったメイドはそう叫ぶと、一同はブーブーと文句を言い始める。それを聞いたメイドは口を開いた。
「はぁ〜 解ったよ、画面大きくするから近寄んな。後、テーブルセットと茶と菓子も出すから大人しくしてろ。いいな、これは本気で言っている」
恐ろしい表情を浮かべ放った言葉を受けた一同は、ピタリと文句を言うのをやめ、パッと出された椅子に掛けると拡大された鏡に視線を向けた。
そして、色を取り戻した広場に佇む身体に戻った凌二は、状況を飲み込めずにいた。辺りを見回せば住人達は、呻きながら涙を流し悲壮感が漂っている。只ならぬ雰囲気に凌二は、自分の感情を一先ず横に置くと、状況を把握しようと躍起になる。
「まさか、この状況は誓約を成そうとする直前なのか? アイツとんでもない所で入れ替わりやがったな! どうすんだよこれ!」
心でそう叫ぶと恨む様に天を仰いだ。鏡に映し出された凌二が、辺りをキョロキョロと見回す仕草を観ると。アーデル達は先程の出来事は無かったかの様に、涙を滲ませ腹を抱えて笑い出した。
凌二の様子を間近で見ていたモーリスは、頭を垂れると言葉を掛けた。
「お戻りの様ですな、お二人とも良い友人をお持ちで何よりです」
その言葉を受けると、凌二は不思議そうな顔で「アーデルじゃないって解るんですか?」と、モーリスに問い返した。顔を上げ微笑むと「ええ、その仕草で解ります」と、答えを返しモーリスは続けて言葉を掛けた。
「予感と言いますか、優しく暖かなものに包まれる……そんな感覚を覚えておりました。我が王よ、皆に名を告げて戴きたく思います」
そう促されても作法も何も知らない、どうしたものかと困った顔をすると「剣を掲げて、名乗れば大丈夫で御座います」と小声でモーリスが教えてくれた。感謝の意を込めて頷くと、頭上に剣を掲げ口を開いた。
「おっ俺の名前は、むっ宗方 凌二だ、です?」
緊張のあまり口から出た、辿々しい言葉が広場に行き渡ると、悲壮感は影も形も無くし笑い声が巻き起こった。悲しみで流れた涙は明るいものとなり、モーリスが予感した優しく暖かなものに包まれた。しかし、顔を赤らめながらも、それを遮る様に凌二は剣を振り下ろすと口を切る。
「いや、笑っている場合じゃないだろ! ドルドガーラの脅威が迫っているんだ! 俺は戦を知らない、皆んなを守ってやる事が出来ないんだ!」
そして、目の前で畏るアドレアとリムイが視界に入るが、視線を逸らし表情を曇らせ口を開いた。
「俺も英雄王と考えは一緒だ……誓約をもう一度成すしか無いと思ってる」
その言葉が響くと住民は俯き口を閉ざす、広場は静寂に支配された。その沈黙の中、凌二の元に近付く足音があった。アドレアの横で止まり、畏るとその者は口を開いた。
「その自己犠牲は貴方を知らぬ者には、さぞかし美しく見えるでしょう。ですが、ここにいる者には、そうは見えないんです。誓約を成すと言う事は、我々に貴方を見殺しにしろと言っているんですよ」
「ヨシュア先生……それでも誓約に守られてたからこそ、街は発展できたんだ。それに防衛能力も低いし、攻められたらひとたまりも無いはずですよ」
ヨシュアの言葉に冷静に答えると、また一つ足音が近づいてくる。同じ様に畏ると口を開いた。
「僭越ながら申し上げます。現状では防衛能力は、低いと認めざるおえません。が、三百年の間に、儂ら職人が何もしなかった訳では御座いません。お望みとあれば、二、三日で強固な城壁を作って見せましょう」
視線を向けると、割れんばかりの笑みを浮かべるダナがいた。続く様にリムイも笑顔を浮かべ口を切る。
「僕の夢は凌二を守る騎士になる事だよ、頑張るから心配しないでね」
更に人混みを掻き分け、カミラが姿を見せると口を開く。
「ほえほえ、凌二ちゃん守り人だけじゃ無いよ、住民達も研鑽を重ねて来たんだよ。今度こそ王を守る為にねえ」
畳み掛ける様に次々と意見を述べる。それでも、凌二は皆に言い聞かせようと、広場を見回しながら声をあげる。
「相手は大国なんだ! 戦火に晒されれば血が流れる事になる、行き着く先は街の滅びかもしれないんだ!」
「そうかも知れんの」と、聞こえた方に視線を向けると、ガルドがゆっくりと歩み寄って来ていた。アドレアの後ろで立ち止まり畏ると、続けて言葉を紡ぎ出した。
「行き着く先が滅びだとしても、先程アドレアが言っていた様に、民は王と共に歩んで行きたいと望んでいます」
カルドの言葉を聞き届けると、住民達は賛同の声をあげ、それは次第に大きな歓声となっていった。
「凌二もう諦めろ、チェックメイトだ」
ガルドはニカッと笑みを浮かべ、とどめの言葉を投げ掛ける。その言葉は凌二の胸に深く突き刺さり、英雄王の夢で聞いた台詞を思い出した。
「俺を王と呼び慕うお人好し達」か、アーデルの気持ちが今わかったよ。だけど、チェックメイトから始まる王の物語、全くどんな話なんだかなぁ。
心の中で呟くと、歓声が身体を震わせる喜びに変わり、熱を帯びた瞳から雫が落ちる。手の甲を伝い剣に辿り着くと、ルーンと共に剣も光り出した。輝く剣はゆっくりと形を変え、ロングソードから日本刀へと変貌を遂げ。それを見た凌二は、アーデル達にも諦めろと言われた様な気がした。
はぁ、解ったよ。俺がどこまでやれるかは知らない、足掻けるだけ足掻いてやる。それで文句は無いだろ、皆んな!
そう呟くと、形を変えた剣を頭上に翳し、声を高々と上げる。
「この剣は国を引く刀「王刀 国綱」とし! 型を司る者には「紬」の名を授け! 我が名「宗方 凌二」の名を持ってフルクランダム国の樹立を宣言する!」
その瞬間、街は天に轟き地を揺らさんばかりの歓声に包まれる。行き着く先が滅びだとしても、共に歩く事を勝ち取った住民達は、王の誕生と止まった街の時間が再び動き出した事に、喜びを感じ涙を流し声をあげ続けた。
その歓声の中凌二は脱力感に襲われ、意識が遠退いていくのを感じる。ゆっくりと流れる時間の中で、剣が形を変えた事に魔力を使ったんだろうと結論付けると、視界にヨシュアの姿を見た所で意識を手放した。




