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相容れぬ想い

陽が最も高くなる頃、未だ祭の余韻(よいん)が残る広場に多くの住民が集まっていた。そして、その様子を見た観光客等も、何事だろうかと興味を持ち広場に脚を運び、昨日の英雄王生誕の儀と同じ位の人集りを作った。


人混みの中「今から何が始まるんだ?」と、見ず知らずの者に問いかける者。「古城の閉ざされた扉を開くのでは?」と、期待を込めた憶測(おくそく)を語る者。様々な疑問や憶測が飛び交い、(ささや)くような声は次第に大きいものとなりザワザワと広場を包み込んだ。その人混みを他人事の様に見つめ、遠巻きに並ぶようにガルド達は居た。


「リムイは来ないのか?」そうダナはガルドに問い掛けると、(おもむろ)に首を横に振るとガルドは口を開いた。


「ああ、扉越しだったが……声を掛けても返事はなかったの。もう少し、時間が必要なのかもしれん」


力無く言葉を(ひね)り出し、父親として不甲斐ない思いに駆られつつも、気丈に振舞う事に務めた。そして、辺りを見回した後、ガルドは「アドレアは……まだ、来ておらん様だの」と、静かに(つぶや)く。その言葉が三人を沈黙させたが、それを破る様にヨシュアは言葉を放つ。


「ダナさんの話と、我々が置かれた状況を合わせみて……誓約の情報を流したのは、アドレアさんで間違い無いでしょう。そして、凌二君を王剣に触れさせる機会を作る為。ガルドさんから遠ざけようと、彼女を利用して騒動を起こした」


「そうか、頭の悪い(わし)なら御し(やす)いしな。自分で言ってて何だが、悲しくなってくるぜ」


ヨシュアの言葉を受けると、今にもかき消されそうな乾いた笑い声をあげ、苦笑いを浮かべ言葉を捻り出した。その姿を横目にすると指で眼鏡を軽く押し上げ、微笑みを浮かべながらに口を開いた。


「責任を感じる事は無いですよダナさん。結界が消えた時点で守り人として、役目が終わっていました。そして、御本人から聞きましたが、復活出来たのは凌二君の意思だそうです」


「凌二の意思……」そう呟くと、ガルドとダナは顔を(ゆが)め口を閉ざした。ヨシュアは二人を捉えていた視線を、徐に剣の台座に向けると、(まぶた)を下ろし思考に(ふけ)る。


三百年前から語られた英雄王の伝承。子供の頃は子守唄の様に聞かされ、胸を踊らせ目を輝かせて懸命に耳を傾けたお伽話(とぎばなし)だった。

歳を取り大人になるに連れ話の内容を理解すると、罪の意識を抱き贖罪(しょくざい)を己に課した住人達。そして、多くの者がそれに(とら)われ、解放される事を願っている。それは、私達も例外では有りません。


凌二君は彼等の想いを知り、自らの意思でそれを取り払う事を考え、行動を起こした。己を器として認め、英雄王にその身を捧げた……目に映れば誰もが眩さに心奪われる、美しき究極の自己犠牲。


ですが、それは凌二君を知らない者からの視点、君を知る者達には……目を逸らしたくなる程、(ひど)残酷(ざんこく)な出来事なんですよ。戦乱の世を渡り歩いた者でも、簡単に割り切れる事ではないほどに。


心の中で凌二を(さと)す様に言葉を(つむ)ぎ出すと、ゆっくりと瞼を開き現実に戻り少々呆れ気味に呟いた。


「同じ魂だと、思考まで同じなんですかね……全く、残された者達の事も考えて欲しいものです」


その言葉を放たれたと同時に、人混みのざわめきが一層大きいものになる。人々の視線の先には、白いローブを(まと)い杖を持った老人モーリスと、その後ろに王剣を(たずさ)えたアーデルハイドの姿があった。


モーリスは杖を鳴らしながら、ゆっくりと剣の台座に向かい歩き出す。人混みは海が割れるように道を作り、二人をわずわらせる事が無かった。


堂々と精悍(せいかん)な姿で歩を進める英雄王に、溜息をつきながら目を奪われる人々。それを横目に捉えながら歩くモーリスは、誇らしげに笑みを浮かべた。台座の手前で脚を止め道を(ゆず)るように脇に避けると、アーデルハイドに一礼をし台座に(うなが)した。


アーデルハイドは台座に立ち辺りを見回した後、広場に響き渡る様に「皆の者、集まってくれた事に感謝する」と、言葉を掛けた。すると、割れんばかりの歓声が街に響いた、(しばら)く続くとモーリスは杖を一際(ひときわ)強く鳴らし「静粛に!」と、老人とは思えない大きな一言を発し収めると、視線をアーデルハイドに向け続きを促した。それに応えるように(うなず)くと口を開いた。


「この地の王として急ぎ決めた事が二つある、それを皆に伝えるために集まって貰った」


そう言葉を放つと王剣を抜き放ち、頭上に(かざ)すと口を切った。


「我がアーデルハイド・レクリテスの名を持って宣言する! この地における全ての役職において、異種族間の壁を取り除き、能力がそれに足り得る者は、その望みを叶える事を自由とし認める事とする!」


頭上に翳した王剣を徐に肩の高さまで下ろすと、「異論がある者は申し出よ!」と、広場に響き渡る様に言葉を放つ。広場に集まった人々は、それに応えるように沈黙に努めた。


良かった、認められた様だ……今すぐには無理だろう。だけど、これで何時(いつ)かは、無意識下における種族の壁を(こわ)せると思う。リムイって子も騎士を目指せる(はず)だ。


安堵(あんど)の息を心の中で吐き出すと、剣を膝の辺りまで下ろし(さと)す様に言葉を続ける。


「我が身を持って誓約を成し、守ったこの街を立派にしてくれた事を感謝する。そして、お前達が抱く罪を、我が名を持って(ゆる)す事とする」


願っても叶わない筈の言葉を耳にした住民達は、膝をおり贖罪が終わった事に喜び涙を流した。その様子を見てモーリスも涙を流し喜んでいた、だが、アーデルハイドは表情を(くも)らせながら、冷静な口調で言葉を紡ぎ始めた。


「皆も知っているだろうと思うが、北西のファムファーレンを中心としたダリスダキア、ラリアトロームの三国同盟はドルドガーラに侵攻されている。今すぐとは言わないが、多くの難民がこの街に来るだろう。それを受け入れるのは構わない、人道的に正しい事だ」


その言葉が耳に届くと住民達は涙をそのままに、アーデルハイドに視線を向けた。


「ただ、このままでは此処(ここ)も戦火に(さら)される事になる。戦をしたい奴にはさせれば良い! 憎しみや報復も、戦をする彼等に向ければ良い!」


王剣の(つか)を握る手に力が入る、戦乱の世、戦における法など民にとって役に立たない事を知っている。それが適用されるのは兵士や将校、それと政治に与する者達だけだ。


「だが、そうはならない。幾度(いくど)と無く見てきた……財を求め彼等が民を蹂躙(じゅうりん)する所を。そんな事は許せる筈もない、俺は王として民の命を守る……」


凌二、お前の願いは叶えた、後は俺の好きにさせて貰う。文句があったら剣の世界で、(いく)らでも聞いてやるから……


王剣を再び頭上に翳すと、異論、反論を受け付けないと意思を込め、全てを()じ伏せる重く響く声で言葉を放つ。


「我がアーデルハイド・レクリテスの名を持って宣言する! この地に再び誓約(せいやく)を成す! そして、これは我が傲慢(ごうまん)たる我儘(わがまま)であり、皆に(せき)はないとする!」


言葉が響き渡ると(つか)の間の沈黙の後、住人達は悲鳴に似た声を(うめ)くように涙ながらにあげた。目を()らす様に(きびす)を返し、台座を前にすると王剣の柄を両手に持ち、切っ先を大地に向けゆっくりと胸の辺りまで引き上げた。


その振る舞いを見てヨシュアは、「貴方と言う人は! なんと身勝手で非情な人なのか!」そう心の中で叫んだ。ドルドガーラの脅威(きょうい)に対し、そう考えるの解る。誓約を成すと決めたのも、苦渋(くじゅう)の決断だったのだろう。だが、この事に住人に罪を問わない、責はないと言った意味を解っているのか? それは見殺しにしろって言っているんだぞ! そして、その命は凌二君から託されたものだ、納得できる訳がない!


冷静なヨシュアだったが怒りに顔を歪ませ、アーデルハイドに詰め寄ろうと動こうとした瞬間。辺りに旋律(せんりつ)が響き始めた。その音色は優しくそして(はかな)く、(かな)でた旋律は親しい者との再会、そして新たな別れの悲しい物語を紡ぎだした。


広場の隅々まで旋律が響き渡ると、その場にいた者は誰かに優しく力強く抱きしめられる様に、身体の自由を奪われる。そして、アーデルハイド達が歩いてきた道に、二つの足音が響く。


「この旋律に精霊の加護を感じる。「バルドソング」か、何者だ?」


アーデルハイドは背中越しに言葉を投げかけると、足音は台座から少し離れた所で旋律と共に止まった。そして、片膝をつき頭を垂らし(かしこま)ると、足音の主は言葉を返した。


「私は吟遊詩人を生業(なりわい)としております、アドレアと申します。この度は復活を()げられ、おめでとう御座います」


「祝いを述べる為に、術をかけた訳じゃあるまい。誓約を成す事を気にくわず、止めにきたか?」


「いえ、王が決められた事、私が口を挟む事では御座いません。ただ、少しお時間を頂戴したく、僭越(せんえつ)ながら術を使わせて頂きました」


「良いだろう、ただし長くは取れんぞ」そう言うと、アーデルハイドは剣に光を纏わせ、何事も無かったように束縛(そくばく)を解き、その身をアドレアに向けた。視線を向けるとアドレアという者の隣に、頭を垂らし畏る銀色の毛並みを持つ人狼の子が居た。


「この者は王の器となった、宗方 凌二と親しい間柄でリムイと申します。責めて手向けの言葉を、送らせて頂ければと思います」


「そうか、君がリムイか……凌二から夢を叶えてやってくれと、頼まれていたんだ。生憎(あいにく)、時間がないものでな、出来るだけのことはした。騎士になる事を(はば)む理由は取り除き、君は夢を叶える自由を得た筈、後は君次第だ」


アーデルハイドは微笑みながら言葉を掛けると、頭を垂らしたまま徐に首を横に振るとリムイは口を開いた。


「王様、僕は少し前に夢を笑われました。種族の事で騎士にはなれないと、騎士の人に笑われ諦めたんです。でも、凌二に言われた一言に、背中を押して貰いました」


小さな手を握り締め意を決して顔を上げると、リムイは己の夢を言い放った。


「僕は……僕は、凌二を守る騎士になりたいんです!」


その言葉を受け横に居る者に、入れ知恵されたのかと思った。だが、(うる)ませた瞳で真っ直ぐに俺を見つめ、その目の奥には己の意思の強さを見せ付けるような光が宿っている。「凌二を守る騎士」か、参ったな……俺には叶えられそうにない。そう心の中で呟くと天を仰ぎ、目を閉じると暫しの沈黙に身を(ゆだ)ねた。


「私は剣を狙う者を利用し、器たる凌二を王剣に導き、王を、貴方を復活させました」


沈黙を破りアドレアは口を開き、ゆっくりを顔を見せ始めながら続けた。アーデルハイドもそれに合わせる様に、視線を向ける。


「再び誓約を成して頂く為ではありません。それを街に住む者は誰一人として、望んでおりません。ただ、一緒に歩みたいと、それだけです。そして、貴方の物語は三百年前に終わっているのです、この街に英雄は要りません……」


アーデルハイドが「ならば、何故俺を復活させたんだ?」と問い掛けた時、アドレアの顔が視界に入ってくる。


(とむら)いを、手向けの言葉を伝えたかった。モードさん、カリノ婆ちゃん、エレノア姉さん、他にも沢山の人が(くや)みながら亡くなって行ったんだよ。アデル兄ちゃん……」


アドレアの顔を見た時に、(なつ)かしさを胸に抱いた。そして、「アデル兄ちゃん」と呼ぶ姿に、最後に助けたエルフの子供の面影を見る。さっきの旋律も(かす)かだが聞き覚えがあったな、確か「親愛なる者達の調べ」だったか……あの時は草笛で健気(けなげ)に練習してたっけ。あれだけ下手だったのにな、上手くなったもんだ。


「皆んな言ってたんだ、力になれなくてすまない、守れなくてすまないって。だから、アデル兄……ちゃん、ごめん……なさい。そし……て、ありが……とう」


冷静に努めていたが、とうとう感情を抑える事が出来なくなり。顔が涙で崩れ、泣き叫ぶ姿は子供そのものだった。


「物語は三百年前に終わっている」か、確かにそうだな。そう呟くとあたりを見回し、微笑むとアドレアに向かい歩み寄り、(かが)み込むと徐に手を伸ばし頭を()でる。


「皆んなの言葉を伝えてくれて、ありがとなアド。それに、街もそうだけど、お前の立派な姿が見れて嬉しいよ……俺は幸せ者だな」


気丈に振る舞いつつも瞳を潤わせながら、(なだ)める様に言葉を掛ける。そして、「俺が居なくても頑張れるよな」と、優しく(ささや)き、頭を軽くぽんぽんと叩くとアーデルハイドは踵を返し台座に戻って行った。


エルフは長寿の種族だったな、歳は三百とちょっとか恐れ入る。だが、当時の俺を知る者が居る、なんとも嬉しいものだな。そして、彼等の言葉を伝えられて、心が満たされている……こんな感覚は今までに一度足りともなかった。


徐に持ち手を変えると切っ先を天に向け、刀身を鏡と見立てた様に自分の顔を写し出す。


戦火は非情なものだ、敵味方関係なく命を持つもの全てに、平等に(ほろ)びを与える。だからこそ、俺も感情を殺し、非情に(てっ)しなければならない。


「民を守る為に、街をこの世界から切り離す……俺の考えは変わらないよ」


そう呟き息を軽く吐くと、瞼を閉じ意識を集中させる。それに応える様に王剣は(まばゆ)い光りを放ち、広場を色の無い世界へと変えていった。

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