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拭えぬ想い

英雄王生誕の儀が終わる頃、陽は傾き月と星々が顔を見せ始め夜の訪れを(ただよ)わせ。住民や観光客は英雄王復活に色めき立ち、所構わずに酒を()み交わし街全体が喜びに包まれていた。


そんな中、たらふく亭は店を閉め、片隅のテーブルでガルドが(ふで)を走らせていた。店内に響く筆の音を()き消すように裏戸が開かれ、視線を向けるとそこには酒瓶を手にしたダナの姿があった。


「ダナか……今日は店はやっとらん、飯とかは出せんからの」


「わかってるわい、だから裏戸から入ってきたんだ……座るぞ」


少し酔った足取りでガルドの対面の席に着くと、腰を下ろし酒瓶をテーブルに音を立てる様に置いた。


「どうだ、お前も飲むか?」


「いや、遠慮しとくの……急ぎでやらないといけないからの」


「民の受け入れのやつか?」


「ああ、取り敢えず必要経費なんかを試算して、渡してやりたいしの」


「そうか……」ダナがそう呟くと、店内には筆の音だけが(しばら)く響き渡る。そして、酒が喉を通る音がすると、ガルドに言葉が掛けられる。


「……リムイはどうだったんだ?」


筆の音が一瞬止まるが、再びカリカリと忙しなく動き出し、ガルドは視線をそのままに口を開いた。


「部屋に(こも)ってるよ、声を掛けても返答も無しだの……」


「そうか、あれだけ凌二に(なつ)いてたんだ、無理もねえな……」


酒を(あお)るように飲み、盛大に息を吐くと視線を空いた席に向けた。


「生誕の儀の後、ヨシュアから大体の事は聞いた……全く、ここまで不味(まず)い酒は初めてだぜ」


ダナは席を立つとガルドに歩み寄り、胸ぐらを掴むと顔を(ゆが)ませ口を切った。


「剣が抜けた後、アドレアが姿を消した。それが何を意味するのか、解らないお前じゃないだろ」


言葉を放ったと同時にガルドの頬に激痛が走り、辺りのテーブルと椅子を蹴散らすように床に倒れ込む。


「頭の悪い(わし)と違って、お前は守り人の裏切りに気付いてたんじゃないのか……何故、言わなかった! 知っていれば凌二を止める事が出来たんだ!」


身体を起こし口から流れる血を(ぬぐ)うと、ダナに視線を向け呆れた様に口を開いた。


「ヨシュアから大体の事を聞いたんだろ? 凌二が剣を抜く時には結界は消えていた、結界が消えた時点で儂らの役目は終わってたんだ」


「凌二が消えたんだ、それで納得できる訳がないだろうが!」


ガルドは倒れた椅子を支えに(おもむろ)に立ち上がると、睨みつける様に視線を向けると口を切った。


「頭の悪いお前にも解る様に言ってやる。アドレアが裏切ろうがそうでなかろうが関係無い、三百年前から決まってたんだよ。王剣が決めていたんだ!」


言葉を受け感情を(あら)わにしたガルドは、言葉を放つと同時に拳を繰り出し、ダナはテーブルを()ぎ払う様に吹き飛ばされた。


「納得するしかない、凌二を知らない奴らは英雄王復活に救われている……それが現状だ」


「はっ、納得するねぇ……なら、なんでお前は泣いてるんだよ!」


ダナは身体を起こすと勢いよく走り出し、腰に抱きつく様に体当たりをすると、倒れたガルドの上に馬乗りになり拳を放つ。


「三百年前だぁ、誰が決めた事だろうと儂には関係ねえ! 何で凌二が消えなくちゃなんねえんだ、納得出来る訳がねえ!」


「好き勝手言いやがって……ふざけんじゃねえ!」


身体を回し体勢を入れかえ拳を放ち、ガルドは叫ぶ様に声をあげる。


「儂だって凌二を家族と思ってた! 納得できる訳がねえ! だけど、何も出来ねえんだよ! お前に考えがあるのかよ!」


「はっ! そんなもんある訳ねえだろが!」そうダナが言葉を放つとそれを最後に、お互い感情のまま、想いを吐き出す様に殴り合った。


(しばら)くすると店内は静まり静寂(せいじゃく)に包まれ、二人は疲れ果て壁に寄りかかる様に座り込んでいた。口の中で鉄の味を感じつつも、ガルドは静かに口を切る。


「久しぶりの喧嘩(けんか)か、随分(ずいぶん)と派手にやったな……暫くは営業できんな、お陰で余計な事を考える余裕もなさそうだ」


「たまには良いんじゃねえか? 守り人の特権ってやつだ。つうか、働き過ぎなんだよお前は……」


呆れた様にダナが笑うと、ガルドも釣られて笑い出す。


「お前の言いたい事は解った。だが、凌二を知る者にとって、今回の件は飲み込むのに時間がかかる。特にリムイはな」


「ああ、そうだな。儂も戦場で慣れたと思っていたんだが、そうでも無かったらしい……気を使わせたな、すまんダナ」


ダナは酒瓶を手に取ると残りの酒を流し込み、傷にしみたのか表情を少し歪ませた後口を開いた。


「儂は八つ当たりで来たんだ、気にするな。まあ、用事があるらしいからよ、手加減してやったし。顔も殴らずにおいてやった、感謝しろよ」


「はっ、吐かせ。それなら全弾腹に入れろ、四、五発は顔に来てたぞ……まあ、そういう事にしといてやる」


顔を見合わせニヤリとお互いに笑みを浮かべた後、ダナは意地の悪そうな笑顔を浮かべ思い出したかの様に口を開いた。


「そう言えば、お前「の」が抜けてるぞ」


その言葉を聞いたガルドは毒気を消し、立ち上がると言葉を掛けた。


「儂はちょっと出てくるからの! 留守番を頼んだの!」


試算を記した紙を整え封筒に入れると、裏戸に向かい歩くガルド。


(ようや)く何時ものガルドに戻ったな、儂も何とかなりそうだ。ありがとよ親友……」


闇夜に消えて行く親友の背中を見送りながら、穏やかな笑みを浮かべダナは(つぶや)いた。


大通りにある宿屋の二階にある一室。一人では有り余る広さに、高価そうなテーブルセットに立派なベット。そして、見晴らしの良いテラスに、思いに(ふけ)るアーデルハイドの姿があった。


夜空に(きら)めく星々と月、街の街灯の灯りが幻想的な美しさを描き、辺りからは吟遊詩人が(かな)でる美しい旋律(せんりつ)と共に詩が耳に届けられる。最後の記憶と今の光景を比べ、溜息(ためいき)をつくと口を開いた。


「ここまで立派になるとは思わなかったな。あの頃では想像も出来ないほどだ……」


喜び酒を酌み交わす異種族の住民を視線に(とら)えると、手摺(てす)りに肘を置き頰杖(ほおづえ)を突くと微笑みを浮かべる。


「異種族の共存共栄。自分で言ってて何だけど、お伽話(とぎばなし)の様な感じだった……でも、今目の前で起きてる事は、正しくそれなんだよな」


「命をかけて実現し証明した」か、(おぼろ)げながらも耳に残る凌二が放った言葉を思い出す。熱を帯びた瞳を冷ます様に部屋に夜風が入り込み、テーブルの上にあった数枚の紙が床にヒラヒラと舞い落ちる。それに気付くと室内に戻り、表情を(くも)らせながら片膝をつくと拾い上げた。


「あれから三百年、信じ難い事に戦乱の世は続いている。宿の者から近隣(きんりん)の情勢など聞いたが、ドルドガーラの脅威(きょうい)は健在の様だな」


溜息をつくと椅子に腰を下ろし、拾い上げた数枚の紙をテーブルに並べ始め、紙に描かれた線は繋ぎ合わされ地図となる。フルクランダムを中心に、四百キロの範囲を描いた物だった。


現状ではこれでも立派なものらしい、これ以上を求めるとなると、大都市に行かないと無理だという事も聞いた。だが、今はこれで充分だ。それに合わせて、商人から渡された資料にも目を通す。


北西の小国ファムファーレンが中心となり、その西側にあるダリスダキア、東側にあるラリアトロームと人が治める国が同盟を結び、ドルドガーラに対抗している。この辺りでは戦火が最も激しい。


そして、フルクランダムの北東は、山岳地帯で国の確認は取れていない。

東側ではフィリシアード公国。かなりの大国で、交易など行う間柄でもある。その東側の国とは争いは絶えないらしいが、それでも戦乱の世にしては争いは少ない。冒険者ギルドなどが発達していて、種族間での偏見(へんけん)や争いも少なく、(むし)ろ協力体制が引かれていると言える。


「未だ戦乱が続いているが、東側はかなり変化が見えるな。侵攻(しんこう)される心配は無さそうだ」


そして、南側には大きな河を(はさ)んで巨大な平原、城のような巨木とそれを護るように森林が広がり、所々に遺跡などがある。

しかし、そこには国を持たぬもの、高レベルの魔物が生息している。刺激しなければ襲われる事はないが、たまに街に来るそうだ。その時には守り人により、森林へ返されるらしい。


「当面の問題としては、やっぱりドルドガーラか……三百年前とは違い、武器も魔法も発達したと聞く。更には魔導兵器なんて物も開発されたらしい……全く、その努力を他に向ければいいのになぁ」


背凭(せもた)れをぎしりと鳴らすと、天井を見上げ資料で顔を覆うと思考を巡らせる。


北西の三国同盟のダリスダキア、ラリアトロームは先の戦いで、後退を余儀なくされている。そして、ファムファーレンは二国の後退により突出した。


「う〜ん、俺だったら一緒に後退して、戦力の維持に務めるな。領地に(こだわ)っても、この場合はどうしようもない」


だが、今だにファムファーレンはその場に(とど)まっている。このままだと二国を抑えられている間に、突出した所に左右と正面からの集中攻撃を受け、短時間で落とされる事になり、結果的には後退をする事になる、それも戦力を失いながら。再び戦線を(きず)いたとしても、薄いものになり突破されるのも時間の問題。

そうなると、近い将来には難民が押し寄せる事になり、受け容れれば豊かとは言えど物資不足に(おちい)る。その状態でドルドガーラの脅威を迎える事は、極力避けたい所だ。


「だけど、ドルドガーラの兵力に(おとろ)えが無いのが不気味だな。(むし)ろ、戦闘を行う事に増してる様に思えるんだが……魔導兵器って奴か」


資料を手に取り目を通し疑問を呟くと、テーブルへ投げる様に置き両手を組み合わせ、(うつむ)く様に(ひたい)を親指に当てる。


「戦力がこれ以上減らない内に、協力を申し出て共闘し戦線を押し戻すか?」


(まぶた)を閉じると(おもむろ)に首を横に振り、再び天井を仰ぐと深く溜息をついた。


「いや、それは無いな。多くの血が流れる事になる、守るべき者を戦線に出す事は出来ない。そして、魔導兵器とは言えど、(あつか)う者は感情を持っている筈だ……」


凌二の言葉と街を見て、俺のした事は間違いじゃ無いと確信した。傲慢(ごうまん)かも知れない、無責任な奴だと思われるかも知れない。それでも、この身一つで今日まで数千、数万の者を戦火に(さら)さずに守れたんだ。戦で一滴たりとも民の血を流させない、それが俺の王としての覚悟だ。


「世界は多少の変化があるものの、戦火を消す事は無く本質的に変わっていない。そして、俺も変わる事が出来ないらしい……」


(さみ)しそうな表情を浮かべつつ言葉を(こぼ)し、ゆっくりと瞼を上げ視線を王剣に向けると、問いかける様に静かに口を開いた。


「なあ凌二、お前はこの世界に何を見たんだ? お前ならどうする?」


陽が(しず)み辺りが闇に覆われ、月の輝きが柵に囲まれた二階建ての小さな家を照らす。その二階の一室に、リムイは居た。凌二が消えた事に感情を奪われ、ベットの中に潜り込み息をひそめていた。


戦場に生きた者でも割り切れない事を、幼い子が体験し整理して納得する、無理があって当然の事。誰とも会わない様に扉に(かぎ)を掛け、世界から逃げる様に(もぐ)り込んだベットの中で、リムイは凌二と過ごした時間を繰り返し思い出していた。


初めて会った時から、英雄王生誕の儀直前までを繰り返す。鮮明に覚えている楽しい思い出は、次第に辛いものになり。瞳から流れた涙は、リムイの表情に変化をもたらした。


「凌……二…どうして……居なくなっちゃったの?」


ゆっくりとシーツを上げ身体を起こすと、辺りを見回し口を開く。


「僕が……守れなかった……から?」


自らの口から(こぼ)れた言葉に、罪の意識を感じ。リムイは言葉を失い、止め処なく涙を流す。皮肉にも月の光が涙を照らし、宝石と見間違う様な輝きを放っていた。


光を(うら)むように(おもむろ)に視線を月に向けると、その瞬間に鍵を掛けた筈の窓が開かれ、カーテンを(なび)かせながら一陣の風が舞い込んだ。

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