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その手に掴んだもの

白い空間に慟哭(どうこく)が響き渡る。

己が英雄王復活の為の「器」だと知ってしまった。生への渇望(かつぼう)すら凌駕(りょうが)する絶望に(あらが)う事も出来ず、ただ涙を流し叫ぶ。最早どんな表情をしているかさえも解らない。


「はぁ、泣きたいのはこっちの方なんだけどね〜 代償を(かす)め取られて、大地に三百年も(しば)られる……(たま)ったもんじゃないよ」


反応がない凌二に苛立(いらだ)ちを覚えたメイドは、目の前に立ち怒りを抑える様に歯を噛み締め。胸ぐらを(つか)み顔を引き寄せ、強引に視線を合わせると語気を強めて口を切った。


「器だと知って自分の存在価値が無いって思ってるのかい? 高々人間風情が! 脆弱(ぜいじゃく)矮小(わいしょう)な分際で生意気なんだよ、元々アンタらに価値なんてありはしない!」


目を()らそうとする凌二の顔を抑え、メイドは刺すような視線を浴びせ更に言葉を続ける。


「話はまだ終わっちゃいない、よく聞きな! 私はね「型」を司る者、言わば剣そのもの。剣の存在意義は何だと思う? 戦で振るわれ肉を斬り骨を断ち、この身を血に染め命を(すす)る事だよ……解るかい? それを奪われ続けてたんだよ、今のアンタと変わりゃしない」


絶望に染め上げられた瞳を見ると、メイドは笑みを歪ませ眼に狂気の光を宿す。そして、ゆっくりと手を離すと、口調を一転させ優しく語り掛ける。


「そこでだ、取引をしよう。アンタを器としてではなく、主人(あるじ)として迎える。それで、アンタは私を戦に連れ命を奪い続ける、勿論(もちろん)力も使って護ってやる。そんなに難しい事じゃあ無い……生き延びれるんだ、良い条件だろ?」


絶望に包まれた者の前に()らされた、生への希望に繋がる一本の糸。それを手繰(たぐ)り寄せ求めるのは本能であり、誰も責めることは出来ない。凌二はその眼に希望の光を宿し、覚束(おぼつか)ない動きで亡者の如く立ち上がった。その姿に確信を持ったメイドは、歪んだ笑みをそのままに更に口角を上げ手を差し出した。


ただ、その手を掴むだけ。それだけで器という運命から逃れ、生きる事ができる。


凌二はそれを求め手を伸ばしたその時、甲に印されたルーンが目に入る。光も届かない暗い水中にいる感覚の中、走馬灯の如くクラースの姿が過ぎると、(おぼろ)げながらに思考を巡らした。


生きる……ために足搔(あが)く……その強さに……憧れた……何故だ……ろう?


まるで深海に揺蕩(たゆた)う中。暗闇の中にクラースの姿が現れ、英雄王生誕の儀での行動が映し出された。


姿や行動……じゃ無い……たぶん根底に……あるものだ……何がある?


気泡と共に消え去ると、再び映像が映し出された。そこにはクラースが独白(どくはく)する所だった。辛い思い、いや、そんな言葉で表せるものじゃない。それでも、その事に(とら)われながらも生きる事を選択した……


俺に……無いもの……未来を自らの意思で決める、自分の手で掴み取る……そうだ、その意思の強さを感じ、憧れたんだ。


一筋の光が深海に差し込んだ。自分が本当に求める強さを知った凌二は、瞳に意思の光を取り戻し、その瞬間白い空間に乾いた音が響く。


「全ての事から逃げてきた俺は弱い。だから憧れたんだ、強くありたいと思ったんだよ!」


自分に言い聞かせる様に語気を強め言葉を吐き出し、凌二はそれを拒絶した。差し伸べた手を払われたメイドは、横を通り過ぎる凌二を睨みながら口を開く。


「アンタ馬鹿なの? 生き延びる機会をあげたってのに?」


「全くだ俺もそう思う、情けないけど(ひざ)が笑ってるよ。だけど、自分から逃げないって決めたんだ……たとえ器だとしても、後悔しない選択をする」


そうだメイドの言う通り(かしこ)い選択とは到底言えない、大馬鹿野郎の所業(しょぎょう)だ。自分で決めた事ながら呆れてしまう。

だが、草原の青々とした草の香りを帯びた、風が吹き抜ける様な爽快感が胸にある。最後の最後で、(ようや)く強さを得た気がした。


凌二は晴れやかな笑みを浮かべ、再び英雄王の前に立ち声を掛けた。


「初めまして「英雄王」俺は宗方 凌二。種族は人間だ」


「俺は……アーデルハイド。種族は……人間だ」


負の感情を()き消したが、未だ英雄王の表情は帰ってこない。その姿は投げ掛けた言葉に、ただ返事をする機械の様に見える。そのやり取りを見たメイドは、溜息をつくと口を切った。


「そいつはもう役に立たないよ、心が(くだ)かれたのさ。誓約のせいでね」


「誓約のせい? どう言う事だ」


「誓約は負の感情を鎮静化(ちんせいか)する効果がある。アンタは仕組みは知ってるかい、大地と剣と命の役割を? 命は大地と剣を繋ぎ止める(くさび)、大地は結界の規模とマナの供給、剣は結界効果の発現。そして、大地と剣で加護を得る」


視線を凌二に向けると、表情を(くも)らせながらも続けた。


「そして、鎮静化された負の感情はどうなると思う、この剣に集められ解消される。それにはある程度時間が掛かってね。その間は無防備に(さら)される事になる、「心」を司る者はね」


三百年も晒されれば、そうなるのも無理がない。英雄王が抱いた小さな迷いを増幅させたのも、誓約だと言える。だから、数多(あまた)の人間の負の感情を一人に押し付ける……それに頼る事を私は気に入らなかったんだ。


「そうだったのか……」そう(つぶや)くと、凌二は英雄王の前に膝を付き、手をとり自分の胸に当てた。


「何をしてるんだい? そんな事でどうにかなると思ってるのかい?」


「解らない。ただ、何となくこうした方が良いと思った……それだけだよ」


吐き捨てる様に口を開いたメイドに、言葉を返すと凌二は(まぶた)を下ろした。


今は幾千(いくせん)の言葉を(つむ)ごうが、救う言葉は思い付かない。それ以前の問題だ、生きる意志が見えない。だけど、俺は英雄王と同じ魂を持っている。

だからこそ、考えて言葉を口に出す必要は無い、鼓動(こどう)を感じて欲しい、魂の言葉を聞いて欲しい、生きる事を思い出してくれ。


「だからさ、最後くらいは格好いい事させてくれよ……俺は、お前を信じてるぜ」


穏やかな笑みの頬を伝う涙と共にルーンが光を帯び、凌二を仄かな光が包み込む。手を伝い英雄王も光に包まれ、二人の空間は実った小麦が無限に広がる様な、暖かな黄金色(こがねいろ)に染められた。


「ここは……どこだ? それにお前は?」


「おっ、やっと目を覚ました様だな「英雄王」。改めて自己紹介って事で宗方 凌二、種族は人間だ」


「俺はアーデルハイド・レクリテスだ、アーデルで良い。種族はお前と同じ人間だ……そうか、剣の主人が決まったのか」


穏やかな笑みを浮かべ、凌二は顔を横に振った。その姿を見て、不思議な感覚を抱きながらもアーデルは言葉を待った。


「解るだろ? 同じ魂だって事。俺はアーデルの器として転生したんだよ、だから、交代だ」


「そんな訳が無い! 俺は誓約を成す時に、裏切られて殺された筈だ!」


「ああ、確かに刺されたな。だけど、アーデルを救う為にした事だ、俺がここに居る事がその証明になる」


凌二の胸から伝わる鼓動が、アーデルの中に染み渡る様に響き渡り、それが真実だと確信に至らせる。


「器、転生……お前はそれで良いのか? これは死を意味するんだ! 簡単に納得できる事じゃ無い!」


そう問われると凌二は頬を指で軽くかき、少し困った顔をした後に口を開いた。


「全く、お前が言うと呆れるな……アーデルが守った街は平和だ。だけど、住民は罪の意識を持って生きてる、それから解き放つ事が出来るのは……英雄王だけだよ。俺じゃ出来無い……」


凌二は腰を上げ天を仰ぐ様に背伸びをすると、黄金色の空間が少しづつ消えていく事に気付く。


「そろそろ時間か。この世界には数日しか居なかった、大して未練も後悔もないんだけど……一つだけお願いがあるんだ。人狼の子、リムイって言う子なんだけど。夢を叶えてやって欲しいんだ、頼めるかな?」


割れんばかりの笑顔を浮かべ手を差し伸べ、アーデルはその手を取り瞳に涙を溜め、微笑みながら口を開いた。


「この大馬鹿野郎……その願い、命をかけて叶える。必ずだ」


「大馬鹿野郎か、最高の褒め言葉だな。頼んだぜ、じゃあな英雄王」


最後の言葉を交わした直後に、アーデルは光の柱に包まれ姿を黄金色の粉に変えると、光の柱と共に元の世界に戻り、周りも黄金色から白い空間に変わっていった。


「行ったのかい……私を介さずに送るとは、呆れたよ。で、あれで良かったのかアンタは?」


メイドは消え去る光の柱を見届け、夜空の星々に魅入られる様に(たたず)んでいた凌二に声を掛けた。


「ああ、後悔はしてないよ……それで、俺はいつまで存在する事が出来るんだ?」


「!!……どうしてそう思ったんだい?」


「クワドとフィルフィアの態度も変だったし、王の住まう所に俺は場違いだろ? それに、アンタも何だかんだ言ってたけど、手を差し伸べてくれたし。意外と優しいんだな、サンキューな」


「なっ何言ってんだアンタは! そんな訳ねえよ、馬鹿じゃないの。いや、大馬鹿野郎だよ!」


微笑みながらそう言われたメイドは、慌てた様に言葉を返す。その言葉を受けると凌二は何かに押さえつけられる様に、力無く体勢を崩す。メイドは支え抱きかかえるように、ゆっくりと床に寝かせると横に座り口を閉ざした。


この空間は力を司る者の世界、主人として力を認められていない者は存在する事は出来ない。そして、異物として見られた者は、空間からの圧力に(つぶ)され消滅(しょうめつ)する。アーデルと同じ魂を持った凌二も、例外では無い。今までの邪悪な表情を一変させ、苦悩で顔を歪めると口を開いた。


「その……(ひど)いこと言ってごめん……だけど、彼奴(あいつ)が壊れていくのが悔しかったんだよ。人間は自分の事しか考えない、アンタもそうだと思ってた……ただ、この誓約がもたらす事を知って欲しかった、頼る事をやめて欲しかったんだ」


メイドは瞳に涙を溜めると本心を語った。(おもむろ)に手を伸ばし拭い取ると、微笑みながら凌二は口を開く。


「本当にな、俺もそうだよ……自分のやりたい事をしただけだ、気にやむ事は無いぞ」


「それでも、こんな結末は求めて無かった! アンタが消える事は無かったんだよ……ごめんなさい……ごめん……なさい」


止め処なく頬を伝る涙をそのままに、(かす)れた声で謝り続けた。その少女らしい姿に安堵(あんど)したのか、涙を拭う力さえ失った凌二は、微笑みながら(なだ)めるように言葉を掛ける。


「そう言えば、名前を聞いてなかったなぁ……最後に教えて貰ってもいいかな?」


「教えたいのは……山々なんだけどね、残念ながら……無い。ただの一振りの……剣に名前は要……らないんだよ」


「そうか、ただの一振りの剣……か」


緩やかに感じる圧力の中で、消えていく事を感じる。アーデルがどう未来を創っていくのか、見れないのが残念だけど後悔するって程じゃない……いや、俺は(うそ)をついた。

たった数日だったけど、今までと比べ物にならないくらい楽しかった。皆んなと一緒に、残りの人生歩んでみたかった……でも、アーデルを救う事を自ら選び、その未来を掴み取った。それに比べれば些細(ささい)なもんだし、気にする事も無いか……


「まあ、このぐらいは許してもらおう。じゃあな皆んな……」そう呟き、穏やかに誇らしげな表情を浮かべると、ゆっくり瞼を閉じ意識を思考の深海へ(ゆだ)ねた。

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