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異世界事情は意外に身近な所で廻っている?  作者: 渋谷 彰
第一章

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英雄王

「今「英雄王」って……会えるの?」


「ええ、勿論(もちろん)で御座います。旦那様と同様にお客様お会い出来るのを、楽しみにしておいでです」


その言葉を聞いた瞬間から、鼓動(こどう)が速まるのを感じた。


戦乱の世界から街を切り離し、永きに渡り人々に平和を与えた者。少なくとも俺は、彼の行動に尊敬の念を抱いている。

街の様子やカミラさんから聞いた事も、彼に伝えたいと思うし聞きたい事もある。それに、この機会を逃せば、二度と会うことは出来ないだろう。


「メイドさん、案内をお願いしてもいいかな」


(かしこ)まりました、それでは参りましょう」


服を(つか)み少し上げ一礼すると、右手を頭上に(かざ)し指を鳴らすその瞬間。その腕にクワドの右手が伸びたかと思うと、力強く掴まれ止められる。


「君はいつもそうだ、僕達の意見を蚊ほどにも気に留めない。僕等の存在する意味はあるのかな?」


「存在意義ですか……ええ、御座います。この世界は剣の刀身を現し、旦那様方々がいらっしゃる事で、力を得る事が出来ております」


表情を(くも)らせ睨みながら、吐き捨てる様に言い放つクワドにそう答えると、メイドは更に言葉を続けた。


「ですが、力を求めているのであって、残念ながらそこに意思は関係御座いません。そして、お客様は会う事をお望みになっております。どうか御理解の程を……」


クワドは苦い表情で仕方なくその手を放すと、メイドは何事も無かったように頭上で指を鳴らした。すると、緑に囲まれていた風景が光に包まれ、次第に輝きが収まると、そこには白い空間があり、四人の他にもう一つ姿が見えた。


まだ距離があり風貌(ふうぼう)もよく解らないが、直に床に座り片膝を立て思いに(ふけ)っている様に見えた。王と呼ばれる事もあり、その仕草に威圧感を感じる。


白く何もない空間だけあって、平衡感覚や距離感は少々変になっているが、(はや)る気持ちを抑えメイドの歩調に合わせて付いていく。

そして、近付くにつれその姿がよく見える様になって来る。身丈の程は解らないが、少し長めの黒髪に白い肌、赤黒い服に銀色の胸当てと手甲を身に付けており、装いは戦装束の様だ。


あれが「英雄王」。緊張により唾を呑み喉を鳴らし、期待に胸が踊っている。自分の中から生まれる音が(うるさ)いくらいだった。


後10メートルと言ったところでメイドは立ち止まり、視線を凌二に向けると口を開いた。


「彼の方が「心」を司る英雄王と呼ばれたアーデルハイド様です。そのお顔からして、積もる話も御座いましょう。私共はこちらで控えております、どうぞごゆっくりなさって下さい」


そう言うと軽く一礼をし、控えめに手を英雄王への元に指し示す。「有難う」凌二はそう応えると歩き始め、その背中を見送りながらメイドはフィルフィアに言葉を掛ける。


「フィルフィア様、先程からお静かにされていますが、如何なさいましたか?」


「いや、ああ……何でも無い、大丈夫だよ」


「誓約の術式を創り書にしたためた者の、苦悩で御座いますか?」


見透かした様に言葉を掛けられたフィルフィアは、(うつむ)き口を閉ざすとローブを掴み握りしめ表情を歪ませた。


「貴方様が気に病む事では御座いません、武器と同じです。それを得て取った行動の全ての結果と責任は、御本人に御座いますから」


凌二が歩き出して少し経つと、白い空間に風景が現れた。

闇夜に耳を(つんざ)く金属音と人の悲鳴、赤く照らされた大地に、身体を真紅に染め倒れた者達。映し出された場面が揺らぐと消え去り、新たなものが映される。


時には海戦、時には強大な魔物との戦いと、目紛(めまぐる)しく場面が切り替わり誓約を結ぶ所で再び白い空間に戻る。多分、これは英雄王が歩んで来た歴史。そして、これまで見たものは全て視覚的だけではなく、他の感覚に訴えてくるものがあった。


夢を見たときと同様に三百年前に起こった事だが、今起きた事を突き付けられた感覚に襲われ衝撃を受けた。


歯を食い縛り拳を握り締め、必死に感情を抑える凌二の前に黒い(もや)が現れる。それを妨げようとする黒い靄に、苛立ちを覚え振り払おうと触れた瞬間。



なぜ俺が……戦わなくてはならない! なぜ俺が……命をかける必要がある! なぜ俺が! どうして! ふざけやがって!



魔獣の咆哮(ほうこう)とは比べ物にならない程の怒声が、頭の中に響き渡り繰り返される。直感的にこれが何なのか解ったが、英雄王への尊敬の念がそれを否定し思考を乱す。

頭の中身を掻き乱す痛みと抑える事に失敗した感情に、押し潰されるように膝をついた凌二。両腕を地に付け地に伏せる事を(こら)えながら、止め処なく涙を流し嗚咽(おえつ)ながらに声を上げる。


「何だよ……これは……何なんだよ!」


「お客様も解ってらっしゃるとは思いますが、これはアーデルハイド様の本心が現れたものです。三百年の間繰り返されたもの、視覚化されるとは驚きですが……正に「心」を司る者と言えましょう」


背後から掛けられた言葉は、目の前で起こった事を正確に指し示した。黒い靄が消えると、再び現れ英雄王を囲うように増殖し始め、その様子は他者との接触を拒否するかの様に見える。


「そのご様子だと、お辛いでしょう。この辺りで剣の主人として、元の世界にお戻りになりますか?」


「この手をお取りいただければ、直ぐにでもお戻りできます」そう言うとメイドは笑みを浮かべ手を差し伸べる。だが、その眼に宿る鈍い光には蔑みの感情が込められていた。


怒涛(どとう)の如く流れ込む負の感情、頭が割れんばかりの痛みに襲われ、感情や思考などは無いに等しい。生を求める亡者の様に、覚束(おぼつか)ない動きでその手を取ろうとする。メイドもその哀れな姿を眺め、浮かべた笑みを歪んだものに変え、口角を上げた。


しかし、触れる直前、凌二の動きが止まったかと思うと、その手は力を宿し固く握られ床に叩きつけられた。


「ふざけんな! そうじゃないだろ! アンタは!」


凌二の怒号が白い空間に響き渡った。メイドは驚きを隠せなかった、亡者同然の者が突然息を吹き返したのだから無理もない。

ゆらりと立ち上がると、背中を見せ息を乱し覚束ない足取りながらも、ゆっくりと少しづつ英雄王に向かい歩き出す。


思考がまとまらない、真っ直ぐに歩けてるかも解らない。だけど、はっきりと解るのは、昔の俺なら耐えられなかった。ガルドさん達に会えたこそ、その姿を見て想いを知ったから動けるんだ。


アンタは知らないだろ、皆んなが感謝している事を!


埋葬する事も弔う事もでき無かったその辛さを!


それを贖罪として胸に刻み生き続けている事を!


行く手を(はば)む様に黒い靄が凌二の前に現れる。これに触れれば先程と同じ様に、苦痛を味わう。だが、そんな事は関係ないと、構わず足を進めた。



誓約など成さなければ良かった……民を見捨てれば俺は死なずにすんだ。何と愚かな事をしてしまったのか……



「アンタは民を想い、行動を起こしたんだ! 愚かなんかじゃない!」


黒い靄を()き消す様に、英雄王に届く様に凌二は力を振り絞り声を上げた。

靄は消えたが、再び新たな靄が目の前に現れる。しかし、足を止める事なく、その中に入って行く。



俺が間違った思想を抱いた為に……彼等を巻き込んでしまったのか……



「巻き込んだのは否定しない。だけど、アンタは間違えちゃいない、命をかけて実現し証明した!」


英雄王の負の感情が幾つも阻む様に現れるが、凌二はそれを否定しながら搔き消して進み、あと少しで手が届く所まで辿(たど)り着いた。

(おもむろ)に英雄王は気怠そうに凌二に顔を向ける。未だ黒い靄が(まと)わりつき、目も鼻も見えず表情すらわからない。



俺はまだ生きていたかった……仲間と共に歩みたかった……



「ああ、解るよ。誰だってそう思う筈だ」


そう言葉を掛けた瞬間、最後の靄が取り払われた。全ての負の感情が掻き消され、素顔が現れたが表情は無かった。そして、凌二も同様に表情が消えてしまう。


「まあ、負の感情。いえ、怨念(おんねん)と言いましょうか、全て取り払うとは素晴らしいですね」


背後から拍手と共にメイドが感嘆(かんたん)の声を掛ける。()び付いた機械の様に、ギリギリと首を動かし視線を向ける。


「誓約を成した記憶の続きが、もう少し御座います。どうぞ、ご覧下さいませ」


指を鳴らすと、白い空間に再び風景が映し出された。

王剣を大地に突き刺し、誓約に代償の命を注ぎ込む場面。前に立つ赤眼の悪魔は、短刀を(ふところ)から取り出すと英雄王の胸に突き刺し、詠唱を行い呪文を唱えると、その身に光を纏わせる。


「この者のお陰で、代償として得た魂は微々(びび)たる物……ですが、不完全ながら誓約は成せました」


赤眼の悪魔は凶々しい仮面を取り払い、隠された素顔を見せた。英雄王は表情を凍らせ、か細い声で言葉を放つ。


「そうか、俺は裏切られていたのか……仲間だと信じていたのに」


それを最後に身体を光と同化させ、短刀の中に吸い込まれる様に消えていった。彼女は赤い瞳から流れる涙をそのままに、許しを乞う様に言葉を(つむ)ぐ。


「貴方を救うには……これしか無かったの」


消えていく英雄王を見つめながら、凌二は得体の知れない感覚に襲われた。


赤眼の悪魔の素顔は、広場で話しかけてきた少女の様に見えた。胸に刺さった短刀の柄は酷く歪んで、最後の記憶に残る月明かりに照らされた物と同じ。黒い靄が取り払われた英雄王の素顔は……


俺の顔そのものだった。


鏡を覗き込む様に映された自分を違和感なく受け入れる、そんな感覚を抱いた……有り得ない、馬鹿な事を考えてるな俺は。


力無く否定するが、この世界に来ての疑問が全て解消される。心に何の抵抗も無く受け入れてしまった凌二は、表情を無くしながらも思考を続ける。


俺はこの世界の人間だった。そして、異世界に転生し呼び戻された、それが意味する事は……


「聡明なお客様でありましたら、もうご理解頂けていると思いますが……」


メイドの言葉を受けると、突然自分の中に泥々(どろどろ)とした重く(くら)いものが生まれ、全身が(おお)われる感覚を覚える。


やめてくれ……頼む、お願いだ……聞きたくない。


叫んでいるつもりでも、その声は人の耳に届くものでは無かった。全てを理解し(あらが)う事も出来ないでいる凌二の姿を、恍惚(こうこつ)の笑みを浮かべ笑い声をあげると、メイドは凌二の耳元に(ささや)いた。


「解ってんだろ、アンタが英雄王復活の器って事にさ」


掛けられた言葉の重さに耐える事ができず、その場に砂がこぼれ落ちる様に崩れ込む。そして、その言葉に抱いた感情が絶望だと知る。

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