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騒乱

白いローブを(まと)う老人が杖をつきながら台に上がり、呪文を(とな)えると王剣を囲う(ひも)が緩み、取り払われると天に(とどろ)く雷鳴の(ごと)く周りから歓声が上がった。

(しばら)く鳴り止む事はなかったが、老人が(おもむろ)に杖を(かか)げ「静粛(せいしゅく)に」と言い放つと(またた)く間にかき消され、辺りは緊張に包まれ静寂に支配される。老人は杖を鳴らしゆっくりと台から降りると、直ぐ側で止まり広場を見回した後に声を高々とあげた。


「これより英雄王生誕の儀を行う。挑戦者よ剣の前に!」


杖を待機所へ向け先頭の者にそう告げると、(みちび)く様にゆっくりと剣の元へ杖を動かした。

それに従って歩を進める最初の挑戦者は、体格も良く力強そうな人間の男。

しかし、気負(きお)い過ぎているのだろうか表情が強張(こわば)っていた。観光客や住民から声援を受けているが、彼の耳には届いてはいないだろう。


台に上がり剣の前に立ち止ると、観客は緊張と期待を胸に口を閉ざす。

身体中の空気を出すかの様に長く息を吐き、剣の(つか)を握り脚の位置を決めると身を(かが)めた。固唾(かたず)を吞み見守る観客を余所(よそ)に、再び息を吸い空気を体内にためると、雄叫びをあげながら全身の力を込め、剣と共に空に飛び立つと言わんばかりに身体を伸ばす。


しかし、剣は台から微動(びどう)だりしなかった。それでも諦めず歯をギリギリと食い縛り、汗を(にじ)ませ顔を赤く染め上げ(ねば)り続ける。次第に力が抜け始め、心が折れ膝を落とすと老人が「そこまで!」と告げ男の挑戦が終わった。


その瞬間、(うわさ)の事もあって溜息をつく者もいたが、男は(ほとん)どの観客から健闘を(たた)える拍手が送られた。台から男が力無く立ち去り、それ見届けると先ほどと同じ様に老人は次の者を導いた。


数人の挑戦が終ったところで、人混みの中で動きを見せる人影が一つ。


「さて、観客の視線も剣に集まった所で、始めましょうか。「静寂なる世界」……発動」


周りの歓声は瞬く間に消え去り、術者が支配する空間が創り出された。人混みの中であるにも関わらず、誰にも気付かれる事もなく、歩けば人が避ける様に道を開け、涼しい顔でアリッサは予定の位置に進み出した。


「あっそうそう、忘れてたわ。「思念統合」……サラ伝わるかしら?」


「あっアリッサ! 大丈夫だよ伝わってるよ〜 こっちは位置についてるよ」


「そう、安心したわ。私も後少しで位置に着く所よ」


サラに思考内でそう言うと脚を止めた、剣を視線に捉え「これは好都合ね」と口角を上げながら呟く。目の前には広場に睨みをきかし、警戒するガルドとヨシュアが居た。これは予想していなかった幸運。妨害される前に拘束できる好機が、向こうから転がり込んできた。


「サラ、魔力の充填を始めるわ。集中して頂戴……」

「うん、解った。あっでも、少し感情が高まってる気がするんだけど?」

「ごめんなさい、少し良い事があったからかも知れないわ。問題が出たかしら?」

「ううん、この程度だったら大丈夫だよ。じゃあ始めるよアリッサ」


「了解したわ」と呟くと首に掛けた護符の魔鉱石を握りしめ、(ほの)かな光を(まと)うと魔力を充填し始める。

英雄王生誕の儀も終盤(しゅうばん)に差し掛かっていた。最初は緊張していて、周りを気にする余裕が無かった。多くの挑戦者が剣を抜く事が出来なかったため、緊張も(うす)れ暇を持て余す様になり。早く終わらないかと前に並ぶ挑戦者を数え見ると、後四人となり気が付けば待機場も広くなっていた。

そして、その中に記憶に残る人物、以前にリムイの夢を嘲笑(あざわら)った騎士が目の前に(たたず)んでいた。


騎士は視線を感じ背後を向くと、凌二とリムイを覚えていたのか、笑みを浮かべ嫌味ったらしく口を開いた。


「おや、 お前たちも挑戦するのか? 騎士になるのは(あきら)めて、王様目指す事にしたのか?」


その言葉を聞いた瞬間、自分の中に重く鈍い熱を帯びた何かが生まれた。掌を力を込めて握りしめ、平静を装いながら言葉を返す。


「リムイは夢を諦めてないですよ、これは縁起物って言われたんで参加しただけです……」


「おお、そうだったのか。騎士になれるといいな、頑張れよ坊や」


そう言うと嘲笑うかの様な笑みと視線を俺達に送り、興味が無いと言わんばかりに素っ気なく騎士は前を向いた。正直言って、こんな奴には王になってもらいたく無い。


騎士と距離を作り背中を向け、視線を足元に落とし拳を解くと溜息をつく。


「まあ、俺も人の事は言えないけどな」


リムイは気にしていない様子で後を付いて来ると、隣に立ち止まり凌二を見つめ笑顔を向ける。乾いた笑い声で誤魔化すように応え「どうせ誰も抜けやしない」と心で呟き、祭の終わりを強く願った。



そして同時刻、人混みの中で虎視眈々(こしたんたん)と頃合を見極めていたアリッサは、クラース達の姿を確認すると思念をサラに送る。


「魔力も充分に溜まったし、結界を発動させるわ。次は結界の維持に移るわよ、このまま魔力を注いで頂戴」


指示を出すと、目を閉じ精神を統一させ詠唱(えいしょう)を始めた。


深淵(しんえん)()まう、(くら)きを創りし黒き(つばさ)を持つ者よ。我との古の盟約に従い、我が元にその身を(あらわ)せ。我求めるは現世(うつしよ)を昏きに落とし、深淵を映す(まなこ)をもって彼の者の欲望を顕し、(かせ)を外し解き放て」


アリッサの足元には紫色に輝く魔法陣が浮かび、周りに(まと)わりつく様に黒く小さな(もや)が幾つも現れ、徐々に蝙蝠(こうもり)の姿に形取った。


「堕ちた楽園」


詠唱を終え呪文を唱えると、蝙蝠達は王剣を中心に広場の周りを円を描く様に飛び始め。次第に範囲を狭めると霧散(むさん)した。

その瞬間から広場に何時もと違う空気が(ただよ)う、陽は高く辺りは光が降り注いでいるのにもかかわらず、影に(おお)われジメジメとした湿気を感じ、まるで洞窟(どうくつ)の中を歩いている様な錯覚に囚われる。


規模としては大きいものでは無いが、アリッサには充分だった。


「おい、ヨシュア……こいつは」

「ええ、どうやら結界が張られた様ですね」


二人は結界に気付くと、解除する為に動き始めた。その瞬間、辺りの喧騒(けんそう)から切り離され身体の自由を奪われる。


「やれやれ、「縛る蔦」ですか。我々は(すで)に術中に、(はま)っていたようですね」

「はぁ……そのようだの」

二人は呆れたように言葉を吐くと、背後から声が掛かる。


「御機嫌ようガルドさん、また会ったわね」

「黒ローブのお嬢さんか、祭は楽しんでるかの」


ガルドは苦笑いを浮かべつつも、今出来る精一杯の強がりを口に出した。


「ええ、お陰様でね。あら、こちらの方は初めましてかしら?」


「そうですね、散々探しましたがお会い出来ませんでしたからね〜。ヨシュアと申します、以後お見知り置き下さい」


背中越しに言葉を交わし視線を広場に向けると、ヨシュアは笑みを浮かべ結界について興味津々に質問を投げかける。


「いや〜 凄いものですね、街中でこんな事が起きたのは初めての事です。この結界は、誓約を書き換えているんですか?」


「お喋りは嫌われるわ。……それに知ったところで何も出来ない、話す必要はないと思うけど?」


「確かにそうですね。まあ、嫌われついでに、私の考察を聞いて頂いても?」


「ふう……ええ、わかったわ聞くだけならね」



その頃待機所では、クラースは身体の感覚に違和感を覚え、渡された護符に視線を向けると、鈍い光が宿り結界の発動を知る。ニヤリと歪んだ笑みを浮かべ腰の剣に手を伸ばし、足音を消し静かにアレンとバートに近づく。

二人が気配に気付き振り向いた時には、剣を抜き横一文字に刃を走らせようとしていた。


焼かれた様な熱が(おそ)い、赤い(しずく)は意思を持った様に()い幾つもの枝をつくり、手の甲をつたい(つた)の様に指に絡み付く。

条件反射で何とか(かわ)したが、バートは腕の傷口を押さえ脂汗をかきつつも睨みつけ。同様に視線をクラースに向けてはいるが裏切られたことに衝撃を受け、感情を持たない人形の様に茫然自失(ぼうぜんじしつ)となるアレン。その結果に満足したのか、(ゆが)んだ笑みを浮かべると言葉を放つ。


「クックック……残念ながら、その傷じゃあ剣は抜けねえなぁ」


「裏切りやがったな……あんたって人は!」


その様子を見た観光客からは悲鳴(ひめい)が上った。


ガルドとヨシュアは悲鳴を聞くと、観客の視線を辿(たど)る。待機場付近で剣を持ち佇む男と、少し離れた所に(うずくま)る男が二人どうやら斬りつけられた様だ。しかし、誓約の効果がある場所で戦闘行為は出来ない。

悲鳴が上がる事もそうだが負の感情、とりわけ他者を傷つけるような憎悪などは、綻びが出ているものの誓約により鎮静化させられる。だが、目の前で起こった事は正しくそれだった。


ガルドはその状況を見ると顔を歪ませ歯を噛み締め、ヨシュアはゆっくりと(まぶた)を閉じ(しば)し思考を巡らせ口を開いた。


「成る程、結界の効果は誓約の真逆、感情を増加させるもの。そして誓約を書き換えたものではなく、新たに()り足されたもので術式も単純で反動も少なくて済む。気にするのは結界の強度と効果だけ……それも高位詠唱によって強化する事で解決ですか」


実際のところは誓約を書き換えた訳ではなく効果も消えていない、(やぶ)られたと言うには少々語弊(ごへい)があるかも知れない。しかしながら、効果的には無効化され広場は新たな効力に支配されている、現状を見る限り破られた様なもの。だが、単純な術式で規模が小さくとも、異物と(とら)えられ排除されるはずで反動は一人や二人で抑え切れるものでは無い。と思うんですが……。


「そうか……夢見の粉だ!」


「? それがどうかしたのか、夢を見させるだけの物の筈だがの」


瞼を再び開き言葉を放つと、それを聞いたガルドは疑問を投げ掛けた。


「もう一つの効果がありましてね。夢を見せるのに必要な事なんですが、数日の間は感情を高ぶらせるという物なんです。街の者へ振り()く事により誓約の効果を分散させ、結界にかかる抵抗を軽減させたという事ですよ」


つまり、実行するのは彼女だが、知らないうちに我々も。いや、街に居る全ての者たちが、誓約を破る事に関与している事になる。ここまで来ると正直な話、守り人として面目丸潰れではありますが清々しいものがありますね。


「いや〜 目から(うろこ)が落ちるとはこの事ですかね。ですが……それでも魔力量に関しては、一人で何とか出来るものでは無いと思うんですよね〜」


ピクリと(まゆ)が動くが、アリッサは口を閉ざし沈黙を守る。


「アリッサ何かあったの? また少し感情が揺れたけど大丈夫?」

「大丈夫よ。問題無いわ」


サラにそう伝えた後に、狙いすましたようにヨシュアは口を開く。


「お仲間がいらっしゃるようですね、それもこの反対側。更に、希少な装飾品を使い魔力不足を補っている。どうでしょう、此処(ここ)までは中々いい線いっていると思いますが?」


ヨシュアは何らかの連絡手段を講じている可能性があると考え、鎌をかけ探りを入れた。しかし、アリッサは返事を返さず冷静に務め沈黙を維持した。


「沈黙は肯定と捉えさせて貰いますよ。通信魔法に拘束魔法と結界、おっと人払いの魔法も発動させ維持する。いや〜 私には真似出来ない技量をお持ちですね。中々にお忙しい事と思いますが、同時に幾つもの魔法を使うのは綱渡りをしている様なもの……大丈夫ですか? お嬢さん」


アリッサからは見えないものの、意地の悪そうな笑みを浮かべ言葉を掛ける。するとヨシュアを拘束する蔦はギリギリと圧力を増し、重く冷たい声が放たれた。


「黙りなさい……その気になれば命を奪う事も出来るのよ」


冷酷に現状をあらわす言葉を吐き出す、聞けば普通は恐れを抱くがヨシュアは更に口角を上げる。


そして、反対側に位置を取ったダナは、斬りつける瞬間をはっきりと目撃した。怒りを覚え広場に突撃しようと、身を乗り出した。しかし、(えり)(つか)まれアドレアに止められる。


「アドレア何で止めるんだ! このままじゃ凌二達が危ねえだろうが!」

「落ち着いてくださいダナさん、あの方は凌二達を標的として見てないですよ。多分ですが、ガルドさん達もそう判断して動かないでいると思います」


「だけどよ!」と言い抵抗を見せるダナに(さと)す様に言葉を掛けるアドレア。


(むし)ろ、下手に動いて被害を拡大させる方が、凌二達に危険を及ぼします」

「くそっ、次何かありそうだったら直ぐに止めに入る。いいなアドレア!」

「ええ、それで構いません」


ダナが待機状態に入る事を確認すると、「それに、この状況は王の資質を見る、好機でもあるでしょう」と心の中で呟き視線を再び彼らに移す。

視線の先にある広場には騒ぎが広がり始め、混乱の坩堝(るつぼ)となると思われた。その時、力尽くで(しず)める様な怒号が広場に響き渡る。


「黙れ! 観光客共! こんな事は戦場じゃあ日常なんだよ! お前達が娯楽に勤しんでる時も、俺たちは血を流し泥水を(すす)りながら国を守り! 生き抜いて来たんだ、(わめ)くんじゃねえ!」


クラースは言葉を放ち、観客の混乱が収まるのを見届けると王剣の元に歩み出した。(おもむろ)に老人に視線を移し剣の切っ先を向けた。


「あんたは俺を止めるかい?」(たか)ぶった感情を抑えながら(たず)ねると、老人は顔を横に振りゆっくりと杖をクラースに向ける。「挑戦する権利は誰にでも有る、例え極悪人でもな」そう告げると剣の元へ導く。

血を拭い剣を(さや)に収め、歩を進める背中に声を掛けた者がいた。


「クラース! お前は何をしている! 正気か!」


声の主は顔を青く染めたエルビンだった。

徐に視線をエルビンに向けると、思い出したかの様に口を開いた。


「ああ、人狼の坊ちゃんは騎士になりたいって言ってたな? 辞めときな、(ろく)なもんじゃねえぞ」


エルビンとリムイは、何を言ってるのか解らないと言った表情を浮かべた。その様子を見て溜息をつくと、クラースは口を切った。


「俺は今でこそ傭兵騎士をしているが、十年前はファムファーレン侯爵に仕える騎士だったのさ」


エルビンは子供だった故に知る事は無かったが、ガナードは「十年前」と聞き、金縛りにあった様に動けなくなった。その頃からドルドガーラに少しずつ押され、次第に領地を奪われ国に陰りが見え始めていた。そして……


「侯爵の領地は国境に面し、幾度となく侵攻を防ぎ国に尽くしていた。だが、時が経つにつれ要求した物資の補給も満足に与えられず、戦線を維持する事が出来なくなり後退する事を余儀なくされた。まあ、ここまでなら戦ではあり得る話だ」


クックックと、小さい声を(こぼ)すと次第に大きいものになり、目には狂気の光を宿し、人を嘲笑(あざわら)うかの様に高々と声を上げた。


「後退した時に目に入ってきたのは何だと思う? 権力争いに巻き込まれ、蹂躙(じゅうりん)略奪(りゃくだつ)され火の海となった街と城だ。我が目を疑ったもんさ……だってそうだろう? 俺たちが国を守ってる間にだ! 仲間だと思っていた奴らに、大切な人々を奪われるとは夢にも思わない筈だ!」


ガナードは戦後の処理に()り出された事もあり、目も当てられない惨状(さんじょう)は今も鮮明に覚えている。

国政の乱れから来た内乱それを恥とし、外部には()らさぬよう厳命された黒歴史。その罪は戦死した侯爵に全て(なす)りつけられ闇に(ほうむ)られた。

クラースはそれを白日の下に(さら)し、荒々しく声を上げて観客に(うった)える様に言葉を放ち、息を整えながらリムイに視線を向ける。


「その後は気楽なもんだった。俺達は考える事を辞め、感情のまま剣を振るい仲間を討った……言葉にもならない声を上げ襲い掛かるだけ、その姿は騎士とは程遠い醜い怪物。奇跡的に生き残った俺は人を信じる事を辞め、名を変え傭兵に身を落とした……綺麗事だけじゃ無い、(むし)ろ醜い事だらけなんだよ……坊や」


騎士、いや自分達を醜いと言い放ったクラース、目に宿した狂気は消え。慈悲深い視線を浴びせながら(さと)す様にリムイに語りかけた。


「剣を抜き放ち王となり、この街を支配する。そして、俺のやりたい様にやる、望みはただそれだけだ」


そう言うと視線を王剣に向け、柄を握り呼吸を整えると。

護符により強化された、自身の力を尽くし「英雄王生誕の儀」に挑む。

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