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破滅への幕開け

大通りの喧騒(けんそう)から離れ、それが穏やかなものになり。店内で休む一行には、木の香りも手伝ってか心地よいBGMを聞いている様だった。そんな中、カミラはゆっくりとお茶を口に含め喉を(うる)すと、静かに口を開く。


「まあ、大衆向けの伝承は聞き飽きてると思うからねえ。どうしたもんかねえ」


吟遊詩人達が(こぞ)って唄う英雄王の物語がそれに当たる。そして、それ以外にも英雄王の生い立ちなども、大衆向けに脚色され様々なものが伝わっていた。


それを知らない子供に語るのには問題ないのだが、リムイ以外は知らないとは思えない年頃だと悩んでしまう。招き入れた手前、語部(かたりべ)として体裁(ていさい)を保つために思案していると言葉を掛けられる。


「あのカミラ殿、質問しても宜しいですか?」


声の主はガナードだった。カミラは渡りに船と思い、視線を移し笑顔を浮かべ(うな)き続きを(うなが)した。


「この街に来るまで色々な(うわさ)を聞いたのですが、新王が誕生すると思われますか?」


ガナードはこの街に来る途中で、商人達がしていた噂を耳にしていた。多種多様で信じてはいなかったが、住人がどう思っているのか好奇心が()き、不躾(ぶしつけ)ながらも質問を投げ掛けた。


「ほえほえ、そうさねえ〜」


新王誕生の噂は毎年流れている。しかし、ここ数年の誓約(せいやく)(ほころ)び具合を考えると、(あなが)ち否定は出来ない。


「まあ、可能性は無いこともないかねえ。でも噂はあくまでも噂だからねえ」


お茶に息を吹き冷ましているリムイに視線を移すと、孫に向ける様な柔らかな笑みを浮かべ優しく問い掛けた。


「リムイちゃんはどう思うかえ?」


「え? う〜ん、僕にはわからないよ。でも、剣がぬけて新王が誕生する所は見たいかな! 凌二はどう思う?」


「俺? そうだな……よく解らないけど。まあ、見れるものならって所かな」


二人の答えを微笑みを浮かべ頷きながら聞くと、ガナードに視線を戻し同じ事を問い返す。


「そうですね。正直な所は信じてはおりません。が、新王誕生の瞬間を見たいとも思っています」


住人の前で信じていないと言い切るのに気まずさを感じ、複雑な表情を浮かべつつも本心を語り。続けて新たな質問を投げ掛けた。


「しかし、剣が抜け新王が誕生した場合、誓約はどうなるのでしょうか? すぐに消えてしまうのでしょうか? それとも……」


「そうさねえ。私も魔導を心得てはいるよ、結界とかもそれなりに詳しいと思うけどねえ。ただ、魔力を消費する一時的な結界とは違ってね……」


自身も守り人となった事もあり、何処まで語るべきかを一考し再び口を切る。


「誓約は対象に誓いを(きざ)み成すもの。術式も上位のものでねえ、王剣を用いた事により更に高位のものになっているよ……三百年続いているからねえ。その誓いが消えない限り、直ぐに消える事はないと思うんだよねえ……」


カミラは湯飲みを手に取りゆっくりと口元に運ぶと、ふと思い出した様に口を開く。


「あとは消費するのは自然界に(ただよ)うマナだからねえ、精霊術に近い結界と言えるよ。エルフなら解るが、人の身で扱うには至難(しなん)の技さねえ」


魔法や精霊術に(うと)いガナードは眉間(みけん)にしわを寄せ、今一よく解らないと渋い表情を浮かべた。


「まあ、新王が剣をもって誓約を破棄(はき)する事があれば、直ぐにでも無くなるがねえ」


その言葉を耳にした瞬間ガナードは顔から血の気が引き、口を閉ざし(うつむ)くと力無く(まぶた)を閉じた。


好奇心から聞いた事だった。誓約が無くなると言われた瞬間に街の未来を想像し、自国の置かれている状況を重ねてしまった。街の中もそうだが、周辺の治安が良いため外敵に対して最小の対策しかしていない。外壁も木造であり防衛能力の低い状態で、他国に攻められれば一溜(ひとた)まりもない(はず)


つまり、剣が抜ける事は時期はどうあれ破滅に向かう事となる。ガナードは剣が抜ける事を望むべきではない、そう思い再びカミラに視線を向け質問を投げかけようとした時。


「あのカミラさん、私からも宜しいでしょうか」

「ほえほえ。どうぞ構わないよ」


質問を(さえぎ)る様にエルビンは口を開いた。その表情は屋台をまわっていた時とは違い、少し(くも)りながらも街の本質に触れようとする覚悟が伺えた。


「ガルドさんから街に住み守る事は、英雄王への贖罪(しょくざい)と聞いたのですが」


エルビンはこの街は誓約に守られ、戦火に(さら)される事がなく住民は幸せに暮らしていると考えていた。公爵(こうしゃく)と言う立場がなければ、移り住みたいと願いを抱く程。それだけに交渉時に聞いた贖罪と言う言葉に衝撃(しょうげき)を受け、忘れる事ができなかった。


「誓約を成した時には、その場に剣だけが残り王の亡骸(なきがら)は無かったと聞いたねえ」


カミラはそう答えると再びお茶を口に含み、(のど)を潤すと言葉を続ける。


「王を守る力が無かった民は、埋葬(まいそう)する事も(とむら)う事もでき無かったらしいねえ。その思いが贖罪という事になった……形があるという事は良いことだよ。跡形も無ければ、どう悲しんでいいのかも解らないからねえ。」


「カミラさんはそう思っているんですか? 他の人もそう考えているのでしょうか……」


「皆そう思っていると信じたいが、代を重ね薄らいでる者もいるかもしれないねえ」


遠くを見つめ微笑みながらも、寂しそうな声でカミラは言葉を返し続ける。


「私が一番恐れてる事はねえ。誓約が無くなる事じゃないよ、王に許しを乞う事が叶わず死んでいく事さねえ」


その言葉が、英雄王生誕の儀が行われる意味を指していた。

人は代を重ねてはいるが未だ贖罪に縛られ、豊かになり発展しつつも、この街は英雄王が誕生した瞬間から時が止まっている。

戦乱の中で輝く黄金や宝石と見間違う程に、羨望(せんぼう)の眼差しを浴びる街の根底にあるものは後悔の念。荒廃(こうはい)した地に(たたず)廃墟(はいきょ)、そこに(しば)られた亡者(もうじゃ)達を想像させる。(さび)しさと悲しさ、そして哀れみの想いをエルビンの胸に抱かせた。

そして、少しの間店内は静寂(せいじゃく)が支配するが、それを破る様に炸裂音(さくれつ)が響き渡る。


ポンッポンッポーン!


外から聞こえる花火の音、それは「英雄王生誕の儀」の始まりを知らせるものだった。


「おやおや。もうそんな時間かえ? 語部として、大して語れなかったのは口惜しいけど……急がないと見逃すかもしれないねえ。(みな)も早くお行き」


手早くテーブルのお茶を片付けながらカミラは言葉を掛けると、我に返った一行はお礼を言うと足早に店を後にした。


店が広場に近かった事もあり、扉を開くと直ぐに沢山の人々が目の中に飛び込んできた。

剣が刺さっている台を中心に、綺麗(きれい)な円を描く様に(ひも)が貼られており。観光客がよく見える位置をめぐり、押し合う様に並び壁を作っていた。三百年続いたであろうその様子は、歴史を感じさせる闘技場を思わせる。


そして、広場の(すみ)に目をやると受付が(もう)けられ、力自慢の者たちが闘牛が突進する直前の様な面持ちで、剣を見据えながら挑戦するために列を作っていた。両者を合わせ見ると、闘牛と闘牛士の戦いを見るのではないかと錯覚してしまう。

それを他人事の様に一行は遠巻きにみていると、凌二とリムイは声を掛けられた。


「おや、お二人は(なが)めるだけですか? 折角(せっかく)ですから挑戦してみたらどうです?」


声の主に目を向けると、そこには(さわ)やかな笑みを浮かべたアドレアが居た。そして、少し視線を落とすと長距離を走ったのかと思わせる程に息も絶えだえと荒く、言葉を発することを拒否しているかの様に、(したた)る汗を(ぬぐ)うダナの姿も見える。


「いや〜 俺に抜けるわけ無いですからね、見るだけで充分ですよ。リムイはどうする?」


「僕は凌二と一緒に居るよ、迷子にならない様に守らないとね」


二人の言葉を受けて肩を(すく)めると、視線をガナード達に向け微笑みながら言葉を掛けた。


「おや、見慣れない方もいらっしゃいますね? 初めまして私はアドレアと申します、こちらの方はダナさんです」


「俺は騎士団副長のガナードで、こちらは団長のエルビンです。凌二殿達には我儘(わがまま)を聞いていただき、一緒に回らせて(もら)っています」


アドレアはガルドの話を思い出し、笑顔を浮かべながらも鋭い視線で二人を見る。

服装と言動から悪い人ではなさそうだと感じると、ふむふむと思考を(めぐ)らせた後口を開いた。


「ガルドさんから事情は伺いましたが、エルビンさん達は挑戦しないんですか?」


「ええ、本来なら観光出来る立場では無いので。見るだけで充分です」


「そうですか、祭のメインイベントですから参加して欲しいものですが……」


凌二とリムイに視線を移すと、微笑みながら二人の背後に軽やかに回り込み(さと)す様に優しく言葉を掛けた。


「まあまあ、参加することに意義があると言いますし。縁起物(えんぎもの)ですから思い出作りも兼ねてね、さっ行きましょう」


「ちょっと……待て、いいのか?」二人の背中を押しながら受付に向かおうとするアドレアの(えり)を引っ掴み、息を切らしながらも耳元に小声で話しかけるダナ。


「ただでさえ……この場で何かやらかす奴がいるってのによ」


「あいたたた、大丈夫ですよ。我々がしっかりと守ればいいんですから。ダナさんも職人として頑張った祭を、楽しんで貰えないなんて悲しいですよね?」


海老反りながらも笑顔でそう言われると、次の言葉が出てこなかった。しかし、未だに人物の特定もままならず、油断も出来ない状況で素直に首を縦に振る事は出来ない。


「それに王剣(がら)みだといっても、爆破とか派手な事は出来ないと思いますし。最後尾に並んで貰えば、問題無いと思います。何かあったら守りやすいですしね」


襟から手を離され解放されたアドレアに、真剣な眼差しでそう言われたダナは渋々了承した。目に届く所に居てくれた方が、ガルドも集中出来ると思ったからだった。


そうして、ガナードとエルビンから応援の声を受けて、(しば)しの別れを告げる凌二とリムイ。受付に送り登録をすませると、受付終了の花火が打ち上げられた。

二人はそれを見届けると人混みを()き分け、広場のガルド達がいる場所とは反対側に位置を取り、周囲に気を配るとダナは静かに口を開いた。


「凌二達の思い出作りのためにも、絶対に止めてやらねえとな」

「ええ、頑張りましょう」

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