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祭りと語部


朝から多くの人々、そして異種族の者が行き交う大通り。英雄王生誕祭が開かれるとあって屋台業者も多く、香ばしい匂いが一面に広がっており。

街角には住人が主体となった語部(かたりべ)達、それに加えて吟遊詩人達も曲を(かな)で、旋律に言葉を乗せ辺りを盛り上げていた。噂が広まっていた事もあって、剣の広場も同様で例年以上の(にぎ)わいを見せている。


そんな中、この光景を目の当たりにして立ちつくす人影が一つ。


「この中に入って行くのか……どうなっちゃうんだろうなぁ」


背中を丸め両腕を力なくぶら下げながら、(なげ)く様に呟き溜息(ためいき)を吐くと後ろから励ます様に声が掛けられる。


「大丈夫! 大丈夫! 始めだけだから、流れが出来れば人混みも収まるよ〜」


「そう言われてもな、人混み苦手だし。リムイ程上手く避けられないんだよ……」


「僕が凌二を守るから大丈夫だよ! それにお祭なんだし、楽しまないとね!」


凌二は微笑みながら感謝の思いを込めてリムイの頭を優しく撫でると、ん〜と気持ち良さそうな表情を浮かべ、ごろごろと(うな)りながらリムイは続けて言葉を掛ける。


「もし迷子になったら、恥ずかしがらずに迷子案内所に行くんだよ凌二〜」


「いや、それは断固拒否させて貰うからな!」


心配して言ってくれてるのは解るんだが、流石(さすが)にこの歳で迷子案内所に行くのは正直辛い。いっ一応お兄さんなんだからね! と、心の中で冷や汗をかきながら、安っぽい自尊心を傷つけない方法を考えていると。


「う〜ん、そうなったら剣の広場に集合って事にしようか? お昼過ぎには英雄王生誕の()があるしね」


「そうしてくれると助かるよ。まあ、逸れない様に気をつける」


リムイの提案にほっと安堵の息を()らすが、それも(つか)の間。


「じゃあ凌二行こっか! まずは屋台巡りからだね〜」


凌二の手を取ると、無邪気な笑顔を浮かべながら人混みに突進して行くリムイ。

抵抗する間も覚悟をきめる間も与えられず、海老反りながらもついて行く姿は子供に引き()られる人形の様だった。

人混みに突入するとリムイは持ち前の俊敏さと身体の小ささを活かし、()う様に人を避けて行くのに対し、凌二は人とぶつかりながらも(はぐ)れない様にリムイについて行く。


「きゃっ!」

「すっすいません! ごめんなさい!」


「うおっ! 無茶すんなよ!」

「ごっごめんなさい! 本当にすいません〜!」


「って、リムイ! そこはサイズ的に無理だあああ!」

「うわ!」


人にぶつかる度に謝り必死になってリムイについて行くが、とうとう脚が(もつ)れてしまい通行人諸共倒れ込んでしまう。凌二は反射的に謝り、通行人に目をやると続きの言葉が上手く(つな)がらなかった。


「あいたた、怪我はないかい? あっ……」

「あっ……えっとエ……ルビンさん。すいません怪我はありませんか?」

「ああ、上手く受け身が取れたから大丈夫だけど……出来れば退いてくれると……嬉しいかな?」


エルビンに扮しているエレナは、顔を赤らめ視線を()らすように口を開く。その様子を見た凌二は自分が(おお)(かぶ)さる様に倒れ込み、吐息を感じる距離に顔がある事を把握すると、顔に熱を宿し慌てて飛び退いた。


「すいません! 悪気があった訳では……」

「わかってるよ。大丈夫気にはしてないさ……しかし、これで二……」


熱を懸命(けんめい)に収め、(ほこり)を払い立ち上がりながら返答するが、エルビンの言葉を(さえぎ)る様に背後からリムイに声を掛けられる。


「凌二〜大丈夫? ってエルビンさん?」


「エルビン大丈夫か! って、またお前さん達か。これで二度目、縁を感じずにはおれんな! ガハハハ!」


少し遅れて来たガナードは、人目を(はばか)らず高々と笑いながら言葉を放った。収めたはずの熱を再発させ、熟した林檎(りんご)の様に顔を赤らめたエルビンは、ガナードを(にら)みながら場を誤魔化そうと辺りに響く様に口を開く。


「いや〜人が多い! どこから回ればいいのかさっぱりだよ! ファムファーレンとは大違いだな! なあ副長!」


「あっ……そうですなぁ。どこから回ればいいか皆目見当(かいもくけんとう)もつきませんな〜」


その言葉を受け機嫌(きげん)を損ねてしまったかと心配しつつも、何とか笑いを収め含みのある表情を浮かべながら凌二とリムイに視線を移す。


「もし良かったらなんだが、行動を共にさせて貰ってもいいかな?」


この二人は多分ガルド殿に事情を聞いたはず。釘を刺されているだろうが、エレナ様の事をエルビンと呼んでくれた、この事で信頼に足る者達だと言える。

そして、幼い頃から大人達に囲まれ育ったエレナ様には、同じ歳と思われる少年と過ごす時間は良い経験となるだろう。更には、人狼の子と会うことは我が国では滅多にない、土産話しにもなるはずだ。


そう考えガナードは言葉を掛けたが、凌二は先日の事で少し躊躇(ためら)ってしまう。

この二人が悪いわけではないのは解っているが、リムイがあの時の光景を思い出してしまうんじゃないかと不安を感じたからだった。しかし、それを()き消すように声が響く。


「うん! 一緒に回ったほうが楽しいしね! 凌二も良いよね?」


「えっ? ああ、リムイがいいなら……そうしようか」


視線をリムイに向けると、元気よく響いた言葉に相応しい向日葵(ひまわり)のような表情をしていた。それを見た凌二は少しの間呆気(あっけ)にとられるが、自分を取り戻すと不安を抱いた事を恥ずかしく思ってしまう。


「それでは改めて自己紹介といこうか。俺はガナード、騎士団の副長をしている。こちらの方が団長のエルビンだ。事情は知っていると思うがよろしく頼む」


「僕はリムイで、隣にいるのが凌二だよ!」


リムイの快諾を受けガナードは名を名乗り、リムイもそれに応える。


「リムイか、良い名前だ。さて、何処から回りますかなリムイ作戦参謀殿(さくせんさんぼうどの)?」

「はい! 先ずは大通りの屋台巡りからが良いと思います、ガナード副長!」


にかっと割れんばかりの笑顔を浮かべ、優しく語り掛けるようにガナードが(うかが)いを立てる。それに応え手を真上に伸ばすと、元気よく提案するリムイ。


「了解しました! それでは我々は先行致しますので、団長の守りは任せたぞ凌二殿。それでは出陣!」

「出陣だ〜 お〜」


そう告げると二人は大通りに向けて歩き出した。目の前で繰り広げられた寸劇(すんげき)に呆気にとられる凌二だったが、エルビンは微笑みながら口を開いた。


「私も小さい頃はああやって遊んでもらったわね、懐かしいわ」

「そうですか、子供の扱いには慣れてるって事ですか……それと、口調が戻ってますよエルビン団長」

「うっうん! すまない気をつけるよ凌二殿」


一つ咳をすると口調を戻すエルビン。そして、会って間も無くリムイと打ち解けるガナードに、複雑な感情を覚える凌二だったが、リムイの笑顔を見ると心配した自分が馬鹿らしく思えた。笑顔を浮かべながら頭を搔き吐息を漏らすと、この日だけの騎士団員になるのも悪くないと考えた。


「さ、行きましょう団長。先行部隊と距離が離れてしまいます」

「ああ、すまない。急いで合流するとしようか凌二殿」


二人は顔を見合わせ、くすりと微笑むと人混みを掻き分けながら、ガナードとリムイの後を追いかけ大通りに向かった。


合流するとリムイを先頭に(いく)つもの屋台を巡り、一行は(こう)ばしい香りに食欲を刺激され、装飾品には物珍しさに目移りさせた。残念な事に人が想像以上に多く見て回るだけだったが、道中は笑いが絶えることは無かった。

そして、陽も高くなってきた頃には大通りの終わりに差し掛かり、疲れが見え始め一休みしようという所で声が掛けられる。


「おやおや、リムイちゃんかえ?」

「あっ、カミラお婆ちゃんこんにちは!」


リムイの視線を辿(たど)ると石の造りの階段と土台、その上に木造家屋がありカミラ装飾店と看板が掛けてあった。階段の横には小さなテーブルと椅子が置いてあり、そこには白髪を後ろで(まと)め茶色のローブを羽織(はお)り、椅子に座りながらも曲がった腰を支える様に杖をつく老婆が居た。


「今日はたくさん友達連れてるんだねえ。祭を楽しめて何よりだよ」

「リムイ殿、この方は?」

「カミラお婆ちゃんは装飾品を作ったり、売ったりしてるんだけどね。祭の時は語部をしてる人なんだ」


ガナードの質問にリムイが答えるのを見届けると、カミラは椅子から離れゆっくりと杖を鳴らし後ろの店に向かうと、扉の所で立ち止まり笑顔を見せると手招きをする。


「大通りを来たんだろう? 一休みしていきなさいな、それと暇潰しに昔話してあげるからねえ」


疲れが見え始めた一行は顔を見合わせ(うなず)くと、好意に甘えさせてもらう事にした。


店内に入るとそこまで広いものではないが、木造の床や壁からは木の香り、売り場の隅に置かれた観葉植物からは青々とした草の香りが(ただよ)い、目を(つぶ)れば森林にいると錯覚(さっかく)するほどの心地良い空間が広がっていた。


部屋の隅には作業台と思われるテーブル、その上には綺麗に片付けられた作業道具があり。

売り場にはガラスで囲われたショーケースが中央に一つ、壁際に二つ並べられ中には高価そうな装飾品と値札が規則正しく並べられていた。壁に打ち付けられた棚には安価で細々とした物があったが、同様に並べられ店主が几帳面な性格をしていると物語っている。


カミラはお茶の準備をする為に奥へと入っていき、一行はそれまでの時間を潰すように陳列されている装飾品を眺め、暫しの静寂が訪れた。


「まっ魔鉱石のアミュレットが1000エニーだとおおおおお!」


突然天を(つらぬ)く様な声が店内に響き渡り、他の三人も一瞬心臓が止まったかと思うぐらいに驚く。発生源を視線で(さぐ)ると、声の主はショーケースにへばり付いたまま動かないエルビンだった。

戦乱の世では魔鉱石は貴重な物で、小さい物でもこの十倍以上の値段で取り引きされている為、驚くのも無理はなかった。


模造品(もぞうひん)じゃないよね? 本物だとしたらどんな効果が付与されてるだろ? ひょっとしたら値札に小さな0がついてるんじゃないかな?」


皆を驚かせる様な声を上げたかと思うと、一転して少々口調を崩しながらぶつぶつと呪文の様に呟き始めたエルビン。三人は顔を見合わせ苦笑いを浮かべていると、奥の方からカミラがお茶を持って戻り言葉を掛ける。


「驚いたかい? 私も何事かと驚いたがねえ。 物も本物だし値札にも細工はしてないよ。ただ戦火に(さら)されない街だからねえ、需要もあまりないし付与されてる効果については幸運を少し上げる程度。ただのお守りみたいなもんさね」


そう言うとカミラは売り場のすぐ横にある、綺麗に片付けられた作業台にお茶を置き、人数分の椅子とお茶を用意すると腰を下ろした。


「飾り細工も綺麗で、石も本物なら破格の値段ですな。購入されてはいかがでしょうか?」


ガナードも後ろから(のぞ)き込み感嘆(かんたん)の声を上げエルビンに購入を(すす)めた。しかし、エルビンは顔を横に振ると溜息を一つ吐き口を開いた。


「この街に来たのは交渉の為だ。その成否によって費用がどうなるか解らない以上、破格の値段だろうが贅沢品(ぜいたくひん)を購入する訳にはいかないよ……」

「ほえほえ、(もうけ)(そこ)なった様だねえ」


後ろ髪を引かれる思いをしながら、用意された椅子に足取り重く向かうエルビン。そしてその誠実さに喜びながらも、少し悲しく思うガナードも後を追い、凌二とリムイも椅子に向かい椅子に腰を下ろす。皆が席に着いたのを見届けると、カミラは笑顔を浮かべながら口を開いた。


「さてと、何を話そうかねえ」

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