守り人達
朝陽が昇り樹々に残る雫が煌めき始め、静かな街並に小鳥の囀りが響きだす。いつもと同じ朝を迎えている筈なのだが、今日はそれに加え多くの人々の声が聞こえ様子が違っていた。
英雄王生誕祭である。
各地に吟遊詩人の歌が広まり、聞きいた人々は胸を踊らせ。300年の平穏が続き、豊かになったこの街を見に訪れる。以前なら観光客は古く伝統のある祭として楽しんでいたが、今回は各地で流れる噂も相まって期待が高まっている。
ある者は新王が誕生し強大な国を作り、世界を支配し戦乱の世を救う。
また他の者は、新王が誕生し再び誓約を結びこの街を護る。
そしてまた他の者がと、流れる噂は多種多様であったが共通している言葉は。
「新王の誕生」である。
観光客の殆どがその瞬間を見ようと訪れた。
大衆娯楽の様に楽しみにしている者もいれば、軍事的に考える者もいる。
この事に脅威を感じる者、戦乱の世の国を統べる者達である。
街にとって300年の平穏は何物にも代え難いものだったろう、しかし他の国にとっても脅威を排除できていたと言う事でもあり、嘘か真か噂でしかないものを無視出来なく、各国の注目も集めていた。
その為、例年より観光客の数が膨れ上がり、商売人は諸手を挙げて嬉しい悲鳴をあげていた。ガルドも本来なら同様に喜ぶ所であったが、心境としては複雑なもので溜息をつく。
「はぁ……どうするかの。手掛りまるでなしとはの」
扉に準備中の札を掛け、客のいない食堂で呟く。その溜息に応じるかの様に声が掛けられる。
「ですね……ここまで来ると現場を抑えるしか無さそうですね」
「そうだな……お前等でも掴めなかったんだ、それしか無えよな」
ヨシュアとダナが神妙な面持ちで頷きながら答え、そこに加えてアドレアが口を開く。
「この観光客の数ですし。魔法やスキルを使っても、探し出す事は不可能ですからね……」
ふむと頷くと暫く思考を巡らせ、ガルドは皆に問い掛ける。
「皆は守り人の知識を持った前提で、この街を破滅に追いやるためにはどうするかの?」
その質問に他の三人は驚く。今まで守り人として街を守る事しか考えておらず、その発想は対極のものであり考えもしなかった。
だが、ガルドから聞いた黒ローブの少女は、誓約に対して同様の知識を持っていると考えていい。そしてこの質問に対して考える事は有効だと思い三人は思考を巡らす。
「私でしたら……何も知らない御者に火龍石を運ばせて爆破させますかね?」
ヨシュアは思考の末、微笑みながらそう答えた。火龍石の爆発は樽一つ分あれば街など軽く滅ぼせる威力がある。ガルドは返答と表情があってない事に少々引きながら言葉を返した。
「なるほど、負の感情を持たない者を利用するか。だが、それは時期を選ばなくても可能だの」
「ですね。荷馬車の目録も調べましたが危険物はありませんでしたし、敢えて祭の時期を狙っての行動だと思います」
「そうなると、やっぱ剣絡みで間違い無さそうだな。狙いは英雄王生誕の儀、人が多いし悪さしても目立たないしな。時間と場所も絞られたってこった」
ヨシュアとガルドのやり取りを聞いたダナが言葉を掛ける。
ガルドは視線を移すと続きを促すが、ダナは黙り込んでしまう。穴を掘り強引に抜けば良いとも思ったが、剣は誓約の中心となっているため加護により護られ、物理的にどうこう出来るものではない。
「ん?まてよ。もしもの話だが、誓約を完全に無効化できる方法。一時的にも限定的でも構わんが、そういう物ってあるか?」
ダナは剣を抜く方法が思い浮かばず悩んでいたが、ふと閃いた事を口にした。そして、もしそれが可能なものとするならとヨシュアは俯き一考する。
英雄王が成した誓約を無効化する事は可能だ。
方法としては、外から強引に誓約を書き換える事。しかし、一時的にも限定的にもそれを行なおうとすると、街全体に関わる為に膨大な魔力が必要となり、更には剣を介さないため想像を超える反発力が生まれる。
それを抑える事が出来なければ掻き消されてしまう。魔王と呼ばれる実力者でなければ不可能で、自分が数十人いても足りない。
「私には無効化する事は出来ませんが、黒ローブの方はその方法を知っている様ですね」
ヨシュアはそう結論付けた。自分より優れていると認め、黒ローブの少女が取る行動や思考に、不謹慎だが興味を持ちながらも言葉を続ける。
「それに剣が抜けても抜けなくても、今後も街を守る事に変わりはありませんし」
「ヨシュア先生の言ってる事はわかるぜ。だがよ、儂は小細工なしで正々堂々やらねえ所が気に入らねえ」
「そうですね。私も相応しい方に剣を抜いてもらいたいと思います」
ヨシュアは守り人として誓約より、街を守る事を優先すると意志を示した。それを解っていながらも、表情を曇らせながら言葉を返すダナとアドレア。暫く店内は静寂に支配され沈黙が続いたが、それを打ち消すようにガルドは言葉を放つ。
「ダナも言っていたが儂も新王になる者には、正々堂々と剣を抜いて欲しいと思っている」
それを聞き「よっしゃ」と声をあげ膝を叩くとダナは勢いよく席を立ち、アドレアに視線を移し言葉を掛ける。
「こうしちゃいられねえ、広場で目ぇ光らしとくぜ! 儂は探知能力に乏しいからな、アドレアお前の力を貸してくれ」
「そうだの。一人で警戒するより良いかもの、儂はヨシュアと組むとするか」
少々気負い気味のダナが店を飛び出すように後にすると、アドレアは慌てて後を追いかけた。その様子を見届けたヨシュアは静かに席を立ちガルドに言葉を掛ける。
「まあ、気持ちは解りますが。英雄王生誕の儀まで結構時間があるというのに、大丈夫ですかね……」
「彼奴はやるときはやる奴だ、大丈夫だと思うがの」
「ええ、それは知っていますよ。私が言いたかったのは、まだ伝えていない事があるんじゃないですか?って事ですよ」
その言葉にガルドは表情を曇らせる。裏切りの可能性もそうだが、まだ憶測の域を出ていない事を伝えるのを躊躇った。これがここまで事態を悪化させてしまい、守り人として致命的な間違いをしてしまったと後悔してしまう。
「守り人の知識の漏洩と言う事は裏切り者がいる。不安を与えまいと考えたのでしょうが……この期に及んでも黙っているのはどうでしょうかね」
「お前の言う通りだの。すまなかった」
ガルドの言葉を聞届けると、ヨシュアはゆっくりと歩き出口に向かうが、ふと立ち止まる。
「破滅ですか……そうなったとしても、新王が誕生して共に街を再生し、国を作っていくというのは楽しみですよ。私の曾祖父と祖父も事あるごとに言ってました」
「再生か、確かにそれが許されるのならいいがの……」
言葉を返されたヨシュアはガルドに視線を移すと、意地の悪そうな微笑みを浮かべながら口を開く。
「その為にも目の前の事に集中しますかね。先程はああ言いましたが、私も何処ぞの馬の骨に剣を抜かれるのは気に入りませんし……何より企みを阻止して悔しがる所を見るのは、私にとって最高の娯楽ですよ」
「ふふ、お前さんは意地が悪いの」
ガルドの表情の曇りが和らいだのを確認したのか、ヨシュアは出口に向かい店を後にした。
そして、店内に残されたガルドは刻一刻と近づく英雄王生誕の儀に思いを馳せる。
本当に剣を抜き新王が現れるのかと。そして、新王は希望をもたらすのか、それとも絶望をもたらすのかと。