開催前日
「よっしゃ〜 出来だぞ〜」
剣の広場に響く歓声の声。ダナと弟子達の奮闘が今終わり、祭の舞台が整った事を皆に知らしめる。その様子を見ていた観光客達からも割れんばかりの歓声が上がり、街の隅々まで轟かせた。
陽が最も高い昼時であったが、祭を彩る櫓などが完成すると聞きつけた観光客は、食事をそっちのけで集まってきた様だった。
「おめえらも、良く頑張ってくれたな。ありがとよ」
「親方、それはこっちも同じですよ」
「そうですよ、育てて貰ったんです。言いっこ無しですよ」
ダナの労いに弟子達は感謝を返す。弟子の成長を感じ胸を熱くしつつも、明日の祭に思いをはせる。職人として完成したのは肩の荷が下りる気持ちでいっぱいだが、守り人としては完成して欲しくないと複雑な心境だった。
まあ、ここからは切り替えていくしかねえな。ガルドとヨシュア先生からも連絡は無いままだし、余程の曲者だって事だろう。多分何かやらかすなら英雄王生誕の儀、いつでも動ける様にしとかねえといけねえが……。彼奴らが手こずるとなると、儂に感知出来るかどうかもわからん。
「ふむ、そうなると……アドレアと網を張っといた方が良さそうだな」
守り人として各地を巡り情報収集している彼奴は、こう言う時にも頼りになるはずだしな。いざとなれば唄のスキルで動きを止める事が出来るはず、ただ周りも巻き込んじまうが街の破滅よりかましだ。
「もう帰り支度できましたよ。 親方?」
思考を遮る様に弟子が話し掛けてくると、ダナは現実に戻り未だに収まらない歓声が耳に入ってくる。
「おう、すまねえな。それじゃあ裏方は帰るとするか!」
「はい親方。帰ったら打ち上げですね!」
「今日は飲みますよ〜朝まで飲みましょう親方!」
道具を片付けダナを待つ弟子達が声をあげる、毎年の事であったが今回は素直に喜べないでいるダナだったが、弟子達が歩み寄ると両腕を掴まれ、一番古株の弟子が言葉を掛ける。
「親方。何悩んでるか知らないですけど、らしく無いですね」
「へっ? 何の事言ってんのかわかんねえ……」
「何年一緒に居ると思ってんですか、バレバレですよ。親方が話さない以上詳しい事は聞きませんが、らしく無いですよ」
弟子達もダナの様子を見て心配し、自分達に話さないと言う事はそれなりのものだろうと理解し、だからこそ力になれない事に悔しく思い行動にでた。
「親方は考えて動く人じゃ無いでしょ、頭良く無いんですから」
「ひでえ言い様だなおい! が、間違ってねえな……」
そう言うと、ダナを引きずる様にその場を後にする職人達。親方としては面目丸潰れの姿だったが、その思いは黒い霧の様な不安を少し晴らしてくれた。
舞台の完成により、祭の開催が待ちどうしく思っている観光客達の中。英雄王生誕の儀が行われる場所の下見に、クラース達もその場にいた。
「へ〜 凄いですね。ファムファーレンの祭と比べると天と地の差だ」
「戦乱とは関係ない上、交易とかで豊かだからな……羨ましい限りだな」
剣の広場を眺めながら呟くアレンとバート、そこにクラースが言葉を掛ける。
「それで、剣を抜いて王になる者が現れ栄華を極めるってこったな」
二人は背後から掛けられた言葉に反応して、振り向くと笑顔を浮かべたクラースが居た。そして、親指を立て横を向く様に促すと、剣に視線を集める腕自慢の者達が佇んでおり、笑いを咬み殺し二人に近付き肩を抱き寄せると小声で話出す。
「まあ、俺たちで決まるんだがなぁ。恨みっこ無しでいこうか、クックックッ」
とうとう笑みが溢れ始めたクラースに釣られ、二人もニヤリと笑みを浮かべた瞬間。耳鳴りがしたと思うと、周りの喧噪から切り離される。普通ならあり得ない状況だが場数を踏んで居るだけ有って、三人は落ち着きながら辺りを見回す。そして、視線が落ち着いた先には昨日酒場で会った少女が居た。
「こんにちは傭兵騎士団の皆さん。ご機嫌はいかがかしら?」
「おかげさまで上々ってとこだ。で、これはお嬢ちゃんの仕業かな?」
この状況を冷静に見ていたクラースは、少女に対して異質さを感じた。
人払いの魔法は一定の範囲で効果が出るもの。範囲を拡大させる事も可能で、それ相応に魔力が有れば簡単である。しかし、範囲を狭める事については繊細な魔力操作が必要になり、高度な技術を持っていないと不可能であることから無理もない話だった。
「ええ、昨日はちょっと言い忘れたことがあってね」
「あんた一体何者だよ、普通じゃないぞ……」
「なるほどな……これで信憑性ってのが高くなったって訳だ……」
唾を呑み込みながら、アレンとバートは言葉を絞り出す。二人の様子を見たクラースは心の中で舌打ちをし、少女に話し掛ける。
「それで、言い忘れた事ってなんだいお嬢ちゃん?」
「そうね打ち合わせみたいな所かしら? 後「お嬢ちゃん」って言うのは止めてもらえると有難いわね」
「すまないね、名前を知らないもんで。癪に障ったのなら謝るよ」
クラースの言葉を受け咳を一つすると、少女は説明を始めた。
「先ずは昨日渡した木箱の中身についてだけど、あれは特製の護符で全ての能力をあげる物なの」
「ふむ、誓約の綻びが出て来てるからな。護符の力で無理矢理抜くって事か……」
そう呟くとクラースは静かに思案を巡らす。
剣を抜くために必要な護符はもう受け取り、それを知っている者はここに揃っている。そして、人払いの魔法を使われている事と誓約の綻びかたを考え、情報を引き出した上で始末をつける事も可能ではないか?
この状況は密室と言っていい、術者を倒しても暫くは効果は続くはず。その間に此処から離れれば、捕まる事もないだろう。
まさに好機だと歪んだ笑みを浮かべつつ結論を出すと。ゆっくりと気付かれないように腰の剣に手を近づける。
「そうそう。護符の効力を得るためには、私の魔力が必要だったわね」
その言葉を耳にした瞬間に手が止まる。
金縛りにかかった様なアレンとバートの身体で、上手く隠したつもりだったが見抜かれていた。最初から俺の腹を探るつもりで言葉を選んでいたな、厄介な嬢ちゃんだ……。
そして表情を歪ませたクラースに対して少女は言葉を掛ける。
「ふふっ。誓約は綻んでいるとは言っても、強力な結界である事に変わりはないわ。護符だけの力では剣は抜けない」
「それでどうするんだ? そこが肝心な所だろう」
不敵な笑みを浮かべ少女は言葉を続ける。
「私が剣の周囲に結界を張って、誓約を一時的に無効化するわ。その為には少々時間が掛かるのよ、だから剣を抜く順番を遅めにして欲しいの」
「それだけで良いのか? 順番は良いとして、頃合いとかどうやって合わせるんだ?」
「結界を張れば護符に魔力が供給されるから、それが合図って事で良い?」
静かに頷く三人を見て納得した少女は、踵を返しその場を去り始める。
「そうそう。私は誰が剣を抜こうが気にしないけど、頑張って頂戴ね」
笑みを浮かべ言葉を投げかけると、指を鳴らし人払いの魔法を解除し去って行く。
それを見届けたクラース達は再び喧噪に包まれる。この件でアレンとバートは剣を抜ける可能性を信じ始め、それを疎ましく思うクラースだが表情を崩さず一考した。
あの嬢ちゃんは俺の腹を探ったにも関わらず、二人の前で口外しなかった。それで去り際の一言は多分本心で言っている事がわかる。気にされていないという事は、気にしなくても良いって事だが。動く頃合いを間違えると、裏切りと思われるかもしれん。
二人に視線を移すと、剣が抜けたらどうするかと話し合っていた。そのやりとりを聞いたクラースは密かに呟く。
「さて、どうしたもんかな……」
宿屋の一室で一人の少女が、窓から見える橙色に染まる街並を眺め思いに耽っていた。身体を震わせる冷たい風が吹き始め、視線はそのままで室内に向かう。すると扉が開き黒髪の少女が入って来た。
「アリッサおかえり! 大丈夫だった?」
「ええ、問題なかったわ。ただ少々腕が立ちそうなのは誤算だったけどね。ところでサラ、食事はもう済ませたのかしら?」
「へっ? まだだけど」
自分の心配を他所に食事の話をする事に面を喰らってしまうサラだったが、気にせずアリッサは少し意地悪な笑みを浮かべながら言葉を続ける。
「食いしん坊さんは、もう済ませてたと思ったからね」
「アリッサを待ってたんだからね! それと食いしん坊はひどいよ!」
ぷくりと頬を膨らませながら抗議するサラを微笑みながら、アリッサはルームサービスを頼んだ事を伝えると椅子に腰掛け静かに感慨深く呟く。
「とうとう明日ね、長かったわ……」
その言葉を聞いたサラは、対面の椅子に腰掛けると少し躊躇いながらも口を開く。
「アリッサ、結界のことなんだけど大丈夫かな?」
「私じゃ頼りないかしら? 魔力操作が難しいのは理解しているし、それなりの技量は持っていると思うけど」
「私達の魔力を合わせて使うから難しいけど、その点では心配はしてないよ。誓約は感情を元に成り立ってるし、それを打ち消す為には感情制御も必要になってくるんだ……」
サラの言葉を冷静に受け止めると、アリッサは黙って頷き続きを促した。
「どちらかが不安定になるとね。結界を形成するどころか、暴走する可能性もあるの……この街にアリッサが考えてる事とは違う、破滅が訪れるかもしれない……」
「違う破滅ね……それは御免蒙りたいわ。でも、戦闘時の感情抑制術は心得てる。大丈夫よ上手くいくわ」
アリッサは自信に満ちた表情を浮かべ言葉を返し、サラの不安を払拭したかの様に見えた。しかし、今まで彼女を見てきたサラは不安をより大きく抱いてしまう。
もしそうなったら、その時はごめんねとサラは心の中で呟く。
暫くすると部屋にノックの音が響く、香ばしい香りと共に食事が運ばれてきた。中央に置かれたテーブルに並べられ、運んで来た店の者が退出するとアリッサは言葉を掛ける。
「私の我儘に付き合ってくれて有難うサラ。明日が最後、頑張りましょう」
「うん。頑張ろうアリッサ!」
二人の少女は期待と不安を抱きつつ食事を済ませ、明日に備えて早めに眠りについた。