少女達の誓約
黒い髪を夜風に靡かせながら通りを歩くアリッサ。先ほど騎士団との話が終わったばかりだった。
「我ながら、なかなか上出来だったわね……」
酒場で飲んでいる者を観察し、役目に合った役者を選ぶのが今日の仕事だった。そして、目に留まったのは騎士団であったが、エルビンと副長と呼ばれた男は要らなかった。
そして、幸運にも二人が酒場を出て行ったのは有り難かった。
何故ならば、アリッサの思惑には「剣を抜く者は弱く愚かな者に限る」という事が第一にあった。剣を奪う事も考えなければいけない、そうなると条件に彼等が必要になって来る。
逸る気持ちを落ち着かせ、怪しまれない様に静かに歩み寄り話を持ちかけた。その結果は良好で、最初ば訝しげに思われたが最後には二つ返事で快諾してくれた。
「これで役者の準備は整ったわね。後は舞台だけ……見に行ってみようかしら?」
宿屋に戻るつもりでいたが、気まぐれに広場に向かい歩き始めた。暫く歩くと広場に着き辺りを見回すと、気が早い事に外周の屋台が商いを始めている。
お店の幟が夜でもわかり易い様にライトアップされ、至る所から芳ばしい香りが漂っていた。その中に見知った姿を見つけたアリッサ。
その姿に背後からゆっくりと音を立てない様に静かに近寄ると。
「わっ!」と、少し大きめに声を掛ける。
「きゃ! ん! ん〜! ごほっごほっごほっ」
驚くと何か食べていた様で喉に詰まらせ咽てしまう、何とか喉を通らせて後ろを見る。
「ア、アリッサ?」
「楽しんでる様で何よりだわサラ。びっくりした? 御免なさい意地悪しちゃったわね」
「本当だよ! 死んじゃうと思ったんだからね」
アリッサに大袈裟に言うと二人は顔を見合わせて笑った。
「それにしても祭は始まっていないというのに、盛況なことね」
「だね〜。美味しそうなもの沢山あったよ、アリッサ案内してあげるよ」
サラはそう言うとアリッサの手を引いて歩き出し、手前の屋台に連れてくると説明を始める。
「ここではね〜 お芋を油で揚げて、塩で軽く味付けした物があってね〜 素朴な味だけど、これが美味しいの!」
「そうなのね。油で揚げてるから食べ過ぎて太らないかしら?」
何気に体重とかを気にしてしまうが、芳ばしい香りに負けて購入してしまった。
揚げたてを貰い口に運ぶと、芋の甘さと塩味が中に広がり次々と口に入れてしまう。気が付けば紙袋の中身は無くなり、サラの姿も見えなくなっていた。
辺りを見回すと、隣の屋台の人混みにサラがいて手招きしていた。
「アリッサこっちこっち! 並んでるからちょっと待っててね!」
「いつの間に並んでたのかしら?」
そう言うとアリッサはサラに歩み寄る。暫くするとサラは両手にふわふわのお菓子を持って走り寄ってきた。
「はい! これはアリッサの分だよ〜」
「有り難う、サラ」
そのお菓子を口に入れると、フワッとした感触があっという間に消え去り甘みが広がっていく。
「変な食感のお菓子ね? どうやって作ってのかしら……」
「えっと砂糖を溶かして〜 糸状にしたものを絡め取るって言ってたよ」
「そうなの、手間が掛かりそうなお菓子ね……所でやけに詳しいけど、どうしてかしら?」
ふと疑問に思ったことをサラに聞いてみた。
「あははは……実は今、屋台巡り二週目なんだよね〜」
サラは視線を逸らし頬を掻きながら答える。
「はぁ、貴女それは食べ過ぎよ太るわよ……」
「いや〜 私食べても変わらないんだよね〜」
お菓子の串がベッキっという音と共に折れ、膝から崩れ落ちるアリッサ。苦悶の表情を浮かべつつ呟く。
「私はグラム単位で気にすると言うのに……貴女は友達……いえ強敵と言った方がいいかもしれない」
そう言いながら悔し涙を流していると。
「そうじゃないよアリッサ! これは……スキル的な問題なんだよ」
アリッサの手を取り引き上げるサラは、複雑な想いを抱いた表情をしていた。少し歩き人気のない所まで来ると、屋台の灯りが彩る風景を見つめながら言葉を紡ぎ出す。
「アリッサは、竜人族のことはどこまで知ってるの?」
静かに、そして真剣な眼差しでアリッサに問いかける。
「よくは解らないわ、貴女が始めてだから……友達としてもね」
「そっか……初めてか、嬉しいな」
少し照れた表情を浮かべるが、直ぐに曇りだし俯く。暫くの間逡巡していたサラだったが、覚悟をした様に言葉を吐き出す。
「竜人族はね、人に限りなく近い竜族。手先も器用で、魔法具製作もできちゃうんだよ。竜化も出来るし、それでカロリーの消費が凄いって訳」
「そう、すごいわね。羨ましいわ、高位種と言うわけね」
素直に賞賛するが、今だにサラは表情を曇らせたままだった。
「そうだよ……竜化が出来る事は、竜の代用品にもなるって事……私達にとって呪いと同じ」
その言葉に息を呑むアリッサ。竜の鱗や牙、骨など高品質の武具には欠かせない物だったからだ。そして、サラはその代用品と言った……自分の軽率な発言に怒りを覚える。
「色んな種族から狙われて、お父さんもお母さんも居なくなって……毎日を怯えて過ごしてた。アリッサに会うまではね」
友人の告白に驚きを隠せずに居た、他の種族から材料と見られていた事に怒りを感じ手を握りしめる。しかし、その手をサラの掌が暖かく包み込む。
「人の身に転生しても、呪いは消えなかったけど。それでもアリッサは私をちゃんと見てくれてた、友達って言ってくれた。有り難う!」
精一杯の笑顔を浮かべてはいるが、目には涙が薄っすらと滲んでいた。
「それはお互い様よ。私も貴女にちゃんと見てもらってたわ……」
サラの表情を見てアリッサも自分の過去を思い出し涙が滲み出す。
「私も戦で使われる道具と同様の扱いを受けていたわ、貴女と会うまではね」
そう言うと、光が彩る幻想的な風景に視線を移す二人。
「ずっと側にいてもいい? ずっと友達でもいい?」
サラはアリッサに問い掛ける。
「そうね、貴女と一緒だと退屈はしないわね……恥ずかしい行動は控えて欲しいけど」
アリッサは照れながらも自尊心を保ちつつ言葉を返す。
「そこは意識してないから……あははは」
「誓約を交わしましょうサラ。私はこの身が滅び何度転生しようと、貴女の友人であり続ける事を誓うわ」
「アリッサ……私も誓う! 永遠に友達である事を誓うよ!」
「有り難う。誓約成立ね、これからも宜しくお願いするわ」
微笑みながらそう言うと、視線を広場の剣に視線を移すアリッサ。
少しだけ貴方の気持ちが解った気がした、けれど友人の気持ちを無視した行為は正しいと言えるの?
心の中で呟くと、アリッサはサラの手を引き宿屋に向け歩き出す。
酒場から宿屋に帰ってきた騎士団。エルビンと副長と別れ、充てがわれた部屋に戻る傭兵騎士達。部屋に入り扉を念入りに閉め、ベットに腰掛けるとその中の一人が小声で話し出す。
「どうしますかクラースさん。副長達にも話しときますか?」
「馬鹿かアレン? 儲け話は人数が少ない方がいいんだぞ」
クラースと呼ばれた男はアレンと呼んだ男を制した。
「しかし本当ですかね? あの剣が抜けるなんて」
「まあ、バートの言いたい事もわかるがな」
バートと呼ばれた男はさっきの話を半分疑っていた。300年抜けなかった事もある為、こう考えるのも無理もなかった。
「あの嬢ちゃんの話は説得力が有った。誓約についての話もな……副長も言ってたじゃねえか、剣を抜くためにはってやつをよ」
二人は酒場の会話を思い出し、ゴクリと唾を飲む。
「傭兵騎士なんかやっててもよ、落ち着く所なんて出来ねえ。剣を抜ければ王になれるんだ、この街を支配できるし悪い話じゃねえよ」
「クラースさんがそう言うなら従いますよ。今までもそうだった」
「俺も従いますよ。あんたについて行く」
二人の言葉を受けると、副長達に内密にすると決め三人は就寝した。
眠りに就く中で考えを巡らすクラース。
剣は一本しかない王になれるのも一人、そして剣を抜く方法を知る者は三人いる……。
今まで傭兵騎士として戦いをくぐり抜けてきた仲間、背中を預けて何度も窮地を脱して来たもんだが。
あの二人は邪魔だな……
結論付けたクラースは思考を止め眠りに入っていく。